467話 ネロチャマ村から東
空は、青い。
ネロチャマ村は、のんびりとした空気が流れている。
取り調べというよりは雑談をしていた。
インベントリから出された酒に、驚きを瞳で表現しつつ、
「ま、ゆっくりしていってくれや」
「隊長、名前くらい名乗ったらどうなんです」
「おお、そうだったな。こっちモント、俺がアーロンだ。よろしくな」
見た目は、貴族の子供が背伸びをして旅をしているように見える。
光を浴びれば白銀の色が際立つ鎧だ。殺して奪えば金になるだろう。
だが、人間だ。子供でも戦士というなら役に立つ。とりわけ何もないところから物を取り出すというのはどういう仕組みか。単純に興味が優った。
アーロンは、テーブルの上に注がれた木製のコップで泡立つ液体を飲む。美味い。
辺鄙な村に飛ばされて一番の役得ではなかっただろうか。とすると、明るい金髪の坊やに、
「ユークリウッド君。お前さんは、子供なのに冒険者なのか?」
「ええ」
「とすると、メラノを解放したミッドガルド軍の関係者ってことだろ。だったら、肉魔物の正体とか知ってたりするのか。あそこは、危険すぎる」
ユウタは、そんなものを知らない。しかし、黒い魔物は気になる。放ってはおけない。
必ず見つけ出してぶち殺さないといけない。
「正体は、知らないです。山の麓に、穴があって肉の魔物がいましたよ」
すると、若いモントと呼ばれた男が鎧を着たまま椅子に座る。3つの椅子が埋まった。
モントはモントで正体不明の魔物が恐ろしい。村は、避難民で一杯だ。もう、治安は崩壊して久しく隊長であるアーロンと逃げ回ることの方が多い。だからかくつろいだアーロンを不思議そうに見て視線を子供に移す。
「ひょっとして、倒したとか」
「倒せたんでしょうかね。わかりません」
ユウタの不確かな言で、ぬか喜びさせてもことだ。嘘つき呼ばわりされかねない。はぐらかせたが、
「よく捕まって死ななかったな。子供に見えるけど、小人族だったりするのか」
「隊長。年齢見ただでしょ」
「しかし、職はわからんしなあ。血が混じっている、なんてことはないか。とんがり耳じゃねえ」
子供が旅をして生きていられる世相ではない。2人が訝しむのは当然だった。腰の剣は、外さない距離で佩いているがさりとて当たるかどうか。魔物が村に入れないよう門には護符と魔法陣が敷かれてある。当然、ただの代物ではない。アルストロメリアの家門が拵えた。ゴブリンや妖魔の類を夜毎に退ける。
「君は、アルストロメリアさんと知りあいだったりするのかな」
「知り合いといえば、知り合いです」
ユウタが水晶玉から見下ろす村は、四角い形の柵で覆われている。黒い魔物の痕跡はなくて、魔物が隠れながら近寄ることはできないように木が倒されている跡があった。テーブルの上に乗せた水晶玉。頭巾が転がらないようにと敷いてある。周囲を警戒し、確認はできる。が、ユウタには勝手に魔物を倒して経験値をくれる使い魔なんてない。
不便だ。心を落ち着かせる音楽が聞きたくなった。が、楽器なんて家にはない。
音楽といえば、子供の声で泣き声だったり叫び声だったりするものが通りを木霊する。
「いつまで、この村にいるんだ? ここは、言っちゃなんだが危険だぜ」
「そうですよ。仲間は、いないんですか」
仲間。いるようないないような。セリアは、呼べない。呼んだら、森を破壊しつくして更地に変えてしまうだろう。アルたちは、呼べない。呼んだら、兵隊がわんさかやってきて支配することだろう。フィナルは、頼れない。頼ったら、やばい。何がやばいかわからないやばさがある。
仲間、いなかった。フードから毛玉を取り出して、むにむにと撫でる。心を落ち着けるのだ。
「僕に仲間がいるように見えますか」
「これから作ればいいじゃねーか。まあ、無理にとは言わんが」
「隊長と僕みたいなもんですかね。他のは、村に馴染んじゃってやめてんですよ。実は」
2人と門番というところか。入口が1箇所で不便そうだ。子供が、棒きれを持って追いかけっこをしている。子供は、多い。多産なのだろうか。子供は、国の宝。子供がいれば、国は滅んだりしない。逆を言えば、子供いない国は滅ぶ。持続不可能な社会を作って悦に浸るのは、愚かというべきだろうに。人口減少とともに国力は落ちる。
それが、元で戦争は起きる。
「結婚しちゃうんですか」
「まーそうだな。実際、兵隊より自警団のが数も上だしな。わはは」
アーロンは、顎を撫でる。村は、役にたたない女と子供に老人が多い。
子供が多いのは、将来の労役に使える。が、すぐ先には餓死か内紛だ。
「ほんと、子供が多くて困ってます」
ユウタは、鍋を取り出した。レンガを取り出して、釜を作る。薪に火をつけた。
子供が多いことはいいことだ。子供がいなければ、その国は滅ぶ。
村には避妊も堕胎も考えなどしないのだろう。避妊も堕胎も悪だ。
避妊は道徳の欠如。堕胎は子殺し。子供を増やすのなんて簡単だ。
だが、そこまで知能がない人間というのはいるだなんて想像できない。
何十年と失敗し続ける。或いは、効果がない政策をし続ける。
無能の極み。だが、そんな人間たちが優秀と評され高額の金を貰う。
鍋に放り込まれた野菜を見てアーロンはまた一杯。酒が進む。
「マジかよ」
「それでいったい何を作るんです」
「鍋物ですよ」
水を入れて、入れる瞬間も術を使ったせいかアーロンのぎょっとした表情が目につく。
赤みを帯びた顔は、若干頬がこけていた。満足に食べてはいなさそう。
流石に、水を井戸から汲んだら文句がでそうだし、手間も省く。
中には、大根やら人参やらを適当に混ぜた。適当雑炊だ。雑炊ともいえない何か。
井戸は、村の中央にある。屋根のついていないものだ。せめてポンプ式にするべき。
「お前さん、見かけによらないよな。水の魔法使いだったのか」
魔法使いなら1人で、子供というのも納得だ。見かけの年齢が合わないのも。
村人で魔法が使える人間はいない。せいぜい火を起こすくらい。
「でも、騎士でしたよね。それで、冒険者ですか。なんとも不思議です」
「ご飯は足りてなさそうですね」
すぐにアーロンの腹が空腹を訴える音を出す。酒が入っていっているはずなのだが、
「こりゃ失敬。匂いで腹がなっちまったわ。がはは」
水に野菜を放り込んだだけなのだが、アーロンは匂いでいけるようである。
不精髭に垂れたよだれを手で拭く。手ぬぐいなどはない。村は、倉庫が貧弱ながらもあるようだ。
なんとなくペダ村を思い出す。が、さらに酷い。言ってしまえば、天幕で暮らす難民の村というべきである。
そして、兵隊は2人。魔物から身を守る壁は、木でできた柵だ。ぐるりと周囲に畑はある。
「悪いのですが、こちらからお支払いできる余裕はございませんよ」
「僕のおごりです」
「おごり、おごりときたか。なんかできることはないのか。しゃべれることならなんでも教えてやれるぜ」
聞きたいことは山とある。が、差し当たってはなんだろうか。
北側の空に豆粒のような点が見える。水晶玉から見えるそれを拡大すると船だった。瓶に箒がかかった紋章をしている。方向からすると、ミッドガルドの方角から村へと向かっている。
「村に、アルストロメリアはどの程度の頻度で来るんですか」
「2日に一回、か。ここいらの魔物はメラノに行きさえしなければ駆逐しちまったみたいだからって話だ。なんせ、巨人を動かすんだ。当分は、止めて欲しいわな。畑がめちゃくちゃになっちまう」
痩せた女が籠を背負って歩いていく。服は、汚れた灰色をしていて元の生地がわからない。
風呂に入っていないのか匂いで吐きそうになった。風呂が必要だ。
倉庫に飯をぶち込んでおく必要がありそうだ。煮込みが進む。煙で野菜だけでも食えそうだ。
「だから、この村の人口は増えて困っちゃいるんですよね。でも、メラノへの中継点ってことで通過して行かれてるわけですけど」
「行って帰ってくる奴がいねえ。じゃあ、原因はなんだって話になって見に行く奴は戻らねえ。だから、もう見に行くってことは死ににいくってことになってるわけだ。俺らが、お前さんの話を聞きたがるのもわかんだろ」
メラノの方向に抜けられないようである。となると、橋を渡っていけてないということになる。環境が変わりすぎて生活できるのか謎ではあるが。
ちょっとおんぼろなお椀がでてきて、それに木の杓子で野菜だけの煮込み汁を注ぐ。
2人は、頬張りながら羨ましそうな表情を浮かべていた子供に手招きする。
「これ、全部食っていいのか」
「ええ。もちろん構いません」
「金はないぞ」
「お代は、結構です」
片方が、訝しむ顔を浮かべる。もう片方は、酔いが回って顔が赤い。ユウタは、笑みを作った。
「この村で、やれることっつったら突っ込むことくれーだからな。お前さんにはまだはえーだろーし」
「いくらなんでも、ですよねえ」
必要ない。ゴリ押しされれば逃げなければならないところだ。
ユウタは、酒が空になったコップにインベントリから追加を注ぐ。そして、そのまま樽を地べたに置いた。
「お前もどうだ」
「隊長、昼ですよ。まだお天と様は高いですって」
「いいじゃねえか。ユークリウッドくんとの出会いに乾杯しようぜ」
迷いながらコップを手にしたモントは、周囲を気にしている。黒い魔物の手下は、現れない。本体も見つからない。やはり、逃げを打たれるとどうしようもない。ユウタは、神様ではないので毎回確実に倒せるとは限らないのだ。そうして、相手がユウタより上回って現れた場合には逃げるしかない。
それが嫌だから執拗に探して回るのだが、廃墟と化した村と魔物の死んだ村とまた村を発見したくらいだ。山の麓に森がある。山にも木が生えている。隠れる場所は、いくらでもあるといった次第だ。
「隊長、こんなことしてていいんですかねえ」
「いいんだよ。人生に潤いと穴は必須ってな。書類なんてくそくらえだ。あ、ここじゃ羊皮紙だけどな」
穴。男には、穴が必要だ。だから、掘るのだ。穴を。
東から迫る亜人の軍団は、村から遠いのだろう。迫ってきてくれればアルストロメリアが迎撃してくれるもののそうでなければ、やる意味も薄いという。アーロンとモントだけではゴブリンまでだ。それも数が多ければ逃げ回らないといけない。
アーロンとモントは、おかげで逃げ足は早くなった。門番の男は、村人で自警団である。戦えといって戦うか微妙であった。
「モントもさっさと結婚しちまえ。死んでから結婚なんてできねえんだからな」
「それは、僕のセリフですよ」
「俺は、難しいんだよ」
アーロンは、南の空を見る。あまりにも遠い。アーロンはただの兵隊で、金もなく親は平民である。
たまたま生きているが、トロールといった亜人でも凶悪な部類と出逢えば死を覚悟する程度だ。
それに、隊長だなんていわれているが増援の兵がくれば一兵卒になる。
「それじゃ、童貞のままですよ」
「うるせえ。やるわけにはいかんだろ」
モントがにやにやとして逆に兜をかぶったままのアーロンが片目を大きくした。
結婚しないとやれないようである。遊びでやりまくる現代とは違うのか。不倫とかしたら、もぎ取られるか殺されるか。とてもではないが、怖くて聞けない。聞いたら、とんでもない奴扱いになるかもしれない。
不倫とは、とんでもなく悪いこと。それがわからない人間が大人だという。
道徳と常識を教えないのが、悪いのか。むしろ知らなくても生活できるというのが、おかしくないだろうか。お金を払って、春を売るのが売春婦である。どんなところにも、それがあって最古の職業だなんていわれている。
が、聞けない。
「なんだ。ユークリウッド君は、興味あるのか」
また一口。酒で崩れたにやにやとした笑みだ。
「今日生きてても明日には死んでるかもしれないんですから、楽しまないと損ですよ」
「そんなもんですかね」
水晶玉から見えるのは、畑と申し訳程度に生えた木。魔物が隠れられるような箇所はない。
せいぜい小川から水を引いた水路に隠れるくらいか。
東へと目を向ければ、耕作をしている男の姿が映る。
鍋は、だんだんと減っていく。子供で鍋の周りは一杯だ。
「ずっといてくれてもいいんだが、どうだろう」
アーロンは、核心を言う。トロールやゴブリンの姿はなくなったとはいえ、東にはまだまだ亜人の軍団があり対するロゥマ共和国の軍団はこない。西は、魔族に支配されているのか人はこない。北はまた山で、森の中に魔物はいても人はいない。
山で人が生きていけるほど、食料が豊富かというとそうでもない。
「ずっとは無理ですね」
東へと移動していくに街道があって、街道にそって視点を動かしていくとたまたまというかまさにというか森からでてくる点と馬車が挟む点があふれてきた。ユウタは立ち上がり転移門を開く。
転移先は、馬車の上だ。矢が降ってくる。防壁を張る。
黒い魔物とは別なのか。緑色をしたお馴染みの魔物たち。
赤く錆びた兜や剣を持って、迫ってくる。
どうでもいいのかというと、見たからにはどうでもよくない。サンダーのスキルを放つ。
青白い光が手の先からほどばしって、空中をかける。反対側には火線の術。
青い壁が盛り上がって、線を遮った。馬鹿なと、一瞬思い、青白い光の先は点をなめていく。
痙攣して動かなくなる魔物に殴りかかった。拳は、頭部を捉えて弾けた。
丸太では、速度が落ちる。構えてステップを踏む。
右からも前からも左からも踊りかかってくる。が、一息に3つ。
時間が違うのかと錯覚するように頭部が弾ける。柔らかい手応えと、ユウタを無視して馬車へと向こうとした手合いに、口から息を吐くように火が走る。火遁の術で斜めになった原野が赤一色になって、青い壁ができた反対側へと走って、壁から顔をだした乱杭歯の口へ拳を叩きつける。
篭手は金属製で顎よりは硬いのだろう。すると、張っていた防壁が崩れる。
振り向くか振り向かないか。迷って、向けば撃ち漏らした魔物が馬車に寄って男と女へ襲いかかっている。明らかに違う。魔物は、防具に魔術を使っているのか淡い光を帯びている。駆け寄りながら、壁へと向け火を吹く。地面が黒焦げになりつつ追いついた魔物の背を掴んで放り投げる。
放物線を描いて飛んでいった。1つ、2つ、3つ。火遁をかいくぐって来た魔物を投げ続ける。
ぐるぐると馬車を周りながら、防戦だ。青い壁から、伸びる青い線を火遁が受け止め熱気と熱風に水蒸気が混じってえにも言われぬ様となってきた。
馬車の動きは止まっていて、森からでてくる魔物の姿もない。青い壁は、魔物の姿が見えない。
かいくぐった魔物の姿がなくなってもうもうと立ち込めてきた煙に、進む馬車。
止まっていては矢を受けるだろうから正解だ。
男女は、男が3、女が2で子供が馬車の荷台に伺える。
手を降ってくるので、見送りつつ青い壁の向こうを伺った。
転がるのは、黒いもこもことした塊と塊に塊だ。
火遁をまともに受けて生きてはいられなかったのか。
馬車は、遠くへと離れていく。
森は、途切れていて隠れている場所などない。
矢が降らせる。それで終いのはずだった。
人間の子供に、邪魔をされるとは。
「どうする」
「どうもこうもない。人間に死を」
家畜か否か。人間は、弱っている。好機だった。黒い魔物は恐怖の対象だったが、同時に人間の住処も勢力を著しく減少していた。追うのは、情報を寸断するためだ。山や森から出て人間の町を襲うことで勢力を伸ばしてきた。
「子供だが、兵士だ。囲め」
が、ここに来てたった一匹に魔術兵ゴブリンと戦士ゴブリン、弓兵ゴブリンの混成軍団300の半分がやられた。半刻と立たず、もう息をするかのようにゴブリンの兵が倒されている。たかが10人程度の人間だがといって連れてきたのだが、訓練どころか壊滅といっていい。
「進め、進め」
逃げ出すゴブリンは、止めようがない。氷壁を張って暗殺兵ゴブリンを差し向けるのが得策だろう。
といって、そんな隙はない。相手は、1人。人間の子供だ。白い鎧を着ているが、恐ろしく素早い。
殴られたゴブリンは、皆死ぬ。
「1匹だぞ。ぎゃ」
青白い光を浴びて崩れおち、舐める火が黒く死体を変えた。
氷の壁から下がりながら、弓兵は矢を撃っている。効果は、見えない。そして、火の妖精かのように火を吐いてくる。当たらない。矢が当たらない。当たっても、篭手で弾かれる。
戦士は、投げられるか交代で術をぶつけているのになんとも苦しそうではなくて青白い光が兵を倒していく。魔術やスキルを寄せ付けない鎧や盾が、意味をなしていない。
伝令を走らせて魔術兵を下がらせた。虎の子だからそうそう倒されてはかなわない。
爆発する玉を投げつつ、応戦している。
「ガ隊長、いかがしますか」
「突撃だ。得物をもて」
「囲んで倒せれば、まだ」
差し出された槍を手にして、狼にまたがる。馬では、焼かれてそれまでだ。
雄叫びを上げるゴブリンは、装飾も豊かで左右にゴブリンを並べている。
途中からゴブリンの魔術がなくなった。矢を手に取りながら、投げ捨てる。
お返しに、火遁だ。すると、読んでいたかのように空中を飛んでくる。
飛んでくるので、距離をとって放つ。盾を構えて、防ぐ姿勢をとるがすぐに丸焼けになった。
速さが足りない。相手の懐に潜り込むというのなら、もっとずっと速くなければ。
つまり、言ってしまえば相手の術より速いことだ。
でなければ距離を取られて炙られるか串刺しになる。
崩れ落ちる青い壁と残ったのは、黒く潰れた死体。
去っていった馬車は、順調に進んでいる。ユウタは、転移門を開いた。




