461話 白い肉の迷宮
肉の焦げる匂いが漂う。
村へと伸びる道を北上するに、山があり旧メラノへと続く道を埋め尽くしているのは魔物だ。
白い肉の塊が歩いてきている。列を作っているので、焼きやすかったのだろう。
「出番がないよ」
「俺もねえんだけど」
前衛だけで片付いてしまう。魔物の肉は、どうするのか。肥やしにでもするしかないように思えた。
魔物の動きは単調で近寄らせなければ、どうということはない。
逆に、魔術で焼けなければ苦戦は必死だろう。巨体に腕は長い。
ユウタはエリアスを連れて歩いていく。
「朝からえぐい匂いじゃねえの」
「ほい」
簡単な手ぬぐい式のマスクだ。技術レベルが低くて現代のようなマスクを作れないのである。
迷宮から産出されるなんてこともないようなので、手ぬぐいかもどきだ。
錬金術師に作らせても、どれだけできるのかわからないといった具合である。
(まあ、空気系の魔術やスキルで攻撃されたらすぐやられそうだし死ぬのは一瞬か)
迷宮も下手をしたら一酸化炭素で死んでしまう。
火の術をばんばんと炊いているけれど、得意の火線は使えないから転移門を応用した丸太を投げてみる。
広いだけに、円形の転移門もどきから丸太がでてくる様は、
「技に著作権はないっていうけどなあ」
「なんだよ。魔力がつきたとかじゃ」
「そりゃないよ」
ただの転移門だ。死人を軒並み蘇生するとかでもなければ、つきっこないというより常に枯渇しているのでもう心配すらしていない。気絶しないのは、不思議な状態であった。転移門を10、20と開いて丸太を投げ入れれば、その先にいる魔物の列を吹き飛ばしていく。
見える先まで赤い光が伸びていって燃える丸太が爆散していく様は、どうにも現実感がない。
エリアスが真似しようとして顔を青くしている。魔力が足りていないようだ。
そして、3つ黒い靄を吹き出す玉を作ったところで倒れた。
「えっと」
顔は、汗でびっしょりだった。インベントリから寝かせる為の板を取り出して、落ないように乗せる。
骨か何かといわんばかりの軽さだ。ご飯を食べているのか怪しいくらいである。
当然、胸もないので触ったりはしない。紳士だからだ。
迂闊に触って誰かに見られていようもんならば、切腹しなければならない。
先行するオデットとルーシアを追いかけて、早歩きをする。
両側の木々に、白い肉の魔物は隠れているようではない。
そんな知能もないのか。
道は、下に下がったり上がったりしていなくて平坦な土色をしている。
道だったというべきかもしれない。魔物の死体と死体が弾けた肉で汚いことになっているからだ。
追いついたのは、ちょうど山際で小屋か家があったと記憶しているが魔術で破壊されてしまったのか何もない。跡地として、石の基礎だけが残っている。林が左にあり、その向こうに入口と白い肉が蠢いていた。
肉の腕が動いてオデットをつかもうとしている。
「はっ」
青白い残光を放つ槍が肉の腕を切り裂く。他の魔物が寄ってきてもおかしくない状況だ。
引くべきか。それとも進むべきか。肉の中から、赤い線状の物体が飛び出てくる。
それをくるりと槍で器用に切り落とし、反撃の手札は青白い光が眩く。
受けた側は、煙を噴いて黒く炭化した。エリアスは、寝ている。
ルーシアは、大剣を振るって肉を斬っていた。入口からは、これでもかと肉が出てきてもうもうとする火がつけられている。油でも撒いたようだ。彼女たちのどちらかがやったのだろう。
入口に近いのは、ルーシアで左がオデット右がルーシアだ。
ユウタは、周囲を警戒して危険であれば支援するくらいだろう。
或いは、不意打ちの乱入者がくる、とか。警戒してしすぎることはない。
(こんな無尽蔵に魔物がでてくるのはどうにもおかしい)
何か理由が、或いは仕掛けがあるはずなのだ。そうでもなければ、肉だけで地表が埋まりそうな数だった。どうして、発生したのか。どうして、魔物が人間のいる方へと向かっていたのか。どうして、洞穴のような人も寄り付きそうにない場所から魔物がでてくるのか。謎だ。
そもそも迷宮とは、一体なんなのか。人は、魔素の溜まり場なんていうけれど理由があって然るべきだろうに。
肉の際限なさは、オデットが下がってくるに入れ替わりとばかりに丸太の雨を降らせる。穴は燃える油と丸太と肉の焼ける匂いに煙の3重葬だ。もう、入りたくない穴だろう。
「いやいや、怖い怖い。怖い人が現れたものですなあ」
声がする。穴からだ。しかし、肉で穴は塞がれていて丸太が燃えており出られるようではない。
「まさか、子供に妨害されるとは心外ですよ」
肉があったに一際大きな人の背ほどもある怪しい色をした水晶がでてきた。
見るからに毒々しく、怨念を蓄えていそうなそれを丸太で殴りつければ木っ端微塵になった。
「せっかちというもの、が、壊されてしまいましたねえ。さて、ここいらで失礼させていただきますねえ」
なんとも嗄れた声と、真正面から襲ってくるようではない手合いに洞窟ごと破壊してしまうほうが速いのではないかと思えた。破片は、黒ずんだ石になっていて触ると汚染されそうである。足で踏むのもためらわれた。
「知り合いでありますか」
「いや? こんなことをする知り合いなんて持った覚えはないね」
正体を教えてくれといっても、教えるかどうか。まだ直接襲ってくる魔物の方が倒しやすい。
暗がりに潜んで嫌がらせに専念されると倒されそうに思われた。
穴は、依然として煙を上げている。
「うーん」
気が進まないけれど、手がかりになりそうなものといえば黒い水晶だろう。
掴むか。それとも捨て置くか。なくなってしまってからでは、遅いし回収すべきなのだろう。
だが、はたしてこういう手合いが置いておく手土産というのは碌でもないと決まっている。
「これ、どう思う?」
足で転がす。靴を履いているので触れては、いない。
「それでありますか」
ひょいと摘まみ、なんでもないと捨てる。
「あー。これ、あれであります。えぐいでありますねえ」
「何かわかったの」
「掴めば、流れ込んでくるでありますよ」
ルーシアも習って拾ってみるので、乱心するということはなさそうである。
手にしてみれば、それは情景が浮かび上がってきて薬でも決めたのかという具合の白昼夢だった。
いや、男が出てきて女と逃げて捕まったのは魔物でまた魔物が、拷問となかなかに訳がわからない絵だったのである。卑猥な絵面で、男と女の拷問絵巻といったところだろう。
白昼夢を見せる石とは一体。そして、時間にして何秒か止まったのではないか。
「黒い影みたいな奴がいたけど」
「たぶん、そいつがこれをしたんじゃないの」
「そうに違いないであります」
装置としての人間が囚われているのだろう。生きているのか死んでいるのかわからないけれど、解放してやる必要があると思われた。




