450話 城の壁から感傷
王都は、全ての命が途絶えたかのように閑散とした静けさがある。
(どうしてこんなことに・・・)
わかりきった事だ。戦争をしているからだ。やったのは、ミッドガルド軍でありユウタでありセリアだ。
味方からすれば良い駒で、敵からすれば最悪の兵だった。
向かう迷宮は、その城壁の側にある。
案内されて、進むに徘徊する死体の多いこと。ヘルトムーアの王都を占領する軍は、なんら間引きを行っていないようだ。
ユウタは、パーティーメンバーに顔を向ける。3人だ。内、2人には戦闘力があり腕前も問題はない。
勢いで連れてきたリルという幼女が問題だった。娼婦LV1というのに、釣られたというか。彼女の熱意に押されたというか。シルバーナは、早く行けとばかりに悪態をついていたし死なれればどう言ってくるのか容易に想像がついた。
群がってくる死体は、トゥルエノとザビーネの手で二つや三つに割断されていく。
のろのろとした動きで近寄ってくるだけだ。パーティーに入れているだけで、レベルは上がる。
娼婦のレベルを上げて意味があるのかと言われると、悩ましい。
ユウタは、娼館が嫌いだからだ。利用したことなど一度もない。
生前も、ミッドガルドでも。この先でもそうだろう。せいぜい、飲み屋までだ。
なので、弓矢を持たせて職業を変えてみた。
眠そうだった目が、まん丸になったのには思わずユウタの目もまん丸になったが。
リルは、弓の弦が引けなかった。普通の何気ない木の弓なのだが、筋力がないようだ。
トゥルエノは、目を細めていたので、何かしらあるのだろう。
道すがらに、レベルを上げている。
「どうやら、放置されているようです」
「みたいだね。この先も、人はいそうにないねえ」
道がある。そして、畑もあるが損傷の激しい死体がうろうろと彷徨っていて片っ端から火を投げつける。
淡い光を放つ魔方陣から飛び出していく。崩れ落ちる程度に、相手を破壊できるようだ。急に飛びかかってくる死体もいるので油断はできない。
ユウタは、目に見える全て死体が動きを止めるまで火の魔術を放ち、それが確認できると歩きだした。
「出番がないのですけれど」
苦情は、緑色の髪を払う少女からだ。刃で二つに死体をしていたが、射程が違いすぎる。
近寄ってきた動く死体だけでは満足できなかったのか、口を平らにしていた。
「苦労は、少ない方がいいじゃない」
「それは、いいようですよね」
肉を焼く匂いが最悪だった。残る2人も鼻を押さえていた。布をインベントリから取り出して、三人に渡す。ハンカチサイズだ。受け取るや鼻を覆う。
「それにしても死体が多いね。瘴気のせいなんだろうけれど」
「戦争中ならばこその光景かと。この道を行ったあそこです」
トゥルエノが指したそこは、草原が不自然に盛り上がっていて木材が散乱している。椅子だとか小屋だとかがあったに違いない。
あらゆるものには、死が待っている。動かなくなった人だったものを見て感傷が湧いてきた。
その最後は、絶望だっただろう。ならば、戦わなければよかった。
けれど、逃げても逃げ場などない。平凡な人間が、戦争から逃げられるだろうか。
逃げられやしないのだ。逃げても死、抗っても死。
およそ、そうなのだ。道の先は、真っ暗闇でしかない。いつかユウタもそこに行くのだろう。
空を見上げれば、大地が浮かんでいる。浮島だ。翼人がいるという。
高空から、米粒が移動している。
(飛んでくる?)
避けても当たる気がした。よけなくても死ぬ。だから、火線を放った。
赤い光が青い空を割って、赤い球が生まれる。山脈の向こうからだ。ユウタの位置を正確に見て取ったのかもしれない。空にある島からは距離がある。余波でもあるだろうか。
「急いだ方がいいのでは?」
「そうですよ」
駆け足になった。リルを抱えてザビーネが駆けていく。木造の建家だったものに辿りつき、その奥に鉄の扉が地下に向けて階段を下りた先にある。走りながら撃っていると、前傾姿勢になった男たちが丘の向こうから走ってくる。
「ヘルトムーア兵!? 中に」
そういいながら、鉄の扉へと刀を振るう。ずり落ちた門扉を蹴って、集団に向けて火線を放つ。赤い光が地面に吸い込まれると、集団の姿はなかった。水の術を周囲に放つ。水流が、隠密スキルなどを剥がしてくれるはずだ。階段を降りていく。
扉から先には、血だまりに倒れている人がいた。
開けたのか開かなかったのか。わからないが、鑑定スキルがヘルトムーア兵だと教えてくれる。すでに死んでいるようだ。ぴくりとも動かない兵だったものが転がっている。
迷宮の中は、死体と金属の音だ。金属を引きずった音と打ち合わせている音がしている。
「おのれ~、トゥルエノ! なぜ、裏切った!」
「これは、心外なこと。私は、一度も王に忠義を誓った覚えはありませぬ。不埒な真似をするあなたがたに、いわれのない忠を求められるなど笑止」
剣を振るうのに、止めはしない。呼吸が切れないのだろうか。挟まれる格好になった。
「あれ、私、蚊帳の外、というか足硬いですね」
大きな男が1人いた。立っているのは、1人だけだ。挟むのは、2人で。黒い鎧に目玉の如き赤い宝玉がふんだんにはめ込まれていて、それも割れていく。男なのだろう。女に押されているとは情けない。とはいえ、振るう剣は大剣で遅くない。遅くないが、2人に避けられている。
「くぞがっ」
ついに、片足で立つ格好になった。
「疾く死になさい」
雷が反対に突き抜けザビーネの剣とトゥルエノの刀を結ぶ。男の全身が煙と白い光に包まれて爆ぜた。
「終わりましたか」
「えーと、一つ言いたいのですけれど」
ザビーネは、剣を腰の鞘に収めると両の指を突き合わせた。口は笑っていない。
「なにか」
「あれ、当たったら死んじゃう奴じゃないですか。せめて事前に連携の訓練をするとかですね」
「できると感じていましたので。このものの耐久力は、千日手に陥る予感がしましたし」
地面には、兜がない男の頭と見られるものが落ちている。首を刎ねても刎ねても再生したようだ。
リルが近寄ってきて、裾を掴んだ。背後には、敵が現れる様子はない。
リルは、こげ茶色の服に靴を履かせて長め木の棒と縦長の盾を持たせている。
(もう少しまともな格好をさせるべきだろうか・・・ねえ)
誰ともなく、1人物思いに落ちる。
「ヘルトムーア兵が迷宮を根城にしている、というのを予想されていましたか」
「全くない、わけじゃないけど」
「敵は、討つべきです」
千里眼なんて持っていないし、何が起きるかなんて予想もつかない。
この瞬間にも、迷宮が潰れて圧死なんてありえる。迷宮は、赤い光に耐えうるだろうか。
それとも、ダンジョンコアでも探すべきだろうか。
「ここは、踏破した迷宮ですので案内することは可能です。待ち伏せというのも、予想できますが」
風の術で、迷宮内を探る。探査できない、あるいは妨害を受ければすなわちそこに待ち伏せがあると考えられる。水の術で洗い流すなんてこともできる。
「ちなみに、ここの迷宮の名前は?」
「ヘルト2です。周囲に小さな浅い迷宮が5つありますので、緊急時には塹壕にも使われるようですね」
トゥルエノは、ヘルトムーア王国に住んでいたのだ。当然、知っていた。
「ちょっと、師匠、この人、知ってたっぽいんですけれど」
「そりゃまあ」
それなりに事情は、知っているのだろう。それに戦況も。彼女がどう考え寝返ったのか知らないが。
骨の兵がふらふらと歩いてくる。刀が振るわれて胸から仰向けになった。
「てっきりヘルトムーアの王都奪還作戦を妨害するのかと」
「そうなのかなあ」
「さ、さすがです。お師匠様」
尻が痒くなった。
勘違いしてはいないだろうか。ユウタは、ザビーネの頭が心配になってきた。
真っ直ぐな通路に、灯の玉を先行させる。角に潜んでいると見られるものがいる。
魔物か人か。小部屋には、死体が転がっていて一面が赤だった。焦げたあともあり、やったのはトゥルエノとザビーネなのだろうが、
(2人とも、容赦ないな)
もっとも、ユウタとパーティーを組めるのは容赦ない人間だけだ。リルは、剣士と槍士を得ている。早急に転職させたい。
間近になって、トゥルエノの手から光る玉が投げられる。腕が見えて壁に叩きつけられた。腕の口を抑えるのは、黒く毛深い獣だ。頭は、猿。そのまま四肢が落ちた。刀を収めるトゥルエノに、ザビーネが汗を浮かべた顔を見せている。
「かぶったら・・・」
「あなたほどの腕前なら、気に敏かと。よもや重ねられることもないと信じております」
「危ないですよ。ほんと、トゥルエノさんは危険なことをするのですから、師匠聞いてますか」
聞いている。聞いているが、それこそがコンビネーションという奴ではなかろうかと思うのだ。
「気を合わせましょう。さすれば、仕損じることありませんよ」
「簡単にいいますよ、この人」
猿が出てきた窪みには、鎧を着た兵士の死体があった。猿の魔物にかじられている。
死体から鎧をはぎ取ろうとは思わない。金には困っていないし、リルが死体の剣を取ろうとするのを押し留める。
土の地面は、硬い。怒鳴りそうになって、押し留めるのに一苦労だ。
「死体から剥ぎ取るのは、ご不快ですか」
「ええ、とても」
戦場で使えそうな武器を回収するのを見ると、言い知れない悪寒がする。
使える武器だし、溶かして鉄にすれば再利用が可能だ。
スキルの付いた武器や武具ならばそのまま売り飛ばされる。
道が、ぐねぐねと曲がりだした。登った先に2体の魔物がいる。
「左様でございますか」
「たぶん、余裕があるからなんだろうけれどね」
右も左もわからなくて、常に敗北に怯えていた頃はなりふり構っていられなかった。
今は、どうか。傲慢に思えた。増長しているのだろう。矢は、防御スキルで防げるし魔術も直撃したりしないまでになっている。
「自分がやるのには、抵抗がないのに女の子がやろうとするからなのかな」
「変わっておられます」
「むしろ、女ってそれくらいしかできないっていう男は多いと思いますよ」
角を作った手で合図をする。
そうなのか。そうなのかもしれないが、やらせたくないという。気分なのだろう。
トゥルエノが角に近寄り、毛深い腕が降りおろされる。
「せいっ」
両側からの腕は、あらぬ方向へ飛んでいく。頭が半分になって倒れていった。
地面を蹴って、天井から振り下ろす。ユウタは、ついていけただろうか。
トゥルエノの刀は、速かった。彼女は、体術も優れている。
「こいつら、狼系じゃ」
「このような浅い階層にでてくるはずのない魔物です」
なんなく倒した少女に呼吸の乱れはない。四ツ辻にでた。
「ここから、真っ直ぐです」
「ここって、階段ですか」
「奥の主を倒せば、転移させる方陣がでますよ」
出るのか進むのか選択式のようだ。真っ直ぐに進むだけでいいのなら楽ではあるが、待ち伏せされる恐れもある。もっとも、術は魔物しか先にいないと教えてくれるのだが、
「じゃ、行こう」
リルのレベルは上がっている。危険が、彼女を育ててくれるだろう。
ついてこれるかが心配なものの、隣を歩く幼女は顔色一つ変えていない。
変わらないレイプ目をしている。視線にすぐ気が付いて顔を向けてきた。
「何」
「いえ、なんでも」
「質問」
頷く。前をいく前衛の手で、ユウタがすることはほとんどない。
ゲームなら回復の術をかけるところだが、たまに快気の術を飛ばすくらいだ。
「紫の人が武器を抜いたら、雷がでてる。そんなことできる人、みたことがない」
「そうだね」
「緑の人が武器を振るったら、魔物が死んでる。なぜ?」
説明に困った。訳がわからないに違いない。これで、リルも同じことができるようになるとかいう質問が来そうなので、
「鍛えると、できるようになるんだよ。たぶん」
瞬きの内に育つとしても、夢こそが人を救ってくれる。
求めてやまぬ力だけれども、結果が絶望だとしても。
「最後の多分は、余計」
ティアンナに似た幼女だ。彼女のようになってしまうとしたら、考えものだった。
奥の扉が見える。しかし、進むべきかどうか。
獅子の魔物を倒して、すっと扉に少女が手をかけている。中から攻撃を受けかねないとも思った。
が、手招きするのでと背後から人の気配が寄ってくる。
入口から走っているにしても早い。女の絶叫と共に魔力の高まりも感じた。
小さな迷宮だ。距離にしても奥まで届いてしまいそうなくらいで、土壁で水玉を入れつつ魔力の塊までを塞いでいく。
3人を追って扉をくぐった。




