460話 白い肉
冷たい感触で目が開く。
見知った天井だ。白い壁紙に木でできた天蓋がある。冷たい感触のする股間を見ると、染みが広がっていた。
「うわっ」
上擦った間抜けな声が出る。ユウタは、寝小便をしてしまったのか。したことは、なかったのに、大海を描いている。犯人は、別にいるはずだ。
しかし、枕元で転がっている黄色い毛玉は動かないし白い方も動かない。机の上には石があってこちらは微妙に模様を明滅させている。
なんでもない朝だ。気を落ち着かせて、着替えをする。仕切りがあって、水晶玉で中を覗くのもできないようにしてあるが万全ではない。普通に、見ようとすれば中が見える。ユウタの部屋とはいったい? もう溜まり場である。風の魔術で匂いを消し、水で洗いとしているとベッドはメイドに任せるしかない。
匂いからは、犯人が誰であるか想像が付かない。ひょっとして、ユウタが本当はしてしまったのかもしれないと思わざる得ない状況だからだ。第三者がみれば、おねしょをしたのはユウタであると。そうとしか見えない。強気に毛玉たちがやったと強弁できるのも二三回ではなかろうか。
いい年をした子供ではあるが、小学3年生にもなっておねしょ。その衝撃は、魔物に殴られるくらいには効いた。黄色い毛玉を見る。雌なので、股間を見るわけにもいかない。抱き抱えるといいサイズで、なでていると手触りは悪くなかった。角は、左右に出ていて胸に突き刺さったりしない。
目は、開いていないようだ。
白いシャツに鎧を着る。鎧化のスキルと魔装のスキルがあれば、そう簡単にはやられたりしないだろう。
ユウタは、目的もなく生きてなどいない。そう、最強になりたいのだ。
誰にも負けたりしない強靭な身体、と腕力、魔力というのは必須事項だろう。
盗賊と戦って敗北しないように、逃げ回らずに済むように。
なにより、侮られて俯いたりしないで済むように。
日本人は、すぐ他人を馬鹿にしたりするが・・・。
(アキラには、そんなところが見えなかったけれどな)
ユウタは、人を見る目があるとは思っていない。見ている人の一面でしかなくて、後になってわかったり隠していたのに気がついたりするのだ。どうして、人の内心までわかるものか。
ましてや、戦争しろという女の心など・・・。
「おっす。どっか行くのか」
「おはよう」
特に、考えていない。戦争に行くのか。それとも魔物でも狩りにいくか。或いは、レナの父親を探すか。はたまた、女衒たちを追い込むか。やることは、一杯である。やりたいことだらけだ。科学技術を上げれば、またぞろ24時間働けますね、が待っていると考えれば灯りを電気でまかなうのは考えものだ。
夜がくれば、人は寝るようにしたほうが健全なのだ。夜まで働くなどと、人のすることではない。
もっとも、魔灯こと魔力で周囲を照らす魔道具があるので停滞に意味はあるの? といわれれば困る。
どこから持ってきたのか椅子はふかふかなものでそこに座りながら、2人の女の子が見上げてエリアスは、目尻も鋭く黒いスカートにエプロンをした姿だ。学校に行くのではないのだろうから、制服ではない。
「やべーダンジョンがあんだよ。そっちいかねーか」
「ヘルトムーア王国は、放っておいても良さそうでありますよ」
「そうなの。それじゃあ」
ご飯は、まだだ。だが、3人を連れて食堂へ行ったものか。別に腹は減っていない。
なんとなれば、握り飯をインベントリから取り出せる。
扉を開けて、外へと出る。手元にある黄色い毛玉は、円盤のように伸びていた。
フードに突っ込んでおく。死んではいないだろうか。
「外に出てからじゃないと駄目ってのも面倒だよな」
「入り難いというのは、出難いと同じであります」
「いきなり死にたくはないしね」
遠距離からの攻撃とか。そういうので、蒸発なんてしたくない。王都で、大規模な術を行使することはできないし使用したら死刑だとか。聞かなくもない。恨みを買っている人間は、それこそユウタが一番多そうであるが。戦争だから、だなんていって割り切れるほど人間は大人しくない。
階段から下に降りて、メイドたちが列を作っている。お出迎えの列なのだろうか。
忙しいだろうに、5人ずつ両側にならんでいて名前がでてこない。
ユウタが増やしたとかではないから、家主であるグスタフの手配なのだろう。
「いってらっしゃいませ」
人1人も雇っていなかった頃に比べれば、格段の進歩だ。メイドの中にハイデルベルクの公女たちはいなかった。学校にでも行っているようだ。シャルロッテのお供としては、些か格が違うのではと危惧しないでもない。が、彼女は子供で思い至ったりしないだろう。
扉を開けると、剣を振って汗を流している弟たちの姿があった。グスタフを筆頭にしてクラウザー、アレスとアルカディアの姫様たちだ。男3人に女2人だ。グスタフの肩が動いて視線を送ってきた。
「おはようございます」
「うむ。おはよう」
鷹揚に顎を撫でる。湯気を上げる上半身は、手の巨大な木剣を振るった成果だろう。
金の髪が、陽光を浴びて輝いていた。見るに5人とも金髪である。
真面目に剣を振るっていた。型を見て、通り過ぎる。
「兄上、兄上もご一緒に剣を振りませんか」
「僕は、用事があってね」
「そうですか。では、またの機会にでもお願いします」
剣を振るうのは、稀になりつつある。災害だとか地震だとか環境破壊だと言われ、地上から宇宙にいかないといけない。つまり、全力で拳を振るうと大気だけで破壊を振る舞えるようになるという。それも手が短くなりそうだ。子供のうちから、鍛えすぎて子供体型になってしまうのではなかろうか。恐怖でしかない。
病気でもないのに、ちびっこになる。ユウタは、冷や汗がでた。
歩き出すと、
「どうしたでありますか」
「いや、なんでもないよ」
「まあ、暇がねえってのはわかるけど、もうちっとどこ行くとか言ったほうがいいんじゃねーの」
余計なおせわなんだろーけど、なんて言ってぶつぶつ言う。エリアスは、小姑のようだ。
オデットやルーシアは、笑みを浮かべていてTの字になっている。斜め後ろにいるのが、ルーシアで両側にオデットとエリアスだ。奇しくも連行されているようですらある。
「クラウザーが嫌いなのでありますか」
「そんなことないよ。でも、どうしたらいいのかわからないだよ」
「簡単じゃん。遊んでやれよ。それで、わかるじゃんか」
わかるはずがない。それで、こじれたらどうするというのだ。人の家庭に口を突っ込むのは、やめてもらいたいと心底から思う。ユウタは、わからせる側なのか。子供なら、殴ってわかりあうとでも。剣の稽古を通して人を推し量ろうとでもいうつもりかもしれない。
であるなら、見せつけるべきか否か。どうしたらいいのだろう。
(思い知らせれば、大人げないと言われる可能性・・・。かといって、放置しておくと侮られる可能性も)
結果家督相続で争い合うようになる。とか。
雑木林を抜けて、門から出た。屋台を見ると、人がいて見知った顔がある。
エリストールとティアンナだ。隣の家にいる2人と入れ替わりに来た、ということなのだろうか。
屋台は、いい匂いをさせていた。が、鳥の肉だ。美味しそうな匂いは、食欲を唆る。
「いらっしゃい」
「200ゴルかける8な」
もうすでに、買っている女がいた。エリアスだ。ももだとか皮だとか言っていた。
「ハイデルベルクにユウタがこないから、狼国のラトスクにいったらこっちにもこない」
不満顔で青髪の下に唇を歪める。そう、そういえば、そうなのだ。
ユウタは、ティアンナが追ってきたのを知っていながら何もしていない。
であれば、刺されるのだろうか。木人でもないので、気持ちを分からないといけない。
だが、
(しかし、ねえ。そんなに、何かしたかなあ)
ちょっと、奴隷商人を締め上げたり妖精族狩りを肉片にしたくらいだ。
ユウタには、判官贔屓したくなる性癖がある。ましてや、雪の妖精族は人間に何かしたわけではなくて森に入ってきて人間が妖精族を捕まえていくという地獄のような有様だったからなんとかしないといけないと、思うのは当然だと思っている。
であるから、惚れただなんて思わないしわからないのだ。
転生する前に、結婚してただとか女の子と付き合っただとかいのだからわからない。
氷河期世代だったからずっと仕事をして、資産は築いても築いた時には死ぬ前という。
どうにも救いがなかった。
(しょうがねえよ。皆、わかってたけどどうしようもない)
年収で結婚相手を決めるということが、愛を金に変えているという醜さにどうにも耐えられなかった。
それでも見合いをしなかったのは、意地になっていたのだろう。
「悪かったね。ラトスクにもたまに行ってるんだけど」
「ヘルトムーアのお姫様たちをどうする気なんだ」
「あー俺もそれ気になる」
「放ったらかしは、いけないであります」
ごちゃごちゃしてきそうだから、転移門を開くと水晶玉を取り出した。
そこには、白い魔物が小屋を打ち壊す姿が見える。なんというタイミングの悪さ。
喋っている暇はないと、くぐる。
◆
メラノからほど近い地点に、小屋が並んでいて間近に出る。
襲っているのは、2体だ。でっぷりとした肉の人に見えなくもない。
が、応戦している冒険者は逃げ惑うといった体だ。
「やばいぜ」
土か、風か。火を使うと小屋まで燃えてしまう。ザビーネ辺りが適任だったのだが、家を出るまであわなかった。稲妻の術を使い方陣から、青白い光が伸びる。着弾と同時に、インベントリから取り出した丸太を手に持ち強化して殴りつける。横殴りに振って、それを避けるでもなくて転がっていく。柔くはないようだ。
もう一匹は、と探しながら転がった白い肉の人型へ土槍を出す。貫くか半信半疑だったものの、身体から飛び出した土色の先っぽを見て安堵した。
奇怪な口は、目のない顔と相まって悍ましい。悪魔の類に近い。魔物にしても動物だったりするほうは、魔獣系で地獄から沸いたかのようだ。或いは、冥界か。ミッドガルドでは、滅多にいない魔物にエリアスたちはと見れば、使役しているであろう水の玉が1体の白い人型を捕らえて裂くところだった。
中からは、赤いものがでてくる。赤いのだ。血であろうか。水の中で煙るように広がった。
2体だけだろうか。細かい魔物はいないのかと探す。小屋がならんでいて、壊された箇所と通りには槍の破片や矢が散らばっている。死人は、いるのか。白い肉の人型は、
「こいつら、迷宮から出てきやがったな」
「どういうこと」
「だから、昨日なここの近くの迷宮に行ったんだよ」
そこから来たというわけだ。小屋が並び、冒険者で成り立っている村に見えた。
犬の吠える声と、冒険者と見られる男たちが白い肉の人型を囲んでいる。
死んでいるのか気になっているようだ。
「あれ、どうするんだ。回収しとかなくていいのか」
「俺が? 嫌だよ」
せっせと鞄に巨体の魔石を収めている。彼女のようであるのが、冒険者だ。
「小屋も壊れてしまっているしねえ」
小さな村もどきでも冒険者組合か何かしらが魔石を買取するだろう。
「お前が倒したんだから、所有権を主張していいんだぜ」
「先に行こう」
だーっ、とか言い出して輪に突っ込もうとするのだ。目で合図をオデットに送れば、ルーシアといっしょに挟み込んで連行される。気絶させてもいいのだ。どうして、小金にこだわるのかわからない。
通りをまっすぐに、ゲームでもあるまいしと白い肉の列を見やる。
「あれ、もしかして全部?」
火線の赤い光が、通りそのまた向こうを焼いた。放ったのは、ルーシアだ。
命中して、白い肉が蠢いていた箇所が黒くなっている。橋の向こうまで白い肉でそれを掃除するなんてと気が重くなった。




