437話 お休み>様子を見にいく
死体の掃除は、簡単なものだった。
動きが単調なのだ。数が多いだけで火の壁を焚いているだけでも燃え落ちる。
抜けてきても丸太で殴ればいい。丸太も燃えてしまうのではあるが、在庫には困っていない。
陽も落ちて帰る事にした。
(あれ?)
門の前には、オデットとルーシアがいて後片付けをしているところだ。何も変わったことはない。
近寄っていくと、
「おかえりなさいであります」
「ただいま」
「おっす。肉一個ない」
黒い三角帽子を前に突き出す幼女は、よだれを拭おうをもしない。相手をする綺麗に切りそろえられた黒い髪の幼女は、白いエプロンの下から出すと、
「売り切れたよ」
素気なかった。
「たく、遅かったじゃねーか」
後ろについてきているアルストロメリアが憤懣やるかたないようだ。
通りは、夜の帳が落ちようとしている。さっさと片付けて、台車を2人の家へと運んでいく。
門に近づくと、鍵が開けられた。
「おかえりなさいませ。ユークリウッド様」
「ただいま」
名前が出てこない。人間が増えすぎた弊害ではなかろうか。
たまに、父親であるグスタフの名前ですらだせなくなるのは健忘症かもしれない。
あるいは、接点が薄すぎるからか。道すがらに、
「飯だ、飯にしようぜ」
と、走っていく幼女たち。人の家だということをきっと忘れている。
にこにこと後ろ左右についたままの2人も、ユウタが走りだすとついてきた。
レナは、寝たままで板の上だ。それは、すーっと滑るように道を移動する。
「この子は、お屋敷でお預かりなるのですか」
「そうだねえ。そうするしかないしねえ」
「左様でございますか」
それ以上は、追求してくることもない。木々の合間が、音を吸い込むようだ。
「2人とも、家の状況とかどうなの」
「これといっては、変わりありません」
「お羊様が、おかえりにならないので暫く厄介になります。えへへ」
片方は、苦労していそうだ。剣の腕を磨くというのも、連れ帰る為なのだろうし。
金毛というのは、珍しい。ユウタが見るのも羊の化物だったりするところで、悪魔種に類する強敵だ。
金の毛ではなく、黒っぽい毛に巨体に似合わない武器を持って襲ってくる。
声は、めぇめぇ言っているので悪魔っぽくないのだが。
「おや」
入り口に差し掛かったところで、屋敷の玄関に釣り眼をすぼませた幼女が剣の鞘を突き立てて立っている。側には、白いエプロンに黒い袖といった立ち姿をした侍女が控えている。若い侍女は、汗を浮かべていた。緊張しているようだ。その横に、髪を逆立てた弟の姿がある。
(クラウザーとオヴェリアか?)
オヴェリアとオルフィーナの見分け方といったら、眦が釣り上がった方がオヴェリアという認識しかない。剣を前にして、何をしようというのか。近寄っていくに。
「勝負だ」
ユウタは、声をかけられて弟の方を見る。目を大きく開けて、両手を上にした。手に負えないのだろう。
しかるに、白い布の服と上着だ。寒いだろうに、外に立っている。日中は、そうでもないが夜ともなれば雪が降ってもおかしくない気温になる。
ユウタは、歩いていくと剣を前に鞘ごと突き立てるのだ。それを手にして、引けば抱きかかえる格好になった。
「無礼者!」
鞘は、壊れているかもしれない。抜けないように握ったので、身を掴む感触がした。腕を動かそうとしたので、動かない方向へと持っていけば顔をしかめる。ややあって、離せば今度は剣を鞘から抜こうとして振り回すのだ。
「兄上。もう少し、稽古になるように手加減をして上げてください」
「彼女は、何がしたいの」
まるで、剣士には程遠い。突くにしろ切るにしろ素振りからではないだろうか。
振り返ると、2人は顔をそらした。片方は、左、片方は右下に。
「稽古ですよ」
「クラウザーがすればいいじゃない」
「それが、彼女は」
後ろから切ろうとして固まっている。切りかかりたいのだろう。
「こちらを向け。ユークリウッド。勝負だ」
振り向けば、抜身を持った幼女が倒れるところだった。受け止めているのは、ザビーネで細目でにっこりしているトゥルエノの指先が発光している。
「よし、寝かせておこう。運んでおいてくれるかな」
「兄上。王族ですよ。そんな無体なことをして、問題になります!」
(なるかな。なりそうだなあ。でも邪魔だし。ねえ)
侍女を見ると、胸をなでおろしている。竹刀でもあるといいのだが、硬い木ばかりで竹刀なんてない。
「姫様は、おやすみですねー。あ、あは。ええと、寝室にお連れしますので! 大丈夫ですよー。さー姫様。お休みしましょうね」
「えっ。ベルさん?」
そそくさと玄関の扉を開けて、抱えた幼女を連れていくのだ。力は、ある。中では、桜火が待ち構えていた。微笑みを浮かべている。メイドの服だ。頭の突起物が光った気がした。
「おかえりなさいませ。マスター。お風呂にしますか。それともお食事に? 皆様は先にお食事をなさっておりますよ」
レナの事が気になったが、姿というとザビーネに抱えられて廊下を進んでいる。
風呂に入るのも、桜火が座っていれば人は入ってこれないようだ。
食事は、これといって変化はなかった。クラウザーが心配そうな視線を送ってきたりだとかオヴェリアの姿が見えないとかいうくらい。
シャルロッテも楽しげにオルフィーナと話をしていた。
部屋に戻って寝るくらいだ。
(明日、世界が滅ぶような事もそうそうないもんだなあ)
あっては困るが、無くても探しにいきたくなるという。人とは、刺激がないと行きていけないのか。未知の魔物に逢いたくなったりもする。魔王だとか。セリアのようなのは勘弁してほしいところだが。ユウタの部屋の扉を開けると、白い毛玉と黄色いひよこが飛びついてきた。
狐があくびをしている。
「帰りが遅いよ!」
「只今~。お見上げは、蛙くらいだけど」
「いらないよ!」
撫でてベッドに座ると、ごろりと横になった。勉強をするか必要は、ない。ユークリウッドの脳味噌は、記憶力がいい。一度見れば、覚えられるのだ。覚えられない前世とは大違いである。
「主さまは、妾たちの食事が何なのかご存知じゃろ」
知らないが、何も食べている様子はない。なので、人から魔力を勝手に頂いているような。
「まあいいじゃない。困ったことがあれば、なんでも頼ってくれていいんだよ?」
「特には、ないかな」
頼ったら、人間を殲滅しよう。とか言い出すに決まっている。頼れるはずがない。
羊はぐてーっと寝ているし、魚は、空中を気ままに泳いでいて蝙蝠は窓の縁に掴まっている。
不自然に存在する木だとか見れば見るほど奇怪な部屋だ。
ひよこの背中を撫でていると、隅っこに獅子の児が横になっていた。
(動物園じゃないぞ。ここは)
匂いがしない不自然な空間だ。アルーシュの姿はない。ベッドの上で横になっていると眠りがやってきた。
◆
目が開かない。顔に何かがひっついているのに気がついた。
顔に手をやると、毛が手に当たる。セリアか。
顔面に乗るのは、嫌がらせのつもりかもしれない。
(いってええ)
耳に爪が食い込んでいる。もこもことした尻尾が手に当たる。沢山だ。
剥がして見れば、背伸びした格好で尻尾からぶら下がる狐がいた。
そっとベッドへ寝かせてやり足を床につけるべく伸ばす。小さなぬいぐるみのごとき竜がいないか気をつかながら、足元を確認してから踏みしめる。
「んー」
空気は、適温だ。温度を保つ機械が部屋には付けられているからだ。
1日の始まりに、やるべきことを考える。
(レナを育てるのと戦争に参加しなきゃいけないんだよな)
戦争は、参加したくない気分だ。気分ではいけないのだが、やると大量虐殺になってしまう。
セリアであっても同じ事で、水晶玉を取り出して見てみれば一目瞭然だった。
そこには、大量の死体が転がる平野と捕虜となった男たちの姿があってセリアが天幕から出てくるところが映る。
視線が合った。転移門を開く。
景色が、悪い。
「ふん。今頃、なんのようだ。朝から、やってもいいぞ」
「まさか」
「では、こいつらでも助命してやろうとでも?」
獣人兵と比べて、捕まっているヘルトムーア兵の数が多すぎる。
セリアと話をするユウタの様子を伺っている獣人たちは、奇怪なものでも見ているかのような視線だ。
場所は、首都から北上した平原と山脈の麓だ。山岳戦も苦にしない獣人と人では戦いにならなかったようだ。もっとも、セリアの能力を持ってすれば全てを捕える事だって不可能では内容に思える。
「それは、もっとありえなくないかな」
「ただ、様子を見に来た、と。お前は、暇だな? なあ、戦え。なぜ、避ける? そんなにも、私と戦うのが嫌なのか」
不満が溜まっているようだ。澱のように染み付いた暴力を洗い流し、清冽さを湛えた彼女にするにはどうしたらいいのか。それには、ライバルが必要だろう。とすると、誰か。一体、誰か。不意に、牛の細長い尻尾を振る彼女が目につく。手招きすると、駆け寄ってきた。
「なんでしょ!」
「うん」
【鎧化】を使う。潜在能力を引き出せる鎧だ。不思議な能力だが、モニカはセリアにだって負けていない耐久力がある。問題は、得物の斧で当たれば彼女が死んでしまいかねないところである。素手でやるしかないところだ。
「中に入って」
「え?」
困惑している。そこへ、
「面白い。それでこそ」
中に入った途端に、殴りかかってきた。巨大化するかと思っていたのだが、巨大にはならなかった。
そのままだ。拳を受けるが、効いた風ではない。反対に丸太のように太く金属化したユウタの中に入ったモニカの腕がセリアの脇腹を捉える。
小石のように打ち上げて、追いかけるモニカはやる気だ。
「えっと、その、やっちゃっていいのでしょうか」
「訓練だから。ね、殺さないように手加減は必要だよ」
飛び上がったものの、空を飛ぶ感覚に慣れないのか。上下左右、滅多打ちにされて地面に大穴を開けてしまう。普通なら、死んでいる。モニカの意識は、あるようだ。追撃は、黒い槍だ。両腕で払っているが、終わりがない。動いても死ぬまで繰り返していて、モニカでは対応しきれないようだ。横からきたものを払いのけて、地面の中へ潜り転移門で槍を放ち続ける狼の胴を捕まえる。
錐揉みして、穴に突っ込む。中が更に大きくなった。首が折れている。
黒い狼の体は、腕に張り付く。
「この程度で!」
「勿論」
光を帯びた短剣を突き刺し、相手も影で覆ってくるものだから雷撃を全身から放ち続ける。
と、両腕を伸ばして中心を貫く。やおら、後退する狼の側面から後背を叩きつけた。
腹がえぐられる感覚に、力が抜けていく。
あとは、殴り合いだった。元の姿に戻るまで、何合か。中のモニカは、とっくに反応がなくなっていてユウタも尻もちをついた。穴の中は、叩きつけあって深くなっているなかで距離を取った傷だらけの幼女が黒い束を構えている。決め技だ。
「くら、えーーーー」
消し飛ばす勢いである。転移門で宇宙へ向けて方向を変えながら、間合いを詰める。
「卑怯だろ!」
「これって、初見じゃないよね」
腰を掴むと、逆さまにして地面へ叩きつける。2度目か、3度目か。動かなくなった。
死んだふりかもしれない。回復をかけて、傷を直してやりながらモニカはセリアのライバルになれるのか心配になってきた。斧とか槌が使えないというのではなくて、影の術に対応できていない。
1人で戦えば、結果は見るまでもない。はっと、首が上がる。
「また、おのれえええーーーー」
「途中、殺す気、満々だったよね」
蹴りだ。顔を狙っている。蹴りを受け止めながら、上下に振ってくるのをさばく。
「まだ、やるの」
「ちっ、どういうつもりかしれないがモニカ如きに遅れを取らせるとは」
「意識、ないよ」
両手を上げると、壁を蹴って上がっていく。ついていくに、
「まあいい。くくく、こうでなくては、なぁ! やはり、お前しかいない」
上がったら、1人でうんうんと頷いて捕虜のいる位置へと移動していく。
ユウタは、立ち止まって振り返る。
ちび割れた大地は、耕作が困難なことになってしまった。エンシェントゴーレムが忌避される原因でもあるのだが、穴は。それに勝るとも劣らない大穴ができてしまった。土の術で塞いでもその場しのぎでしかない。土地の生命力というものが、あって穴を開けると精霊が居なくなるなんて言われている。
(また、大変なことになりそう)
主に、世界の危機ができそうなのは彼女ではないだろうか。ユウタは、思うのだ。
早く、彼女を元の姿に戻さないといけないと。だが、どうしたら大人しくなるのかわからない。
鎧から人の姿に戻ると、モニカは寝ているようにしてすやすやと寝息を立てていた。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
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