464話 昼飯食ってだべる
太陽は、真上に上がっている。
日差しで、秋とは思えぬ熱を感じた。風が吹くと、枯れた葉っぱが前を通り過ぎていく。
転移門を抜けた先は、人の通りもそこそこにある。
「戻ってきやがった」
不貞腐れた声だ。
木箱に座った白いエプロン姿の幼女が目を座らせている。手持ち無沙汰にしているよう。くりくりと跳ねた髪の毛を指でいじり屋台の手伝いをしているようではない。彼女は、貴族の子女である。屋台の経営など興味はないといったところか。
「おかえり」
四角く木で設えて木とゴムで作られた車輪の横から、顔を見せた青い髪が見えて少女が声をだす。
はっきり言ってユウタは、信じられないが元の時間軸から追いかけて来たという。
年齢不詳の森妖精だ。耳は、若干長い程度である。従者をつれている。
「ふん」
「帰ってきたなら、どこでどうしてきたくらい説明してくれてもいいんじゃねーの。メラノに行った気がするんだけど」
「それであります。転移門を複数出そうとして、気絶したでありますよ」
桃色髪をくるくると丸めた森妖精がやってくる。手には、お盆。上には、茶色い焼き菓子が載っていた。
面白くないといった顔つきである。
「ティアンナ様からだ。別に、食わなくてもいいんだからな」
露出は少なめで、ばいんばいんな胸も見えない。お盆に乗せて、しゃがまないととれないくらいの背丈をしている。性格が弄れているので、行き遅れているのではないだろうか。
それを言ったら殴り合いになりそうだ。やめておこう。
「ありがたくいただきます」
「ふん。お前んちで寝泊りしていいんだろうな」
うーんと、唸る。
手伝ってくれているのだ。人を雇えば、というか家の前であるから余程信頼があっても置いておきたくないのが本心。
ユウタは、否、とは言えない。が、ハイデルベルクの森は放っておいてもいいものなのだろうか。
奴隷商人は、また湧いてこないとも限らない。人間の欲望には限りがない。
美しいもの、美しい女、美しい景色、色々あるが、男は欲しいものが多すぎる。
特に、女というものを巡っては殺し合いが起きることなんて日常だ。
さりとて、部屋は客人で一杯である。コの字を描く家は、広いようで狭い。
使用人の部屋にといっても納得するか。しない予感がして、
「ルーシア、オデットの家は、駄目かな。その、この2人」
両脇に立つ2人も、エリストールの盆から鯛の形をしたお菓子を口につけている。
「いいよ」
「部屋は、沢山あるであります。家にくるといいでありますよ」
「場所は、ああ」
指で示された家を見て頬の膨らみが、治まっていく。だぷっとしたローブで足はズボンだ。
「美味そうに食ってるとこ悪いんだけどよー。俺がこっちに戻されるってどういうことなんだよ。訳がわかんねーんだが?」
白い肉は、侮れなかった。取り付かれれば負けだ。肉に飲まれたエリアスが肉片と化する未来が、気になって仕方がない。木箱の上で足をばたつかせている。格好だけは可愛いのだが・・・
「できないのに転移門を開こうとするからであります。これ、美味しくできてるであります」
たい焼きの中には、黒あんこが入っていた。ほかほかで美味しい。オデットは、むしゃむしゃと食って2個目に突入している。
「気絶したままだったから、死んじゃうかもってことなんだと思う。なんか変な声も聞こえたし。正解じゃないかな」
ルーシアにも聞こえていたようだ。ユウタは、空耳ではなかったことに安堵した。
人をおちょくる奴は、死、あるのみだ。馬鹿にされるのをもう我慢などしたりしない。
イキ節で生きていく。ストレスばかりでやっていられない。
「で? 肉だけだったのかよ」
「骨、不死系の魔物が縦穴の中に詰まってた」
「あれは、びっくりしたであります。水が、どこに流れていったのか謎でありますが声も聞こえなくなりましたでありますし。違う穴に流れた? かもでありますね」
違うかもしれないし、そうかもしれない。穴に水を流したように入口から攻撃を受けては、大事になってしまう。
「骨? 骨だろ。びびってんなよ。俺がおきてりゃちょちょいのちょいだぜ」
黒い刃も気になった。エリアスは、鼻息も荒くたい焼きで腹を膨らませている。
見た目は、膨らんでないので膨らませているはずの腹というべきなのだろうか。
そのものが、本当に何処へ行っているのか解剖してみたいくらいだ。
ユウタが食えば間違いなく太る。一旦太ると、痩せるのは大変だ。だから、食わない。
(美味しいからって食ってると、デブになるんだけどなあ。こいつらのカロリーが何処に消えてるんだろう)
のんびりと通りを眺めている。通りは、アルーシュの屋敷の前で人が途切れている。
兵士が通せんぼしているようだ。そして、ユウタの家の対面を通っていき馬車などは5分で0台。
通行規制でもかかっているかのようだ。
ティアンナもエリストールも美人だ。だから、ナンパしにきてもおかしくないのだがパン屋からも男はこないし人もこない。売れているのだろうか。美味しい匂いは、させていないが・・・
「言うでありますが、我らの中で最弱は間違いなくエリアスであります」
「言っちゃった」
ルーシアが両手を上げて首を横に振った。言われた方といえば、目を丸くしている。
「言うじゃねーか。ちょっと、こっちで勝負しようぜ」
「転移門を開くくらいは、回復したでありますか」
黒い靄が吹き出る丸いものが片側にできていてオデットが親指で示している。
受けて立つということなのだろう。しかし、喧嘩なのだ。止めないといけないのだが、止めたものだろうか。視線を送れば、馬鹿にすんなとばかりに口を歪めた。
魔術師なら、剣士の1人くらいと思っているのかもしれないしオデットを知っているのに戦いを挑むとは。除け者にされた腹いせだろうか。どうしても、前と比較してしまうのだが知的で冷徹そうな美少女はどこにいってしまったのだろう。今は、おらついているチンピラだ。ひょっとしてユウタに染まってしまったのか。
(俺が悪いのか? ひょっとして、真似してるとか?)
ユウタは付き合った彼女なんていない。だから、伝聞でしかわからないがいっしょにいると黒く染まる的な? それに近いかもしれないのだ。
おいかけようとしたら、閉じられてどこへ行ったのかわからない。
ルーシアとユウタが残されて、エリストールは水の術で洗いものをしている。
「大丈夫なのかな」
「オーちゃんの気持ちわかるなー」
「どういうことなの」
「ユーちゃん、最近、全然連れてってくれてないよね。どこに行くにも、エリアスちゃんばっかり。不公平だなって思うところあるし、ティアンナさんが来たんだからちょっとは話をしないと。駄目な子だと思う」
駄目な子。確かに、遠くからきてくれているのにろくに話もしてない。
だが、何を言っていいのかわからないのだ。わかるのなら話をしている。
そして、そうだからなのかもしれない。童貞なのは、行動力がないから。
「なんでもいいんだよ。話はさ、今日、何があった、どうだった、ああだったって。ティアンナさんの話を聞いて上げるだけでもいいの。頑張って」
魔物を素手で倒せというより遥かに難しいミッションだ。いきなりスケベしようや、という位。
客のいない台車の前に立ち、見上げる格好になる。ティアンナの方が背があるのだ。オデットたちは、お立ち台を使っていた。客は、こない。
何を話したものか。さっと椅子が用意されて座れるようになった。エリストールが、苦虫を噛み締めたような表情を浮かべて鼻歌を歌い出す。椅子に座ると、黒いものが皿に乗っている。なんだか思い出せなかった。
「これ、寿司?」
語尾が不自然なほどに上がった。見た目は、海苔で包まれた巻き寿司だ。
ユウタは、寿司が好きというわけでもない。だが、だされた以上食べるよりないだろう。
魚の身が乗った手打ちが真新しい皿の上に乗っている。その横で、たい焼きの型が置いてあった。
型は、どこで作ったのだろう。
「おいしいはず」
ユウタは、塩味が効いていると大概はおいしいと認識してしまう。
何故かというと、三度の飯よりポテトチップスが好きだったせいだろう。
そりゃデブにもなりますわである。
ちょこんとした皿に黒っぽい汁がある。つけて食べろということだと理解して、口に入れる。
「うーん。美味しいかな」
「まだまだ?」
いつもなら、貴様~と言ってくる女の子はルーシアといっしょに何やら遊んでいる。
「ごめん。味の善し悪しがわからないんだよ」
ラーメンならわかるが、これまた豚骨で醤油だとか味噌だとかの善し悪しはわからない。
自分が美味しいから他人も美味しいだろうというのは、傲慢だろうか。
勧めて合う合わないは、あるだろうが美味しいというのは多少の上下だろうと、
「寿司は、日本人の好物」
「あーそれ。寿司は、本当に美味しいものがあるらしいけどね。僕は、麺類かご飯に豆腐で満足なんだけど」
下手にハンバーグを食べるとまた太ってしまう。せっかくの顔である。
太ってしまっては、ユークリウッドに申し訳ない。
結局、人は見た目で判断されるのだ。見た目じゃない、というのは詭弁であり嘘である。
そういう輩は、人を騙そうとしているにほかならない。
「それなら、今度はラーメンにする」
と、言いながら懐かしい味だ。一体、どこで覚えてきたのかわからない。辛しは、無くてよかった。
あまりにも辛いと、それはそれで食べられない。というよりも、魚を売っている店が稀だ。
「どこで、これ手に入れてきたの」
そう言っている間に、皿の上はなくなった。隣に座ったルーシアが口にしだしたからだ。
エリストールの姿は、ティアンナの横にあって台車の屋根が邪魔になっている。
「ミッドガルドの市場なら、大概売ってる。ユウタのところから出回ってる」
そうだっただろうか。ユウタの作った迷宮で工場のように食料を作っているのだが、管理運営はほぼ桜火まかせだ。売上だけが、計上されて家計簿を握っているのは彼女といっていいだろう。
「米、いいんだけどねえ」
「寒いとできない。ハイデルベルクには向いてない」
「むしろ、あそこで迷宮以外の食べ物ってあるの」
「オーク肉」
と、ゴブリン肉なのだろう。動物とか。植生が、明らかに違いすぎる。今時分で、山間なら雪が降ってる地域だ。なぜ、雪が降るのか。寒いには違いないが、不自然だ。緯度が、かわらないのに雪が降る。気象衛星がないのでわからないけれど、気流が関係しているのかもしれない。
「ユウタは、肉より米?」
「米かな」
こちらで困るものといえば、食べ物だ。異世界ならではの大雑把な食事は、薄い雑汁や肉まんまとか。
石のように硬いパン。冗談のようで冗談ではない。日持ちをさせようとするとパンは、固くなる。
「パンもいいよね」
「そうだね」
飯の事情もそうだが、カレーライスが食べられない。他にも、レトルトパックに入った物だとか音楽が聞けないだとかある。心を躍らせるような音楽は、異世界で聞けないものだ。つまるところ、ないものがあると人は不便を感じストレスになるようである。
「いつも、何を食べてるの」
「いつも?」
家でのことだろうか。普通に、パンだ。固くはない。柔らかいパンに、スープ。それに煮込みした肉。
野菜の盛り合わせ。とにかく、パンが並んで皿に乗っている。豚の腸詰めも定番で、味噌汁にご飯からはかけ離れていた。パンが嫌いというわけではない。それにコーヒーは贅沢品であるが、でてくる。
コーヒー豆がどうしてあるのか。味がそうなので気にしたことがない。ミルクは、温いと吐きそうになる。という日本人が贅沢をしているのを忘れそうになっていた。
「パンだね。パンに豆とかトッピングで食感を工夫しているよ」
「ご飯が好きなのに?」
「皆の食べ物だからねえ」
出されて食わないわけにはいかない。パンは、真ん中に好きなものを詰めて食べている。
パンに胡麻を塗したものが、一番見ている。
オデットとルーシアの家を見れば、買い物に入る客は多い。
視線を戻すとルーシアが、水晶玉を台車の台に置いた。皿の上は、空っぽだ。
「あらら、一方的だね」
2人は、接近戦をしていた。
場所は、何処か。背景に、人の姿が写る。観客席と、動かない男が転がっていた。
「闘技場のようだけど」
「もっと作る?」
「ありがとう。お腹一杯だよ」
無防備に寄っていくオデットに対して、エリアスは膨れ上がった顔を隠すかのように構えている。
壁に張り付いている男がいて、それは1人ではない。
巻き込まれているようだ。近寄られると足を止めて殴り合いをするのだが、エリアスの拳はまるで当たらない。腕を掴まれると、水袋を潰したかのようになる。肉体の強度が、大人と赤ん坊ほどにありそうだ。
のたうち回っているから痛みにも慣れていないのだろう。
助けにいく? そうしたら、どうなる。
「もう、いいんじゃないかな」
「いいの? 酷い言い方をするけれど、ユーはエリアスに甘すぎると思う。そりゃ、私たちみたいに鍛えろとは言わないけれど。これで折れちゃうようなら、この先だって進めないよ」
そうだろうか。接近戦が、駄目というよりオデットが強すぎるのではないだろうか。オークと殴り合いをしても余裕で勝ってくる。後衛として後ろに下がっても、術は豊富で欠点がない。殺し合いだけなら、パーティーを組んでいるセリア、アルに迫る。
闘技場の真ん中から、エリアスの斜め後ろから水が球状になって膨れ上がっていく。
彼女の口を見るに、これでもくらいやがれ、と言っているように見えた。
オデットの手元が、ばってんを描いて赤い光が飛ぶ。水の球は空中で弾けて水晶玉の視界が悪くなる。
「石火十字、ですね。彼女の弱点は、水の術しかないというかその派生ばかりということです。対策が、火で統一していて土がない」
煙が上がると、心臓部分に穴を開けている幼女が立っていた。口から血が吹き出る。
すぐに塞がるのだが、手は震えていてついで氷で剣と盾を持つ。
目は、ぎらぎらと輝いている。
「一周回ってやる気が出たみたいです」
「彼女は、渇望を持つ者」
「そうは見えませんが」
「オデットが相手だからそう見える。あなたたちは、もっと自己を評価してほしい」
打ち合うも、今度は胴と手足が凹の字になった。接近しては、勝てないと遠距離に離そうとするのだが何度やっても一撃で心臓が手で抉り抜かれる。もうご飯は、しばらくお休みだ。
「これは、いじめじゃありません」
「知ってます」
このタイミングで? というのはある。明らかに腕前の差があり、フィナルと違ってエリアスはセリアに挑んだりしない。治癒の術が悪いからなのだが、練習次第だと思われる。
「槍を使ってないにしても、同じパーティーでこれだけの差があるんです。エリアスといいアルストロメリアとかいうのは、レベルだけになっているということ」
言いたいことはわかる。まだ子供なのに意識があるだけ、偉くないだろうか。
あいも変わらず客は、こない。これでは売上が、零ではないか。いいのか。良くないに決まっている。
「速い、硬い、身体欠損も即死レベルでも余裕で形状回復できて初めて合格ではありませんか。そうでなければ、心配で仕方がない、と仰せです」
「ティアンナは、合格?」
「貴方と戦える人間を探す方が難しい」
水晶玉の向こうでは、まだ倒れたり起き上がったりを繰り返している。口から血を吐き出して、全身が血化粧。もう、艶やかな金の髪が真っ赤に染まっている。
「彼女なりにやってると思うんだけど」
「オデットより強い化物なんて世界にごろごろいますよ。きっと、このままでは彼女は強敵に会う度に涙して逃げ回ることになります」
鬼軍曹か。ユウタも考えていたが、決断できなかった。回復が使えなさそうな人間といえば、ザビーネやトゥルエノも同じであるが期間が違う。今日、昨日パーティーに入ってもらっている人間と昔からいる人間では扱いも変えないといけない。
(皆が皆、強くなる必要はないけど)
ユウタのエゴだ。強ければ、セリアのようになると。彼女は、もう雲といっていい。
隣に座るルーシアは、鈍色の鎧に外套を羽織っていて袖からは手袋をつけている。
「ユウタは、弱い彼女がいい?」
「いや、そういうわけでも」
彼女ってなんだろうか。別にエリアスは彼女ではない。
が、誘拐されるとか、ありえる話だ。武器や道具では、根本的に解決しない。
悲しいけれど、人は死ぬ時には死ぬ。突然、魔物に丸呑みだって魔物がいるのだ。起こり得る。
むふ、と隣の子が整った黒い髪の下で眉を上げた。
「その点、私たちはアル様たちにも認められる兵だから安心だよ。さっきから、何か気になってるの」
通りに視線が投げられる。
「ああ。お客さんこないなって」
「来て欲しいの」
「今は、駄目かな。来られても困るし、追い払うよ」
しかし、いいのだろうか。たい焼きと寿司のお金を置くのだが、合っているのかわからない。
とりあえず、5000ゴル。
「まいどありがとう」
「こうして、行動する人と行動してない人とどっちがいいのかなー」
困った。どっちがいいって、行動する人の方がいいのだが何を持って行動としていいのか。
女の子なら? 行動しなければ取られる主張なのかもしれないが・・・
「そりゃあ、行動している人だよ」
「だよね」
「では、ご褒美があってもいいのではないでしょうか。ご褒美」
ん、となった。ご褒美。でも、家臣でもなんでもない。手伝ってくれるのは、感謝しているが、プレゼントのようなものだろうか。悩ましい。何をしたらいいのかわからない。
じぃっと見ることになった。幼女の口がωになってくる。
「あんまり、考えてもでてこないなら次でもいいです」
「素直に好きな物を言えばいいと思う。私は、麻婆豆腐をおごってくれればいい」
激辛な奴だろうか。寒いので、暑い奴を求めるような? ユウタは、思案した。
が、思い浮かばない。水晶玉の中では、またずた袋に幼女がされている。




