423話 手下(シュナイダー、ザック、ザク、アルストロメリア、シルバーナ、エリアス)
縛り上げられた男たちが地面に転がっている。
「こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
わずかに残った髪を狼女が器用にむしれば、悲鳴を上げる。新手の拷問か。
空は、青い。ユウタは、時間を浪費している気がしていた。
「衛兵がどうのこうのと言ってましたけど、この街の衛兵とデニスさんはどんな関係なんですか?」
隣にいるアゴ髭を見る。列は、長く続いている。中身が少なくなってきたので、インベントリから壺と丸太を取り出す。壺には、水を。丸太を椅子になるように切断すると、地面に突き立てる。指で箸だって作れてしまう。お椀にするのもいいだろう。丸太で、なんでも作れそうだ。
「うむ。デニスと衛兵は仲良がいい、だけではない。もっぱらの噂だ。そして、君は…逃げなくていいのか? 勝手に食料をばらまくのは、咎められるやもしれん。衛兵が来れば、投獄は免れないぞ」
野太い声で、逃げるように勧めてくるがユウタは領主のはずだ。
「おい」
黒い上着とスカートに白いエプロンをしたエリアスが、脇腹を肘で突く。
「なに」
「えい、衛兵に捕まるって。お前んとこの領地だろ。どーなってんだよ」
「どーなってるって、ねえ」
ユウタの方が知りたい。いつの間にか街の外に出来上がっていた貧民キャンプといい、衛兵といい気になることが多すぎる。そもそも最初は、木で出来た小屋から始まった街である。人がやってきたら飯をやりつつ、家を立てて広がったのに。
「なんで、街に入れないのかなあ」
壁が邪魔なのだろうか。
「そりゃ、街に住むとこがねーんじゃねえの」
そんな馬鹿なと思ったが、ありえる。職人が足りないだとか、材料が足りないだとかいう理由も考えられた。ユウタの知る限りであれば、魔導列車の線路を構築中で人口増加に対する対策は薄かった。それよりも水路だとか下水施設を優先させていた。
振り返って、ぼさぼさ頭の幼女を見る。周囲の匂いが、鼻についた。うんこも小便もそこらで撒き散らしているのではないか。或いは、壺の中に入れているとか。ともかく、レナを放置してどこかに出かける気にもなれない。
「うーん。家につれてくかな」
「ふっ。なんでも拾うのは、よくないと思うが」
ぎらついた眼で、見下ろす狼が人語をしゃべる。縛り上げられた男たちは、見てわかる程度に震えている。目は、きょろきょろとして救いの主でも探しているかのようだ。
剥げ頭の男を手で、もんでいた。苦悶の表情で、よだれを垂らしている。生きているのか死んでいるのか微妙なところだろう。
「まずい。来たぞ」
ザックの視線を追うと、馬に跨った男たちが向かってくる。
「どーすんだよ。反乱起こされてんの? 鎮圧に人がいるなら手伝ってやってもいいぜ」
後ろから声がする。うんこ女が、着替えをしているのだろう。また、すえたうんこの匂いが漂ってきてげんなりした。
幸いに吐いている人間は、いない。
「別に、いいよ」
丸太の上で黄色い狐が、自己主張するように尻尾を回転させている。その丸太を押し倒す羊と毛でできた拳の殴り合いを始める。ひよこと毛玉は満足したのか姿を消していた。
遠目に見える馬に乗った男たちは、馬から降りて寄ってくる。集団の先頭にいた男が、手で静止すると歩いて進むと。
「ユークリウッド様。ご機嫌麗しゅうございましょうか。シャルロッテンブルク騎士団が、1つ白狼隊よりシュナイダーが罷り越しました」
白い鎧で片膝をつく男は、兜を脱ぎ手を胸に当てて言う。これでは、叱るべきか迷うところだ。
きちんと名前を言えただけでも見所があるのではないか。
糞ったれな衛兵がやってくると思いきや、
「ご苦労さまです。衛兵さんですか?」
「はい。そこのデニスと共謀して住民に危害を加えていた男は、すでに逮捕しております。治安を預かる騎士が情けないことですが関わっていたようで。目下、周辺を調査中でございます」
やることが半減して助かる。自浄作用がなかったら、騎士団ごと解体を検討するところだ。
兜を抜いだ男は、眉目秀麗であったから油断ならないが。
「お前んとこに、まともなのがいるって初耳なんだけど」
ひどい。失礼な話だ。さもまともじゃないと言いたいようである。
「ふっ。ヒョロガリとモヒカンと髭筋肉ぐらいだな。あとは、知らん」
珍しくセリアが、会話に食い込んでくる。面白くもなさそうに、手にしていた物体を放り投げる。
四角いなにかになっていた物は、直線を描いて空へと登っていった。
「がちむちモヒカン将軍だっけ。スカウトしようとしたんだけど断られたんだよなー」
スカウトに応じてなくてほっとした。
とんでもないことを言うのはうんこ女だ。声の方を見れば、装いを変えていた。青い服に前掛けをしたような衣装だ。帽子までかぶっていると馬子にも衣装だった。
(そうだ。長屋でも作ろう。1日かかりそうだけど)
実際は、もっとかかるがやらないことには進まない。
(魔術でぱっぱってできればなあ)
しかし、できないものはできない。なのに、迷宮はできる。謎だった。家が複雑だからなのだろうか。
澄ました顔で、
「我々でお手伝いできることがあれば、なんなりとお申し付けください」
姿勢がいい。優男ながら騎士として絵になると思った。
「ここに住居を作ることにしようと思うのですが」
「わかりました。職人と資材を用意いたします。よろしいでしょうか」
住居と聞いて、要るものが大まかにわかるならいい。
話が通じるようで助かる。うなずくと、一礼して下がっていく。そして、ユウタはまた鍋に向き合う。
見て驚いた。鍋の中は、空っぽだった。黄色い狐を探すが、いない。狐も羊も消えていた。
列を見れば、なかった。並んでいる人間は、全部ザックの方だ。
「うーん。不評なのかな」
「あー、うちのもんにさせるから。お前、ちょっとわかってねーよ。まじで」
なにかおかしいことでも、やっているというのだろうか。ローブを深々と被った手下を呼び寄せると、押しのけるようにして鍋に向き合う。水を手桶で入れていく。ユウタなら水魔術で、一気に入れてしまえる。なのに、
「僕の方、なんで人気がないのかな」
「待て待て、いくらなんでも領主の飯とか食えねーって。食ったらどんな目に合うのかわかんねーだろ。普通の人間なら、びびるって。なあ」
隣に移動してきた幼女は同意を求めるようにして、エリアスを見やる。
「どっちかってーと、セリアにびびってんじゃ」
普通の獣人が、身長2mだとすればさらに倍以上で盛り上がった肩やら体躯は恐怖を呼び起こすだろう。
「ふっ。最近、侮られることが多くてな」
「それで、そんな格好してんのかよ。ユークリウッドも、なんか言ったが良いんじゃねーの」
「別に・・・あ、もふもふした毛並みがいいね」
ああもふもふ、ああもふもふと叫びそうだ。長い尻尾がぴんと伸びている。毛が長く飛びつきたくなった。ふっさふっさの尻尾がいい。毛が長いので、気合を入れられると突き刺さりそうだが。最高だ。
「ゆるすぎだろ」
緩いもなにも、セリアの背中で寝たい。しかし、叶わないだろう。家のベッドは、狼女の状態では耐えられないだろうし。そもそも、部屋に入ることもできそうにない巨体である。寝かせてくれないかな、と思念を送ってみるも彼女からはぴくりとも反応がなかった。
錬金術師の手下と入れ替わった為か。人が並びだした。また入れ替わったら逃げてしまうのだろうか。
レナの方を見れば、
「あのガキどーすんの。マジで連れて帰る気かよ。レベル1あるみてーだけど」
近寄って、レナの顔を見れば紫がかった瞳を大きく開いてきょとんとした表情を浮かべている。灰色の石壁から上には、何もない。雨は、どうしているのであろうか。瓶のような形になっている地面に、申し訳程度の水溜りがある。茶色い水だ。頭がくらくらしてくる。
「連れていくよ。親父さんを探しに行くかな」
「え、ちょっと待てよ。ここの手配、しょうがねえなあ。見積もり、出させてもらうぜ」
エリアスが、羊皮紙を取り出して丸太に腰掛けた。膝に鞄から取り出した板を乗せると、書き物をしだす。一体、いくらになるのか。ふと、セリアの方を見れば姿がなかった。デニスの手下たちの姿もない。デニス自体もいなかった。霧か幻のようにかき消えていた。
(どこかに連れて行ったのか? 騎士の姿は、増えているし)
目を怒らせて駆け寄ってくる幼児の姿がある。
「レナから離れろ! 糞野郎!」
誰の事か。ユウタの事だろう。駆け寄ってくるや拳を突き出してくる。パンチのつもりなのか。
のろのろとした拳を払い除けて、指で頭を弾く。粉砕しないように気をつけて当てると、のけぞるようにして転がり頭を抑える。大げさではないか。
「兄さん、しっかり」
黒髪の幼女だ。言葉からするに、妹なのだろう。肩で切りそろえた髪が印象的だ。そして、強い敵意のこもった眼差しで見上げてくる。こちらは、白い上に黒いスカートだ。黒いスカートには穴を塞いだ布がところどころにある。
「あんまいじめんなよな。おめえの方が圧倒的につえーんだからよー。で、行くならさっさと行こうぜ。ここの周囲に水場を作るよう指示だしたけど、良いよな」
「もちろん。工事にかかった額と労賃は出すよ」
一体、いくらになるのか。水場というと、井戸なのだが魔術で作った場合は違う。
もうぴんきりで値段が跳ね上がるし、とんでもない額を要求されたりするのだから見積もりは必要だ。
浄化槽も埋める必要があるだろう。トイレは、必須だ。疫病の元にもなるし。不衛生な環境を放置してはおけない。
「よくも、やりやがったな」
ふたたび立ち上がった幼児は、灰色な薄手の上下1枚を着ているだけで腰に何も下げていない。
「やめんか、ザク」
駆け寄ってきたのは、日焼けした男だ。麦わらの帽子をしている。ザックだ。だから、ザクなのか。雑魚でもよかったのではないか。そのまま、幼児をしゃがませて自身は土下座の格好で頭を地面につけている。
「ご領主さまの面前で、なんという真似をするのだ。この通り、まだ子供にてご容赦のほど願いつかまつります」
「父ちゃん?」
「私は、どうなっても構いません。息子の命ばかりは、何卒よしなに」
ザックは、丁寧な物言いができる。奴隷だったのだろうか。それにしては、良い体つきだ。
兵隊だったとか。兵隊であれば、粗野な言い方をするだろう。
「こういう時って、どうしたら」
「はあ? うちなら、まず鞭打ちだろうけど。お前んとこなんだから、お前が決めろよ」
「じゃあ、どうでもいいね。行こうか」
すると、アルストロメリアは翡翠色の瞳を輝かせた。口が、ωの形になっている。
「やったぜ。その親父さんを探してから、迷宮だよな? な? あ、シルもいいだろ? あいつも迷宮につれてかねーから成長してねーんじゃねえの。その、ちびっこもいねーと親父さんわかんねーだろうしさー」
手を打てば、影が地面にできる。街の壁に取り付くようにして四角い船が停まっていた。
青と灰の2色だ。胴が灰で、機械質なイメージを与える。気球もなく浮かんでいる船というのは違和感があった。どうやって浮遊しているのか。謎だ。
とぼとぼと歩くシルバーナの手を引くと、箒に跨って上がっていく。
「おいユークリウッドッッ! あのよう。シュナイダーとかいうにーちゃんと打ち合わせしたり面倒なの片付けてから行くけど! 後から追いかけるけど!俺に一言、なんかあっても良いんじゃねーの。俺ぁ、おめーの家政婦でもなんでもねーんだぞ。ああん?」
エリアスが眦を釣り上げていた。片手を腰に手を当て、反対の手には分厚い本を持ちながらずんずんと、がに股で近寄ってくる。本かメモ帳かわからないが、分厚いものだ。殴られたら死にそうである。
「いつも、ありがとう」
笑みを作って言う。
「おう。もう一回」
何度も言いたくない。
頭をなでててごまかせないだろうか。しかし、そんなことをしても無駄な気がする。
頬を摘むと、横に引っ張ってやる。
「ありがとうございます」
「ち、千切れるぼっ」
頬が真っ赤になっていた。ぶぴっと音がした。尻からだ。エリアスは、真っ赤になって走りさってしまう。
(あの音。また、うんこ漏らしたんじゃ)
追いかけられない。上からは金属を叩く音がする。早くこいということなのだろう。
レナの身体を掴んで、立たせると驚きの軽さである。間近でみれば、頬がこけているような?
水で洗ったのか汚れは、顔から取れているものの匂いはうっと吐き気を催す。
「どうしただ?」
「うん。ちょっと、お父さんを探しにいこうか」
「そっただいくだ。でも、どうするだ?」
目がせわしなく動いている。
「ちょっとの間、我慢してね」
スキルを使って壁を歩いて上がっていくに、下を見てばたばたと手足を動かすものの力はなかった。




