424話 なぜか蛙と争った
石の壁から鉄の板でつくられた階段を上がる。
船の出入り口には、アルストロメリアの家臣と思われる黒いローブを纏った男が左右に立っていた。
通す気は、あるらしく前を遮る様子はない。
「アルブレスト様。ようこそ、おいでくださいました。歓迎いたします」
丁寧にお辞儀をするのだ。ユウタも慌てて返すと。
「はあ。どうも」
顔は、仮面をつけていてわからない。が、体格から察するに2人とも男のようだ。
2人とも、ユウタよりずっと背が高い。
抱えていたレナを下ろすと、青い服の幼女を探すも見当たらなかった。中だろうか。
「こちらです。甲板に立っていては、発進できませんので」
「わー、わあ?」
ひょこひょこと歩くレナは、おっかなびっくりといった様子だ。
(いつの間に、こんな物を作ったんだ? 作ったんじゃないような)
魔術の式と思われるものと、術式の筋が明滅した壁は、異様だ。中の明かりは、既存のものとは一線を画している。ユウタは、古い迷宮のような感覚を覚えた。入って左に進むと、上への階段がある。警備の兵か。剣を腰に吊るしている。
上へ進む。上がった先に、アルストロメリアが待ち構えていた。得意げな顔をしている。
「来たな。じゃ、発進だ。青い水晶の輝き、なんて通り名のブルースフィア号ってんだぜ。うちに伝わる骨董品だけど、なにしろ昔のだってのに今の飛行船より速えし硬いってんだ。突っ立ってねえで、座ろうや」
自身は座りながら、横の座席を叩く。
景色を映しているのは、液晶の画面か。精緻な画像は、魔術のそれと比較しても遜色がない。
「これって、今は生産」
「できるわけがねーよ。こいつの素材とか、他所じゃ国がおっ立つくらいの額が出ちまう。なんたって、竜とぶちかましあってもぶっ壊れなかったって話だぜ? リザードマンどもを駆逐しちまってもいいんだしよう」
ゴーレムを使ってリザードマンをやろうというのか。レナの父親が、彼らの餌になっている確率と無事である確率はどっこいだろう。野垂れ死にしているという可能性だってある。ユウタは、ループ前に戦った蜥蜴たちを思い出してげんなりした。今ならば、余裕なのだろうか。
全然、自信がない。とんでもなく強い蜥蜴人がいたら。敗北するのではないか。
「とりあえず、戦闘をしにきたんじゃないよ。まず、探すことだよ。真っ直ぐに北上してほしい」
「あいよ」
しかし、捜索は難航しそうで実際に難航している。時間と景色だけが流れて、上を見上げる竪穴式のような家からでてくる蜥蜴人を見つけた。
「あれは、リザードマンの村っぽいけどどうする。翻訳スキルで会話くらいできるだろうけど、いきなり行っても戦闘になりそうだぜ?」
「行ってみようと思う。会話で済ませられるのが一番だよ」
「…皆殺しにすんじゃねーのかよ。せっかく、皮が採れると思ったのによー」
人を決めつけないでほしい。ユウタは、心底思った。迷宮では、出会った魔物は逃さず倒す主義であるが。そこに住んでいるだけの蜥蜴人たちを理由もなく、殺して回るのは如何なものか。シャルロッテンブルクからは、北上しても距離がある沼沢地帯だ。その先は、魚人たちの棲む海がある。
転移門を開いて、地上に移動した。
『こら、勝手に行くな』
念話だ。村を覆うようにして木が生えている。マングローブのような木だ。沼に木が潜り込んでいる。ユウタは、池の上に【浮遊】スキルで浮かんでいる。背中に剣が当てられる。殺す気なのか。
「なんだい。簡単に背後を取らせてくれるじゃねえか」
小声で、女が囁く。押せば、貫かれるだろう。だが、押す様子はない。シルバーナは、剣を腰の帯に収めると、
「餓鬼の親父を探せばいいんだろ。手伝ってやろうじゃないのさ」
「別に」
唇を前歯で噛んでいる。髪から覗く左の目に溜まった涙で見上げられたら、続きが言えなくなった。
(なんなんだ。こいつ)
未来でもわからなかったが、シルバーナの頭の中身がわからない。思考がぶっ飛んでいるというか。
言われた事は、何かにつけて反抗するのが現状だ。しなを作っていない違いがある。
伺うようにして木に乗っても、折れる様子はない。
隙間を通って村に入ると、周囲の木で作られた家が目につく。
【火】を放ったら、盛大に燃えるだろう。【隠形】を使って歩くに、シルバーナもスキルを使ったのか。足元の影しかなくなった。家からは、声がする。
「空に、物が浮かんでる! 怖い」
「恐ろしい。人間? 仕返し!」
「戦士を集めるのダ」
「こんな時に・・・!」
歩いても、気が付かれる様子はない。が、空に浮かんだままの四角い物体を見て飛空船だと思う人間がどれほどいるだろう。ユウタだって、気球のついた木造の船が浮いているのにびっくりしたくらいだ。蜥蜴人たちは、色が緑だ。濃緑色をしているか薄いかのどちらかで、緑だけになんの特技があるのかわからない。
村の真ん中に、蜥蜴人が武器を手に集まっている。飛空船を降下させれば、戦争になりかねないだろう。
(かといって、会話できそうもない)
屈強な蜥蜴人から、細い蜥蜴人までいろいろだ。いきなり、姿を現しても怪しい奴! で戦闘になりかねない。入り口に、2匹の蜥蜴人が立っているのでそちらへ移動する。
「どうするのさ。連中、やるきじゃないか」
「しっ。隠れてて」
【看破】が使われれば、シルバーナが見つからないとも限らない。ユウタは、如何様にでも逃げられるものの彼女は違うだろう。ふと、ダンボールに隠れて移動するゲームを思い出した。
一旦、入り口まで移動すると。
「こんにちは」
「何者ダ。人間の、子供カ」
突然姿を現したユウタに、手にした銛の先を向けてくる。その後ろに、影だけのシルバーナが立ったままだ。ユウタの方へくるように、手招きする。が、動かない。どういうつもりなのか。ユウタには、さっぱりわからない。殺すつもりなのか。逆効果だ。会話にならなくなる。
「あのー。お尋ねしたい事があるのですが」
「今、村は忙しいノダ。簡単な事なら良いガ」
門番の蜥蜴人は、顎を反対の手でさすりながら顔を下げた。
「ギー。人間の足を見たものが、いたナ」
ギー? 名前だろうか。
反対の蜥蜴人が、村の中を見ながら言う。尻尾は、鱗に覆われていてどことなく胡瓜を思い浮かべる。
最初は、太く先にいくにつれてぶつぶつのような鱗が生えていた。
流石に、鱗は痛そうだ。そして、足。足だけになってしまったのか。
「案内は、多分できないゾ」
「というと」
「見た者に聞いてくるが、覚えてないと思うナ」
耳がおかしいのか翻訳がおかしいのか。語尾が、妙だ。そもそも片言で、ぎゃっぎゃと言っている。
村の中へ行く片割れは、入っていって話しをしていると視線が一斉に向けられた。
「確カ、人間の街に行く方向だったと聞いた。人間の子供、揉め事になる。争いに巻き込まれぬよう、立ち去るがイイ」
親切な門番だった。ユウタは、シャルロッテンブルクに向かって歩く事にした。村にいないのなら、どこぞで死体になっている可能性がある。
『おい。話、したんならなんか教えろ』
答えだけしりたいようだ。ただの村人が、魔物が跋扈する沼沢地帯で生きていられる確率を考えて気持ちが萎む。草の背丈は、高くて見えない。空間魔術のルーンを刻んでみると、無数の反応がでてくる。人間の反応は、感じない。生きているのかどうか。わからないが、ぐっと低くなった。
『駄目っぽいね。人探しをお願いしてみようかと思う』
『上から見る限り、それっぽいのは居ねえ。つか、ただの村人じゃ生きてられねえだろ』
草を全部燃やせば、死体がでてくるかもしれない。しかし、蜥蜴人たちの食料が危うい。
そうなれば、戦いになる。ユウタは、引き返すと。
「また、来たのカ。お前は、人間を探しているのであったナ」
「探すにしても、死体では見分けられないゾ」
ユウタは、インベントリからじゃがいもの詰まった樽を取り出す。蓋の取手を掴んで開ければ、中には薄い褐色の植物の実がぎっしりとあった。
「これで」
実を取ると、口のサイズからは物足りなさそうで2,3個をまとめて頬張る。
皮ごと食べてると。
「これは、良いナ。良いだろう」
「要が済んだら、立ち去った方が良い。生きていれば、送ることにしよう」
池か。何かに敵意の高まりを感じる。草と魔物か何かだと思っていたが、村を囲むように移動している。
桃色の線が伸びてきた。まっすぐに蜥蜴人を狙っている。線の先を蹴り上げると、【稲妻】を放つ。同時に4つ。4つの線が伸びてきて、水場から筋が浮かぶ。水の線は、土壁を作って対応すれば飛び上がってくる影。
「カエルどもダ! 敵襲、敵襲ダ!」
放物線を描く軌道だ。地面を蹴って、黒ずんだ肌の硬い感触を捉えた。足で蹴れば、反対の方へと戻っていく。次いで、隣の蛙を蹴る。残りの2匹は、ユウタの方を向いていない。風を切るようにして、向かえば身体が回転している。
ぐるぐると回る天地。
息を吐くより、蛙を捉えて蹴り落とす。最後のは、短い尻尾を掴んで落下する勢いのままに地面へ叩きつける。叩きつけられた蛙は、痙攣したまま動かなくなった。水の線が、くる。しゃがんで躱すと同時に、土壁を出す。盛り上がる壁に、水は遮られて届かない。
蛙たちは、なぜ蜥蜴人を襲うのか。ユウタの放つ稲妻の光が、水面につき立てば浮かび上がる緑色の身体。死んだのか。動かない。水は、それほど優秀な導体ではないが感電死してしまうようだ。水が土に阻まれて届かないので、撃ちたい放題だ。
「卑怯じゃんか」
シルバーナは、盗賊のくせに卑怯だとか言う。ユウタは、往復ビンタをかましたい気分になった。
土壁を崩す舌は、驚異だ。張り直しながらの作業になっているものの、油断できない。肉を焼く匂いが周囲に充満すると、蛙たちの攻撃がやんだ。
「卑怯じゃない。戦法だよ」
「騎士だろ。騎士が、魔術を使ったら駄目だろ」
「なんで駄目なの」
騎士だから、槍でも使ってろと言うのか。魔術師だって、剣を使い槍だって持っていたりする。接近戦だってやる。インベントリだって持っているなら、魔術を使っているようなものだ。魔道具を持つのは、どうしてか。魔術を使う為だ。
村の方を見て、門番がいないのに気がつく。
「だってそれ」
「村が気になるね」
「電撃じゃん。術者じゃん。おかしいだろ」
蛙たちは、去ったのか。入り口の階段を上がれば、金属の音がなっている。右手を見れば、木で覆われていた部分が破壊されて巨大な灰色の蛙が取り付いていた。土壁をその足元から伸ばせば、ひっくり返る。土壁のスキルは、巨体であっても動かせるようだ。
「そんで、お得意の火はどうしたんだよ」
といいつつ、寄ってきた蛙兵の槍を捌く。体長は、子供だが手応えはレベル持ちと変わらない。
そして、シルバーナは捌けず下がる。滑った身体を蹴れば、中身がぶちまけられた。ユウタは、その光景に後ずさってインベントリから丸太を取り出す。蛙兵の持つ槍の倍は長く重量は、体重よりもあるだろう。
丸太で叩くと、潰れた。丸太で、攻撃を受けて叩く。その繰り返しだ。水の玉も防げる。
矛であり盾にもなる。蜥蜴人1に蛙が5。それで、倒す戦法のようだ。組み付いて、致命傷を追わせている。蜥蜴人は、力がありそうなのに丸太を武器にはしていない。
「敵が入り乱れているのに?」
「そりゃそうだけど」
肩で息をしている。彼女は、1匹倒したかどうかだ。蜥蜴人は、弱くない。が、数が違いすぎる。
全滅するのも、時間の問題だろう。ユウタは、壁になっていない木に向かって【火】を放つ。そうして、燃え上がった木に向けて先の尖った槍を突き出してくる蛙たちを捕まえては放り投げる。
「ゲコーーー!」
「うわっ。鼻が曲がるー」
鼻を摘むシルバーナ。片手で、剣を蛙に突き立てて抜くとニカッと笑みを浮かべた。
投げ込まれた蛙たち。取り囲もうとしていたのに、逃散を打つ。投げ込まれた蛙を見て、戦意を喪失してしまったようだ。歩けば、潮が引くようにして火がついていない木の間を通って姿を消す。残ったのは、蜥蜴人とどうようの体格をした蛙だった。
「なぜ人間ガ、リザードマンどもを助けるのダ! 解せぬ」
「人間だからね」
ころころと主義主張も変わる。得物で、鍔迫り合いをしていた蜥蜴人を押しのけるとユウタの方へと走りよる。手から走る青白い光が、緑色の身体に吸い込まれると。しゃがんで舌を伸ばしてきた。舌を掴み、地面より生まれてきたかのような巨大な蛙を上空に見る。
(召喚? どうやって)
地面に、魔方陣を描いている暇はなかったはず。だが、放物線を描く軌道はユウタに届くだろう。
地を蹴って飛び上がれば、蛙の腹を足の靴が捉えて蹴りぬけば盛大な雨を降らせる。
地面に降りれば、蛙の姿は見えない。緑の蛙と緑の蜥蜴。因縁でもあるのだろうか。
「ぺっぺッッ。きったねえなあ。なんつーことしてくれんだよ」
残飯処理でもしていたのか。シルバーナの剣が柄まで赤く染まっている。蛙の血が赤かった。魔物ではないのか? 魔物の判定に、不思議な色の血というのが存在するからだ。
「うん。それよりご褒美は?」
「は? 褒美なんてねーよ。だいたい、なんで褒美をやらねーといけねえんだよ」
言ってみただけだ。
「疲れたから、おっぱいくらい揉ませてくれたっていいのに」
澄まし顔をしているので、ちょっとからかってやろうと思ったのだ。だが、ユウタの思惑とは裏腹の反応が帰ってきた。革鎧を外して、突き出される胸。もちろん、膨らみも凸凹はない。真っ平らである。未来ではふくよかだったのに、時の移ろいとは残酷なものだ。
じぃっと見るに、
「てめえ、揉ませろって言っておいてなんだよ。その態度は」
「揉みようがないよ」
飛び上がったシルバーナは、両手を真下にしている。震える拳からして、憤怒したようだ。顔が絵の具で塗ったかのように赤くなっている。
「覚えてやがれよ~~~ッッ。超~~~犯す」
犯すのは、男だ。何か間違っている。困ったユウタは、怪我をした蜥蜴人の手当を開始した。




