441話 カタコンベでレナと2(セリア設定
ユウタは、インベントリから時計を取り出す。
時間は、昼にもなっていない。
「ま、レナがどうなりたいか、なんだけどね」
地下3階を歩いている。出くわす魔物は、相も変わらず死体で土の槍を使って処理していた。
乾いた空気は、かび臭くて錬金術師ギルド謹製のマスクをしている。
他の3人もそうだ。
「レナちゃんをどうなさるんですか」
「それは・・・」
話を聞いていなかったトゥルエノが目を覚ましていた。板の上から降りたようだ。
通路の出会い頭に、爛々と赤い目に合う。猿か狼の頭だ。一瞬前には、いなかった。
突然湧いたようだ。振りかぶってくる爪を躱しながら、腕を振るう。
拳には【硬化】のスキルを使い、気を込めた拳が腹に当たる。
「師匠!」
腹に感触がある。柔らかい肉が裂けて中身が通路にぶちまけられた。明かりに照らされたそれは、赤一色だ。臓物が散乱していて見れたものではない。アイテムを探すものの何かがドロップした様子はなくて落胆した。
「今、いませんでしたよね。それ」
話が途切れた。
「そうだね。どこから出てきたのかな。気になるけど」
レナの方に出てきたら、非常に不味かった。先頭だから先頭の人間に襲いかかってきたのか謎だ。相手に魔術をかけるようにして、ユウタの制空権を無いものにしたのか。空間魔術にはいささかの自信があったのに、脆くも崩れようとしている。最低限ユウタの周囲に出てくるのなら体面も取れるが、未だ3階なのに不意打ちをする猿頭に襲われるとは。
身体は、黒い毛でびっしり覆われている。心臓の鼓動が聞こえてきた。気の所為だろうか。
「ここは、骨兵しかでないのではなかったのですか」
「そうなんだけど、希少な魔物なのかなって。ドロップがないんだけどね」
通り過ぎて、出てきたのは骨の人形だ。通路は広くて5体ほど並んで立っている。
盾と剣を持っていて、その真下から迫り上がる土の槍が股間から胸の玉を破壊した。
「便利ですね。その魔力が尽きるのって、いつなのでしょうか」
横からトゥルエノが見下ろしてくる。頭一つ大きい。
「ポーション飲めば、尽きないんじゃないかな」
「それは、すぐに中毒になるかと」
「なった事がないんですか?」
質問攻めだ。思えば、エリアスたちとパーティーを組んでいる時に2人が話をしてくることがなかった。
見ていればわかると思うのだが。
「中毒にならないね。飲むといっても一度くらいだし。現状だと」
常に枯渇しているので、飲もうが飲むまいがステータスカードの魔力欄は表示がおかしなことになっている。バグっているといっても良いかもしれない。魔術師だからといって、ローブ姿をしているわけでもないし騎士だから鎧を着ているわけでもないのは紛らわしいだろう。
もっとも、帯剣していないのだ。見た目は、ちびっこ騎士だ。いや、騎士見習いか。
「骨兵だけでは、それほど必要ない、ということですね」
「はいはーい。土槍って、そんな簡単な術なんでしょうか」
「どうなんです」
「そりゃ、そうだよ。ただ盛り上げるだけで。相手が結界を張っているなら、距離が離れるんで当たらなくなるけどね」
そう。結界を張れるかどうかが、術者同士の戦闘力を決めるといってもいいだろう。相手が、直接かけてくる術であっても防げる。中に入れば無効化なんてこともなくて、相手が使えなくなるだけだ。よって、張っているならそれを破壊しておかないと無能と化す。
灰色の床面を歩いていく。人だ。休憩しているのか。通路の先に出くわすことになりそうである。
直進するべきだろうか。だが、迂回路はかなりの遠回りになるだろう。であるなら、直進だ。
避けて行く道にもやはりなんだかんだで人がいるのだから。
「剣士がすごい不利ですよね。卑怯じゃないですか」
「卑怯言われてもねえ」
「ちなみに、見えない場所にでも生やす事は可能でありましょうや」
水晶玉をインベントリから取り出して、通路の先にいるであろう人間を映す。
ぐったりとして、壁に寄りかかっている。後ろから迫るユウタたちの気配に気がついた様子はない。
魔物は、突然現れることもあろうに。それで、その中にいる少女が後ろを示す。
ユウタたちに気がついたのか。土の槍を出すのはためらわれた。疲れている人間を脅かして悦に入る趣味もない。
「できても、ね。僕が掃除していくのはいいんだけど、それじゃあレナが1人立ちするのはいつになるのかわからないからさ。凄く心配になってきた」
「それでは、先頭に立たせるというのは、また危険だからというのでは堂々巡りじゃないですか」
「う」
困った。レナを見れば、鼻を大きくさせて隣に並ぶのだ。槍を振るのだから危なっかしい。
板の上では、ザビーネが転がっている。
「5人。いるようですね。いかがしますか」
「通り越させてくれればいいんだけど。魔物と挟み撃ちになる可能性は、低いかな」
中に召喚する職がいれば別だ。その5人は、おっかなびっくりでユウタたちの方を見ている。
お辞儀をして接近していった。挨拶するべきだろうか。薪を燃やして暖を取っているようだ。
若いパーティーのようだ。ユウタよりは年がありそうだが。
通りすぎるに、
(なんだろう。女の子に怯えられているような)
視線すら背けていた。少女とあった記憶はないが、杖を持っていたので術者なのだろう。
男は、手を振っていた。スケベなのだ。女を見たら、声をかけたがるタイプかもしれない。
若い男女のパーティーというのはいい。ユウタは荒野の迷宮にいるむさ苦しいパーティーを残念に思った。
「声は、かけないのですね」
「面倒だからねえ」
「がんがんいくべ」
がんがん行くもレナは、動く死体に槍を突き刺すくらいだ。それも危なっかしくて恐ろしい。
戦うよりも見ている方が脇に汗をかくとは、どういう事だろうか。
レナが噛みつかれたりしたらと考えれば、いても立っても居られなくなる。
「罠は、主様が外されているのですよね」
「まあね。だって、落とし穴に落ちて死ぬなんてねえ。僕は嫌だし。土の術と風の術が使える術者がいれば罠避けは、楽だよ。パーティーに入れるなら、まず前衛よりも魔術師と回復術士だねえ。あとはなんとなーくでいいんじゃないかなって思うよ」
「左様でございましょう」
もちろん、トゥルエノやザビーネが居なくて言い訳がない。
「というわけで、レナを面倒見てあげてほしいんだけど」
「はあ」
「やったべさ」
「私は1人で、いえ」
1人でいいのだろう。振り返ってお願いの仕草をした。2人ともレナがいなくとも迷宮に潜っていく実力がありそうだ。セリアほどでなくとも骨兵なんぞは、敵にしないで下へと潜っていけそうであるからお願いするしかない。ユウタの身体は、一つなのだ。これから、戦場だの農場を回って物品を回収したり補充したりとせわしなくしていたら育成が滞ることは間違いないのだ。
気配は、しない。後ろから追いかけてく様子もない。見れば、また眠るように横になったパーティーが水晶玉に映る。そこに、黒い影が天井に張り付いているではないか。距離にして100mだろうか。気がついている様子はない。魔除けの香を焚いているとか。
土の槍を出す。下から突き刺さった。男女の面々は、飛び起きた。転がるようにして、離れている。
ずるずると落ちていく死体。水晶玉をインベントリにしまった。
(なんなんだ? 突然、魔物が湧いたぞ)
浅い迷宮の階で冒険者を殺す理由がわからない。増えすぎたから間引こうとでもいうのか。
「どうなされました」
「なんでもないけど、気を引き締めていこう」
といっても、ザビーネは寝ている。盛大ないびきが聞こえてきた。なんという安心ぶり。
ユウタは、眉間をぐりぐりとほぐした。皺ができてしまいそうだった。
通路にある明かりに、虫がへばりついている。
「おや?」
奥だ。歩いていくと骨兵に出くわして、それをやり過ごしているうちに階層奥の部屋が見える。
人が屯している前に、白い毛玉がいる。頭についている黒い角がトレードマークだ。目は、よくわからない。猛然と走り寄ってきた。足は、どうなっているのか見えないけれど。眼の前まで来て、壁体当たりをする。
すると、壁に黒い渦ができた。ついて来いとでもいうのか。ユウタは、あんぐりと口を開けた白い毛玉を掴もうとすると毛玉は渦に飛び込んだ。円形の黒い渦は消えない。
「入るのけ」
「うーん。まあ、ここ、すぐに来れるけど」
ユウタは、屈んで手を入れてみる。壁はないようだ。不安だが、前へ進んだ。
◆
声が聞こえる。物が割れる音がした。真っ白な地面が見えて、雪だということに気がついた。
「誰の断りで、ここで物を売ってやがんだおらぁ!」
人が、避けるようにして通りを歩いている。店か。店のようではない。真っ白な通りの一面だ。
後ろを見る。トゥルエノとレナが立っていた。視線を戻すと、男が倒れており更に女の頭を掴んでいる男がいる。女は、誰かに似ている。既に叩かれたのか鼻血が出ていた。
大柄な男が家のような店から出てくると花の入った瓶を地面に叩きつけた。
(なんだ?)
助けを呼ぶ女の子の声がする。幻聴か。祈りのようなつぶやきだ。怖くなって左右を見る。
誰も止めないのだろうか。
白い毛玉が飛び跳ねている。女の髪の毛は、珍しい色だ。薄い青。水色だ。ユウタよりは小さい女の子が大きな声で泣いている。誰だかわかった。何処だかもわかった。雪と氷の国だ。ハイデルベルクの町だ。
「いいかぁ。500万ゴルだ。明日までに用意しやがれ。さもねえと」
掴んでいる男に、別の男が掴みかかるも大柄な男が掴み上げて殴られれば倒れて動かなくなる。
中肉中背だが、黒い革のコートに剥げた頭で木箱に座っている男がいる。
ボスか。近寄っていく。
「んだ、こらあ」
見下ろし、続けざまに蹴りがきた。毛皮の靴だ。足で抑える。男の足は、鍛えていなかったのか。
逆の方へ曲がってしまった。ユウタの胴ほどはありそうな足なのだが。
転げ回る男に視線が集まる。振り返った茶色の外套をした男が、女の髪を放す。
うめき声を上げる男は額に汗を浮かべていた。ユウタは、暴れる男の反対の足を足で抑える。
寄ってくるのは3人。黒い外套の男は、目つきが悪い。寄ってくる面々。髭面だったり、ケツアゴだったりと特徴がない。
「なんだあ、てめえは。見ねえ顔だな。あ?」
唾だ。避けた。かっとなっている。でてきたのは、イキリ癖だ。いけない。落ち着けと、念じるが。
我慢していいのか。前世では、とかく煽られては我慢した。なぜ、我慢する必要があるのか。
我慢した最後は、ぼっちだ。
「この野郎。よくもディブをやりやがったな。ああ? 貴族の坊っちゃん? 怖くて声も出ねえってか」
無言でユウタは、男の足を踏みつけた。狂った飛蝗のように飛び跳ねる。
それを見て、視線を下ろしてくる。殺意にみちみちていた。
女の髪を掴んでいた男は腰の剣に手をやって、
「おい、お前ら。けーるぞ」
(ぶっ殺す)
その声は、制止のものだったのだろう。だが、木の棒をインベントリから取り出すと。
「雑魚が、無礼なんだよねえ」
足を叩く。苦悶の表情を浮かべた男は、斜めに落ちる。隣の男は、足を動かそうとしていたが木の棒が太ももに突き立ってまた転げる。その隣は、拳だ。上にあげて、棒で弾く。脛を打ち据えると熊の如きむくつけき男は、脛を抑えて右へ左へと身体を振る。
青白い光が伸びて、背を向けた黒い外套に羽根飾りを首元に回す男が倒れた。
白い毛玉を探すものの、見当たらない。女の子の泣き声が、通りに木霊して馬に乗った鎧の男たちが駆け寄ってくるのが見える。
帰るべきか。説明の方が時間を要しそうだ。




