430話 迷宮3層、続く
出口を探す。やってきた橋は、崩落している。岸壁に円形の台座が刺さったような地形だ。
(転移門が、そもそも開けない可能性も・・・あるよな)
崩落する橋といい虫といい、侵入者を殺す仕掛けだった。
地面は、虫の死骸で覆われている。黒い虫は、動いていないが油断ならない。
ユウタの放った火の術で、死んでいるとはいえ、
「出口、どこだよ」
青い服を嗅ぐ幼女は、呑気に言う。
「うーん」
巨大な虫がいた向こう側には、それらしき穴も扉もない。足元が、虫の死骸だらけのせいかアルストロメリアは板から降りようとはしないでいる。仕方がないので、ユウタが探しているのだが。
(見当たらない。どこだ?)
風が入り込むような隙間を感知すると、岩の壁のようだ。だが、スイッチがない。ぱっと見てわからないようにしているのか。振り向けば、アルストロメリアは真後ろについてくる板でくつろいでいた。
「ちょっと、手伝ってよ」
ユウタは、滅多に怒らない。だが、
「足元が、さー。あと、パンツ変えないといけねーから。ごめん」
なら、しょうがない。
着替えに忙しいようだ。小便でも漏らしてしまったようである。異様な臭気は、虫の死体から立ち登っているのか。死骸を黒い穴の中に、土の術を使って入れていく。さながら、蟻地獄の変形版かそれともコンクリートの木型を寄せる場面か。似ているが、違う。
「あの穴って、お前が操ってんだよな。こっち見んなよ。見たら、目潰す」
「臭そうだし、早く着替えてね」
見るな、と言われれば見たくなるのが男なのに。わかっていない。
ユウタは、真後ろから飛来する物体を浮いたまま躱す。壁に当たって、汁気を帯びたパンツが弾けた。
「避けんなよ。喰らえよ。てか、器用すぎんだろ。浮いたままって」
パンツを投げつける女の子は、初めてだ。かつて、居ただろうか。セリアもアルも投げたりしない。
(んーー?)
流れ落ちる汁を見てユウタは、閃いた。水だ。手印を組むと、輝く方陣から水が吹き出す。
壁を伝って流れ落ちる水で、隠されたスイッチを探そうという訳だ。
果たして、妙な場所に有った。壁の下側だが、それとは気が付かないであろう位置に。
押してみれば、横に岩が動く。中は、石畳だ。魔物が出てくるようではなく、中は行き止まりで玄室のようである。試しに岩の壁を掴んで引っ張ると、拳の大きさだけ削り取れる。閉まってしまっても、破壊して外に出られるだろう。ユウタは、中に入って右に曲がりそのまま真っすぐを見て台座を発見した。
「置いてくな!」
相手をしているのが、面倒になったのだ。喋っている暇があったら、頭を働かせて欲しい。
「待ってて。ひょっとしたら、出られなくなるかも知れないから」
「そうか? でも入れろよ。入れなくなったら、俺らが死ぬわ!」
それもあるが、話をしていたらきりがないのだ。
ユウタは、黙って台座の上にある物を見つめる。青銅色をした宝箱だ。嘘みたいだが、宝箱だ。紛れもない宝箱だ。
きっと、お宝が入っている。確信めいて、重みのある蓋を上げる。罠は、飛び出してこなかった。中には、金貨がぎっしりと詰まっていた。とくに目を惹かれたのは、像だ。何かの印も入っている。女神の像なのかもしれないが、芸術品としての価値もありそうだ。
何より、魔力を感じる。鑑定に出してもいいだろう。宝箱ごと持ち上げようろしたが、くっついている。ひょっとすると、ごと取った瞬間に箱が消えないとも限らない。
「おい、それ」
振り向けば、アルストロメリアが駆け寄ってくるところだ。他の2人は、寝たきりである。
「ああ、宝・・・」
ユウタは、幼女が走ってくるや手を腰穿きのベルトに掛けるの見つめる。
? となって、体勢が崩れたのだとわかった。そして、目から火花が飛び散る。
「は、ごぉおおお」
後ろに下がった。頭が当たったのだ。何をしているのか。内股になって、幼女の手を掴む。
「どうした?」
どうした、ではない。【回復】【再生】を連打しているが、痛みが取れない。
痛いままだ。【遮断】は痛覚まで取ってくれない。顔色を見てか。
「顔色、汗がすげーことなってんぞ」
お前のせいだ、と言いたかったが、
「ほ、ほぐ・・・ごぉう」
「お、お宝すげーな」
今、魔物に襲われたら全滅だろう。わかっていないので、呑気にしていられる。
ユウタがなにかするまでもなく、アルストロメリアは鞄の中に箱の中身を入れていく。
「まだ、痛むのか?」
ユウタは、思った。股間を打ち付けてやろうか、と。だが、ユウタの力で打てば肉が裂けて原型を留めないであろうことは必定。殴られても、やり返せなかった。アルストロメリアは、茶色い鞄から筒状の小瓶を取り出す。
「飲めよ」
瓶を取ると、蓋の栓を引っ張る。中は、赤い液体を口に含む。ワインのような味だ。
インベントリにもポーションは、ないこともない。だが、
「で、どうしたんだ?」
「そうだね。僕も同じことをしてみようかな」
痛みは、取れないものの悶絶して地面で転がり回るほどでも無くなってきた。
「ひょっとして、さっき頭が当たったところって」
ユウタは、指で示した。シルバーナとレナを乗せた板を移動させて、返事を待っていると。
石室に振動が走って、ユウタのいる台座と反対の奥が下がっていく。
見れば、階段のようだ。
「チン●だよ。最近無かったから、痛かったなぁ」
「そいつは、悪かったぜ。同じことは、やめようなっ、なっ」
冗談である。ユウタだって、ワザとやったのではないことくらいわかる。
(まあ、女の子の股間を破壊する趣味なんてないからなぁ)
セリアにしょっちゅう殴られて跡形もなくなっていた股間。最近は、狙われることがなくなって助かっている。だが、慣れないものだ。
階段の先を伺う。普通の石でできている。降りた先に、人がいるようだ。
10段ほど降りて、また10段。すると、土の地面になっている。木で補強した階段は、2層から3層への階段だと思われた。
真向かいから、合流するかのように広い階段がある。そちらが、正規の階段なのだろう。
「そろそろ飯だけど、どうする?」
ちょうどいい。
ユウタは、転移門を出す。と、音がするので見上げる。降りてきた階段の土と石の境目でふさがっていた。
(今日は、ついているのかな?)
◆
シルバーナの親が経営する賭博場の横に出ると。
「おきて」
起きない。いい根性をしていると思う。
「こいつ、なんのために連れてったのかわかんねーよな。で、どうするんだ?」
路地だ。人の姿というと、煙草を吸っている中年の男が2,3人。胡乱な目を向けてきた。
インベントリから、鳥の羽を取り出す。靴を脱がせて、羽でちょこちょことなぞれば、
「うぉあああああ!」
ばねの効いた人形のように上半身を起こす。目は、限界まで開かれている。余程、驚いたのだろう。
「お、おい。こいつ、大丈夫なのかよ」
「お、おひょひょ、やめ」
しっかりと掴んだ足に、羽をなぞらせる。ひとしきり痙攣を起こした後、満足してインベントリに戻す。
「なにしやがるんでぇ! ふざけんなよ」
「ふざけてんのは、おめーだ! 寝やがって、橋から投げ捨てても良かったんだぜ? ええ、おい」
掴み合いが始まった。レナは、寝たままだ。
「起きたなら、娼婦の件を頼むよ。あと、明日は朝からだから」
「朝? 朝から、何だよ」
荷物を運んだり、色々なのだ。戦っていれば、戦争に勝てるとでも思っているのだろうか。
「ケロンとかいう糞は、死刑だろうけれど似たような野郎がいないか調べておけ。そして、僕が迎えにいくから装備と精神を整えておいてね。逃げたり、逃げようとしたりしたら2度と騎士になることなんてできないと考えていいよ。アリッサちゃんだっけ、ここで働かせるのもいいんじゃないかな。勿論、駄目とはいわないよね。ああ、駄目っていったら言うのは自由だけどメリアに経営させることになるから」
「え・・・」
2人して、固まっている。
「いや、それは」
「なにか?」
片方は、喜色に満ちて片方は蒼白になっている。
「調べるのには、時間がかかるよ」
「そんなことは、わかっているから。ああ、今日、迎えの馬車をやる方がいいかな。それとも、連絡をくれれば迎えにいくよ」
「今日は、無理じゃね。シルだって準備があるわけだしよー。きしし」
アルストロメリアは、シルバーナの胸から手を放すと口元に手を当てて笑みを浮かべる。
中年の男たちは、寄ってくるでもなく無関心を貫いていた。
寝たままのレナを転移門に押し込む。
「シルぅ、いいのかよ。とろとろしてて」
すると、走りだした。
◆
家の前は、暗かった。夕日は、落ちて街灯が地面を照らしている。
「家に帰らなくて、大丈夫なの?」
門扉は、閉ざされていた。柵型の門の向こうから人が、駆けてくる。
オデットたちの屋台は、片付けられているようだ。隣のパン屋は、閉じたと書かれた看板が立てかけられていた。
「いいんだよ。うちは、何時に帰ろーがよ。ステータスカードで位置がわかんだから」
「そうだっけ」
「じゃなきゃ、子供を好きにさせられねーべ。お前んちには、ねーの? ないなら売ってやってもいいぜ」
「そりゃ、欲しいよ。値段、次第かな」
門番に挨拶をして、歩く。
「けっこうな値段するけど、さっきの起こし方、もっと優しくしてやったほうがよくねーか」
いきなり、飛んだ。真っ直ぐに向かってから、横に曲がっている道。
「やさしくしていたら、あの様なんだけど」
「王子さまのキスが起こすとか」
ユウタは、目が痙攣するのを感じた。アルストロメリアは、うつむいている。
板の上に寝転がった。レナは反対を向いている。動いている空を見上げた。
「無理だよ」
「期待してねーけど。よ」
アルストロメリアも寝転がった。
「なんとか3人、寝転がれるな。けど、これで戦えるのかよ」
「いきなり襲われても、対処はできるよ。最強の誘い受け構えなんてね」
「嘘くせー。剣で真っ二つにされる予感しかねーわ」
「まあね。相手の技量次第かな」
馬車は、やってこない。素振りをしている家人がいるようだ。アレスにクラウザー。他、女の子もいる。 指導役は、羊人のザビーネか。近寄っていくに、何事かと視線が飛んでくる。玄関の前には噴水、そして芝生がある。
翌日には、なにかが変わっているのだ。誰が変えているのか知れないが。
パン屋と連結した2階の通路を見る。灯りがついていた。
「兄上、おかえりなさい」
「ただいま」
立ち上がると、ザビーネは指を突き合わせていた。連れていかないと爆弾が破裂しそうだ。
玄関の扉を開ける。待ち構えていた面々への説明に、四苦八苦した。




