448話 土の触手
弟たちがくたくたに疲れ果てるまで続けてしまった。
大いに反省すべきところだ。
やりたがっても、次の予定があるのに無理をしてはいけない。
父親は、困ったような表情を浮かべていた。
(やりすぎじゃないはずだ。むしろ、もっと厳しくてもいい)
だが、理解してもらえるかどうか。
土の人形を元の地へ戻す。
「師匠?」
落ち込んでいる幼女の方を見れば、桜火が笑みを浮かべて手を振っている。
ユウタには手に負えないから、手を振っているのか。測りかねて、空を見上げた。
雲は、朝日を浴びて黄色を帯びている。
「考え事でしょうか」
「うん」
生返事。
その通りだが、答える必要はない気がした。一々確認してくるのは、彼女の性分なのだろう。
草鞋を履いているのが、気になった。草鞋だ。草で編んだもので、藁を丁寧に編んだものだ。
ユウタは、自身の足を見る。革の靴だ。履き心地は、悪くない。
高級な物を求めるのもいいだろう。
「師匠、もう少し鍛錬をしておきたいのですが」
「んー。ちょっと、切り上げたいんだよね」
普段なら、続行になっただろう。だが、そうも言っていられない。朝のうちに、済ませておかないといけない事がある。
不意に、シルバーナが思い出されたからだ。
進展の報告があってもいいのではないか。彼女の上司ではないが、見過ごせない。
売春婦もそうだが、麻薬をやっていないのだろうか。
「もう少し、戦いたいですよー」
ユウタは、転移門を開く。慌てたように、ザビーネが入ってきた。もう一度レナを見れば、桜火が手を振って返すのだ。任せて良いのだろうか。
◆
輝く門から出た先は、路地裏だ。木の箱が置いてある。段積みになった箱を横に通り抜けて、曲がった先には男が立っていた。シルバーナの家の前だ。間違いない。
その男は、胡乱な人間を見る目でユウタを見つめてきた。
「おはようございます」
猫なで声を出す。後ろで、え? っという声がした。
「ん? あんた、ああ、あんたぁはどうぞ」
悪い気は、しなかった。様をつけられるのも、子供なのだから妙な話といえばそうで通りを歩く人の目が気になった。
2人の男が扉を引く。中は、開店前のようだ。酒場になっている。瓶が散乱しているかと思われたが、きちんと片付けられているようだ。
「おじょー。アルブレストさんがきましたぜー」
男は、大声で奥に声を出す。肉付きのいい肩と腰は、筋肉質で膨れている。覆うのは、くたびれたシャツに革のズボンだ。ズボンに紐で支えるようにしてある。
けたたましい靴音がした。慌てて起きたのか。階段を上がっていく男。隣にトゥルエノが並び立つ。
「ここは?」
見下ろして言うのだ。悪気はないのだろうが、真横から見下ろされると圧迫感があった。
「シルバーナっていう子の家だよ。見ればわかるけど、あまりよろしくない場所なんだよね」
賭博場だ。規制が合ってしかるべきで、野放しにしているのは理解ができない。
ユウタには、ユークリウッドの理解できない部分がある。
彼は、妹思いでかつ冷酷な反面もありと難解だ。
椅子に座ったまま酒を煽っている人間はいない。代わりにテーブルに突っ伏した男が2人。
鎧兜が側に置かれているので、呑んだくれたのだろうことが見て取れた。
「おう。来たのかよ」
降りてきたのは、息を荒げた幼女だ。白いシャツに褐色をした毛皮の上着を着ている。下も褐色でまとめられている。茶色の髪は、後ろで縛っていた。目は、座っている。
「うん。どうなったのかなってね」
「どうなるもこうなるも、手下が圧倒的に足りねーんだよ。他所を潰すって簡単じゃねーっつーの」
どうにも、実行力に乏しいようだ。言われたら、即やるのが基本だ。人に言えないが。
アルーシュにもアルルにもヘルトムーア王国の攻撃をしろと言われているが、さぼっている。
シルバーナは、酒瓶の並ぶ棚の下から、陶器でできたカップを台の上に乗せた。
「それとも、お前が手伝ってくれるってんなら話ははえーんだけどな?」
「根城とかわかってんの」
「ほらよ」
台に追加されたのは、羊皮紙だ。絵が書いてあり、何枚も重なっている。
見れば、悪人相が載っていた。オールバックにした三白眼の長身な男。眠そうにも見える。
禿頭に金壺眼をした小柄な男。杖に刃を仕込んでいるのか。居合を使うなど書いてある。
「今、もっとも勢いがある腐れ外道な」
「ふーん」
名前は、ジェイとモルガッソ。片方は、どこかで聞いた名前だ。
同名なのかも知れない。ジョンばりに。
ユウタは、立ち上がった。
「おい。まさか」
「なるほどねえ」
「待てって、そいつら手下はうじゃうじゃいる連中だし暗殺やらなんやら・・・」
暗黒街の顔役といったところだろう。ユウタは、噂も聞いたことがなかったけれど存在するのだ。
「シルバーナは・・・」
麻薬をやっていないよね。と聞きたかったが、聞けない。元は、騎士見習いだったのでまさかという思いがあったからだ。うん、と言った日には酒場は閉鎖になるだろう。
「おめー」
掴みかかってくるのを躱して、後ろ手をひねり上げた。
「くそっ。何も言ってねーじゃねーか。変態、痴漢、おーかーさーれーるッ」
ユウタは、どきっとした。恐る恐る他にいるはずの2人を見る。
1人は、今にも斬りかからんばかりの顔をしていた。ついで、隣の女がその刀を押さえている。
ユウタは、朝使った術が使えないかと考えたが土ではない。木だ。木から出すというのは、忍者の木遁になる。木がありなら鉄からだって色々と出せる。だろうと考えて、ユークリウッドは修行していた。
だから、両手を放す。
「いいけど、店が滅茶苦茶になるよ」
「滅茶苦茶に犯される!?」
「なんでそうなるの」
「だって、店が滅茶苦茶って」
「たとえだよ、例え! いくらなんでも・・・」
シルバーナの手下がぐるりと囲んでいるではないか。ユウタは、金玉が縮むのを感じた。
「お前ら、何見てんだ? さっさと散れ、なんでもねーから」
「しかし、お嬢、いくらなんだってアルブレストの坊っちゃんと」
くっついているのか? とでも言うのか。頭の中に、刺激がする。ユークリウッドであれば石か何かに変えていたところだ。ユウタは、ぐっと我慢していると。
「お前らなあ、こいつの気が変わって魔術ぶっぱしたら全員おっちぬだろ。だから、言ってんだよ。間合いを取ってろって。とにかく、おら、なんか飲みもん出して差し上げろや」
しぶしぶといった体で、手下たちは離れていく。代わりにやってきたのは、お盆にカップを乗せた女の子だ。売春婦にされかかった女の子ではないだろうか。笑みを浮かべていた。
そっと置かれた陶器のカップにはなみなみと白い液体が入っている。
「ミルクでいいよな」
「ええ。他の方にも、お茶かコーヒーをお願いします」
「言っとくけど、無料じゃねーぞ」
コーヒーくらい無料にしろよ、と思ったユウタだがおくびにもださず水晶玉をテーブルの上に置く。
敷物は、紫色をした綿の詰められたものだ。少々の衝撃では、水晶玉は落ちたりしない。
「何しようってんだ」
「まあ、見ててよ。で、そいつの居場所って大体でいいからわかるの?」
「わかるって、羊皮紙に書いてあっから見ろよ」
見て、内容まですぐに理解できる頭が恨めしい。どうしたら、一瞬で記憶してしまえるのかユークリウッドの脳みそは不思議だった。覚えているのだ。どうでも良さそうだが、重要な事を忘れない。
卑猥な名称の店ですぐに目につかない。どこにでもあるという外観。4階建てだ。
(違う可能性もあるけれどなあ)
だが、土の人形を作り出して歩かせる。その見かけは、筋骨隆々なシルバーナの手下だ。
イメージがしやすくていい。そっくりにするわけにもいかないのが難点だが。
「何やってんだ? 土のゴーレムなんぞ? どーする気だ」
答えない。
「まさか」
遠隔で動かせるのだ。やることは決まっている。扉を破壊して中に入る。落とし穴があった。
落ちたと見せて、中で待ち伏せてみれば男が寄ってくる。2人だ。
厳しい顔とのっぺりとした顔。特徴は、ない。入れ墨をしているくらいか。
胸に手を伸ばす。土の人形の腕が突き刺さって、悲鳴が上がった。
そのまま触手のように手を伸ばす。体中からでも表面に触手を増やしながら、さながら魔物だ。
もう、魔物といっていいのではないかという体になってしまった。
家の壁を破壊しながら、中の様子をくまなく探っていく。
上の階だ。後ろからは、援軍と思しき人間が入り口にくるのでそいつを落とし穴に詰めていく。
「えげつねえ。お前、これ、なんなの。なんの術だよ。魔術なんだよなあ」
剣で、槍で突いてくる。それを絡め取って、枝のように生える土の頭。
人間も絡め取って、血しぶきが上がる。悲鳴は、聞くに耐えないものだろうから聞こえないほうがいい。
「師匠、このような術が使えるなんて凄いですよ。次は、わたしにも戦わせてください!」
相性が悪くて、却下したい。風の術を得意とするから、空中を飛ぶに違いないし礫は届かないしでいいことがない。ザビーネの鼻息を他所に、順調といっていいのか敵の抵抗が収まりつつある。一番奥に居た。
禿た男ではない。女が折り重なった山の上に男が居て、扉が破壊されて入ってきた土色の顔にも驚いた様子ではない。口が動いているので、声を出しているのだろう。
その手前に、腰が折れ曲がった術者らしき者と護衛役がいる。他にも3人。
牽制に、槍を伸ばして見る。呪文を唱えようとしていたローブ姿の腰折れた術者と護衛の3人を貫く。
前にでてきたのは、体格のいい男だ。枝状に伸びる槍よりも速い。
「おい?」
捕まった。格子の罠に捕えられて、ついでに真っ赤になる。オールバックにした顔面凶器は、土でできた手が捕えている。飛び退って、逃げようとしたようだ。窓ぎわで中につられている。女を投げてきたが、それも計算の内だ。
「待て、こいつ不死身って話だ」
「へえ」
ユウタは、土の手を棺桶にして閉じ込める。欠片からでも復活してくるのなら実に興味深い。
さながら無限にコンティニューする敵というのは、強敵だ。
対策に、女たちもろともに焼き払っておくべきか。
「閉じ込めて、どうするんだ?」
「死んで、蘇るんだろうけど何回目で死ぬのかなって」
「えぐいわ、それ」
敵なのだ。手加減をして、味方の体内で復活なんてされた日には悔やんでも悔みきれない。
土の棺桶ごと死体置き場を出して突っ込む。生きている人間は、白目を剥いて動かない女たちだけだ。
はたして、彼女たちの状態がどのようなものか。
「死んだのか? 土の箱が消えたぞ」
「蘇るっぽいけどね。どこまで不死身なんだろうねえ」
無から有になるそのエネルギー体は、脅威だ。仮に細胞からでも復活できるのなら、すべての人間に寄生して殺害することなんてできるのではないか。人間の絶滅が目的ではないにしても、無限に復活が可能になる。そう、細胞の欠片からでも甦れるとしたのなら。
「こいつらが、王国の人間だったらアル様に宣言してもらうだけでいいんだけどなあ」
「なんで?」
倒せるのか? という事で、アルーシュに逆らったら王国民であれば罰則でもあるのだろうかと。
「なんで? って、そりゃおめえ、王国イコール王様ってわかってっんのかよ。この国で、逆臣が出ねえ理由とかよ。考えてみたことねえの?」
「なんかあったっけ」
「これだから学校に行けって言われるんだぞ。おめー、あたまがいいのにあたいですら知ってる事を知らねえ。腕っぷしは強いんだけど、心配になるのはそこだっての」
何かあっただろうか。土の箱は、死体置き場にありどうするか未定だ。
実験をしている暇は、ない。そのうちに、結果がわかるだろう。
ユウタは、ザビーネを見た。しかし、首を横に振る。ついで、トゥルエノを見た。
「臣民は、王に忠誠を誓うのが習いですがこれは見返りに加護を受けるのです。生まれて、すぐに洗礼もしくは祝福を授けられると思います。これは、各々で違いますがヘルトムーア王国が未だに瓦解しないのと同じ理由です」
それは、
「もっとも大きな加護は、瘴気に耐える、ということでしょうか。反逆を試みて自意識があるのなら、全身の皮が剥がれるなどという呪いを受けたりします。各国で、これはまちまちのようです。私の場合は、家の事情がありましたから大丈夫でしたが」
仲間がいたようである。彼らは、捕縛されて牢に繋がれている。
「てこった。名指しで、汝、逆臣なり。なんて言われたら、あたいら切腹もんだよ。いや、首吊りもんかね。てなわけで、モルガッソもよろしくな」
にんまりとした表情だ。顔を引っ張ってやろうと手を伸ばしたが憎たらしくも避けた。
報酬が欲しくて、殺る訳ではない。らりった顔の女たちを見て確信を深めた。
理由はある。だが、
(おかしいなあ。欧米じゃ、男を良いように使ったら見返りにセックスじゃないのかよ)
勿論しないけれど。シルバーナはシルバーナだ。
ついつい無料で、殺ってしまった。
なんだか良いように使われている気がする。
後ろを振り返ると、奇妙な光を瞳に浮かべた女の子が2人して神妙にしていた。




