468話 歯がみする
戻ってみれば、建物の入口で飲んでいた赤ら顔の兵士ことアーロンがいなくなっていた。
かわりに相番をしていたモントが椅子に座って残っている。
「光からでてくるって、これはまた」
「あはは。普通です」
普通でないのだろう。モントの表情でわかる。平静を装っているようにユウタからは見えた。
「まあ、いいでしょう。それよりも、なんか来たみたいです」
モントは、立ち上がって入口を見る。
ゴブリンは、倒しておいたがまたも探索を進めるべきだろうか。
ネロチャマ村には、入口から人が入ってくる。
「増援、というよりは冒険者ですかねえ。ちょっと、待っていてもらえますか」
ユウタは、別にロゥマの兵士ではないしネロチャマ村の住人でもないのだ。待っているにしても時間は惜しい。すっかり空になってしまった鍋と物欲しそうにしている子供に、後ずさりしそうになった。
ゴブリンは、倒せばいいけれど村人を殺すわけにはいかない。面倒ではあるが、魔術で水を鍋にいれながらかき回す。火は消えていない。薪をくべて、火が消えないようにとりはからう。見つめてくる目を追い払いながら、具を入れてかき回す。
「ここには、馬を休める場所がないのか。困ったな」
「出来立てでね。雨露をしのぐところにも困っているんだ」
そんな声が聞こえてきて、吊られた鍋の中をかき回す。空は、まだ明るい。
ゴブリンを殺さないと生活できない。魔物に襲われれば農民なんてさくっと殺されて終わりだ。
熊に襲われたって人間がどれほど生き残れるのか。
「馬を繋いでおきたいのだがなあ」
「入口横につくるしかありませんね。ただ、自分たちで作っていただかないと」
「場所は、ここいらでいいのか」
「ええ。出入り口に近いほうがなにかと便利でしょうし」
ユウタは、丸太をインベントリから取り出して柵に立てかける。繋ぐための金具を用意して、丸太の高さを手刀で切りそろえておいた。金具に手綱をくくりつければ、簡易馬置き場だ。ささっと、鍋へと戻る。すでに、茶碗に野菜が引き取られていき中身が減っていた。
油断も隙もないというべきか。どんどんと勝手についでいく。テーブルの上へと水晶玉を置いて、視点を動かす。眺めるのは、移動した場所だ。ゴブリンの死体が散乱していて、馬車の姿はない。ネロチャマ村への距離は、10km程度はある。ということを考えれば馬車でも30分か1時間はかかるだろう。
「お待たせしました」
「まあ、別に待ってませんけれども」
「ですよね。なんだかへんてこなことになっちゃってるわけですが」
そりゃそうだろう。光輝く何かから人がでてくるなど、モントの腰が抜けそうになった。
モントは、ただの兵士で魔法の心得なんてない。魔法を使う子供など村にはいないし、水晶玉は淡い輝きを帯びていて退かせることなどできなかった。
なんにしても食料が日常的に足りていないので子供は、栄養が足りていない。
食物というと、干した肉が最上で酒なんてとんとないのでアーロンも久方ぶりにいびきをさせて寝ている。酒をたらふく飲んだ男は横になっていて、その奥からは煩い音が聞こえてきた。
「ゴブリンは、どのくらいの数でした」
「100くらいいたような?」
え? っとなって嘘でしょうという言葉を飲み込む。子供は、何気なく木を取り出す。虚空から光の穴がでたり黒い穴がでたりと手品じみている。魔法使いというと、長い呪文と杖に黒いローブというイメージがあるのだが、杖なんて持っていない。ひょっとしてミッドガルドでは魔法使いは、そうあるのかもしれない。
ネロチャマ村の子供も、ユークリウッドくらい戦えれば餓死など想像しなくてもいいが・・・
「耳とか切り取ってくればお金とかでたり?」
「しませんねえ。この村にギルドの出張所があると思いますか。思いませんよね」
「まあ、そうでしょうね」
モントの服は、何日も洗っていないのか匂いがして【清浄】のスキルを使うときつい匂いがしてこなくなった。ユウタは、便利なスキルも術も一通りは使える。前世では、匂い攻撃などと言われて気をつかったものである。ワキガの匂いは、気になって仕方がない。
「ありがとうございます。いやあ、水を浴びるのも足りてなくてですね」
「どういたしまして」
村には、ギルドもなく下手をしなくても武器屋だってないのだろう。煙を上げている建物はなくて、天幕が不自然な上下運動を見せ方をしていた。やることをやっているから滅びはしない。
が、食べ物がないのは苦しい。
ゴブリンは、肉になるかというと肉として食えない。ロゥマ人がゴブリン肉を食うかどうかなのだが、想像すると喉にせり上がるものがある。
「モントさんよ。ここは、いつから託児所になったんだ?」
ユウタは、やってきた男たちをみる。身体は、1m80cmほどあって筋肉は逆三角形をしている。
禿げ上がった男が皮の鎧と脚絆に剣を腰に吊るしたまま寄ってくる。両脇には、兜にとんがりをした男が2人。突進して、足を殴る。足は、奇妙な方向を向いた。左右の男たちの足をまた2発ずつ殴る。
哀れな声を上げて両足を押さえる。後続は、何が起こったのか分かっていないようだ。
「僕は、舐められるのが嫌いでしてね」
剣に手をかけて抜いた男に、赤い管が生える。細い土の槍を避けられずに、足を貫通した。
「うちの隊に加わることになる兵士なんですけど、それら」
「こんな無礼なの役に立つんですか? 味方がやられたのにびびって動かないし」
「いや、君、動いたら容赦なく魔法で攻撃するでしょ」
苦しげな表情だが、罵声を放ってこない男3人は脂汗を浮かべている。ユウタが、追撃の蹴りを腹に入れる。手加減したそれで、口から泡を吹き始めた。
「やりすぎです。それ以上は、止めてください」
「はーい」
ユウタは、鬼じゃない。治癒を術を使えば、元通りだ。だが、気絶してしまったのか男3人は動かなくて残りの7人は彫像になった。周りが敵ばかりになってしまうのは困りものだが、我慢などしないのだ。我慢しっぱなしで良い事など何もなかった。であるなら、やりたい放題したい。日本人が異世界に転生すると、我慢しなくなるのは親兄弟という枷が無くなるせいではないか。
「案内してきますので、適当にゆっくりされてください」
「はあ」
曖昧な返事とともに、子供の手が光ってその先にいる男たちの腕が元の形を取り戻す。
モントは、驚きを隠すべく口元を抑えた。
治癒術の使い手で、黒魔法と白魔法の両方が使える。
見たことがない。が、子供にしては凶暴で容赦がない。かというと、金に頓着がなさそうである。
できることなら、居座って欲しいところだ。一体、何者なのであろうか・・・
兵士を引き連れて離れる。騒ぎを起こせば、収集がつかなくなる恐れがあった。
なにより、ユークリウッドが兵士を殺しかねない。
「もたもたしないで」
呻き声を上げて、びっこを引く。忌々しげな表情、というより怯えがある。
やりすぎたか。とも思わなくもないが、舐められるわけにはいかない。
ユウタは、舐められまくりだった。結果、ろくな人生ではなかった。
舐められないだけの力がある。そうだ。舐められるのはもうこりごりだ。
(誰だろうが、舐めた奴には思い知らせてやるぞ!)
いじめられっ子の精神か否か。ユウタは、ふつふつと湧き上がってくるものを感じる。
モントの仲裁で、止められたものの何かあれば男たちを丸太で滅多打ちにするのも容赦しないだろう。
子供たちが鍋に群がっているのを見て、心が落ち着いてくる。
「おかわりー」
というので、おかわりに水と野菜を鍋にぶちこむ。味は、野菜だけなのだが煮込んでいるだけで旨いのか不満は量のようだ。鍋は、人数に対して少なくないのだが何も食っていないかのように平らげていく。
そうして水晶玉を眺めているうちに、更に東へと進む。黒い魔物は、いない。
代わりに、崩壊した壁と煙の上がる町が見えてきた。
石の壁に座るゴブリン。町は、占拠されているのか。
見下ろす町に、ゴブリンがうじゃうじゃといる。人の死体が転がっていて首がそこらじゅうに飾られている。魔物に敗北した町だった。平地に高い壁で囲まれた町なのだが、厚いはずの壁がいくつも崩れている。厚みも人が横になっても平気なくらいにあった。大きな町だ。インベントリに水晶玉を入れる。
町の壁へと転移門を開く。移動すると焦げ臭い匂いがする。
肉を焼く匂いだ。壁の上には、ゴブリンがまばらにいて石を投げてやると死ぬ。
隠業のスキルを使いながら、倒して回る。
全部倒せるのか怪しいが、見えるだけのゴブリンはいなくなった。
町の中央が見える位置まで移動すると、今度は地面にいる緑色の魔物が気になる。
そして、壁にそって張り付く虫は大きい。それに、壁の石を投げつける。いい角度であたって長い虫の腹を突き抜けた。虫は、黒い色をしていた。腹からは、紫の液体が出ている。頭へと投げれば、激しく動いて当たらない。
最初に投げるべきは、頭部だった。騒ぎが大きくなって気がついたのか、上を指で差している。
壁を降りて、家の上を伝って移動する。人の姿はなくて、あっても死体だ。人の姿をしてたであろう骨であったりと、陰惨無残な有様で魔物に負けた結果を示している。
町の中央にいくに闊歩するのは、緑色をしたゴブリンから肌を赤にしたゴブリンに青い角の生えたゴブリンへと変わっていき装備も重装備へと変化している。そう、ゴブリンだけでも種類が多い。中に、巨大な蟷螂がいたり空を飛ぶ怪鳥がいたりと中央は危険だ。
そして、中央は領主の館なのか堀が死体で埋め尽くされている。囲むのは、異形な亜人種ばかりだ。堀を埋めたら突撃なのか。赤と黒で彩られた壁からは、怨念が立ち登っている。水が入っていたであろうそこに死体を足場にしようとは。空を飛ぶ大きな鳥型の魔物を石で落としながら移動する。
手間を惜しまずに排除しながら、ぐるりと囲む魔物に火線の術を放った。
「んだよ、いねーじゃねえか。どーなってんだ」
アルストロメリアは、そういって家臣を走らせた。研究もそこそこに足を運んでいるのは、端的に言って転移門が使えないからでフィナルやエリアスに転移門を開いて貰うのが出来なかったからだ。どこへ行っているのか知らないがエリアスと連絡がつかない。
ミッドガルドから南にずっと下がったロゥマまで飛行船で3時間。
やってきてみれば、当のユークリウッドはいない。
鄙びた村には、魔物を掃除する為に有人型ゴーレムを置いてある。
村は、ネロたっての懇願でできた村なのだがもう滅びかかっていた。
そう。人はいる。いるが、食料が足りていない。
耕作しているであろう畑は、魔物にというより魔物と戦うゴーレムのせいで荒らされてしまって出来物といえば萎びた玉葱がわずかにあったくらい。大麦、小麦の畑は収穫まで時間がかかる。結界の存在しない有様では、いけないと結界器を置いてあるもののそれだって赤字だ。
そうだ。ユークリウッドから取り立てればいいじゃないと、アルーシュは言うが甘っちょろいだろうか。 エリアスは、まずレベルが欲しい。錬金術師だってレベルが高ければ、出来ることは豊富になる。むしろ、レベルを上げられない職だからこそ高レベルの錬金術師というのは重宝されるのだ。
錬金術師も錬金術士から錬金術師へ位階を上げて、そのまた上がある。
別に武器の縛りはないので、主に銃を愛用しているが小型の魔物までだ。
大型の魔物は、火筒と呼ばれる大砲の小型化したもので対処しなければならない。
それらを入れる鞄は、魔術師組合の専売だ。
商人も魔術師組合から手に入れる。錬金術師も例外ではない。
「どこいったんだ。あの野郎」
無駄な時間は、一秒だってない。アルストロメリアは、迷宮に行きたい。
迷宮にいって、楽に経験値を手に入れたい。家臣を従えて、迷宮にだって潜る。
が、セリアやフィナルのレベルたるや想像を絶するものがあった。
舌打ちしながら、村を歩く。家臣の男たちは、方々に散って聞き込みをしている。
村の中心に行くと、酒の匂いがした。テーブルと椅子が3つある。
「ここにユークリウッド様の魔力が残留しております」
家臣の若い少年が言う。なるほど、テーブルには、酒の匂いをさせた空のコップがあり兵舎の表には樽がある。製造年月日と名称からして、ミッドガルド、シャルロッテンブルクとあるのだから間違いない。そして、酒なんて村にはなかった。これだけの酒だ。買うのには、金がとてつもなくいる。
椅子が3つ。3人いたということか。その内の1人が、ユークリウッドに違いない。周囲は、武装した家臣たちが散らばっている。
「いかがいたしましょう」
「ただ待っていても仕方ねーしなあ。最低限の配置で休憩を交代でしてもらうしかないな。あと、ユークリウッドが来たら隠れるように戻ってな」
これまでの経験から、剣やら銃やら槍で武装した人間には過剰な反応を見せる。
それでなくても、おかしな子供なのだ。
ユークリウッドを探すべく水晶玉を鞄から取り出すとテーブルの上に置く。
「兵舎には、姿がありません。結界器は、正常に作動しております」
「そうか。だとすると、何処行ったんだ」
大体、手間を取らせないように後始末をするのがアルーシュたちの方針で戦争しろというのもユークリウッドの真似をセリアが出来ないからだ。完膚なきまでに破壊を為尽すのが彼女で、一旦攻撃し始めたら当該する城塞が、瓦礫になっているなんて当たり前だ。
南か。北か。東か。西か。ぐるぐると円を描くように移動していく視点。だが、見えても見えないのではないか。ぐるりと見るだけでは、魔力を感知しない。
「お嬢様、東に反応があるとのことです」
「でかした。東って、何があるんだ」
北は、山で北西に行くと旧メラノ。東は、アルカディア連合国につながるもののロゥマの支配地ではないのか。骸骨の化物がいたりとかなり暗黒の土地になっているものの。見ていくに街道と沿って畑があり耕している村人がいる。
周囲5kmには畑と人がいてユークリウッドがいない。東へと視点を移動させていく。川が流れているところに橋があって、そこからは草木が生えている。畑は途切れていた。東に10kmというところか。ゴーレムで木を引っこ抜きまくったので耕せるようになっているが、その先というとゴブリンやオークが住処としやすい森が道の南北に広がっている。
そこを超えて、ひたすらいくと打ち捨てられた村がある。1つ通りすぎてまた1つ。
2つ超えたころに煙の上がる壁に囲まれた町が見えてきた。
村には、動く死体と動く骨しかいなかった。町は、魔物に攻められたのか壁の下に死体が転がっている。
「これは」
「まあ、魔物に襲われたんだろうな」
錬金術師ギルドは、戦闘を得意としない。戦闘もできなくもないが、根は商人であり研究者なのだ。
金がなくてはゴーレムだって作れない。巨大な魔物と戦う為の代物である。だから、細かいゴブリンの掃討というのは不得意でアルストロメリアがいる村の周りを駆除して周るのは赤字だった。
アルーシュからその補填だったり給金がでてこなければ撤退あるのみである。
川の橋に砦を作った方がいい。だが、その兵士は? アルストロメリアの家臣をとなれば選抜にも苦慮する。何しろ、彼らには辞める権利があるし転職だってする。
砦をつくるとなれば土木工事であって、錬金術師は錬金の研究が主になるのだ。
見ていくと、中の町は至るところが黒焦げになり炭化している建物が見受けられる。
魔物は、と探せば地面かその上に転がっていて赤い光がひっきりなし飛び交っている。
ユークリウッドが、戦っているようだ。ゴブリンたちが応戦しているのか水色の礫や土色の礫が空中を駆け巡る。とてもではないが、アルストロメリアが生身で乱入するなどできない。15m級のオーガや昆虫型の魔物の死体も転がり、地獄絵図だ。
一際大きな黄色い光と黒い光と赤い光が乱舞して、眩しさに視線を外す。
木製のカップが差し出されて、中の匂いを楽しんで口に含む。
ついで白くてあっためられたコーンを食べる。同じ真似は、できない。
アルストロメリアには、地面に転がろうが手足をばたつかせようができない。できない事を知っている。
「立派な町みたいだけれど、ロゥマは何をやってんだ?」
「北と南で分かれているそうで、その上内海を接した属州との戦いに他国との戦争まであるようで」
「そもそもミッドガルドと戦う状態にないってことかよ」
まあ、どっちでもいいのだが。アルストロメリアは、早く迷宮に行きたい。




