466話 黒い魔物
黒い目玉は、監視用だ。
距離を1kmほどとって攻撃に移る。
目玉だけでも50。子供の周囲を覆うようにして配置しているが、倒せていない。
のこのこ1人で現れたのだ。好機と考えるのもやむ得ないところ。
目玉の攻撃は、噛み付きに酸飛ばし、それに怪音波。
そも目玉は人間であれば、姿を見ただけで怯え立ちすくむ。
が、その兆候はない。骨の兵では、駄目だ。砕かれて終わり。人間の死体から作れるが、打撃に滅法弱い。
間近へ寄せれば、木を投げつけられて倒される。そして、複雑な動きができない目玉に駄目押しと大鬼、さらには狼と追加していく。木陰から生えてくるようにしか見えないが、眩い光とともに目玉が地べたに転がる。
雷だ。目玉は、黒焦げになってかさついた紙のように散らばる。50体の浮かぶ目玉がやられて残りも半壊した。
出鱈目だ。
声は出さない。相手に圧をかけるには、無言であることも重要だ。
こと、目玉を全周位に配置して意味がなかった。
絶望しない人間とは、やりにくい。突然現れて脈略もなく手駒を減らされる。
希にいる子供の姿をした化物。
たまったものではないが、やめられない。ひょっとして倒せるかもという執拗な攻撃と逃がさないのと逃げ出せないのとで拮抗していた。
接近した大鬼が、黒い腕で持った棍棒を振り下ろすのに合わせて狼も飛びかかる。前面に巨躯、背面からは狼の牙。やったか、と思えば肘を手で止めながら左の足蹴。鬼の上半身が千切飛んで、そのまま後ろへ右の足蹴で狼が10もまとめて吹っ飛んでいく。
殺す。確実に殺す。念入りに殺す。だが、殺せない。
追いすがるようにして、万と蛆を呼び出したが、今度は火だ。蛆の群れは燃える。燃えてしまう。
それでもと、火に包まれても突っ込んでいく。火は、鬼の身体で薙ぎ払われて周囲を覆う黒い蛆ごと燃え広がる。子供の操る火だろう。子供には、燃え移らず服を焦がすこともない。
全方位からだ。地面からも。
と、たまらずかローブをはためかせて子供は空中に浮いた。覆うよう、壁を作るように蛆を喚ぶのだが、壁となった蛆は穴に吸い込まれる。蛆の群体は、燃えながら黒い穴へと吸い込まれていく。一点に、向けて風が吹いている。
そう易々と処理させじと、大鬼の身体から黒い刃を飛ばす。一つ、当たらない。二つ、当たらない。交差するように配置して撃つも、同時に2体の鬼は4mの身体を燃やして倒れた。両に分かれた断面からは、黒い煙があがり次いで溶ける。回収は、不能だ。大鬼とて無尽蔵にあるわけではなくて、元が必要になる。
今度は、狼と三日月をした影色の刃が放つ。子供は、器用に足場もない空中で移動してみせた。
と、当たっても掻き消える。魔として負けているのか。放出系もまた侵食できず、躱される。
数を倍に。倍にしたら、今度は攻撃する前に蒸発した。火に弱い。
これは、駄目だ。ただの子供ではない。縄張りにしている村や町で黒い影をしたモノを怯えぬ者はいないのに。大概は、蠅と蛆で倒せる。冒険者のスキルでもあるが、黒い影に殺せぬものはなかった。是非とも取り込みたいところではある。
口は、あるが喋ったりはしない。子供も無言だ。生まれてこの方、倒せないという相手には何度も出会ってきた。きたが、最終的には地獄を見せている。子供にも必ず地獄を見せねばならぬ。絶望させるのが、最も悦楽を感じるからで勝つとか負けるのはついでだ。
声を出さないで、獲物を追い込もうとするのは稀であるから苛立ちも募る。
骨の兵を育成途中で潰されて、潰した冒険者と言えば子供。ならば、普通の餓鬼ではない。
数えることの能わぬ蛆も届かずに燃えるばかり。
燃えて山から地べたへと広がり火は蛆を湧かせている地点まで到着した。
頃合だ。かといって、会話はしない。察知される危険がある。
いるのだ。こうした超常的勘を備えた人間の冒険者という奴が。
手駒にしていた強者の1を放つ。それは、黒い外套に身体を隠した男。
手は、伸びたりしないものの特殊なスキルを持っている。切り刻まれた顔面は変形して苦悶を浮かべていた。
そのスキルは、
(心音破砕)
届かなくとも、視界に入れた人間の心臓を破壊する。防御スキルを貫通するそれ、滅多に出さないが切り札だ。逃げるにしろ、切っておく。倒せればよし、倒せなくとも食らえば隙ができる。間合いを離すこともできよう。
黒い腕は、赤い光を放って地面の上5mで火を放っている相手を捉える。はたして子供は、血を吐き出す。手には、心臓を握りつぶした跡がある。真っ赤に染まった手をみた傀儡は、しかし燃えて爆ぜた。丸太が回転して避けたのに、爆散してもろともだ。
子供は、というと動かない。燃えた傀儡は、もう使えない。回収したところで復活は、できそうもなさげだ。子供は、倒れた。が、死んだふりということもある。じーっと見ているが、ゴブリンの村から補給を行って蠅の群れを飛ばす。
手持ちが尽きそうだ。
目玉の一つが近寄っていくに、蠅とともには燃え落ちた。マナの光が舞う。
子供は動かない。罠か。罠でないのか。
潜んでいる位置がばれている? 微かな懸念が、足を遠のかせる。
まだ手駒はある。だが、追い詰めたようで追い詰められている疑惑。
思考がままならないまま、ただ殺しただけである。相手はまるで楽しんでいるようであったから、絶望にて蒐集とはいかなかった。であるなら、引き際だ。マナは、薄くなっているだろうし中継している道具は子供の死を確認できてからだろう。するすると離れつつ擬態はとかない。
やがて、何事もなかったようにして起き上がった子供はなるほどふてぶてしい。
ついで、赤い光が横薙ぎにやってきて意識を分体と入れ替える。
入れ替わった方は、燃え盛る光に飲まれていった。熱と光で燃え上がるのを感じた。
やられた。
なぜ? 単なる勘? にしてももう見えない。
「おのれ」
ぎりぎりと歯のない口を合わせる。手には、ずぶずぶと黒い身体にめり込む緑色の人型をした魔物。
彼らも恐怖して、逃げ惑う。だが、許さない。そうだ。許されるものではない。
痛みと絶望が魔物から流れ込んでくる。激痛こそ悦楽。苦しみこそ法悦。
なんであれ、苦しませねばならない。まったく足りないが、からくも脱した。
「いや、この際、質は我慢しましょう。取り逃がしたというよりは、よくも逃げられたというべきか」
吸い込まれた分大きく力は減じている。時間が必要だ。手駒も全然足りない。
人間め。よくも・・・
次もある、とは思わないが会いたいとも思わない。逃げて正解だ。
人型をした黒い影が歯のない口を三日月にした哄笑を上げる。
ユウタと言えば、山が崩れてくるのに走っていた。斜めにずり落ちてきて、肉の穴も蛆も何もかもが土の下だ。一体、どれだけの魔物がいたのか。戦っているうちに、数は数えなくなった。わらわらと湧いてくる蛆と蠅は、凶悪で中級の冒険者では太刀打ちできなかっただろうことが想像できる。
土煙があがってきて、魔物は湧いてこない。地面の下からだってきておかしくないから浮遊を身体にかけて浮かしている。結果から言えば無駄骨、とまではいかなくても相手を警戒させ慎重にさせただけだった。というべきか。
(参ったなあ。なんてめんどくさいんだ)
喋らず、脅しにもこず、淡々と攻撃を仕掛けてくる。そんな相手だ。
位置がわからない。なので、微かに感じた勘でぶっぱなしたわけだが手応えなんてわからない。
(糞が、やばかった)
下手をしなくとも心臓を潰してきた。それでも即死しなかったが、脳をやられていたら死んだのではないか。チートスキルだったように思える。
あれで終わりならいいし、火線で死んでいるのなら儲け物。だが、死んでいるとは思えない。
待ってみるが、気配はしないし離れて見る。
(水晶玉じゃ俺が探さないといけない。そうするとまた奇襲される)
どうにも蠅や蛆といった奇怪な生物を操る。大鬼の身体は胸にぱっくりとした裂け目があった。
むりむりと白いものがでたり、黄色い歯があったりと。
尋常ではない。
周囲の偵察をしたいのだが、召喚系は下手なのか黄色い毛玉と白い毛玉がでてきて働かない。
放り投げると怒るし、地べたに置いても怒る。どうしろというのだろうかと悩ましい。
撫でて見れば、ふにゃふにゃになり偵察に行ったりなどしないのだ。
魔物使い、或いは召喚士という職は持っているし上級も持っている。
だが、使えない。魔物は、使役できない。どうしてか。黄色い毛玉や狐が邪魔をするのだ。
使えない使い魔とは、これ如何に。もはや、強制労働の時間かもしれないと決意すると逃げるのだからもう踏んだり蹴ったりだ。
(自意識を持った使い魔で、言うことをきいれくれるとなあ)
そう、索敵に使う鳥、とか。現実は、人力だ。それが、自動で動いてくれるとなれば効率は跳ね上がる。
平地でも、有用だ。風の術は、迷宮でこそ機能するがこれが森やら山だと木が邪魔なのと空間が広すぎる。狭くて一方通行であるから、術は機能する。
(でなおすしかないわ)
人間とは思えない動きをした黒い肌の魔物たち。蠅や蛆もまた黒い。全部を統一しているのかそれともそういった魔物なのかわからないが、火には弱いようだ。
燃えるからには生物のようである。
角度の変わった山と埋まった洞穴を見て、人のいるであろう方へと歩きだした。
人骨が串刺しにされていた坂を降りて、村になりかけている地点を見下ろす。
ぐるりと丸太で柵が作られている。一番大きな建物というとアルストロメリアの家が作ったものだ。
人が集まっているのか増えている気がする。
掘っ立て小屋が10。天幕を張ったものが15。それと四角い小屋と出店が2つ。
街道に面して人が立っている。門番のようだ。近寄っていくと、人が増えた。
若い男だ。手には、弓を持っているのと槍のとで2人いる。
射掛けてはこない。
「おい、お前、人間だろうな」
また人が2人走ってくる。近寄っていくに警戒が高まっているようだ。
「そうですが」
「こんな奴、通ったか」
すると、後から来た2人の片方が、
「子供、白い鎧、アルストロメリアさんちの? ステータスカードを見せて貰えばいいんじゃねえの」
「それもそうだな」
奪われる心配は、ある。だが、話を聞くには見せないといけないようだ。
金属の板を取り出して渡す。
「これって、偽造できるのか」
「無理だろ。こりゃ立派なもんだ。ミッドガルドの方か。子供なのに、大したもんだ」
丸太を組んだ門が開く。足元は、小さな板が敷かれていて渡れる。
それをじぃっと見ている。
渡ると、
「吸血鬼、じゃないよな。安心した」
返される。失礼だが、ほっとしたようだ。
「ここいらじゃ、村が壊滅していてな。お前さんが、犯人ってわけじゃねえがみんなぴりぴりしてんだ」
だからか、掘っ立て小屋が増えているのは。たしか、アルストロメリアの建てた店が2つ並んでいるくらいだった。実際には、大して物も並んでいなかったのだが・・・
「東にいけば、誰もいなくなった村が2つ、町が1つあるんだけれどよ」
「領主は、何してるんですか」
「死んじまってるよ。というか、消えたように誰もいなくなってんだ」
門番が1人残って、木箱に座っているのがまた1人。2人が横を歩いて見下ろす。
簡素な服だ。それに皮の鎧。腰周りにもびらびらのついた濃い茶色をしたベルトと同色の覆いをした短剣、長剣が差してある。
足は、同じ色をしたサンダルだ。秋でもロゥマはミッドガルドほど寒くなくて、ヘルトムーアと違って風が強くない。
寒くない簡素な外装をしている。
「メラノから来たのか? 教えてくれ」
「メラノより手前ですね」
本当のことを言って信じてもらえるかどうか。そもそも、ユウタの見た目は子供だ。
「でも、子供1人で旅をしているには携帯しているものが少なすぎやしませんか」
詮索は、止めて欲しい。だが、そんなことはおかまいなしなのだろう。疑念を抱いているようだ。
「止せ、アルストロメリアさんの知り合いだというのなら我々がどうこうする権利はないんだ」
すぐに、クリーム色をした建物の前に辿りつく。外装を手入れしている。上部には、気球のついた船が停船していた。扉は両開きで、閉まっている。外からでは、人がいるのかどうかわからない。2階建てのようだ。ポーション屋は、儲かっているようである。
「えっと、詳しい話を聞かせてくれませんか」
飲み屋もなさそうだ。飯を出してくれる宿屋だってない。そういうところだろう。このネロチャマ村、既にして滅びそうだ。
「いいが、立ち話もなんだ。詰所でどうだろう」
すぐ隣に男が案内する。椅子を出されるので、ユウタは座りつつ皿に豆をインベントリから取り出して乗せる。袋は、そのままテーブルに置く。詰所には人がいなかった。2人なのか。
「いい豆だな」
木で作られたコップを用意して麦酒を注ぐ。注いだ樽は、コック式だ。
いい酒とは言い難い。しかも、苦いらしく評判は今一だ。売れているようだが。
「酒か。こいつは、昼間から景気が良くなりそうだ」
すんすんと匂いを嗅ぎながら口をつける。子供の振舞う酒というのは、どうしたことか受け入れている。
これで人でなかったらユウタもびっくりだ。まあ、ぱっくりとわかれて黒い肉がでてきても今更驚きもしないのだが、そんなことはなかった。すぐに赤ら顔にもならないので、強いようだ。
「隊長、昼ですよ」
「いいじゃねえか。こうでもしなきゃやってられねえぞ。お前は、どうだ」
若い男2人で歳の差はなさそうなのだが、両手を前にして遠慮している。
真面目なようだ。いきなり樽やら豆やらを出されて仰天しているようでもある。
「なんだったか。話が聞きてえんだっけ」
「そうです」
顎を撫でると、ぽりぽりと豆を食い出す。膝に足を乗せると背もたれに上体をそらした。
「俺が、こいつとこんなことをやってる前は、南の町で兵隊をしてたんだが・・・あー。何ヶ月前だっけな」
「二月前です」
「そうそう、そこで辞令がでたのよ。ご領主さまじきじきに調査しろってな。で、北の方へと移動しながらメラノが解放されたとかって話もありの、バケモンから逃げたりしてーの、ここへ辿りついたってわけだが・・・」
通りを見る。人の通りはない。村人は、少ないのか。子供は、通りを歩いていない。
「ミッドガルドの人がいるじゃねーの。かといって、追い出したりもできねえ。そうこうしている内に、難民が東からきやがる。兵隊とか調査とかやってられねえって、もう毎日丸太で柵作ってテントを張ってよ。あとは、もう手紙送ろうにも送れねえ。かといって戻ろうにも、魔物がいるってんで戻れねえ。東は、村があるらしかったが、壊滅してる。人は、こんだけって、どんだけって状態だ。指揮系統、そりゃ、ねえな。アルストロメリアさんとこの兵隊がまだやるよ。柵に聖魔法だっけ設えてくれてるおかげでまだマシってところだ。その元凶がどうとかってのは、黒い何かってことしかわかんねえ。蠅らしんだけどよ。すげえ大群で飲み込むって戻ろうにも戻らないってのもそいつが怖いせいらしい」
と、コップを置いて喉を鳴らす。二杯目を注いで、速い勢いだ。
豆を手掴みして、口に放り込む。
「恐ろしい魔物らしくて、冒険者が何人も死んでいるそうです。それこそ一つの町や村の引退した冒険者まで・・・」
「お前さんが、出会ってないようだし、運がよかったな」
であっていそうだ。倒せないのが、問題だ。本体があるに違いない。分裂型の魔物だろう。
「目的とかわかりますか」
「わかれば交渉ってか、交渉しようがないな」
「生存している方もいますが、まず会話にならなかったり覚えていなかったりでして・・・」
残念ながら快楽殺人を行う魔物だった。




