472話 いつだって突然に
ユウタが目を開けると、机の上にある光る植木があった。
朝日を浴びてか、浴びてなくても光っている。
謎の植物だ。どんどん動物や動物らしきものが増えていく。
もう何も驚かないが、光が粉を噴き上げているのか木の周りには粒子が舞っていた。
目が正常だ。擦ってみたが、痛みはない。
そして、石が無くて枕が石だった。
(日に日に、なんかおかしなことになってるぞ)
その石は、ごつごつしていて寝れられないはずなのだ。ベッドの白いシーツには、黄色だったり白だったりと毛が落ちていて持ち主を並べていく。丸くて白い毛玉に黄色い毛玉と狐。蝙蝠は逆さに留まっていて、羊は床だった。魚は、天井に浮いている。どれも動かない。
毛に塗れた服を着替えて、簡素な服を着る。白いシャツに、濃紺色の上下。長ズボンと上着だ。
ぴったりとサイズが合う。誰かが用意してくれているのだろう。
常に、机の横にある箪笥には服がある。
考えられるのはメイドか。或いは? 考えが浮かばない。
出入りする人間が多すぎる。箪笥の隣に置いてある鏡には、端正な顔をした幼児が立っている。
どこもおかしなところはない。強いていうならば、整いすぎなのではというところだ。
視線を部屋の中へと移す。そこは食い物が乱雑に放置されたままだった。部屋は、またしても宴の後かと言わんばかり。アルたちのたまり場となっているのだからしょうがないのか。ユウタには、プライバシーなんてないのか。ないのだ。多分。
黒く滑らかな扉を見て、取っ手を回す。
「おはよう」
「おはようございます」
ユウタは、扉を閉めようとか思った。そうはさせじと、セリアは接近してくる。
前にでて、廊下に立つ。なんのつもりか知らないが、脅迫じみた視線にたじたじだ。
「ついてこい」
説明がない。ないが、ついて行かない訳にもいかない。
影に溶け込むようにして、移動するのだ。後をついていく。朝食は、抜きになりそうだとか考えながら抜けた先は、地獄でなくて山の斜面なのか落ち葉を踏む。斜めでも転がり落ちるほどではないけれど、石の壁が遠目に見える。
『聞こえるか』
『うん』
念話だ。すぐに隠形を使って身を隠す。下手しなくとも戦場の真っただ中に放りこまれたのではないか。同じように姿を隠さない獣人の女の子は、胡乱な眼をして見つめてくる。どうして隠れるのか、と言っているようだ。
『城を落とす。手伝え』
『ええ?』
1人でも十分に落とせるだろうに、彼女は並の攻撃を受けつけない。
どうしてだろうか。疑念が、頭を過ぎる。前を進むセリアは素早くて、全力で追いかける。
木々の合間を縫って進むと、
『迷う森だ』
探知のスキルは、結界を教えてくれる。ならば、破壊すればいいのではないか。
膜を掴むと、引っ張る。伸びていきやがて、千切れた。覆っていた膜が取れたのを見て、セリアは駈け出した。
『ふー。そんなことができるのは、お前くらいだよ』
『そうなのかな』
セリアも破壊しようとしたのだろう。彼女が壊せなかった理由が思いつかないものの、再度張ろうとする魔力を肌に感じる。人形師の本をインベントリから取り出すと、それを待ってみるか。それとも、と水遁と風遁の掛け合わせで霧を撒いてみるのもいい。範囲系の術を先に使った方がいいのかもしれない。
(霧、か火は不味い)
枯れた落ち葉が大量にあり、火事になれば逃げるのはセリアとユウタの2人だ。先行するセリアは壁に取り付いた。
一足も二足も早い。霧を出しながら、進み壁を登る。石の壁から上は、天険の要害といった風情で城塞が広がっていた。壁歩きを使用しようとしたのだが、発動しない。おかげで、インベントリから短剣を取り出して、隙間に入れながら登る。斜面とはいえ、上から下まで優に10mはある。落ちれば死ぬだろう。
先を行くセリアときたら、組み付いては投げ、蹴り、切りと兵士を落とす作戦のようだ。
後ろには、兵士がこない。進むのも無人の荒野の如し突撃ぶりを眺めながら石の床が崩壊していくのを見る。続けて、下にあった連絡橋の様を見せる門が解けて崩落する。なんらかのスキルか地面を殴ったのだろう。落ちていく兵士と光の箒星がセリアにぶつかる。
彼女は槍の穂先を払い、剣を抜いた。ユウタというと、隊列を組んでいた兵士たちが殺到するのに、水遁の印を組む。
(大瀑布でいいかな)
ダムにはもってこいの水桶と兵士だ。敵兵が振るう槍とセリアの剣が甲高い音を立て続ける合間に、投げられる短剣を摘む。あふれる水が中空に踊りだして津波に見えなくもない。山と山を利用した要塞に水が大量に投げ込まれるなんて思っても見ないだろう。と、見ていれば横に長い穴ができて吸い込まれていく。
『やるぞ、こいつら』
どう見ても楽しんでいる。影の狼が出てきては、兵士へと向かっていくのだ。影から影絵が出るようにして、また相手は光の閃光で消しにくる。これは、と考えた。
『反応がいいね』
まるで、転生者を相手にしているようだ。手札の切り方は、惜しみない。ここは、どこなのか。気になったが、思い当たる場所が多すぎる。というか、1人が2人になりセリアの方が押されているのか拮抗しているのかよくわからない状態だ。
なので、水玉を放りつつ石投げを試みる。光の膜が水玉を受け止めて、石の壁が迫り上がった。
攻撃に対応してくる。矢継ぎ早の攻撃をするべきか、それとも応援にいくべきか。なんの情報もないままに戦場に立っている。
そのセリアというと、
「子供、かあ」
激怒していた。灼熱が、剣に出てしまいそうである。槍のリーチを生かして男は、決して間合いに入らず入らせない。それでいて、動きは俊敏。崩壊していく地面と援護によってこようとした男が落ちていくのを脇目も振らない。
面相はわからないものの、影の刃を避け風の刃を返してくる。セリアが獣化すればどうか。わからないが、通じる相手とも思えない。旧アルカディア国の兵が如何に弱兵でやる気がないといっても、1週間かけて落ちない城というのは異常だ。何しろ、攻撃用に爆撃機からヘリから戦車まで使っているのに無傷の壁とか。
「舐めるな!」
相手は、全身が白い鎧で、金縁と舐め腐ったことこの上ない格好をしている。
ユークリウッドは、こない。敵兵全体へ攻撃をしている。2人がかり。それは、
「これで!」
心臓を狙ってくる。スピードは、十分でスキルでも使っているのか加速してくる。
避けられない。受けても、不味い。予感がするものの、剣を合わせて受けた。
心臓が破れたのか。鎧が役に立っていないのか。返す剣は、穂先を切っている。
「仕留めたはずなのに!」
「いや、効いているぞ」
後ろで援護する男と女が邪魔だ。下がろうとする男の放った攻撃で、心臓が破れまた元の姿にもどっているのか血を吐きながら槍を切り裂いていく。短くなっていく槍を見ながら、男は小手で防ごうとする。
が、隙間から手首が半分ほど刃が割く。赤い噴血が、驚きとなって顔に浮かぶ。
槍の奥義に心臓破りなどあるが、それか。それとも槍の効能にそれがあったのか。
腰の帯剣を抜き、後ろに立っていた男が並ぶ。
「リューヤ、無茶すんな。子供だって思ったらやられるって」
いずれも年若い。リューヤは、手を抜いていない。決して抜かない。
ヘルトムーア王国を守る為に、手を尽くすと決めたのだから。
槍は、対人スキルの乗ったゲイボルクもどきだった。武器破壊スキルなのか。
白い毛並みをした獣人兵士が持つ青白く輝く刃が、槍を使い物にならなくした。
「下がろう」
だが、逃してくれるかどうか。武器が片手剣だけでは心もとない。
盾を取り出す間に、切られかねない。息は落ち着いているものの、心はここにあらず。
かき消えたかと思うと、勘を頼りに後ろへ下がりながら伸びる剣を弾く。
剣は、不得手だ。しかも2刀で切りかかってくる。盾を持つエイジと入れ替わりになり、間合いを開ける。盾はインベントリから用意がある。換えの槍も。だが、槍は普通に軽量、剛撃、鋭利のルーンが刻まれただけの槍くらいで特別ではない。
エイジというと防戦一方でなくて、組付だけは避けるように連携は平地というか小山になった城壁で打ち合っている。敵は、2人か。被害は、ミッドガルドの軍団よりもはるかに酷い。自動防御システムも役に立たなくされて、壁がなければ上空迎撃も同時侵攻に耐えかねる。
「右を受け持つ。エイジは、左から」
2人で挟んでいるというのに、後ろのエミからは間合いを取れない。つまりいって、エミを狙われるとリューヤたちは詰む。槍は、相手を遠ざけるが、応援はこない。エミの光と相手の影で応援に来たとしてどれほどかというか。水と石が飛び交い土に混じって、赤い光が飛び交う。
水の膜が遮り、相手を封じていくものの溢れた攻撃だけで味方の兵は倒れていく。傷も深手か。動かない。
「こいつ」
「半端ないな」
エミは、というと息を荒げている。魔法の使いすぎか。これ以上とどまっているのは、全滅しかない。
だが、果たして逃げられるのか。敵は、都合よく逃してくれるだなんて期待してはいけない。
「エミを連れて逃げろ」
リューヤは、言う。言うしかなかった。影の刃は、ひっきりなしだ。
苛立ちと共に、光が消えた瞬間殺到するだろう。光の玉と覆う影との攻防もあるのだろうし。
瓦礫の山から降りていく2人を援護する。
赤い光は、2人の元に来ない。
眩い光は、地面に吸い込まれれば大爆発を起こす。
なんの光かしれないが、防衛の兵士たちは内側へと向かっている。
目は反らせないしで、また槍を切られてもいけない。大きく飛び退る。
影の刃が地面から生えてくる。槍を奮って払う。手応がある。
小山の上には、矢が降り注ぎそれを煩わしそうに払い除けていた。
味方の兵の攻撃だ。遠目から、矢弾が殺到して赤い光の元にも飛んでいる。
「どんな敵だよ」
敵だけに、会話しているだとかありえない話だ。
矢を撃っている味方も赤い光で2つ目の防壁が落ちるのを見ては後退していく。
平地だ。かけていくのに、追いすがってくる剣。
受け止めては、払う。槍を右に振るい、反対に振るい、斜めからかち上げ、くるくると横に回ってやり過ごす様にはあきれるしかない。1人だ。対するに、ヘルトムーア王国は軍団5千人からいる。最前線であり東の最先端に位置していた砦。最後の砦なんて呼び名すらある。
斜めに振り回転する剣戟を足でやり過ごし、突きは刺さらない。
異様に速い。目に映らぬ獣人とはこのことなのだろう。
リューヤは捉えるが、ほかの兵士は援護すらままならないのだ。
「俺の名前は、リューヤ。お前の名前は?」
「セリアだ」
ぶっきらぼうに言う。子供だとは思わない。赤い光が飛んでこないのだけを祈るばかりだ。




