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ヘタレの異世界無双   作者: garaha
二章 入れ替わった男
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443話 滅びの呪文

 顔を向ければ、黒色をした大理石に足を乗せいた男がいる。

 眠たそうに半眼を作っていた。おかしかっただろうか。

 魔石で作られた光が金の髪を照らすと、薄く開く口から白い歯が覗く。


「どうしたの」


 黙っていたからだろうか。鼻血の跡を気にしている。


「聖女様の」

「なるほどね。ごめんねー。メイドさんがいればいいんだけど」


 2階に召使いが控えている風ではない。廊下に立って遊ばせている屋敷ではなかった。襖でもなく扉が部屋を閉ざしている。隣家への出入り口が開き、女が出てきた。後ろに1人。金髪だ。長い髪を結っているのは王子を名乗る女だ。小娘というより童子であろう年頃だが、物言いはしっかりとしている。


 見下ろしながら、眉を眉間に寄せた。


「出迎えご苦労」


 狙っていたのではないか。実に、機微が良い。膝を付いてかしこまる男は、拳を避ける。

 

「危ない。何を」

「お前、いつまで遊んでんの。いいけど、さっさとヘルトムーアを滅ぼせ。いいな」


 事もなげに言う。王子は、隣の男に近づいている。頭を掴んでぐいっと上げた。


「セリアにやらせてるつもりかもしれんけど、あいつにやらせたら不味いってわかってんだろ。雑魚は、皆殺しにしかねん」

「了承いたしました。では」

「今日は、いい」


 王子は、奔放だ。家臣の家に王子が滞在するなど考えられるだろうか。

 肩を掴むとそのまま引きずるようにして王子は、ユークリウッドを連れていった。

 

「面を上げてもよろしいかと」


 残されたのは、1人の女の子だ。赤い縁に模様の衣装を着ている。


「お立ちになられて、入りましょう」

「私は」

「トゥルエノ様でしょう? 私は、ネロ。今は、アル様にお仕えする者です」


 寝ろ、と口の中で転がしてみる。衣装は、涼しげで白い毛皮めいた首巻きと外套を腕にかかえていた。

 立ち上がり歩を進める。背丈は、トゥルエノと同じ程度だ。ユークリウッドと変わらない。

 王子の家臣ならば、ユークリウッドと同じ貴族なのだろう。

 扉を空けて、入ってしまう。護衛が外にいなくていいのか。


 扉が開いて、ネロが顔を出した。眼が半眼だ。


「さっさとお入りになられてください」


 それは、慇懃だが強制力を感じるものだった。形の良い眉に翡翠の瞳。

 宝石に見える。トゥルエノの妹が好む人形めいていた。

 扉は、木だ。だが、中は重石に満ちた水底だった。神秘に満ちすぎた部屋では、息苦しい。


(普通ではない)


 異界。水の気に風の気に火の気。みちみちて眼が眩む。手を引かれて座らせられた。

 空を飛ぶ金魚が恐ろしい。部屋の隅で天井にへばりつく金の蝙蝠が恐ろしい。

 歩く蜥蜴たち。そっと額に手が当てられた。


「大丈夫なのか? こやつ」


 大丈夫ではない。頭痛で頭が敷物の上にある机に落ちる。手で支えられていなければ、顔面から激突していたことだろう。

 

 濃紫の頭は、机にある置物と化した。異常だ。ネロは、原因を推察する。

 部屋に入る前は、健常な足運びであった。よって、中に入ってからになる。

 濃密な魔力と神威に満ちた部屋だ。外敵に攻撃されるなど夢にも思わない。


(一体、なぜ?)


 わからない。なので、アルを見る。紙の束を広げているが、その実ユークリウッドが寝るのを待っているだけだ。壁の側に置いてある映像投影装置を見ていた。トゥルエノの異常には、気も止めない。 

 気にしたのも一時だった。


「明らかに異常でございます。フィナル様を呼んで参ります」

「うむ。そうせい」


 布で覆った机から出る気配はない。自ら行動を起こすのは、狩にでかける時だ。

 扉の取っ手を下に下げて開ける。引いた先には、女が3人いた。待ち構えていたようである。

 1人は、押しのけるようにして入りもうひとりは申し訳なさそうにした。


(顔が赤い)


 最後に残った女は、顔に赤い筋がでていた。血の匂いが漂う。

 

「大丈夫ですか」

「大丈夫ですわ」


 足取りはしかして、湖面を滑るようだ。扉を閉めれば、患者を見るでもなく王子の体面に座って一点を見つめている。


「アル様」

「なんだ」

「その、トゥルエノ様の様子がおかしいですが」

「ふむ。フィナル、治癒を頼む」


 聞いているのか聞いていないのか。楚々と立ち上がって、しかし見てはいない。

 彼女が見ているのは、ユークリウッドの方だ。そして、ユークリウッドが立ち上がって胸に抱えた物体を腹の位置に据える。近寄ってくるに、フィナルの目が見開かれて一転すると窄められた。手が尋常でなく震えている彼女を見てか。


「具合が悪くなったのかな」


 さすっている黄色い鳥が、羽を動かす。逃げたいようだ。手が残像を作っている。

 黄色い鳥を見て、欲しいと思った。尋常ではない可愛らしさだ。つぶらな瞳が、何よりも美しい。

 飼っている鳥なのだろうか。羽毛の美しさときたら同等の黄金ですら霞むだろう。


 治療が効いたのか。頭を上げる少女を見てユークリウッドが遠ざかっていく。

 興味を無くしたようだ。部屋には、金色をした動物がいるものの手に触る事はできない。

 追いかけても逃げられるのがオチであった。


「どうやら、当てられているようだな」


 なんの事かネロにはさっぱりわからない。


「むー。ま、どうだ。気分は」

「なんとか」


 意識が朦朧としておぼつかない様子である。頭を振っている。更に2人の女が入ってきた。

 壁の方に腰掛けて、紙の束を虚空から取り出す。

 

「む、ユークリウッド。セリアと会ったか」

「会う事は会いますよ」

「ふーん」


 画面が、夕暮れに染まる天幕を映している。映像は、陣立ての様子だ。

 獣のしっぽを生やした兵士が、鍋をつついている。

 鳥の視点で上空を移動していた。面妖な画面だ。


「いずれ、お前にもこれを覚えて貰わんとな。魔術なんだが、遠見と映写と獣使いジョブに精密スキルと複合してつかっている。同じ事は、エリアスができる。おいっ」


 王子の左に座る女は、更に隣に座る女と押し合いをしていた。子供か。子供だった。

 

「代わりにやれば良いんですか?」

「そうだよ。遊んでんじゃねー」


 部屋には、女しかいない。男は、1人いるが素知らぬ顔だ。机に座って書き物をしているようである。

 視線を映像に向ければ、茶色の耳を動かしている女がお椀にもられた汁を口に掻き込んでいる。

 飯なのだろう。尻尾がぶんぶんと動いていた。


「モニカ、いましたね」

「モニカがいるならセリアもいるってか。早く見つけろって」


 見つけて説教でもしようというのか。兵隊たちの野営地は、ヘルトムーアの王都から西にずっと進み死体の野と化した沃野を越えて山脈の麓に迫っている。周辺の街は、破壊したのか人の姿がまばらにある体だ。畑には、作物がなくて動き回る死体が代わりにある。


「あのー。それじゃ、あいつに感知されるんじゃ」

「それでいいだろ。ん。ちょっと待て、モニカに呼びかけろ。そっちのが手っ取り早い」


 どういう仕組みなのか。わからないが、モニカと呼ばれた牛の耳をした少女は立ち上がって周囲を見る。

 そして、指を北に向けた。


「北部の都市を攻撃しに行っているって」

「何人で」


 画面の少女は、指を立てる。5か。


「誰がついてる」

「ミーシャとミミーにグラシアだって」

「下僕に狐女も一緒か。全然頼りないな。ミッドガルド軍の評判とか地面の底に落ちてそうだな。わかった」


 画面が、夕日に満ちた海岸を映す。音楽が聞こえてくるのだから不思議だ。箱から音楽がするのだ。


「はー」

「ミッドガルド軍のどれか送り込めないんですかねえ」

「じゃ、お前んとこ送り込もうか」

「え、えへへ。歩兵が少なすぎてですね」

「ほらみろ。移動は、早いかもしれんが占領する歩兵が足りんだろうがそもそも遠すぎる」


 旧アルカディア王国から増援を送ればよい話だろうに。

 だが、ままならないようである。ミッドガルドには3人の王子がいてそれぞれが後宮めいた手下を抱えていた。


「まず、金がない」

「え、あるでしょ」

「どの口が言ってんだ。おらぁー」


 ぐりぐりと頭を捕まえて左右から押さえられると涙を浮かべる。

 部屋の出入り口の脇にある窓めいた口からでっぷりとした蜥蜴たちがひょこひょこ歩いていく。

 視線を錬金術師に向ければ面白くなさげに、鼻をほじっている。


「なんで、金がないんすか」

「なんでって、そりゃ税収が少ねえんだよ。わかれよ」

「じゃ、増税か装備品やらのコスト削減しねーとですね」

「むー。しかし、投資しねえとなあ」


 機械は、発達しない世界だ。どうしても魔石を燃料にした技術が伸びる。

 火であれば赤石。火山に近い迷宮から発掘する。

 水であれば青石。水場に近い迷宮から発掘する。

 氷であれば水石。北方に近い迷宮から発掘する。

 風であれば緑石。高所に近い迷宮から発掘する。

 土であれば茶石。地下に近い迷宮から発掘する。

 

 と、概ね感じは決まっている。どの迷宮も満遍なくとれることはなくて偏りがあるのだ。

 なので、国によって採掘できる種類が違うし迷宮は枯らしてならないとされている。

 人が少ないと枯れるのか。それはわからない。

 ただ、


「増税するっつってもなー」

 

 ちらちらとユークリウッドを見て、ユークリウッドの目が赤くなっていた。光を放っているのだ。

 恐ろしい。


「無理やん」


 扉が開いて、丸い盤に艷やかな肌をしたカップが配られる。女は、ユークリウッドを一番にした。

 二番がネロたちだ。王子は、気にしていないようだ。口に出すものはいない。

 訝しんだが、詮無い事だ。


「美味い」


 口に含まなくとも香りだけで綻んでくる。


「うむ。ここで、奴に逆らってはいかんよ」

「あ、初めてだったっけ」


 姉妹の方を見れば、本を読んでいる姉と寝て寄りかかる妹の姿があった。

 

「ここだけの話だが」

「ん」

「消費税って知っているか」


 一際、音楽が大きな音量で聞き取りずらい。消費税と聞こえた。


「あ、それ禁句でしょ」

「なんでか知っている奴いるか」

「知らねーっす。でも、あいつ消費税が嫌いってのは知ってるっす」


 指でばってんを作る。鼻を掻きながら、温かい布の下で足がぶつかった。

 ユークリウッドの姿が王子の横にある。目がこれでもかと開かれていた。


「消費税がどうかしたんですか」


 顔が近い。ユークリウッドを押しのけて、王子は笑みを浮かべた。


「いやー。困った困った。税金が取れなくてな。どうしたものかと。ほれ、節約には気を配っているんだがどうしても国債の発行は避けたい。日本ではあるまいし、私は恥を知る者だ。未来永劫の繁栄を人に齎すべく粛々と治世に励む。よって、戦いには勝つべくして勝つ。戦争をしていて、貴族を取り潰すというのもなあ。そこで、気がついたね。所得税の累進は進めるし、貴族を省くのも止む得ないとだが、どうだろう」


 何が言いたいのか。さっぱりだ。

 

「怪我をした者の年金。動けなくなった者へ手当。これらを鑑みるに、税が足りなくてなぁ。歳をとったものにもあれこれと必要ではないかと」

「それで、消費税ですか」

「医療の充実は、魔術に依らない。考える必要があるだろ。財源は必要だ」


 節制だけで国が豊かにはならない。ましてや、魔物が発生して兵が不足するなんてこともある。

 今は、魔族が大人しい。だが、今だけかもしれない。将来に備えた軍備を用意しておくのが、常だろう。

 常備された軍というのは、実に魅力的だ。


「消費税には、反対です」

「知っているとも。だが、消費を低下させるくらいなら」

「日本という国が破滅するくらい危険な税です。絶対にやめるべきです」


 王子は、顔を歪める。玩具を見つけた笑みだ。


「ようし、わかった。明日、セリアと協力してヘルトムーア王国を攻撃してこい。そうすれば実施は止めてやろうではないか」


「御意のままに」


 諦めた風だ。ユークリウッドは、離れていった。


「なんだあいつ。最近、びびってんのかよ」

「あーでも、俺もなんかで見たなあ」


 鼻の糞を丸めて屑籠に紙と共に入れる。


「ほう? それほどのものか」

「トゥルエノの方がよく知ってんじゃねえのかなー。今はないジャポン国のこととそっくりだからよ」

「どんな風に」


 カップの縁を掴んでぐいっと液体を口に含む。


「その消費税率3パーで、バブルが弾けて?」

「ふんふん」

 隣にいた魔女っこは口笛を吹いた。


「その消費税が5パーで、氷河期が来て?」

「やべーよ」

 口笛が止んで顔が青くなった。


「その消費税が8パーで、人口が激減して?」

「どうなるんだよそれ」

 魔女っこは耳を塞いだ。


「その消費税が10パーで、国が沈んだって」

「滅びの呪文かよ」

 魔女っこは目をぐるぐる回している。


 王子は、無言になった。トゥルエノは、両目から汁を垂らしている。

 ネロは、無言で少女の背中をさすってやった。王子の斜め後ろにユークリウッドがいて顔を真っ赤にしている。

「絶対に止めてください」

「お前がそこまで言うならやらんけど、なんかすまんかった」


 笑いの種にでもしようとしていたら、犬の尻尾を踏んづけて噛まれるというか。

 地面に埋まっている爆発する岩でも踏んだかのような部屋になった。


「ごめんなー。アルストロメリア、お腹芸、いきまーす」


 服を脱ごうとするのだ。前後から人が押さえにかかる。


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