469話 どうしたらいいのかわからない
時間は、有限だ。
口にしているコーンは塩気が効いていて美味い。飲み物は、麦の茶というのが味気ないが・・・
(クソッ、野郎が惚れなくちゃいけねえのに!!!)
出迎えするどころか、水晶玉の向こうでゴブリンや百足型の魔物と戦っている。
戦うのはいい。だが、アルストロメリアを待たないとはどういう了見なのか。
危険だから? それは、わかる。アルストロメリアは、錬金術師だ。可憐というよりは可愛いと言われ、あながちまんざらでもない。お守りいたします、なんて言われることもある。
だから、
(なんだって、奴は一人で戦いたがるのかねえ)
普通に、部隊を率いて戦うというのなら理解できる。女にも興味はなくて、戦争狂か。理解不能で、制御不能。だからといって、任務だから放棄なんてできない。放棄すれば、次が充てられるだろう。アルストロメリアが選ばれたのは、一重に容貌だ。アルーシュたちと同系統の金髪という点。
なんとしても逃げ出したりしないように縛っておく必要があるというが・・・
「はあ、どうしたもんかねえ」
現状なら暗殺できる。準備が時間がかかるけれど。不死、というわけではないはずだ。
「援軍として出向けばよろしいかと」
「そいつが、問題だ。ここには100人もいねえ。事務所は、10人。利益が出ねえけど、おいとくと給金倍増しだからってことでな。飛空船は、行ったら入れ違いになるかもしれねえし。ゴーレムは、攻められでもしねえと使えねえ」
水晶玉から見る魔物の陣形は、包囲陣で遠目から近寄っても2万かそこらの数。で、どこから南下したのかわからない。そもそもネロチャマ村を避けるようにして南下したのかも想像でしかなかった。こういう時に、アルストロメリアが何を焦っているのかわからない顔をする家臣の男が憎たらしい。
ゴーレムに見つからないように移動したのか? それもわからないが、早急にやるべきは連絡だ。
ステータスカードをぽちぽちしながら、反応を待つ。
「なんだ。私は、忙しい」
絶対にウソだ。髪は、ぼさぼさで寝起きという風景が見える。どうなっているのかしれないが、幻影が透けて見えるのは異常だ。
「アルーシュ様。大変です。ロゥマの町が魔物に襲われております」
「なんだ、そのことか。放っておけ」
どーでもいいという表情。
「え?」
「え? じゃ、ない。そんなことは知っているとも。ユークリウッドには、関係あるまい。放っておけ」
といって、切られた。その、あんたのゆっくりさんが関わってんだが?
とか話もできなかった。常に、傲岸で見透かすから苦手である。
あのような君主、と思わなくもない。だが。アルストロメリアは貴族で多くの家臣を抱える身だ。昨今では青薔薇の芳香剤を売り出して小銭を稼ぎだした。ポーションだけではやっていけないのである。
(ここ、離れて援軍に行くか? でも、だれかに来てもらわないと心配だ)
後方をおろそかにしたために、味方も全滅していたなんて無能すぎる。
有人型ゴーレムは、15m級で武装も充実していて巨人族だろうが固有オーガだろうがなぎ倒す。
だから、
「もしもし」
魔女は、空いているか。或いは、手伝いを頼めないかとかかるまで待ってみるが返事はなく反応もない。 となると、聖職者なのだが嫌だった。そうしてみると、ユークリウッドの弟へべったりになっている奴とかくらいで遠すぎる。
水晶玉からは、崩壊したレンガ作りの街並みが見える。人は? というと、
件の幼児が帰ってきた。ぽっかりと空いた穴は、光を放って存在を誇示している。
「あれ? どうしてここに」
「どうしてもこうしてもじゃねーよ」
町は、崩壊した瓦礫と中心部分の建物が残っているだけになった。ということは、人が残っていて後始末が面倒になったのだろう。ユークリウッドは、そういうのをしない。しないと、手柄は後始末をした者のものになるのに。アルーシュからすれば、ユークリウッドを出世させるのはやぶさかではないし兵隊を出させるのも良いと言っている。
「あの町、どうする気だ」
「どうもこうも、魔物に襲われてたらなんとかしようと思うよね」
「問題は、あそこまでどうやって抜けたかってことじゃねえの」
いや、思うが。それはつまり、
「この村を無視、あるいは避けていったってことだよな」
「そうだね」
「あの魔物たちには、知能があるってことじゃん」
「指揮官みたいのもいたね」
「倒したのか?」
「なんとも。死体は、あっても身代わりスキルとかあるからね。確実なことは言えないね」
「ログを見ればいいじゃん」
無能かよ。なんて言葉に出しては、言わない。エリアス辺りは、ふつうに言いそうだ。
なんで、ログなんてものがステータスカードに載るようになったのか。
「ん、あるけど、こんなのあったっけ」
そもそもステータスカードを作ったのは、錬金術師ギルドだとも魔術師ギルドだとも言われているのに知らないのだ。どうやって、カードに表示がされるようになっているのか。箱という謎の物体からでてくる、なんて言われてそれを回収しているだけだ。
なんで? そんな疑問をアルーシュにぶつけると、秘密だ、なんて返ってきた。
「どんな奴、ゴブリンキングとか載ってるのか」
「残念、ゴブリン将軍ゴーグなんて名前? ついてるね。正確には、ゴブリン将軍ゴーグを討ちとった」
「どんな容姿だった。武器は? 残らず倒したっぽいけど」
「ふつーに緑色の肌をして鉄の武器や防具をつけてたよ。頭の飾りが多かったり、体格がオーガに近かったりしたけどさ」
そんなのは、錬金術師に相手できない。軍隊の出番だ。飛行船で、上から銃撃を浴びせるだけで引くとは思えない。建物に籠られれば重火器が必要になる。多少は、あっても魔物の軍団を相手にするには心細かった。
「どーするの」
「一旦、適当なところで寝てから出直すかな」
「ふーん」
まるで、駄目だ。いい雰囲気になるとか、やらしい雰囲気になるとか微塵も感じさせない。
アルストロメリアだからなのか。それとも、ユークリウッドがそうだからなのか。
もう、パンツ脱いでみるしかないのではないか。
「じゃ」
「おう」
じゃ、じゃねーんだがと黒いフードを掴む。立ち上がったところで、
「何?」
「あー、うん」
どうしたものか。舌は、回らない。湿った音と乾いた皮をたたく音がテントから聞こえてくる。
盛っている。
「眠いからさ」
「うん。まあ、しょうがないよな。眠いんじゃあ」
転移門で姿が消えるのを見送るしかない。いっそパンツでも脱いで見せるのがよかったのだろうか。
ユークリウッドは、まるで会話がそっけない。というより、趣味だのなんだのと会話にならない。天気が晴れていていいねとか。そんな知り合いめいたものである。
ステータスカードを取り出し、画面を指で叩く。
「アルーシュ様」
「見ていたぞ。お前、もうちっと奴のスケベ心を引っ張らないと駄目でしょ。股間に頭を突っ込んでみるとか抱き着いてみるとか」
それは、失敗する。アルーシュがやって避けられてきた攻撃だ。
「どうやったら、股間に頭が突っ込むんすか」
「そこは、体当たりだろ」
意味がわからない。もはや、歩く犯罪者になってしまう。逆ならオッケーとでもいうのか。
「しかし、進歩がないわけじゃなかったぞ。手首を掴めたではないか」
「いや、フードですよ」
「フードでも手首でも掴めたのだ。押し倒してしまえ」
「押し倒して、どうするんすか」
「そしたら、セックスだろ」
あり得ねえ。喉まででかかったが、どうやってセックスするのか聞き伝えでしか知らない。
股間に棒を突っ込むとかなんとか。現場を見たわけではないから股間に生えているものを知るくらいで、とてもではないが突っ込めない。
「セックスって、愛し合う恋人がやるもんすよ」
「うぜえ、お前は肉便器なんだからさっさと突っ込めばいいんだ。そのあとは、その後で考えりゃいいんだよ。愛なんて、後からついてくるっつーの」
アルーシュは、物覚えの悪い部下に辟易した。命令は、一つでユークリウッドとパコれ、だ。
出来れば、玉座の裏に達磨にしたユークリウッドを置いておきたい。
貸し出してもいいだろう。フィナルやオデットもいよいよとなれば同意するだろうし、まるで相手にされていない現状を鑑みれば一考に値する。
やってしまえば、気持ちなどあとから付いてくるのだ。それがわからないから錬金術師などやっていて糞のように弱い。重火器くらい即座に作り出してみろ、転移門が開けないのなら高速艇の開発に着手しろとか金が無いのならユークリウッドに無心しろとか、それで身体で払えばいいだろとか思い浮かぶというのに間抜けな顔をしてわけがわからないよという表情。
忠誠心は、90ほどでステータスは悪くない。が、所詮ステータスだ。当てにならない。
感情で変化して、その時々で乱高下。もう、見ているだけでファックな値である。
ミッドガルドからすれば、ロゥマなどとっても負債だ。
それに、ユークリウッドが手を入れだしたから気が気でない。
わかっているのだろうか。二カ国でゴーレム技術が解放できたから錬金術師はゴーレム搭乗できるようになったことを。わかっていないのだ。兵器開発担当なのだということも。3,4カ国領有に手をかけつつあることも。
時間は、あるようでない。さっさと男一人くらいと簡単と考えていたのは愚かだった。
やるぜ、やるか。じゃないのか。パンツ脱げばセックスが始まる。
違うのか。アルーシュには、わからない。
「なんかそれ、寂しくねーっすか」
「お前は、なんも、知らんからそうのんびりしていられる」
目が座っていて怖い。それでいて、おおっぴらにユークリウッド好き好きなんて言わない。
どうすればいいのかわからないし、のんびりもしていないのに。
あまり言ってはアルーシュから切腹ならぬ斬首されてしまう。映像から剣呑さが伝わってくる。
「ともかく、私たちには奴が必要だということだ。そのために、お前がいる。それ以上もそれ以下もない。わかったら、む、ゴブリンの襲撃イベントだと?」
また不可解な言葉を喋る。アルーシュは、信仰力を集めるのにユークリウッドが必要だと言っていた。
それは、変わってしまったのだろうか。信仰力が集まるとどうなるとか、イベントがどうのこうのと説明はない。これでは、仕事にも熱量が違うというもの。
「イベントってなんすか」
「そりゃお前、結界器を知ってるだろ」
ゴブリンを初めとした魔物を退ける機械だ。黒くて四角い金属の箱に白く輝く結晶が据え付けられているのが一般的だが、王都の物は巨大だ。どれくらい巨大かというとゴーレムくらい巨大。目測で15mを下回らないだろうと言われている。結界があるなしで夜の魔を退けられる。
信仰心が、結界になると言われるから皆して祈るが・・・
「その結界器がろくに働いてないってことっすか」
「それもあるな。瘴気が多くて魔物が増えやすい下地があるってことだ。ついでに、こういう魔物が湧いてくる事象を神族なら把握できる。ロゥマは、魔物で滅びそうだな」
それでも、ユークリウッドがいないと駄目という理由がわからない。
「で、イベントというのは種目とか行事とかそういうんだ。あってるか知らんけど。お前もジャポンのゲームやるじゃん。あれだよあれ」
「でも、これゲームじゃないですよ」
「なら、発生行事1ゴブリン大量出現から発生行事2ゴブリン襲撃から発生行事3ゴブリン国崩しとかでいいか?」
「いいんじゃないですか」
「なんかなー」
こだわりは、ない。イベントは、理解した。しかし、
「そんなにユークリウッドって必要ですかね」
「お前、頭が鶏かよ。誰が、どう見たってやばいだろ。あれが、敵に寝返ってみろ。こっちが滅ぶわ」
「でも、セリアだっているし、騎士団から・・・」
「そのセリアも芋づるで寝返るじゃねーか。せっかく2カ国手に入れて、もうちょいで3,4てトントン拍子なときに不穏なことを言うんじゃねーよ。それより、チンポにタッチくらいやってみせろや」
あんたがやれよ、とはいえない。いくらなんでも、貴族の子女にあまりな言い草だ。
カードの会話は、持っている本人にしか聞こえないようにできるとはいえ・・・
「せめて、意味不明にぶつかるくらいにしてほしいっす」
「それもありかもしれんな。そうだ。全員に意味不明体当たりをさせよう」
マジで、頭がおかしい王女様である。ユークリウッドに飛びかかっていく女子たち。
それで、転けたりと。ぞっとする。
「避けられるんじゃないですか」
「避けられたらそのまま転けて痛がるんだよ」
何が、なんだかわからないまま切られる。見えなくなった画面を叩くも反応がない。
「楽しげでしたね」
「やってられねーよ。なんなんだよ。ぶち当たるって」
家臣の男たちが椅子に座って囲む。跪いているのは、兵士だ。まだ若い。モントという表示がある。
「兵の数は、10人に満たないとのこと」
「うん。まー期待してねーよ」
アルストロメリアは、錬金術師。それにマップ系の能力、スキルがない。いずれは別職で取る。取るにもレベルが必要でさしあたっては錬金術師のレベリングなのだ。
昼間からぱこっている平民なのか奴隷なのか知らないが、テントが動いている。戦いは、数だ。10人でどうしろと。占領すらできないから人を連れてくればいいなど、できはしない。ミッドガルド人はそもそも保守的で他所に滞在したがらない。
こうなっているのは、ロゥマ貴族の責任でそれを支える平民の責任でもある。自分たちの土地は、自分たちで守らなければならない。当たり前で、当然だ。魔物に殺されすぎて国が保てないとか。ミッドガルド王国も笑えない状況にあったらしいが、昔のことである。
「お言葉を賜りますよう」
「死なねえように、頑張ってくれ」
はっ、頭を下げて引き下がる。警戒は、弓兵と騎兵持ち。弓兵には、俯瞰図系スキルがある。
ゴブリンの生き残りを探させて、ゴーレムで叩く。
「姫様。なぜ、このような状態になっているのでしょうな」
「まー。貴族がだらしねえってのもあるだろうけど」
弱い。レベルが低く、ゴブリン程度の魔物しか出てこないならば。あるいは、軍団を作っていたゴブリンが猛威を奮ったか。はたまた、平民を家畜扱いしていたか、だ。
「娯楽もなさそうだしな」
本業は、ポーション売り。戦闘など不得手なのだ。兵器開発も請け負ったりするが、媚薬などという眉唾ものを開発しろだとか頭が痛い。




