470話 パンツ計画
いつだって手遅れになって泣きわめく。
手洗いうがいは、衛生の基本だ。だが、どうであろう。ミッドガルド王国では、手洗いもうがいもしている人間がどれほどいるのか。ついつい日本人を基準に考えてしまうのだが・・・
(そういえば、手を洗っている姿を見たことがないような)
家は土足。ユウタは、我慢できるはずがない。ユークリウッドもそうだったから、部屋に靴置き場ができてスリッパを使用している。全面的に、改造するべきなのだろうが来客があると靴を履きっぱなしであるから汚いように見える。
かといって、勝手にできない。家は、グスタフの持ち物だ。風呂に入ったり、手洗いうがいを規則にするもしないも親の心持ち次第。
(まあ、病気もスキルか呪文で治ってしまう世界だからなあ)
病気に気をつけるだなんてするより、神殿にお祈りをしに行く方が優先されるのだ。
疲れた体も、風呂に入ると気持ちが安らいでベッドへと倒れこむ。
何気に疲れたのだ。戦いだとか、戦いだとか、戦いで。
骸骨の魔物を水没させて、埋めてみたりと。緑色の生物やらを火で焼いてみたりと。
白い毛玉のとんがった角が手に当たり、なでているとおなかにもこもことしっぽを生やした動物の温かさに睡魔がやってきた。
◆
数えるのも億劫なほど粘りずよく、粘体生物であるかのように再生する。
手足を失っても、出血多量でも死なないのはフィナルの術かはたまたエリアスの生命力であろうか。
地面が、真っ赤に染まって歓声を上げていた観客も静まりかえっている。
「そろそろ、よろしいのでは?」
「うるせえ」
ごぼごぼと血を口から垂れ流している。
対するのは、群青色の鎧を纏った女ことオデットだ。
面白くもなさそうに、壁に寄りかかったのは狼女ことセリア。
「前から思っていたが、弱いな」
「うるせえ」
雪の形をとらせて、大きくしても直ぐにバラされてしまい土手っ腹に穴があいた。
エリアスは、また倒れた。オデットの手に持つ槍が突き刺さったのだ。
回避できず、かといって攻撃する間もない。魔術の障壁はすぐに破壊されて、張っているのか張っていないのかわからない程度に強く鋭い一撃である。
「ふん」
「どこか虫の居所が悪いのでしょうか」
「面白くないであります」
「なんでだ? あれか」
「あれではないであります」
セリアは、女ものを想像した。月のものは早いと精神をやられるという。セリアもオデットもフィナルもぺったんこだ。別に違いはない。すかすかな脳みそと言われるけれど、苛立ちを仲間に当たるのはどうかと考えるのだ。狼だって、群れをさっくり割ったりするには下からの突き上げがあってのこと。
つまるところ、仲間割れ? なんて言葉しか湧いてこない。男肉の台座に蹴りを入れる。
「じゃあ、なんだと言うんだ」
不意打ちをしようとすること十から上。もう数も数えられない程度に、そして帽子もどこかへと行ってしまい全裸になっているエリアスを見下ろす。
「面白くないであります」
「ふ、お前も大概だな。練度の確認なら1度で十分、これは理由もなく制裁を加えているように見えるぞ」
じゃれつく犬だからか?
とはいえ、ユークリウッドは冷たい。金には段々と厳しくなっており増税をしようとすれば逆さに吊られる。狼国は、兵力が必要だ。で、その兵力には金がかかる。金は、天下の回りものというがやはり商人が溜め込む。襲って吐きださせるのは、名案であった。
「もっと一緒にいたいであります~」
「迷宮なら、ずっと一緒じゃありませんの」
「寝てるからつまんない~」
隣に出てきたルーシアが同意するようにして、頭を上下させていた。
「やりゃあいいじゃねえか」
倒れたエリアス。また起き上がって、召喚しようとして両腕が落ちた。淡い輝きに包まれた槍の切れ味は抜群だ。下がるも避けるもさせないオデットとエリアスとでは、戦いにならない程度の差がある。対するにフィナルならどうか。防御くらいするだろう。
「てんで駄目ですわね。剣士と戦士に弓士、格闘系も身に着けなくては戦いになりませんわ」
「一旦、術を組み上げられればというか。そんな隙きがあるのかというか。オデットを相手にするのは厳しかったようだな」
魔物を相手にできても人間は魔物と違って狡猾だ。狡猾と言われる魔物以上にである。
気絶してしまったのか。地面に両膝をついて白目になっている。ついに限界を迎えた。
エリアスからすれば、なにかをしようとする度に切り刻まれるのだ。防ぐとか障壁あってのことで紙きれよりも柔らかい防御になるなど想像もしていない。
くるくると巻いた横の髪を揺らせながら、フィナルは倒れかかった幼女の胸から肩に黒い外套をかけてやる。実力差は、明白で当の本人が自覚していたかどうか。していたのなら喧嘩もふっかけやしないだろうし、さしたる理由もなくてエリアスが面白くないというのも理不尽だった。まあ、アルたちが理不尽な命令をしてくるので自然と流れになる。
「ところで、セリアさん。貴方、お暇なのかしら」
嫌な予感だ。だから、適当なことを並べる。
「暇ではない。パンツを盗みにはいるとか言うんじゃないぞ」
「なにそれ。僕もパンツ欲しいかも」
変態だった。パンツを欲しがるなどと、堂々と貰えばいいのではないか。
ちなみに、
「なんで、ユークリウッドのパンツなんて欲しがるんだ」
警戒が厳しくて脱衣所からとるしかないのだが、鍵がかかっていたりする。当然、盗賊、斥候のスキルはセリアとオデットにルーシア、前衛はだいたい持っている。持っているから使うというのは、また違う気もしたが金がもらえる。フィナルは、金持ちだ。それこそ、死者蘇生ができるフィナルには依頼も引っ切り無しでありどこにでも需要がある。
問題は、ユークリウッドの部屋に忍び込んだとしても堂々と入っていった方がいいという具合である。だから、盗むにも盗めない毛玉の守りとか蜥蜴もどきだとかとやりあうなどぞっとする。
「いいですわよねえ」
フィナルもまた白目だ。何が悔しいのか。下の唇は、赤い河が流れている。気味が悪い。
「ご一緒に寝れて」
「ずるいであります」
「ずるくない」
悔しかったら狼にでもなればいいのだ。当然、当たり前の毎日に疑問などない。
股間の大事なものを食い千切った時は、大目玉だったが・・・美味かった。
(若気の至りだ・・・)
なに男には、生えているものなのだ。無いのが、女だ。あるのが、男だ。知らなかったのだ。
知らなかったら許されるかというとそんなことはないのだが、知らなかった。食っちゃいけないって。
「それとパンツにどんな関係がある」
「それは・・・」
股をくねらせて、くねくねとする。二人は、そろってそれで絵面が悪い。
全裸なのに、パンツを被って踊りを踊る邪神の下僕だなんて噂もある。
あえて、パンツを何に使うのかは聞かないことにした。
「勝手にしろ、あまりエリアスをいじめるなよ」
ちらちらと肉を見る3人の視線は、お前が言うなであろうか。
ルーシアは、エリアスを抱えて転移門を開く。
残る2人も別の場所を開いた。
◆
夕日が、地平線に沈もうとしている。
待っていたのに。
「きやしねえ」
「あはは」
代わりに座っているのは、黒い髪をきれいに刈り揃えた幼女と不貞腐れた幼女の二人組だ。
どうしてか、珍しい組み合わせに迷宮にでも行ってきたかのようなやつれ具合。
寒村ネロチャマは、柵を壁へと作り変えている真っ最中だ。
「ユークリウッドは、きやしねえ。どうなってんの。聞いてるのかよ」
「うっせーな」
ずっと、これだ。兵隊を連れてきたかと思えば、店を作ったり煉瓦を積み上げてったりと忙しくしている。拠点にするつもりか。そうとしか思えないし、だが、やるにしても中途半端では意味がないのではないか。
「どっか迷宮にいかねえか」
「行ってきたわ、ぼけっ。そんなんじゃ駄目なんだよ。・・・まったく駄目なんだぜ、ははは、あーはっはっはあああああああ!」
叫んで、ぎりぎりと杖を握りしめている。杖は先っぽが円形のリング。かつ、球体を覆うようにしてある。杖であり鈍器といったところか。軽々と握りしめているところを見れば、重量軽減の術がかかっているに違いなくて魔物を狩ってきて苛ついているのかしれない。
「オデットとちょっとあってね」
「ふーん。やっぱ、ぼこぼこにされたんかよ」
「お前だって、やりゃーわかるわ」
言われなくとも歯が立たないのは、当然だ。魔術師以上に錬金術師というのは薬屋のようなものである。ポーションを売って生計を立てていると言って過言ではないから、迷宮に潜るというのも気乗りではなかったがそうも言っていられない。アルの手で、ポーションに消費税なんてかけられたら死ぬ。五体投地して、阻止以外にない。なんなら暗殺にだって手を染めかねない。
できやしないのだが、と頭を掻き、
「そりゃあ、まああいつ速いし」
どこへ行くのか黒い靄が吹き出す穴ができる。
「ここ、どこだよ」
ぽっかりと空いた人の顔岩。口が、目が黒々と奇怪でオレンジ色に染まっていた。
「ここは、ね、近くにある迷宮だよ」
「山の際にある?」
「違います。東にいった丘の中腹にあるものですね」
山の際だったら、骨だろうし、東の丘ときた。
夕闇に落ちそうでなかなか落ちない。
アルストロメリアは鞄から盾と背丈ほどの棒を取り出して構える。
灯りが魔術でつけられて、暗がりを照らす。
「死体じゃん」
死体は、オークのものだ。豚顔の肉がそげているものの耳や体格は残っていて、人とは違う。
粘液系魔物に溶かされたようでもある。そして、その傍らに骨が残っていた。
「とっとと行くか」
灯りを先行させていけば、敵に見つかるのだがそれ込みでさっさと進んでいく。1階なのか2階なのか。見知っている2人の後を追う。出会うに、オークは刺し殺しの鳥、蝙蝠の魔物はエリアスの召喚獣が食っていく。魔物の動きを止める粘液は驚異だろう。反対にスライムに出会えば、核を砕くか蒸発させるしかない。
アンデット7のオーク2他1というところか。掃除されているようなされていないような。
そうして魔女っ子をみる。
(走ってんのな)
エリアスが、箒を使わずに走っているのだ。
黒毛の大猿に出会って、ルーシアの大剣が2つにする。2mある猿の肉だ。取るところを取れば、食えなくもないような。肉に見向きもせずに2人が先行していく。
「やけに急ぐよな」
「ああ、お前も金になりそうなら止めてくれよ」
死体と動く死体と死体で口当ては必須だ。換気がされないので匂いが体に染み付きそうな具合に辟易しつつ前へと進む。エリアスの鈍器は、確実に死体の頭部を割りいつにない真剣さでへらへらとした態度が見えない。気を引き締めると。
「やっぱ、鈍器よか素手なんじゃねーかなー。どう思う」
「最初は、鈍器でいいのでは」
「おめーが殴ってどんだけ効くんだよ」
そもそも聖水を振りかけている。
「だけど、遅くねーか」
「そりゃ、しょうがねえよ。土台ができてねーのに、一足飛びって無茶すぎんだろ。ここだって、死んだらフィナルもユークリウッドもいねーんだぞ」
3人で来ているのだ。後ろから襲われれば全滅は必至。後衛なしのスタイルで、ルーシアとエリアスでなければ絶対についていかない。迷宮なのだ。突然変異なんてのに襲われて、全滅しましたなんて珍しい話ではないのだし石橋を叩いて渡るくらいでちょうどいいのだがペースがとにかく速い。
みるみる内に立派な黒ずんだ扉へと行き当たる。
「こいつは、ボスくせーな」
「いくのか」
「いくのかなあ」
扉は、重そうに閉じられている。幸いに手が届く位置に取手があって、ルーシアが引く。
中には、暗がりがあって光が進み紫色をした服にのっぺりとした巨体を持つ魔物が立っている。
閉めれば、あかなくなりそうでもあり、
「行くよ!」
「マジか!」
入れば、最後尾のアルストロメリアは押し込まれる格好になってつんのめって前を見れば、
「シィねーーーー!」
雄叫びを上げた幼児が、首に横薙ぎするところだ。瞬間移動をしたのかと瞬きして、魔物の複眼が8個一斉に開いた。体が動かない。と、眩い輝きで前が白くなって複眼がぱちぱちと動いた。首が落ちていく。魔物の体が縦にさけて、手4つ見えて2つが切り落ちていく。落下するかにみえて、自由に空を移動するのはルーシアでアルストロメリアが一歩進んだ頃に3mある魔物の巨体が後ろにひっくり返る。
「こんなものかな」
しゅっと剣を振り青い血を壁に飛ばす。壁の松明が揺らいでエリアスは、構えを解かない。
「マジかよ」
そうだ。天と地ほどの差を感じた。エリアスが感じているであろう気持ち。アルストロメリアにはよくわかった。前衛が、これ。後衛は? というと同じ真似くらいルーシアができて不思議ではない。剣に通じてまた転移門を楽々と使いこなす。
(なんだそりゃ、冗談じゃねーぞ)
オデットからして槍の強者で、魔物に状態異常を引き起こす術に長けている。
なら、ルーシアの剣は? そこらへんでも見たことないほどで手を抜いていたのは間違いない。
知らずと動悸が高まってきて呼吸が苦しい。天地がひっくり返りそうだ。
「それで、こいつはっと」
心臓をえぐり出して魔石を取るのだって余念がない。魔物の心臓近くにあるそれは、高値で売れる。
当然、強ければ強いほど魔力も込められていて1階なのに不思議な色をした魔石だ。
「次、いくか」
「いいけど」
と、魔物が倒れた足元に箱がある。
「大丈夫かね」
「びびってんじゃねーよ」
自殺願望なんて持ち合わせていない。ユークリウッドがいれば安心なのだが、いないのだ。
(うー、悪党だの不死者だの出ませんように!)
つついてみて、鑑定をするに上辺が剥がれてなんてことなく銀箱なんて表示だ。
中には、黒い板が入っていた。黒い板、鍵になるなんてでてくるのでどこかで使うのだろう。
「はー、最下層ってあるんかここ」
「あるでしょうね」
「その確信に乗ってみるかあ」
倒れた魔物の死体が消えていく。残ったのは空の箱と幼女3人だ。
奥の扉は、鍵らしきものはなくて普通に引いて開いた。




