439話 逆エビになる(トゥルエノ設定
ユウタは、鼻の横を掻いた。どうにも、痒さがある。
見上げる空は、青い。たなびく雲が一切れ漂っていた。
(暗殺者ねえ。不意をうつつもりだったのかな)
捕らえた女は、シルバーナに引き渡して尋問される。聞き出すのに、ユウタがやったのでは時間がかかる上に気色が悪くなってくるのだからやっていられない。
風が冷たく通りは、客引きが立っている。どれも厳しい面構えだ。
(糞が)
娼館というものが、ユウタは嫌いだ。火をつけて破壊してやりたい。だが、そんなことをしても無くならないし彼女彼らの食い扶持がなくなってしまう。娼婦というのが、人類最古の職業だと言われているのだから人がいる限り無くならないのだろうというのは理解できる。
「あの」
澄んだ清流の如き声が耳朶を打つので、抑え込む。
「ん?」
斜め後ろだ。そこから、声がする。後ろに並んで歩くのは、濃青と紫色の混じった女の子と鼻水をすする金髪青眼の農奴に、緑髪に角を生やした剣士だ。横に並べば、紫色の和服に腰当て肩当てを纏った女の背が高い事がわかる。ユークリウッドの身体は、平均以上に背がある。なのでか、猫背になった。
「殺してよかったのでしょうか。今少し生かして捕えるべきだったかと愚にもつかぬ思いで」
「まー。成り行きだよね。臨機応変でさ。死んだらもともこもないわけだしね」
手加減なんて、いつもできるわけではない。相手が想像以上であれば、次の瞬間には死んでそこいらに転がっている世の中だ。戦争がなくなっても、戦いがなくならないのをユウタは知っている。殺し合いでないから、面の皮と体型が全てで財産が二の次にくる世界で生きてきたから、愛など信じられない。
(生きているのに、死んだような人生など二度とごめんだぜ。気に入らねえ野郎は、ぶっ殺すに限る)
我慢して生きてきたのだ。我慢して生きてきたら、結婚することもなく生涯を終えることになろうとは子供の時分には想像していただろうか。いや、想像もしていないに違いない。
王都の通りは、人で溢れていて歓楽街もまた女と男が組み合っている。ユウタにしてみれば、即ち破廉恥極まりなく切り捨てたい。が、我慢するしかない。我慢しているじゃないかと言われれば、それまでで斬ってしまえばただの気狂いだしで、困った。
「難しい顔をしておられますね」
ユウタは、顔を撫でた。眉間に皺は、寄っていない。襲ってくる人間は、いないようだ。物足りない。
もはや、殺人鬼の思考に近いのではないか。そんな事を考えながら、手短に転移門を開く。
大きな門の有る都だ。周囲には、戦争の爪痕が未だに残った壁が見える。
北風の影響なのか、ミッドガルド同様に冷たい風が吹く。
「ええと、ここは」
左右を見渡すに、粗野な男たちが屯する迷宮の入り口前である。ユウタは、何度も入っているので出てくる魔物も地下に向かって進む方向性もわかっている。カタコンベと呼ばれる迷宮で、階層の途中に大物がいてなおかつ構成がくるくると変わるタイプだ。
初心者は、命を落としやすいので死んだらそのままなんてこともある。
「地下の墓所。って言われてる迷宮でね。アルカディア王国なんだけど」
視線が集まっているようだ。そそくさと、中へ入る。男の兵士が見下ろして、手を差し出してくるのだ。
ステータスカードを乗せた。それを見て、まじまじと見返して膝をつく。やりすぎではないだろうか。
「失礼いたしました。どうぞ、中へお入りください」
手が震えている。上に差し上げられた金属の板を受け取り、石を積み上げた建物に入る。
入り口から入って、正面に買い取りをする台が見えた。広い。変わっているようにユウタは見て、それから下への入り口を探す。左手は、行き止まりで右手が下への入り口なのだろう。がらんとしていて、また兵士の男が2人いる。
近寄っていけば、片膝をついて槍を置いた。どういうことだろうか。ユウタは、疑問に思いつつもやり取りを見ていたのかもしれないと思った。
(ゴブリンよりは、まだ骨のほうがやりやすいかもしれないなあ)
死体が、死体なのか。元アルカディア王国の迷宮は、冒険者が死体になりやすいせいなのかしれないけれど。不死者、動く死体、動物人間の魔物や動く鎧と系統が揃っている。なので、僧侶や神官のレベルが上がりやすくてかつ前衛が死にやすい。
「金子を要求されませんでした」
「そりゃそうだよ」
と、思ったが、
「違うの?」
石畳の階段を降りながら、地下1階に降り立つ。筒状の明かりを使うか永続光の術でも使わないと真っ暗だ。人の気配は、離れている。
「師匠、入場料がいりませんでしたよね」
左斜め後ろだ。
「そういえば」
入場料は、払っていない。どこへ行っても、払ったことがここ何年もない気がしている。
そうなのだろう。払っていない。なぜだ。騎士だからか。あるいは、名前におびえているのか。
ユークリウッドという名前に。もしくは、ミッドガルドの国王に。正しく、権力なのだ。
兵士を恐れおののかせる程度には。
歩いていくに、人の姿はなくて正面に扉がある。左右に分かれる迷路の如き内部だが、おっかなびっくり行く必要がない。風の術で、内部の様子がわかる。
まばらに彷徨いている骨の人形と死体だ。
「金が浮いて良いけど、2人は取られるのかな」
「それが、普通ですね」
どれくらいだろうか。地下一階には、用がない。さっさと通り抜けるべく下への折口を探す。
単体で出くわしたのに、レナの訓練が唐突に始まった。
「彼女、戦った経験ないんですよねえ」
「まあ、見ての通りだね」
剣を持った骸骨の人形が斬りつけてくるのを盾で防いで、反撃を指示するのだが慣れないようだ。
間に、ザビーネが入って骨が握る錆びた剣を打ち下ろす。返す剣で、胸の玉を割る。
骨兵士か骨戦士か。鑑定すれば、でてくるのだが面倒だ。頭にあるか胸かで落とし物というと錆びた剣だ。溶かせば、鉄になる。それくらいだろう。
レナは、ついてきている。板の上ではなくて歩いていた。革の長靴に、長方形の盾を背負っている。
「彼女、戦いの経験は僅かのようですね」
「そうだねえ」
むしろ、剣を受け止めたのが奇跡のようにすら思えるほどだ。奴隷だったのだから、戦えるなんて期待も微塵もしていなかったのだが。ザビーネがしきりに話しかけて、身振り手振りだ。
「こう!」「こうだべ?」「違います」「こうけ」
という。
道は、平坦で右に曲がったり左に曲がったりで骨の回収さえ禁止事項になっているくらいだ。
骨まで回収するとスケルトンの湧きが良くないらしい。
受付で配られる冊子に書いてあった気がした。
油断して、斬られないように祈るばかりだ。
「主様は、なぜ迷宮に潜られるのでしょう」
へ? と言いそうになった。簡単だ。
「トゥルエノは、強くなりたくないの?」
「私は、さして興味がありませぬ」
「なるほどね」
それは、自分より強い人間に会った事がないからなのだろうか。それとも、地べたを舐めたいのだろうか。わからないが、ユウタは転がされて顔面を殴打されるなんて真っ平御免だった。技量で勝てない人間なんてそれこそ何処にでも居そうなのだから、迷宮に潜るしかないのではないか。弱いから潜っていい武器を手にしたいと思うのだ。
(君のように、美しくなりそうな人には決してわからないのかもしれないなあ)
言ってもわからないだろう。一目で、己とは違う人間だとわかってしまう人に出会って何もできない底辺の気持ちなど。今度こそは、特別で有りたいと願う地べた摺りの思いなど斟酌する余地なんて有りはしない。
一層を彷徨きまわる骨人形の集団は、倒されているのか。
出会わないまま下へ降りる部屋の扉に手をかける。
「ここは?」
「骨兵士が5体かな。4人だと4体かもね」
特殊な武器を持っていることもあるので、1層から回る人間だっている。
重要なのは、速度ではないだろうか。荒野の迷宮と違い、女人禁制などないものの死傷率の高さがアルカディア領の問題だった。
入るや、駆け寄ってインベントリから出す丸太を一回転。それで、倒れた骨兵士は動かない。
レナが入って来る頃には、倒れた骨が砕かれているころでそしてめぼしい武器はなかった。
錆びた剣を手にして、
「師匠、レナちゃんの訓練しないと駄目じゃないですか」
と言われてしまう有様だ。湧き上がってくるのは、勝てるのだろうかという疑念だった。
レナは、頬を膨らませている。やる気だ。
これには、ユウタも頭を掻いた。
「ごめん。次ね。次」
なんて茶を濁しつつ、2階の階段を降りていく。骨の兵士は動きがすばやくなっていく。
それに加えて、矢をつがえるようになってくるのだがまだ先だ。
ザビーネが一緒に先行する。ユウタは、罠がないか調べながら場合によっては引き戻したりと風であれ土であれ得意が多いに越したことはない。板の上に乗ると、トゥルエノが横に座る。
そわそわしてきた。良い匂いがするからだ。木香などを焚きしめた衣を纏っているのではないか。
股間が急角度を描くのも無理はないと言えよう。
「2人きりですね」
にっこりして言うものだから、どきっとなった。ユウタは童貞なので、美人に笑顔を向けられるだけでもどきどきが止まらない。ましてや、トゥルエノは稀にみる美人だ。というより、周りにいるのは大体がそうで感覚が麻痺してくるのだが年が下か同じならまだ平静を保てるのだが。
「確かに」
少女は、人指し指と指を並行にして青白い光を灯す。雷なのだろうか。電気だとしたら、どういう原理でそれが流れて見えるのかわからない。空気は、絶縁体で魔力を使った動きが見えない。方陣が浮かぶでもない。特殊な人間だと思える。
「そんなに不思議そうに見つめられては、困ります」
見つめていたのか。そうなのだろう。ユウタは、同じ真似ができるか。自問するが、怖くてできない。
両の手の間に電気を出す。というのが、常識でできそうもないように思えるのだ。では、雷光剣は? どうなっているのか疑問に思えてきた。脇道から接近してくる骨兵士に、手の先を向けて【雷光剣】と念じれば、青白い束が骨兵士の胸を貫いた。距離にして10mはあったのに、伸びた先で崩れ落ちた骨兵士の残骸は動かない。
振り返れば、切れ長の目に異様な輝きがある。
「私もその技が使いたいのです。お疲れでは? 横になりますか? 命に関わる長さ、でしたし」
「大丈夫ですよ」
「どうしたら、そのように? どのような修行を? いかほどの研鑽があれば、同じ真似をっ」
いくらでも続く彼女は、唾を飛ばす。
そして、自然に手を掴んでくるのだ。手の平を見る。ユークリウッドの手の平は、豆一つない。毛も生えていないので、つるっつるだ。いくら見ても、何も変哲ない人の手であるから訝しんでいる。穴でも空いているかという風にして、鼻を近づけている。美人が台無しだった。
「ふふふ」
「ん?」
「この手に、秘密があるのですよね。でなければ、あれほどの霊力を出すことなど到底不可能なはず。如何様な絡繰や、いざいざご開帳と」
開帳をするまでもなく、理由はわかる。門が開いていない。
気門。経絡八極。弱点でもあるところのそこもまた、ふさがっている。
だというのに、雷気を自由に使って見せるのは血筋なのだろうか。
「うーん」
「なにか」
ザビーネたちは、先行している。彼女たちを指導する役が弱くていいはずがない。
セリアに任せたモニカやミーシャたちが凶暴な戦士になってしまったのは、後の祭りだ。
だから、せめて仁義礼節を知る戦士が居てほしいというのは欲張りだろうか。
「今から、かける技は相手を変えちゃうんだけどついてこれるかな」
「どのように?」
「フィナルとか知ってるかなあ。ああいう感じに」
「是非もありません」
手を合わせてくる。迷宮で、いちゃついているように見えるな、と思った。
顔を合わせると、変な顔をするようになってしまった幼女を思い浮かべる。
彼女をそうしてしまった原因が、わからない。彼女が遊びにくると、パンツがなくなっている。
捨てましたと言われて、おかしいと思うのはおかしくないはずだ。
「パンツを盗むようにならないでね」
「何のために、お、おほ、あ、あくぅあああ」
魔力と気を流し込む。同時に、少女の門を開けていく。手からは、放電が凄い。迷宮の一区画がかりかりと音を立てている。通路の先から、来る骨兵の群れを青白い色が飲み込む。
人は、いない。魔物も形がなくなっていた。武器まで溶けたか燃え落ちたか。
少女は、奇怪な声を出しながら板の上で踊り出した。
ユウタは、板から降りて誘導していく。耐えられる見込みだが、踊りようときたら目も向けられない。
(早すぎたかなあ)
追いついて、2人から白い目を向けられたのは言うまでもなかった。
<武士の末裔>トゥルエノ
奥義 サンダーブレード/雷属性ダメージ
スキル1 雷刀 敵前衛に雷ダメージ
スキル2 雷気乱打 ターゲットを指定せず10回単体ダメージ
スキル3 雷光 パーティーに雷気効果
背景能力
ジャポン王族 ジャポン人を勧誘にプラス。
血統 金華雷気を操る。
武士 目が合ったら必ず殺す。捕らえられると腹切。
美貌 異性と組む場合にプラス。美貌を持たない同性の能力がダウン。
武士の棟梁 ジャポン兵、ブシ、シノビの忠誠心がMAXになる。
武士の意地 ジャポン兵、ブシ、シノビを率いる場合、釣り野伏が可能
エピソード1 切り合い
エピソード2 押しかけ
エピソード3 勝手居候
手間のかかる子・・・夜にユウタが幼女の部屋を訪れるだけでいい回数多め。
白玉餅さま作品
月色様作品




