456話 帰り道
女衒の根城を一つ潰した。アルたちはどうでもいいと放置していたが・・・。
柑橘色に壁が染まり、鉄錆の匂いが鼻を掠める。包囲するのは、家に仕える者たち。
魔術師にとって暗殺者というのは、どうでもいい存在だ。
が、悪業には違いない。暗殺者とは基本、人を殺す職業なのだから。
ユークリウッドは、女衒が嫌いなようだ。
上手くすれば、膿を出すのも容易い。
報復を恐れていないのか。或いは、恐れていて念入りに殺していくのか。
屋敷からは、多くの死体が見つかった。暗殺ギルドは、要らないというお達しで。
焚きつけた幼児は、さっさと転移門を開いている。家臣の男たちに顔と手で合図した。
入れよとばかりに開かれた門は、眩いばかりだ。エリアスがつくる門は、半透明な何かだ。
エリアスは、周囲を見た。
運ばれていく男たち。死体か動体か。生きた男たちを連行しているのは、家臣の男たちだ。
エリアスの家は、王に使える貴族である。だから、兵隊もそれなりにいる。
その男たちが怪我をすれば見舞い金を用意してやらないといけないし、働けない間の補償だってしないといけない。しなければしないで、気持ちが離れていくことだろう。ユークリウッドは、滅多なことでは己の手勢を使わない。そこは、どうかと思う。力があるのに、使いもしない金と人。腐ってるのか。
エリアスの家は、広い領地を持っている訳ではない。できることといえば、教えること。
生業は、魔術を教えることで世の神秘を解き明かすとこだ。
もっとも、それが行き過ぎたおかげで禁じられている術も多いわけだが。
そういう訳で余人が知らない秘密も知っている。
暗がりを歩く故に。
例えば王の子は、3人いる。いわく王は、1000年だか万年だか生きている化物である。
正体は、森羅万象を司る黄金樹と見られ大地の悉くは、その恩恵を受けて生命が宿るという。
知っている人間は知っているし、仔細を存外に口外しなければ生きていける。
白い鎧の背中を向けるユークリウッドを追いかけながら、
「どこいくんだ」
「そろそろ夕方だし」
そりゃねえよ、と思わずにはいられない。ユークリウッドほどの力があれば、城塞だろうが軍団だろうが焼き尽くして草木の無い大地にできる。そうだ。武勲は、好きなように得られる。勲功の欲しくない者がいるのか。貴族ならいやしない。なくても有ったよう見せかけるのが、貴族の習い。糞であるが、領地を召し上げられたり削られるよりマシだ。
光る門を抜けて、ユークリウッドの家にでる。鉄の柵から濃密な魔力を感じ取り寒気がする。魔術師なら、誰もがここを避ける。
得たいのしれない気配を中に感じ取るからだ。
「もうかえんのかよ」
「お腹が空いたであります」
そうかい。面白くないが、無理やりもいけない。
門が開いて入る。オデットとルーシア2人は、自分たちの家を通ってユークリウッドの部屋に行くのだろう。門を通るのは、ユークリウッドとエリアスだけになった。
石畳の道は滑らかで、道に沿ってぼんやりと灯りがついている。エリアスの家にもそのような工夫はあるが、石が三角形を描いているのは特徴的だ。どだい、灯りがあればいいというのが実家である。華美にはこだわらないし、それよりもまじないの研究だったりする。
ああ、こいつと2人になるのも久しぶりなんじゃ。
夕日が影を伸ばしていた。考えてみれば、ユークリウッドと何故いっしょにいるのか。
魔女と騎士だ。接点など、ありようはずもなかった。
フィナルなどは、今更だが神殿の女である。もっと会うはずもない人間だ。
俺ぁなんか面白いことでも言う必要は、ねーんだけど。
てくてくと歩いていく幼児の歩みは速い。箒にまたがって追いかけた。
浮いていておいつくのにやっとだ。女だからだとか気にしたところがないのは、減点だろう。
だからといって、はいさようならにならないのは利点があるからだ。
「残らなくてよかったの?」
後ろも見やしない。半ば顔を向けているが、どうにも軽んじられている気がする。
「毎回、俺が指図してやらねーといけねえほどあいつらは馬鹿じゃねえ。大人なんだぞ」
「それは、失礼いたしました」
すぐに謝るのは、ユークリウッドの欠点だろう。美点でもあるらしいのだが、エリアスからすればすぐに謝るのは欠点に見える。なにかというと弱そうに見えるからだ。別に強いなら強そうに振舞えというわけではないのだが・・・。
心臓を握りつぶす暗殺者などに遭わなかったのだろうか。
情報も言い出す前に乗り込んでいって、殺しに殺している。せっかちとか言う段階ではない。
後で、解剖なりスキル探知、ジョブ探知をしていけばスキル持ちの情報は知れる。
だいたいよぉ秘密ってのは、常に誰かにばれるもんだぜ。
ユークリウッドが、強力な能力の持ち主であることは裏道を行く者なら大概が知っている。
だからこそ、別の勢力に取り込まれないようにアルたちは見張りをつけている訳だ。
そんなユークリウッドは、日本人を重用したがる。だが、彼ら危険なのだ。
邪神の類から能力を付与されて、異世界にやってくる。それだけで、原住民にとっては危険なことこの上ない。現地状態、秩序などまるで鑑みない上に常に自分たちは正しいと思い込む。守るとか言いながら、敵を攻撃するなど支離滅裂ぶりは皆まで言うまでもない。
狼国の都市ラトスクでアキラという男を雇っている。彼は、ブリテン島に駐留する北方騎士団で大人しくやっている。
同じく都市ラトスクで山田という男を雇っている。彼も、ラトスクに溶け込んで地味な工事業務で働いている。
ハイデルベルク国の首都で拓也という男は、冒険者をしている。彼は、現地民と争いを起こしていない。女が2人いるせいだろうか。
こうしたサンプルは、希少だ。騙されてはいけない。日本人というのは、油断ならない存在なのだ。
ユークリウッドは、騙されているのではないか。気を引き締めねばならなかった。
「ぶつかるよ」
おっとっと、考え事をしていて箒の先が木に激突するところだった。前を向いているのに気がつかないとは、ユークリウッドが引いている。
「ところでさ。夜は、なんで寝てんだ」
「寝ないと、身長が伸びないんだよ」
冗談だろと思ったが、真剣な顔をしている。
「そーだなー、でも足が短くなりそうなら手術してもらえばいいじゃんか」
アルストロメリアのところにも、エリアスのところにもその手合いはいる。
魔術を使わないでも、足が伸びるようにすることは可能だ。が、大体変身の術を覚えれば身長も思いのままだろうに。誰もが欲してやまない異能の数々を持っている。蘇生、転移、収納。努力して得たのか知れないが、余人に真似はできない。
でもまあ、フィナルの真似ぁできねえよ。
愛々と、五月蝿い女になった。あの調子で、ユークリウッドの真面でやられてはかなわない。
冥界だか地獄だかから連れ帰った肉塊は、本当にフィナルだったのだろうか。
悍ましく奇怪で蚯蚓やら大量の目と口の生えたあれは・・・。
それを背負ってでてきた奴。皆で、目を剥いた覚えは忘れられそうもない。
「それ、異常だよ」
「異常かもしんねーけど、手段じゃあるわな」
屁がでて、ユークリウッドが顰めた面をした。女でも屁くらいでるのだ。
細かい男である。
「だいたい、お前んちのとーちゃん普通にでけーじゃん。気にすんなよ」
家が見えてきて、剣を振っている男女がいた。父親であるグスタフだ。領地の経営には携わっておらず、もっぱら職務に専念しているという騎士らしい騎士だ。男前らしいが、エリアスにはでかすぎる気がした。何しろ、腕がエリアスの胴くらいあるのだ。ちなみにエリアスの父親は、研究者らしく線が細い。母親も似たようなもので、胸が大きいのは自慢のようだ。
細い胴に大きな胸、からだを強調する服は、すげえなって思う。
「ああ、まあね」
気にのない返事で頭を叩きたい。
ユークリウッドのしたい事とアルたちの思惑がズレているから悠長に構えているのではないか。
本当か嘘か星の寿命が、東にある海を超えた穴で減っているのだとか。
無論、そんなところまで行くには協力が必要だ。が、ミッドガルド王国の周辺はまさに乱世。
下にあるロゥマと手を結んでいたはずなのに、どうも裏切っているのではないかという。
手を取り合うなど、考えも付かない。憎ければ、攻め滅ぼせというのが普遍だ。
「ヘルトムーア王国を攻めろって、言われてないのかよ」
「急に、飛んでるけどどうしたの」
とんでるも、会話の流れではないけれど気になるからしょうがないだろうに。
人の気持ちは、わからない男だ。エリアスも考えないではないのだから、聞きたくなったら抑えようともしない。
素振りを横に見ながら、通り過ぎる。アルカディアの元王女が眼光鋭くユークリウッドを見ていた。
「次は、アスラエル王国で、まだ落ないブリテンか帝国に攻め込むと思うからなあ。時間は、あっという間に過ぎてくんだぜ」
いわれなくともという顔をした。エリアスに力があるなら、四六時中攻め立てているところだ。
欲しい。喉から手が出るほど、力が。欲しくない人間など、いやしないだろう。
力があるから、食べ物を得られる。ないのなら、死ぬしかない。
当然の理だ。
だから、なんで攻めないのか。
それが、わかれば説得するのも容易いだろうに。セリアがヘルトムーアの城を落として回っているもののその速度はコーボルト王国を落とした時に比べて遅い。ミッドガルド王国最大の白騎士団が、いないのもあるが・・・。
今にも斬りかかってきそうな幼女をやり過ごし、ユークリウッドは扉を開ける。
2人でいても何も起きない。何も起きる気配がない。
母親は、男は狼といい家臣たちも2人でいるのは危険だというが。
箒から降りて、玄関に入る。メイドが1人で出迎えていた。
どこからどう見ても、美しい。所作が、というよりも雰囲気なのだろうか。
お気に入りの黒い三角帽子を鞄にしまい、箒もまた入れる。
「お邪魔しまーす」
「エリアス様。いらっしゃいませ」
階段の横に、靴替わりが置いてある。
靴をスリッパに履き替えて上の階へと上がっていく。また、靴を鞄にいれて追いかけた。
足が速い。部屋の扉を開けて入るで、閉めようとする取手を掴んだ。
中には、先客がいる。腰掛け、ソファーにいつもの面々。壁には、映像がある。
ゲームをしていたようだ。
「エリアスか。ご苦労」
「はあ」
アルトリウスに、フィナル。そして、オデットとルーシアだ。アドルとクリスを置いてやってきたのか。
転移門は、城にあるからそこから跳んだのかもしれない。彼女たち、自分の部屋のように寛いでいる。エリアスだったら、困る。自分の部屋に、勝手に入られていては屁だって気軽にこけない。
ユークリウッドは、と見ればベッドから黄色い狐を抱えて机の椅子で遊んでいる。
ふと、思った。
何も起きていない。何も。この先も? ずっとうんこうんこ言っているのか?
「こりゃ、いけねえや」
「どうした。ポテト食うか」
「太るでしょ、それ」
「お前もか。ブリテンで人気なんだぞ。芋焼きつってだな」
「油やばいって、言ってるであります」
ポテトフライをがばっと握って口に入れていく。太っていない。むしろ細身だ。
おかしい。おかしいといえば、膨らんだ毛玉の色付きが行列をなして部屋の隅を歩いていることだ。
毛玉には、目がある。毛玉には、足がある。嘴らしきものも。角が生えている。
一見して、竜だなんてわからない。鳥ではないだろう。飛び出した角は、立派だ。
穴は、サイズがあっていない。無理やりに入っているのか。出てこれるのが不思議な大きさである。
「これと野菜しか食ってないが、まあなんとかやってる。肉を増やして欲しいがな」
「肉だけはですねえ。ユーウは、好きでないのであります」
「命だからな。肉も」
「豆でいいんじゃありませんか」
「兵が、飽きるといってだな。高値がつくわけだ」
まるで、進展しない雑談にゲームでやられるアルトリウス機。車が走っているゲームだ。
コースを2人で妨害されている。
「フィナル、援護しろ」
2:2らしい。が、すでにフィナルはうわの空。夢想の世界に迷い込んでいる。
「ちょっと、あーーーッ」
崖から滑空してくのに、アイテムがなくてアルトリウスのだけが下に落ちていった。
端的にいって、酷い。喧嘩し始めないだけアルトリウスは分別があるというべきかやりだすと火の海なのだがユークリウッドは部屋にいれてくれなくなるだろうから、やらないのだ。
「だめだ。こいつ、逝ってやがる」
「にゃはは。フィナルってば、はやいであります」
「ポテトに何か入っている可能性が」
「いや、こいつ、飯というかユークリウッドが出すものしか食わねえからな・・・。餓死しねえか心配だぞ」
「水は、飲むっしょ」
「魔力を体組織に変換している可能性も?」
「ありえるけど」
あるあるだった。どれもこれもありそうで、何も起きていないことに危機感は、ないのか。
まるで、凪のように穏やかな部屋だ。
「思ったんすけど」
「なんだよ」
「なんも起きてないんすよね」
「何がだ」
「いや、だからユークリウッドの奴となんか」
もう、5、6年? 経っている。ロシナなどは出会った敵国の女を孕ませている。
それは、早すぎとしてもずっとこのままなのか? 誰も疑問に思っていないのか。
さすがに、嫁ぎ遅れになってから放流されてはかなわない。
「お前が? 尻に敷いていいのは俺だけだぞ」
「なんか意味が違う気がしますよ」
ルーシアが突っ込みを入れる。ユークリウッドのいる方向を見て、ベッドの天幕で見えない。
「つまりですね。手をつなぐとかですねー。皆ないでしょ」
アルトリウスがむしゃむしゃしていた口の物を前方に吐き出した。テープルの上には、黒い円陣ができており吐瀉物は影に溶けていく。
「お前、そんなこと考えていたのか」
「だって、何にも起きてないんですよ? 誰かがやったらお役御免なのかなって」
「なわけねーよ。アルーシュ辺りだと、好きなように壁女にするだろうさ」
「壁女ってなんすか」
「そのままだ。壁にはめ込まれる女だ。絵に描いてやろうか」
さらさらと絵を描くと、奇妙な壁になった。ないりたくはない。
「アルーシュ様が勝ったらってことですかい」
「奴ならやりかねんだろ」
「じゃあ、どうしたら」
「奴に、手を繋ぎたいと言わせることじゃないか」
「それであります」
「しかし、そんなことを言う奴じゃない」
聞いていないのか、出てくる素振りはない。しかし、手をつなぐ。
簡単そうで、難しそうだ。




