446話 寝ているようだ
ヘルトムーア王国の滅亡は、秒読みに入った。逆転の目は薄い。
きっかけはどうあれ、戦うべきではなかったのだ。ちょっとした領土争いが、王国を滅ぼそうとしている。それでも、そうなるこうなるは人にはわからない。当事者には。
王国の東からは、険しい山脈と隘路。攻めるに難い地形で、守備は万全だった。結果無残だが。
地形からして、一旦侵入侵攻を許せばかくも脆い。
西は、乾いた風が海から吹付け塩を乗せたそれによって作物の実りが薄い大地。
王都周辺が、王国の胃袋になる。どうしても必要だった。だから、
「王都を奪還できない」
ということになると、どうなるのか。
ヘルトムーア王国は、西に広く分布する少国家群を支配下に置いていた。
それも昔の話。海人たちの脅威に晒される国は、援軍を断り袂を分かつかのようにのらりくらりと時間を引き伸ばしている。
中央は、山脈に囲まれた盆地であり、北には内海を隔てて同盟国アスラエル王国がある。
海が援軍を阻んでいた。空からは、狙い撃ちにされる。
「いっそ降伏しては?」
という声も高くて、まとまらない。王族がいる城には、夜な夜な獣人が襲撃をかけてくる。
エンシェントゴーレムを失ってからは、特に顕著だ。
最後の切り札は、勇者召喚である。すでに、異世界から戦士候補を呼び寄せた。
「魔王アル、討つべし」
そんな風にして呼んだ戦士を戦わせるのであるが、多くは死んでいる。
腕の立つ者ほど、容赦なく倒された。
敵であるミッドガルド軍は、獣人を主体とした部隊で少数だからと舐めていたなんてことは言い訳だろう。すでに、空を飛ぶ戦力は残っておらず飛空船を持つ商会からの提供は望めない。
彼らも必死だ。
ヘルトムーア王国が死に体になっていて、海人からの攻撃が予想されるし南回りでロゥマへ逃げるか北のアスラエルへ逃げるか。ヘルトムーアが滅んでも、金さえあれば再起は可能なのだし逃げない手はない。ミッドガルドの将軍は残虐で狡猾と知られている。
将軍は、セリアという名前だ。
見た目は、可愛らしい獣人の子供。だが、兵は口を揃えて言う。
銀髪に釣り上がった目を見て、腰が抜けたら回れ右をしろと。或いは、ひっくり返って腹を見せる仕草をすると、命までは取られないと。
異世界人は、勇者だ。勝つことが不可能と言われている獣人に戦いを挑むのだから。
各々が神より授かったと言われている特殊なスキルを持っていた。
とはいえ、敵の将軍1人すら倒せないのでは意味がないと囁かれだした。
なぜ勝てないのか。相手のスキルを奪うスキルを持つ者。強力な力だ。
スキルを封じる事ができる。では、なぜ倒されたのか。
鑑みるに、敵のスキルを奪う為に接近しないといけないというのが足かせだった。
近寄る前に、相手に攻撃されると何もできないまま死んだ。
護衛は、いたし防御をしたようだ。が、結界も物理盾も岩だかなんだかに押しつぶされたようにして死んでいたという。
特殊系持ちの勇者とて、同時に防御能力にも秀でた者でなければ、接近することすら危うい。
であれば、接近せずとも遠距離から攻撃して倒せばいいのではないか。
考えられたのは、弓か魔術による呪殺。
考えたが、セリアは獣人だけに素早い。弓の矢を手で取るほどに器用で、魔術は飛んできたものを殴って消すという。おまけに呪術師による呪殺を試みたところ、術者が全身から血を吹き出して死ぬものが続き中止となった。
ついでに、都市と言わず村までセリアが出没しては術者を調べて回る始末。
捕まらないように呪術師は、道具を捨てて農民に紛れ込んだという。
だが、ばれて死体になっている。術をかけようという者は、もはや稀だ。
大金を積まれても応じない。
ならば、次はどうするか。考えた。セリアは、雌の獣人。
力で駄目ならば、雄を宛てがうのだ。各地より選りすぐって容姿のよい者を送り込んでみるも、近づくことすらできない。なぜなのか。
調べることにすら時間と金がかかった。近寄ると攻撃されて捕虜になったり奴隷として売り飛ばされるからだ。男は、獣人でないと駄目なのか。であっても、ヘルトムーア王国に忠誠を誓っている獣人ないといけない。近寄って暗殺というのも、無理なら間者として情報を引き出すなり得るなりしないと倒すどころではない。
そうして、近くに人間或いは奴隷を置くというのも稀、というのがわかって夜もどこだか知れぬという。
最悪の敵だ。
獣人というのが、ヘルトムーア王国に少ないというのもある。間者を育てる期間に、王国がなくなってしまうのではないか。
そこで、倒すのを諦めその背後を突くことにした。
セリアは、ミッドガルドの将軍だ。だから、王国の重鎮と交渉すればよい。
そうして、白羽の矢が商人に立つのだが上手くいかない。
逃げ出す商人に金を握らせて交渉させるのだが、王に会うことができないのだ。
王国なのに、王と面会できないとは。おかしすぎる国だった。
流言飛語を試みるも、これまた通用しなくて流した間者が捕まって処刑されている。
そうすると、今度は村やら街を囲む塀であったり柵や壁が破壊されだした。
魔物を防ぐためのそれがなくなっては、生きていくのも困難だ。
増える魔物は、兵の減少と相まってヘルトムーア王国に三重の苦難を与えようとしている。
◆
セリアは、腕組みをしている。
宵の頃は、捉えた肉肉しい男を突くのに耽っていたが飽きた。
強い強いと評判になっていた男だ。闘技場では無敗だとかそういう肩書を持つ強者は、セリアにとって大の好物。食わずにはいられない。その場に、肉塊にしてしまうのはいただけない。
首の輪っかは、取り外されていて仰向けに転がっている。興味を失って、ヘルトムーア王国の街の一つであるこれまた興味の薄い闘技場に送り返す。影の中に沈んでいくと、向こうは格子の嵌まった寝床だ。
形のいい顎を擦る。
強い男がいない。困ったことになった。待っていれば一週間と立たずに黒髪の戦士たちが送り込まれてきて、血肉湧き踊る殺し合いができたというのに。セリアは、黒髪の戦士たちの強力な武具を持っている。持っているが、使わない。使うと弱くなる気がしたからだ。
特殊なスキルは、非常に美味で食えばそのまま使うことができる。
1つ目は、強奪。強奪勇者と名付けた少年は、不意を打てば目を見開いたまま死んだ。
2つ目は、即死。即死勇者と名付けた少年は、絶対に効くとでも思ったのか同じ様だった。
なので、3つ目以降の勇者たちは、どいつもこいつも同じ様で死ぬ。
模写でもしたかのように、驚きでおま、と短く言うのも共通している。
模写、コピー能力者だったり、ステータス弄り能力者だったりと。
どれも、殴れば死ぬ。特殊な武器の勇者でも同じだ。
油断せずに戦うことができないのか。死にたがりに思えた。
だから、好きに狩れた。フィナルのように死に難い者もいたが、処理の仕方は知っている。
敵は、慎重になった。城を破壊し続けて、もはやヘルトムーア王国で安全な場所というのはない。
では、王族を殺すなり捕虜にして降伏宣言でも出させるべきなのだろう。
いたずらに遊んでいると主に怒られそうなのだから。
「んーむ、帰るか」
「良いですねぇ。僕たち、帰れないんですけど」
「不満か」
鼻と口をくっつけあからさまに配下であるところのモニカは、尻尾を地面に打ち付けた。
「菓子でどうだ」
「いいですけど。いいなあ」
何が、だ。とは言わない。大体、わかっているのだ。ミーシャとミミーは斥候で帰ってこない。
兵をまとめているのは、実質モニカだった。
「たまには、僕もパーティーで遊びたいです」
誰、とは言わない。わかっているからだ。そんなにも、遊びたかったのか。
レベルが上がらないのが、不満なのかもしれない。女というのは、度し難い生き物だ。
ユークリウッドが育てた子供しか獣人兵はおらず、雌はもれなく奴隷だ。
基本的には、根性がなくて気合もなく短期的な打算は得意。
そんなだから兵士には向かない。体力がないのだから、別のことで国家に貢献すればいい。
モニカは、するぺたで牛人らしくない。牛人に共通するのは、巨大な乳房だ。
人の頭くらいある。
「あのー何か」
「ん? ああ」
不審がられた。セリアは、去る時も無言が多いので何かあると勘ぐられたようだ。
「おっぱいから白いのは出るのか」
「お乳は、まだでません! たまにセリアさんっておかしなことを言い出しますよね。心配です」
アルーシュからもよく言われることで、お前に常識を教えてやれるのはユークリウッドくらいだから奴の言うことをほんのちょびっとでも受け取るように、なんて言われるのだ。勿論、無視する。
「ふむ」
「それから、ミーシャやミミーにも土産をお願いします」
ミーシャやミミーは、ユークリウッドの物を欲しがる。なんでもいいようだ。
ミーシャやミミーにモニカ。この3人がセリアの手下として最も腕が立つ。奇しくも、ユークリウッドがしごいた獣人である。ユークリウッドは、女しか育てない。だからか、セリアの手下も自然と女が下にくる。男は、育てないのかと不思議でしょうがないのだが。
一時は、アキラという日本人を手元に置いていたようだがそれも北の戦地に送っている。
影の水溜りを作る。足を入れれば、潜れる。抜けた先には廊下だ。
扉の取っ手にできた影を捉えて、抜け出る。
廊下には、人の姿がない。真夜中だ。人が起きていたらそれこそ不審だ。
獣化をする。みるみるうちにしぼんでいく。服は、影の中に放置して壁の下にある通行路を見る。
垂れ幕が置いてある。扉から入っていけない決まりだ。破れば、叩き出される。
獣化を解いてもたたき出される。ユークリウッドが寝ていても、他の獣たちが黙っていない。
中には、人はいない。ベッドに近寄ると、下で丸まっている黄色い獅子の仔がいた。
ベッドの上へと上がれば、足の踏み場がないくらいに動物がいる。
足の指からは、異臭がする。足を洗っているのか疑わしい。汗が出ているのか。
さすがにためらわれた。前足で触ってみれば、爪が傷を入れた。ただの人間と変わらない。血が滲んだものの、針で刺されたくらいなのか気がついていない。ほっと胸をなでおろした。天井にぶら下がる蝙蝠の目が赤く輝いた。気にしない。
太ももに羊がいてどきそうもない。暴れれば、ユークリウッドが起きてつまみ出される。背中には、蜥蜴が団子になっていた。腹には、狐。腕の外は、隙間がない。動くから落とされる。
魚が空中に浮かんでいた。目が開きっぱなしだ。猫が食いついてもおかしくない大きさだが、食う奴はいない。食おうとしたのなら、きっと爆散する。そんなイメージが頭の中をよぎった。
さても、踏み場がないので周囲を見て植木が机にある。
アルーシュだ。実がなっていた。食おうとする者は、いないようだ。
食おうとする人間は、いないのかとか聞いた記憶がある。黄金の実だからなにやら不老長寿になってもおかしくない。すると、食った奴は死ぬ。というか殺す。なんて、答えが帰ってきたような。足を生やして動き回る奇怪な植木鉢なんて言っても追いかけ回される。怒ると長いので、やらないけれど。
興味がある。どのような味なのか。
机に飛び乗る。そして、ユークリウッドの頭部分にいる白い毛玉と黄色いのを見ると顔面くらいしか隙間がない。左右からへばりついている。飛び乗って運が悪ければ、目に足が入ってしまいそうだが。いくらなんでも、目に足を突っ込んでは気持ちが悪いというか怒るに違いないのでおとなしく横になることにした。




