454話 帰りに道に・・・
授業も終わり学校の外へと向かって歩く。ユウタは、普通ではない疲労を感じていた。
外傷は、ない。だからといって隣を歩く幼女に、顔をまじまじと見られると気恥ずかしさがある。
「機嫌なおせよ、なあ」
「別に悪くないよ。機嫌」
へんな気遣いだ。普段のエリアスならない。何か隠していそうだ。だが、問いただそうとすれば逃げかねない。そして、人の目がある。
後遺症があるのなら、と躊躇いもあった。手加減もあったが、もう無くなった。
首を落とされた感覚が残っている。あまりいい術とは思えない。
訓練用に使うにしても、術を発動させている術者の負担が大きいではないか。
巫山戯るな、と思ったが女の子との遊びと考えるなら悪くない気がした。
ユウタは、童貞だけに会話が下手くそだ。そして、股間は女の子に敏感だ。もっこり通り越し位置を変えねばならない。汗が浮かぶ。
「どこであんなの思いついたの」
素知らぬ顔で言うも、顔を前にして頭を掻くエリアス。
「いやー」
アルーシュは、授業など受けずに姿を消してしまった。ひとしきり遊んだので満足気だった。
それについては、よかったかもなとも思わなくもない。
ヘルトムーアの王族が変身していた火だるま男にもなってみた。
凄く弱かった。炎を出しているだけなので、水をかけられるか風で真空膜でもぶつけられるだけで炎が剥がれて丸裸のユウタがでてきた。
(あれは、恥ずかしかった。おかしいなあ、強そうに見えたのに)
実際には、弱点がてんこもりだった。違うのかもしれないが、ユウタのそれは弱かったのだ。
白い壁に人がまばらにいて奇異の瞳を向けてくる。おかしいだろうか。
ユウタは、股間を見た。チャックはない。前掛けと白い股間当てがある。ひっくり返ったりしていない。
エリアスの方を見る。真横だった。真横を歩いているからか。
人通りがあっても、別れていく。エリアスにぶつからないようにだったのだ。
「あれな。スマホでみたんよ。なんつーの3Dぷろじぇくしょん? 空中に呪文を描く応用でさー、なんかできねーかなって。ほら、したらいいアイディアをもらってさ。こいつで一儲けだぜ!」
また出来るのか出来ないのかわからない代物に挑戦している。
開発がうまくいったという話は、聞かないがステータスカードは成功している。
おいそれとはあなどれない。テレビはできなようだが。
「聞いてんの?」
「聞いてるよ。マナ粉で描いているんだっけ」
マナ粉というのは、空中に浮かぶルーンだったりなんだったりを描くのに使用したりと色々使い道がある道具だ。文字のふりかけのようなものだ。
「そうだよ。ミッドガルドは、マナの濃度が高いからなー。大概の技術ってやつは魔道具に落とし込めるんだぜ。逆は、ちと無理があるけどな」
廊下を抜けて、下駄箱にさしかかった。後ろからは、オデットとルーシアがついてきている。
話でもあるのだろうか。奇妙だ。学校では、稀にも接してこないのに。
いや、ユウタが学校に来た方が珍しかったかと自答した。
「帰るなら、いっしょに帰ろうであります」
「え、そりゃねえよ。これから迷宮いくっしょ」
夕方だ。子供は帰って勉強か遊ぶかしている頃であろう。微かな花の匂いだ。香水でもつけているのか。
オデットとルーシアのどちらかなのだろう。
「迷宮いくなら、迷宮いきたいなー。それともあの玩具で遊ぶ?」
ルーシアが、いたずらっ子の笑みを浮かべている。前髪を綺麗に刈揃えられていて人形めいていた。
耳目が集まっている気がして足早に校門へと向かう。走っては、みっともないだろうから押さえていると箒で飛ぶ幼女がいる。エリアスだ。横並びに飛んでいた。
「いいけど、ここじゃあなあ。いくらなんでも頭がおかしくなった魔女みたいな扱いされそうだしよー」
エリアスを見てオデットを見て、前に向き直る。とっくに魔女ではないか。箒に乗っていいならユウタだって箒にまたがりたい。魔女じゃないと言われれば、抗議したいくらいだ。そんな思いを他所にして、
「あれって、経験値が入るでありますが」
「しっ、こらこらこんなところで喋る内容じゃねーぞ」
場所を弁えていないかった。
「ごめんであります」
そうなのか。しかし、ステータスカードを見たユウタには何も得るものがなかった。
死亡の記録すらない。雑魚を狩っても、経験値が得られないのに似ている。
安牌な敵をなぎ倒すのは、素材を集める時。便利な道具に相反した欠点は、あってしかるべきなのだろう。ドロップまで得られるならもう、迷宮になんて行く必要がない。
(あ、戦闘シュミレーターの方が近いじゃん)
だが、直接ボス、或いは迷宮の主といった手合いまでたどり着く時間を考えると非常に有用な魔道具だろう。素材が取れないが。そう、素材が取れないのは問題ではないのだろうか。
「素材が」
「取れないでありますねえ」
「だああ、うっせえ。戦闘の慣れってもんがあんだろ。ユークリウッドに倒せても、俺らに倒せねえボスがいたら、敵兵がいたら練習しといて損はねーだろ。死んだらおしめーだぞ」
校門を出る。石畳が左右に広がっていて、右に連なるようにして馬車が止まっていた。
貴族用なのだろう。平民は、左か真っ直ぐというわけだ。ユウタの方をじろじろと見てくる人間の多いこと。うんざりしながら、転移門を開く。
家に帰るか迷宮に向かうか。
迷った挙句、向かったのは岩山と思しき場所だ。
ハイデルベルクの一地方にあるオークたちの根城がある。
オークが祭壇を設えていた場所から近い。転がったオークの死体を見て、出番が無さそうなことに辺りを見る。雪だ。地面は、白い雪で覆われていてオークたちの血しぶきで地面が汚れていた。
オークからは、鎧がはぎ取れたり武器を回収して売ったりすることができるが、
(今更なんだけど、掃除しとかないとなあ)
片手間で、どうにかしてしまえるようだ。岩と岩の間に作られたいつの時代とも知らぬ古い砦は、扉がなくなっている。乗り込んでいった人間が破壊したからだ。
(俺が弱くなったんじゃなくて、皆が強くなっているってことか)
戦闘力が十分に備わって狩りができるようになれば、自動的に経験値を稼いでくるように進化したとでもいえば失礼になりそうだし怒られるので言いやしないけれど。
彼女たちに必要なくなれば、ぽいっと捨てられそうな気がして気分も落ち込む。
(別に、将来を誓い合ったわけじゃないし。いつまで遊んでいられるかな)
何しろ3人とも学校でも目立つ。男たちだってほうっては置かないだろう。
空いた門に近寄って、中を見ればオークの死体、狼の死体、猿の死体が転がっている。ゲームのように消えてなくなったりしないようだ。狼か何かに食われて、胃袋に収まりでもしなければそのままか。机や椅子が散らばっていて3人の姿はない。
進むに振動がして、駆け出す。出会い頭に合わないよう、風の術で探知しながらだ。
奥の広間に行き当たると、
「おせーぞ」
大きな単眼の巨人が膝をつく。全身に傷があって、目の玉から大量の血が出ている。赤い血だ。
腰巻はしていた。体長5mはありそうだ。
足から下に、オークの死体がそこかしこに散らばっている。エリアスは、水の玉を操って踏ん反り返っていた。せわしなく動いているのがオデットで、止まる。
槍を上下に振って血を払う。
「まあ、ざっとこんなもんですけれど、今一でありますねえ。単眼のは、魔術を使ってこなかってであります」
なら、魔物か。巨人族という種族ではなかったようだ。
血の匂いが、むせ返るほど臭う。ややあって、オデットの後ろからルーシアが進んでくる。
「死んだふりをしているのもいるかもしれないから、油断はしちゃいけないよ」
「わーってらい。んじゃ串刺しにして他いこーぜ」
まだまだ元気がありあまっている。対して、ユウタも何もしていないのである。
「これで、近くの町や村が恐れなくてもよくなるのかな」
「どーだろ。こいつらゴキブリみてーに湧くじゃん」
「ゴキブリ団子でも置いておければいいのでありますが」
エリアスは、本を手に文字が浮かび上がる。魔方陣が描かれた。
「地下にも水を流し込んでおくかねえ」
「人が捕まってたりしない?」
「音は、しねーし。行ってみた?」
ルーシアに振っている。首を横にした。
「浮遊霊と悪霊くらいだったよ。倒したし、何も落とさなかったね」
「まあ、悪霊とかこれから湧きまくりそうだけれどフィナルにも連絡を入れとくぜ」
しかし、オークとて生き物で言語だってあるようなのに殺すことに躊躇いがない。
彼女たちには、嫌悪感だけなのだろうか。
壁は、松明の火で照り返しがある。高い天井にぶらさがっている仕掛けなどは見当たらない。
奥には、祭壇があった。死体がある。人間のようだ。火をかけてやるべきだろう。
と、燃え上がる。先に、エリアスが火の玉を飛ばした。
「こりゃ、なんもなさそうだな」
「あとで、石は回収しといてもらえるでありますか」
「近くに家の騎士がいるから、そいつらにやらせるぜ。嫌がりそうだけどな」
匂いから逃げるようにして外に出る。狼は、二足歩行していたのもいたようだ。
「動く死体になったらこまらないかな」
「めんどうだけれど、石抜いておくか。ちっと時間くれよな」
エリアスの水玉がくり抜いては、火をかけていく。水気が蒸気を出している。
爆発まではしないようだ。
オデットは、ぽんぽんと手に持った水色の穂先をした槍を手慰みにしている。
ルーシアも似たようなものだ。
「最近、全然遊んでくれないであります。どーしてでありますか。ええ夜は、別でありますよ」
2人して、詰め寄ってくる。ユウタは、見返しながら、
「売り子で忙しそうだったし。戦争だよ? 女の子は連れていけないよ」
「ほんとでありますかー?」
疑わしく見てくる。が、小首をかしげられてもそのとおりなのだから嘘ではない。
横道にけっこう入っていたりするが、嘘を言っていない。
「コーボルト王国もあるしねえ。ウォルフガルドだって復興途中だし。アルカディアとか荒廃してる町もあるよヘルトムーアなんて」
王都が、廃墟同然だ。戦争は、人を狂わす。ユウタは、狂った女の子を見たいとかいう趣味はなかった。
もっというなら、戦争、やめてよくない? と言いたい。核兵器がないからか、どこまでも戦争で片付けようとする。脳筋たちがいるせいなのか。アルーシュもまた血と鋼鉄の信者だ。戦いこそが、命を輝かせるなんて言っていたっけ。
ユウタは諦めたりしないので流されるしかない。
「ところで、売り子はやらないの」
「今日は、桜火さんの紹介してもらった子に代わってもらったでありますよ」
「レナちゃんとリルちゃんていう子。うちに住むみたいだけどいいんだよね」
「そうしてもらえるならありがたいかな」
何しろ、屋敷に人が多すぎる。さして大きくもない作りだ。10も20も客がいたら大変だ。アルーシュが泊まるなんてことをすると上から下までぴかぴかに磨き上げていないと塵芥扱いされる。ぐちぐちと言うのは誰に似たのか。親の顔が見てみたと思った。
(あれ? 親の顔を見たはずなのに思い出せん。どういうことだ)
前世と違い格段の記憶力をしている。ユークリウッドの脳は優秀だ。
にも関わらず、記憶喪失してしまったかのように顔が真白だった。
「終わったぞ。糞、行こうぜ」
火を盛大に放ちながら、走る。エリアスは、水玉に乗りながら本をめくっていた。
紙を投げれば、そこから火が広がる。魔方陣を仕込んだ呪符代わりなのだろう。
「リルで思い出したんだけどよ。暗殺ギルドなんての知ってるか」
「知らないね」
そんな物があったのかと今日知ったくらいだ。シルバーナは、何をしているのか。
敵対しないように逃げ回っているのではないかと勘ぐってしまう。
「1人残らず女衒を殺して回るのも、きりがねえ。かといってやんねーとなあ?」
もちろんである。魔物などより、ずっと力も入ろうというものだ。
外に出れば、煙の上がる砦が見える。
「上は?」
「いないよ。死んでる」
魔物の姿は、見当たらない。3Dプロジェクターと呼ばれたそれを取り出して、
「命名したんだが、写る君だ」
写るんです、ではなかった。
名前は、微妙に思えた。しかし、エリアスは真面目顔である。青白い粉が舞うように建物を形作る。
水晶玉を取り出して、
「ここだ。外からは視認妨害が強すぎて見えねえ」
「ん。どんな奴らなの暗殺ギルドって」
「そこらの通行人とかわんねえなりらしい」
建物は、茶色く通りに面していて入口は人もいない。何も変わったところが見えない。
集合住宅か何かの建物の外観だ。窓は、木で作られたもの。屋上から入るべきか。
「中には、そいつらだけなのかな」
「一般人が紛れている可能性はゼロじゃねえ。ってのは、いざってときに盾代わりにするためだろうよ」
入口から人がでてくる。殺るのかやらないのか。
女衒とその仲間のようにはいかないだろう。




