449話 屋敷の地下(リル
水晶玉は、1軒の屋敷を写している。足音がうるさい。
「よし、野郎ども注意してやってこいよ」
指図をしているのは、シルバーナだ。やってくるとは、なんであろう。
(不死身だとかいってびびってたのに、根城を襲うのかな)
手下も残らず倒しているから、大丈夫だとは思う。
ユウタは、視線を周囲に向ける。両脇に立っている女の子がいた。
距離が近いのではないだろうか。匂いがするくらいに、近い。
2人とも、可愛い。ユウタは、それだけでそわそわした。
「座ったらいいんじゃないかな」
「いけません。それでは、何かあったときに対応できませんよ」
「師匠、安心してください。周囲にそれらしいやつはいません」
風の術で探知するのは当然、やっているがそれでも引っかからない相手というのはいると思うのだ。
ユウタは、不意を打たれると弱い。セリアにいきなり噛み付かれると、もう血まみれになる。
ユークリウッドであった頃の話で、最近は部屋にいる犬形態では股間を攻撃してくる。
傷だらけの股間が、痛みを訴えた。
「どうされました? 汗が浮かんでいるようです」
「なんでもないよ。さっと片付けようかな」
屋敷の前は、人通りもない。正面にある家との距離は、離れていて窓は閉まっていた。
金属の門扉に、中は丸見えだ。人は立っていない。
貴族の家ではないからだろうか。玄関までの距離は、そうない。
真四角の洋館がある。土の人形は、扉を押す。鍵は、引きちぎれて外れた。
土が、盛り上がって壁を多い屋敷を包む。中の敵が逃げられないようにする為だ。
(しかし、ここで合っているのかどうかなあ)
羊皮紙の手合いは、魔術も使うようだ。壁に魔力が漏れている。
扉を壊して、中へと入る。正面に人だ。召使いか。女だ。するすると地面を伸びた土色の触手が、女の動きを止める。そのまま、身体を覆い引き寄せていく。不死身だとかいう男の根城は、男ばかりだったので殺しまくっていた。ただの召使いであるのなら、捕らえて尋問するのもいいだろう。
玄関は、広くもない。2階の階段が、女のいたすぐ横にあって奥への通路もある。
左右に扉がある。どちらを開けるべきか。適当に、右の扉を開ける。
召使いは、玄関外に移動させていく。
「いませんね」
声は、耳元だ。扉のむこうは、応接室らしく低いテーブルがあった。
反対の扉を開ける。食堂か。部屋に、食事を取るためとおもわれる長い机が奥へと向かっていた。
その奥が台所なのだろう。さらに奥へいくが、人はいない。殺風景だ。
どこにいるのか。2階か。あるいは、と扉を開ける。奥からの通路へ出る。人の気配は、土の人形ではわからないから見たままだ。
「下、じゃないですか」
階段の裏になるほど、階段がある。下へと伸びている石階段に、鉄枠の扉があった。
視点を2階へと移していく。通路に人はいない。仮に、敵が外へと出てきてもすぐにわかる。
部屋からでてこないのならば、待ってもいいだろう。
地下への扉を押す。めりめりとでも音がしそうな風に変形していく。扉が傾いて取れた。
無理やりだ。その向こうは、薄暗く壁に灯りがついている。
「召使い1人って、寂しくないですか」
「あるいは、彼女が擬態した爺なのでは」
擬態の可能性もある。女なのかどうなのかは、ともかくとして逃げられてはいない。
地下をするすると伸びていく触手は、地面を這う。
灯りは、触手の先端に取り付けて移動していく。
何がでてきてもおかしくない。風の術を使うが、扉が邪魔だ。階段を二つ降りる。扉がある。
それをまた力押しで破壊すると、石の壁で覆われた部屋にでた。
地下に広がる空洞のように作られた階段を降りていく。
人の姿はない。が、虫かなにかが床を這い回っている。
触手の先端に火の術で玉を作って投げた。這い回る黒い物体は、焼けていく。
向かってくれば、水の術だ。水球で撃ち落とされて、また火の玉が襲う。
水が蒸発する際に圧力が発生しているのだろうか。黒い染みが裂ける。
水晶玉で見ている分には、匂いがしないのでいい。虫が、爺なのか爺が虫なのか。
それとも虫に食われて、死んでいるのか。わからないが、人の姿がないということだ。
作業になってしまっている。覆っていた黒い虫が減って、白い人の頭蓋骨がでてきた。
「もしや、死んでいる?」
「うーん、なんともいえないねえ」
虫を人の身体に住まわせて、武器にしていたのだろうか。
漫画や小説でならよく見る話なのだが、見ていると気持ち悪くなる。
「気持ち悪いです」
「確かに」
迷宮でも、人の死体だったり魔物の死体から蠅だったり蚊が大量にでてくると身体が引けてしまう。
火に弱くてあっさり燃えて死ぬので、助かっているが簡単に死ななかったらと思うと・・・
数が減っても生き残る型でも、面倒だ。土人形から筒作り切り離す。空気を取り込み虫をばらばらにする玩具を置くと、風を送り込む。
隠れていても出入り口を閉じれば、圧力で引っ張りだされる。光が消えると、ユウタは視点を戻す。
横を見ると、トゥルエノの長いまつ毛がぶつかりそうになる。危うく、鼻がぶつかるところだった。
びっくりして、相手もびっくりしたのか、
「失礼しました」
上ずった声をしている。
「危ないよ」
距離を取って見て欲しい。鼻をさする女の子は、顔を背けた。
照れているのだろうか。水晶玉へと視線を戻すに、反対側で眠たそうな目をしたシルバーナがいた。
口がへの字になっている。面白くないのか、
「どうしたの」
「ここは、娼館じゃねーんだが」
毒を吐く。
「何を言っているのかわからないよ。それより、その悪党、居ないんだけど」
「虫しかいませんでしたねえ」
2階の扉を1つずつ開けていく。人がいない。ともしれば、地下の人骨が件の悪党なのか。
わからないが、虫が一匹も残らないまで玩具を止めるつもりはない。隅から隅まで虫が死に絶えるまで、終わらない。抜け道があるので、塞ぐのに余念はない。
モルガッソという男は、どんな男なのかわからなかった。虫になったのなら人を辞めていそうだ。
「不気味な野郎だったけど、虫になってたんか」
「いや、わからないけどね。調査が必要だろうねえ。エリアスかアルストロメリアとは連絡とれないのかな」
「あんたが、連絡とればいいじゃないか。あたいにゃ念話とかカードに登録がねーんだよ」
すれば、いいじゃないかと思ったが言うと大変なことになりそうだ。
方や没落した元貴族の子弟。今、ときめくポーション屋だったり魔術師の元締めだったりする貴族とでは立場が違いすぎる。見れば、眉を寄せて涙目になっている。言わなくともさっした己に逆ギレしてきそうだと、ユウタは思った。
「わかったよ。で、他にはいないのかな」
「いれば、殺るってのかい」
殺りに行くのはやぶさかではないが、ユウタが全部やっていたのでは時間が足りない。
くいくいと、後ろにローブを引かれている。
「さすがに、全部僕になんとかしろってのは沽券にかかわるんじゃないの」
「無理そうならあんたがなんとかしてくれるんだろ」
「無理なものをやれとはいわないけれどね」
引かれているので、振り返る。トゥルエノではなかった。ユウタと同じくらいだ。半眼になった女の子が立っている。娼婦にされかかった女の子だっただろうか。
「えっと」
「リル。あたしの名前。あたしも連れてって」
ぶっとんでた。ユウタは、どこに行くとも言っていないのだが、
「師匠、弟子を取るんですか」
ザビーネを見て、リルという少女を見た。弟子。弟子は、育つとセリアに取られてしまう。
兵隊として使っているようだ。ともすれば、シルバーナを助けられる戦士が必要に思えた。
シルバーナも弱くはないが、部下を差配するので忙しい。
リルの姉を探す。お盆に白い陶器を乗せて、配っている。
「うーん」
考える素振りをするが、視線を動かさない。決意に満ちているようだ。
きょろきょろと動かしてみるも、じっとユウタの顔を見ている。
どこに行くのかわからないのに、連れてってとはこれまた・・・
「いいけど」
「いいの? やったー」
「おい。ちょっとまった、そいつは・・・」
「そいつは?」
シルバーナは、腕組みをしている。
「いや、確かに娼婦が駄目なら冒険者でも、うーんでも危険なんだけど、かといって学校にやる金なんてねーし。リルのねーちゃんが頑張っても到底、無理、はっ。あんたまさか、肉奴隷にするきなんじゃ」
ユウタは、無言でこめかみを左右からぐりぐりと押した。奇怪な声なき声を上げる。
シルバーナは、悶絶して頭を押さえた。
「人聞きの悪いことを言わないでください」
「てめえ」
「もう一度、教育しないと駄目ですか」
さっとこめかみを隠す。ユウタは、水晶玉をインベントリにしまいながら立ち上がった。
リルという少女は、旅支度をしている風ではない。
ユウタは、転移門で移動できる。それを知っていてその格好なのか。
想像するしかないが、女の子のぶっとんな精神状態というのは知る由もない。
「ユークリウッドにあずけたら、魔物大好き迷宮大好きの変態になるっていう噂があってねえ。そこのところ、どうなの」
「滅相もない話です」
「じゃあ、あんたんとこの隣に住んでいるオデットとルーシアはどうなんだよ」
「別に、魔物大好きというわけじゃないでしょう」
間違いない。レベルは、上がっているからか好んで迷宮を探索するけれど。
「大丈夫なんだな」
念を押してくる。しつこい肉便器だ。ユウタからするとシルバーナこそがそれなのだ。
まるで洞察力がなくて、自分の事業を成功させる見通しにも暗く金を稼ぐのにも四苦八苦している女の子に、
「大丈夫に決まってます」
なんとなれば、蘇生だってある。全く変化してしまっているといえば、セリアだ。
シルバーナもそれに匹敵して、人は変わるものなのだろうか。心配になってくる。
ユウタのそばにいれば、死なすことはないが知らないところで死ぬのは防ぎようがない。
蚤の心臓だった。ばくばくとなり始める。
転移門を開いた。朝のヘルトムーア城に出る。
石の畳に、矢であったり剣が落ちている。人の姿は、ある。輪を作り、黒い檻が並ぶ。
中央の広間に、集団が見えた。獣人だ。集団を囲むよう天幕を張っている。
セリアの軍団だろう。
「ここは」
「ヘルトムーアの城だね」
「随分、寂れちゃってます」
リルもちゃっかりついてきている。手には、何も持っていない。剣が振れるとは思えない。
鑑定スキルを発動すると、娼婦レベル1とでてきた。
目眩を覚えた。
「すごい顔になってる」
「そんなに?」
「どうなされたのですか。髪が逆だってますよ」
ザビーネが頭を触る。髪がなかなか下に落ちない。ユウタは、顔を押さえた。
ゲームなら剣を振ってたら剣士になったり、ステータスを満たせば、転職というのもある。
武器を持たせて、強制的に転職させて育成した覚えがあるからそれを応用すればいい。
インベントリから、木の剣と盾を取り出す。女の子に持たせるのはきつい重量だが、
「これで戦う」
「師匠、せめて鉄の剣と皮の盾がいいんじゃないですか」
レナとお友達になって欲しいものだ。きっとなれる。寂しげに身体を丸めた女の子を思い出す。
「苦無を投げるからでもよろしいかと」
育成の方向性がばらばらだ。敵の姿は、ない。
球体を船体上部に付け浮遊した船が、城壁に取り付いているのが見えた。
「近くの迷宮に行こうか」
「でしたら、案内いたします」
セリアの姿はない。探すに気配もないので、前線なのだろう。
3人を連れて迷宮へと向かった。




