471話 失敗と
フィナルたちは、部屋に入れなかった。
作戦は、失敗した。
目が糸目になっている銀髪のメイドのせいだ。
◆
ネロチャマ村東の洞窟。
ルーシアは、アルストロメリアとエリアスの2人と一緒に探索をしている。
目的は、特にない。オデットにのされたエリアスのご機嫌取り、というのは少しある。
「お前、手ー抜いてた?」
「抜いてないよ」
手に持つ剣は、背丈よりも長くて幅広い。刃渡りで体が隠せて盾にもなる。2つにも3つにもなる。
場所が狭ければ、盾と長剣にして使い、広ければ大剣として使う。
魔術で作られた光源を反射して鈍色に光り、3人の姿を映す。
階段の下は、人がいなくてうめき声を出す人の死体が動いている。
剣を振るうと横ずれして、倒れる。1つ、2つ、3つと数えて入り口の動く死体を片付ける。
飛来する物体を剣で弾き来た方向を見やった。敵だ。通路は、広い。飛びかかってくる敵と投げ物をする敵。魔物か。黒い装束からは、忍者であることが伺える。
「げえっ」
鑑定する暇はない。が、後ろで声がして剣を振るう。気合を込めた剣からは、光の帯が広がって切れるはずのない間合いを飛翔する。横に、横に、避けた相手に縦切。魔物だったのか、声はなかった。乾いた音が地面の岩肌を叩く。3体だ。1つは、倒れ、1つは縦に裂けていき、また1つは倒れた。
「そんな剣、使ってた? いや見せたことがねーとかで」
人型の魔物は死んだのか。動かない。
「俺ら、何もしてねー」
「怪しい洞窟だよな」
「瘴気が溜まってる。気をつけて」
ルーシアは、どうとでもできる自信がある。エリアスもアルストロメリアも貴族で、特にアルストロメリアはパーティーに加わって日が浅い。迷宮に行くといっても、でかぶつと会うのだってそう経験はないだろうし錬金術を使いこなしていない。
敵として会ったことのあるそれ風であれば、血の研究だったりする。
上位生命体への道筋を探すだとか。
「なんだか、寒気がするぞ」
道は、まっすぐで白い骨がまばらに転がっている。壁の岩肌に頭の骨だかが埋め込まれていたりするので悪性な場所だ。
「このまま進んでいいのかよ」
「やるっきゃねーだろ」
走り寄ってくる骨、犬の形をしていて剣で叩く。後ろに通せば、危険だ。
とびかかってくる骨犬を叩き伏せ、打ち砕いた。ひっきりなしだが、駆け寄っては先制を取る。前にすすんで地面が白い骨だらけになっていきつつも、前へ前へと進む。
「どんだけ倒すんだ」
「お前、ちっとは魔石を拾えよな」
持っている骨犬と持っていない骨犬がいる。あるなしの違いは、なんであろうか。
そうして、遠目に骨犬を踏みしだきながら奇怪な頭部の魔物が接近してくる。
危険だ。気を剣へと移す。すると、鈍色の刃は、柑橘色をして火を上げる。
「ちょ」
「あれあれ」
あれあれ、言っているうちに黒と灰色が混じって皺のできた頭部に目が行く。左の手は、一抱えもあって武器なのか長い。横薙ぎにした剣閃が伸びて骨を溶かして進む。黒と灰色まだらな魔物のねじれた茎じみた足を切断した。前のめりになったところで、振り下ろす剣が縦に切り裂いて青黒い液体が飛び散る。
剣で、胴を背中から十字に裂く。魔物は腕が武器で、頭部は人か何かだったのかもしれない。
「何だこいつ」
悪臭がきつい。収納鞄からマスクを取り出して口に装着する。3人ともつけて、
「なんだったんだこれ」
ステータスカードを使って見れば、瘴気に負けし者なんて表示がされる。
胴体には、肋の骨と見受けられる形が残っていた。
「瘴気に負けたって、こと?」
「奥は、すげーのかも」
心臓部にあった魔石を手にしたエリアスは、目を輝かせた。怪しい欲だ。
壁は、光に当たって人の顔と思しきものが浮かびあがっている。
魔物は、動いていない。骨犬も動いていない。動かなくなった魔物の体長は、3m程度で伸ばせばもっと長くなりそうだ。というより、片方の伸びた腕だけでルーシアの3倍はある。
「進むのか」
定石でいくなら、オデットとユークリウッドがいた方がいいに決まっている。
しかし、なんでも2人がいないとルーシアが何もできないと思われるのも気にかかる。
「相手、魔物だよな」
「そりゃあ、わかりませんよ」
「引き返したっていいよな」
いいけど、良くない。振り返って、見ればぎらぎらとした目をした2人がいる。
人なら、骨が爆発してきてもおかしくなくて防壁の準備だってある。
仮に爆発されても問題はない。通路が一層骨まみれになるだけだ。
大きめの黒い魔石を鞄に入れるのを見ながら振り返って魔力を広げる。
気配ない感じない。ルーシアには、隙間や罠も仕掛けられていないように思えた。
黒い靄がかかっていて、奥が見えない地点に差し掛かる。
奥から魔物が来たのか?
「どうするよ。これ、明らかに罠って匂いがすんぞ」
「帰るか?」
エリアスの粘液使役獣が先に潜っていく。中に入って戻れないでは、蚊蜻蛉と一緒だ。
ユークリウッドなら、突っ込みそう。
「進みましょう」
「えー、ちょ」
靄は、指で触っても感覚はない。槍が飛び出してくるでもなくて誘っている。
踏み入れると、向こう側には、人型の魔物が三日月の口を湛えて鎌を手にしていた。
広い灰の煉瓦で組まれた建物に見える。立ったままで、ルーシアを凝視した。
剣から放った火が巨大なかぼちゃに池に生える藻を被った魔物を貫く。頭から股間まで振り下ろした剣先を鞘に戻して、魔物が細かく粉のようになっていくのを見送る。魔物か。魔物だ。
他、というとこれまた茸を生やした芋虫が床を這い回っている。
火の術を手のひらから展開する方陣にて飛ばす。
焦げ臭い匂いと、火の向こう壁に黒い靄が渦になっている。入れというのか。
背後には壁と壁の間に奇妙な布と骨がぶら下がっている。
「うわっ。なんじゃこりゃ」
「ここは、どこだよ」
ステータスカードには、実験場と出てくる。どの実験なのか。芋虫が語っていたようだが、確認したくない。骨と襤褸が転がり、木箱が適当な感じで置いてある。触りたくもないが、好奇心が旺盛な2人は箱を蹴る。
「こういう場合ってこれ壊しておいた方がいいんじゃね」
「そりゃ、なあでも、罠だったりする場合もあるじゃん」
取っておかないとクリアすることのできない迷宮なんてものもある。
だから、気になるなら開けておくべきだし探索するべき、なのかもしれないしとっとと入らないと閉まるなんて罠だったりするかもしれない。だから、選んだ結果が結果だ。
だから、
「2人は、転移門で帰った方がいいかも」
「は? 冗談はやめてくれよな。帰るなら全員で帰るし、やべーときには即撤退だろ」
と、言いながらついてくる。死なれては、困る。責められるのはルーシアだ。
「一応、保険のアイテムは持ってきてるしよ。人間、死ぬときゃ死ぬぜ。毒殺されたり、事故って名前の暗殺されたり、病気になって死んだり、魔物に殺されたりいろんな死に方するっしょ。今わ、そうだなーポーションが売れなくなって自殺とかしたくねーからどーにかしねーといけねえんだよ」
「なんでって顔は、見えねーけど」
「いえねー事情があんだよ」
後ろから声がして、次は嫌な感触がする地面だ。骨か。骨と骨で作られた白い柱が見える。
明かりは、蝋燭なのか火をともしたカンテラに人影がある。先制の剣閃が光に乗って黒いフードの人型を左右に分ける。同時に3つ倒れる。他にはいないのか。
石版が立っているものの、字は読めない。
「沼地っていうか。これ、まさかな」
「うーん。こいつら何がしたいんだ」
靄の向こうは、人体の骨と骨の壁と骨の柱だ。何がしたくて骨で作っているのかわからないが、祭壇がありその手前に黒い靄がある。
「その剣から何かでてんの? 一瞬光るよな」
「お前、知らねーのかよ」
知っている人間は、知っている。当然、剣だと聖剣を思い浮かべるだろう。
倒れた黒いフードの下には灰があった。下半身は崩れていて魔物が出てくる様子はない。
ステータスカードの鑑定は、収集する者と表示される。何を、という突っ込みにカードは答えない。
機能が不足しているようだ。
「聖剣だろ。なあ」
「いえ。これは、ただの鋼鉄でできた剣です」
アルストロメリアが、エリアスの肩を叩く。
「何、俺もわかんねーぜ。大丈夫だ」
「何が、大丈夫なんだよ。じゃあ、それってもしかして剣技なのかよ」
「さて、次に行きましょう」
人が10人は並べられる横幅に頭蓋骨が無造作に広がっており気味が悪い。天井を支える骨といえども顔だったりするから一層股間が漏れそうになる。
靄に入りながら、出た先は足元が湿っている。池か。池のど真ん中、というより端だ。反対には、枯れ落ちた木とユークリウッドの股間についているものに似ている物体が鎮座している。足があり、頭には隙間がある。黒光りしていて、血管がぼこりと浮き上がった。
「ちん○じゃね。あれ」
「構えろ。ありゃあ」
筒状に肉に先端が割れてでてきたのは白い管だ。管が大量に生えて中から青白い顔が見える。眼球は、ない。黒い目には、ルーシアが映っているのかどうか。ユークリウッドから教わった必勝の方法とは、ごく簡単だ。最強の手札を出して勝つ。それが通らなければ撤退する。そうして倒してきた。
それで、どうにかならないのが人間で人間の知性を持った化け物だとかいうのがセリアを筆頭にした手合いだ。ルーシアの使う属性剣も当たればこそで、人間の魔術師は防壁を張ったり幻覚を置いておくなど手を使う。
それにしても、
「下品ですよ」
「いやだって、あれーどーみてもそうじゃん。ちん○だよ。あ」
火の気を込めた剣閃が、肉の根本に穴を開ける。防壁は、ある。が、火剣の威力が勝った。
魔物の防御は、大抵が自前だ。道具を使ったり、地形や他の生物を使って増幅なんてしない。
したら魔族になるのか。わからないが、ルーシアの剣から出る線は凸な肉を裂いて2つにする。
閉じていた口からは、手が2本でてきて痙攣した。
「あー、潰れた磯巾着かロールパンもどきになっちまった」
「簡単に倒せたけど、お前だったらどうーしようもなさげだぞ」
「しょうがねえじゃん。錬金術師なんだぜ? 錬金ってポーション作るのが基本で物理攻撃持ち合わせてねーから。火炎瓶とか作ったって意味ねーし。爆弾とかまるで魔物に効かんし、なんなの。爆弾ってさ」
人間相手には、非常に有効で地面に埋める地雷と呼ばれたそれは騎兵にとっても歩兵にとっても驚異で錬金術師が嫌われる原因である。人間には、火炎瓶も特に有効で火傷が元でショック死なんてある。銃もそうだ。魔物の外皮は貫けないのに、人間の皮膚は容易く貫く。
だからか、
「アルストロメリアさんが同行しても戦闘できないのでは?」
「うっせーよ。それでもやらなきゃいけねーんだよ。上げきったら格闘系か射撃系とってもいいしさあ」
錬金術師の上は錬金王。簡単には取れない。複数のクラスと称号を得ないと成れないからだ。
なんでもかんでも持っているユークリウッドと比べるのは哀れであろう。
肉が黒い池に消えていき7色に輝く輪が残る。
「あれ、あれって」
「げっ、アル様を呼ばねーと。こいつは、これは」
虹石。迷宮で宝箱の出にくいユークリウッドが、見つけるお宝といえばこれ。
あいにくと、2人ともにいない。が、
「あれ、これつながんねー。ってことは」
アルストロメリアが唾を飲む。
「なー。俺がもらってもいいか」
「でた。強欲まん」
「ふむ」
ルーシアが気になっているのは、アルストロメリアが何の目的でユークリウッドに近づいたか、だ。
場合によっては、この場で事故死に見せかけるのもやぶさかではない。
それを知ってか知らずか言うものだから、
「アルストロメリアさんは、ユー、ユークリウッドのこと抜きでパーティーに参加される理由があるのですか」
失敗だ。ユークリウッドに気があるから参加してんのけ、というのが正解で直球だっただろうに。
「レベルを上げる機会がありゃあ、どこにだって行くって。だって、今だけなんだよ。俺ら錬金術師が混ざれんのってさ。魔女だって、魔力がでかくなるまでは似たようなもんだって思ってたけどさ。あー、糞、俺だって戦いてえよ。穴掘るだけとか穴を作るとかはできるさ。それって合成スキルの応用だからな。ただ、距離を伸ばして魔物を穴に落とすとかできねーし。手が届かねえところじゃ発動しねー。だからなんだって参加すんのって言われりゃさ」
池を歩く。振り返っても池に靄は浮いていない。先にしかなくて虹の輪に近づく。
「いいんじゃね。こいつが殊勝なこといーそうじゃん」
「一番は、やっぱ金だよ。そいつは、権力持ってる人間でころころ明日もしれねえと来てる。アル様たちの覚えがいいってことはさ、従業員たちを守るためには必須なんだよ。ポーションの価格ってのは薬草の最高価格と最低価格に左右されやすいし、栽培ったって安定しねえ。森に生えてるのじゃねーと品質がどーにもわりい。だから、ポーション売りは冒険者ギルドと切り離せねーし他所モンがぱっとはいってきて混ぜっ返すのを嫌うんだ」
アルストロメリアは、虹の輪に触れる。わからなくもないから許してしまった。
パン屋だって、パンを買いに来てくれる人がいなくなっては辛い。だが、味で勝負するのであって価格は小麦、大麦の値上がりと領主の税。税金をかけられるのが、辛いというのならわかる。売上にかけられうとか。そういうのであれば。
黒い靄をまた抜ける。今度は、外だ。入り口だった。太陽が沈もうとしている。
洞窟の入り口が消えていた。
「いい時間じゃねーの。飯でも食ってかねーか。奢るぜ」
口につけていたマスクを外す。2人も外している。汗と埃で見れた顔ではない。




