422話 鍋の中身 (アルストロメリア、エリアス、レナ、ザック、デニス、
じゃがいもを鈍色に輝く刃物で、切ると鍋に入れる。
シルバーナは、四つん這いになったままだ。
「何やってんだよ」
失敬な。ユウタからすれば、最大限の温情である。シルバーナが女でなければ、張り倒していたところだ。鍋の前には、両手を地面についた格好の幼女がいる。セリアだ。日差しは、強くてとても秋だとは思えない。異常気象だ。
「別に」
「あんま、シルバーナをいじめるなよな。男の癖に、いじめなんてみっともないぜ」
「別にいじめてないよ」
シルバーナが、使われるべきところに金を使っていなかったのが問題なのだ。ユウタだって好きで人間椅子にしているわけではない。アルーシュが知っていて放置していたのではないかとか、疑わしくなってきた。白っぽいスープの様相を呈してきた鍋の中を見て、ほっとしている。
料理は、得意ではないのだ。
「どう見ても、いじめだろ。ユークリウッドのが立場が上じゃん」
「上じゃない。いじめってのは、アルストロメリア」
呑気に、うつむき加減の幼女の手を取っていたアルストロメリアの後ろ姿を見ると。
「ん、どうした。すごい顔してるぞ」
立ち上がる。
「ポーション、1ゴルで明日から販売するからな」
そして、ゆらりと倒れた。駆け寄ってくるのは、体格の良い黒ローブの男たちだ。
「見たか? これが、いじめだよ。なんて恐ろしいことを言わせるんだ。エリアス」
「お前、きつすぎるだろ。言っていい冗談と悪い冗談があるぜ」
ともあれ、黒いローブたちに介護されてアルストロメリアが頭を振って立ち上がる。
死んでいなかったらしい。茶碗の鳴る音が鍋の方でする。見れば、黄色くて丸い生物が飛び上がっていた。羽で、器用にお椀を持っている。くちばしで、直飲みしそうな勢いだ。
振り向くまで、気配をさせていなかったのに不思議である。そして、人間が並んでいない。
ユウタの前に作られている列は、動物だけがならんでいた。なぜ、動物だけなのだろうか。
最後尾に居座る狼人間が原因なのかもしれない。
周囲を威嚇するようにして、周りを睥睨している。金眼に割れた瞳孔は、見たものを硬直させるだろう。
「じゃあ、明日から魔晶石の供給先を魔術師ギルドから・・・」
「わかったあーーーーーー!」
絶叫して、45度の角度で頭を下げている。鼓膜がびりびりと震える。血が出ていないかと触ったほどだ。黄色い角の生えた生物に、煮えたぎったスープをお椀に入れてやる。地べたに置けば、吸い込むように一息で飲み込んでしまう。煮えたぎっているのに、熱くないのだろうか。
(なぞ過ぎる。見た目が、膨らんだひよこだからだろうか・・・)
疑問よりも、白い毛玉が飛び上がって鍋の中身を吸い込もうとしているのが見えた。
口に手を突っ込む。と、どうなるのであろうか。熱くてやけどするに違いない。
便乗で、黄色く丸い魚までもが吸い込む。そのまま、空中に消える。
「あ、あのさ。なんでもするから、それだけはやめて」
なんでもするなんて、簡単に言ってはいけない。悪いおっさんだったら、どうなることか。
エリアスは、簡単に謝ってしまう。悪手だ。ユウタは、ちょっと考えてみる。
(パンツくれって言ったら、もらえるのだろうか)
盗む訳ではない。合法的に、相手がくれるように仕向ける。なんて、邪悪な奸智であろうか。
とても、ユウタにはできない。履いているであろうパンツを寄越せだなんて。
空っぽになってしまった鍋と肥大化した灰色の毛並みをした狼女を見比べる。
(殴られるな・・・無理だ)
「本気じゃないって。ただ、シルバーナがやってることってこんなもんじゃないから。金を使い込むわ、住民の面倒を見ているとは言えないし、自分ちは豪邸とか。許されないでしょ」
「えへへ。そうだよなー。マジ、心臓が止まりかけたんだけど。殺す気かよ」
殺すつもりなんてない。また、水を鍋に注ぐ。一からやり直しで、順番まちをしている羊は人の形っぽい。こんもりした毛に、目から光を出していそうだ。黒い蝙蝠を捕まえて、明後日に投げるくらい荒ぶっている。ユウタは、金属のボウルにじゃがいもを入れると魔女っ子に手渡す。
「なんでもするって言ったよね」
「言ったけど、俺に、こいつを潰せってのかよ」
ユウタは、知っている。エリアスが、料理をしていないのを。迷宮に潜る時、寝床を用意するのはユークリウッドだった。飯を作るのも、ユークリウッドとロシナやアドルであり隣家の姉妹が担当していた。フィナルやセリアは言うに及ばずだ。
じぃっと見つめれば、汗を浮かべる。ユウタの手元は、せわしなく動いて緑色の植物を包丁で切り刻んでいた。そうして、やっと木の棒をのろのろと動かすものの遅い。筋力がマイナスではないのかというくらいに遅い。本は、持てるし杖だって軽くないはずなのに。杖に、軽量化のルーンでも刻んでいたのだろうか。
「硬いんだよ、畜生が」
「はいはい。頑張って」
気配を感じて振り向くと、ぼーっとした表情のアルストロメリアが立っている。左右に立つ錬金術師と思しき男たちは、気が気でない様子だ。
「い、いち」
「冗談だよ」
「そっか・・・は? はーーーーー!」
飛び上がるのである。冗談を言って飛び上がる女を初めてみた。頭がおかしくなってしまったのかもしれない。あまりに頭に衝撃を与える言葉は、言っていけないようだ。
「は、はっはっは。じょーーーーだんでも、言うんじゃねーーーー!」
と言いながら、走り寄ってくるに拳を握りしめている。
「やれやれ。困った子ですよ」
「誰が困った子だ。くらいやがれ!」
拳を交わしながら、膝を受け止める。のけぞった姿勢で、固まった。まるで、ダンスの姿勢だ。
「てめえ、放しやがれクソ野郎、ぺっぺっぺー」
ぷーっとつばを飛ばしてくる。顔が汁まみれになった。インベントリから紐を取り出しつつ、縛り上げると焼豚にされる前の格好になった。ばたばたと手を動かしているが、どうしたものかと遠巻きにしている錬金術師たちは離れていく。野菜に少々の木の実を入れて味付けだ。
「解けよ。糞がっ。おい、お前らどこ行く。糞っ、あとで覚えてやがれよ。レイプされるーーーー!」
塩を入れておけば、食えるくらいにしか考えていない。羊なので、野菜が多めのほうが良いだろうと。
見ていたら、煮立った瞬間に鍋ごと飲み干すのだ。順番待ちをしている狼さんやひよこがさらに膨らんだ。後ろに並んでいる狐は、大人しい。尻尾が回転して地面をえぐっているくらいである。
「アルストロメリアもそこら辺にしとけよ。ユークリウッドがガチになったら、また気絶する羽目に、つーか、うんこ臭くね?」
どこからであろうか。臭ってくる。アルストロメリアからだ。鼻につんとくる匂いであった。胃腸の調子が悪いのだろう。かなりの激臭であった。王都の地下下水溝とは、比べようがないものの。とても錬金術師とはいえ貴族のお嬢様がする仕草ではない。
迷宮ならともかく、人の目があるところで恥をかかせるせるわけにもいかないだろう。
「さあ。うーん、さっきから作っても作っても一息に飲まれてきりがないな」
ちらっと、狐を見るがどく気配はなくて狼女もおすわりポーズである。永続的に並びそうで恐ろしい。
日焼けした男の方を見れば、順繰りに人が並んでいる。そちらが正常でエリアスといえば、まるで進んでいない。倒れた焼豚姿勢で縛られている幼女に近づくと、動かせない手で殴ろうとしてくる。
(往生際の悪いやつだ)
「てめえ、こんな真似してただで」
三下の言い草に、耳をかたむけるつもりもない。顔を寄せて、
「うんこ漏らしてるの、ばらしちゃおうかなー」
固まった。
「手伝ってくれると、嬉しいなー。それとも、シルバーナと一緒に並んでみる?」
「はっ。やれよ。やってみろや」
「ポーション」
びくりと、痙攣して首を可動する方向へ振った。
「わかりました。ぜひ、やらせてください! えへへ、めんごめんご」
めんご、じゃねーと思ったが大人になることにした。縄を解くと、裾を払いながら手を腰に突っ込む。
銃を抜く気かと思ったが、思いとどまったようだ。口元は、への字になっていたものの。
「メリアよー。あだだ」
尻をつねる。うんこを漏らしているとでもいうつもりだったに違いない。
「んだよ。糞、シルにも手伝わせろよ。つか、エリアスとろくね? 料理、作ってねーんじゃ。お前、そんなんじゃ嫁の貰い手がねーぞ」
「はあ? 嫁の貰い手ならもうとっくに決まってるし。アルーシュ様だし」
すると、アルストロメリアが目を最大限まで開けた。それを向けてくるので、居心地が悪い。
狐は、何を主食にしているのかしれない。肉か。木の実だって食いそうな。
雑食で、なんでも行けそうである。ただ、どれほど食べるのか知れない。
干した昆布に、油揚げでも入れておくと大根を細かく切って刺し身に醤油をかけてみる。
小皿に乗せると、尻尾を扇風機のように回して奪い取っていった。お稲荷さんが好きかもしれない。
米を水で研いで、木製の筒に入れる。火で炊くものの、米は時間がかかる。
「なにそれ、ニンジャ飯かよ。お詫びに、俺にも食わせろよ」
アルストロメリアが、シルバーナの口輪を取ろうとしている。
良いのか。良くないが、いい。もう、どうでもよくなってきた。
「どけっ」
口輪を取ったアルストロメリアを突き飛ばすと、脇に寄ってくる。
「ユークリウッド・アルブレスト。貴様に、決闘を申し込む!」
手ぬぐいを投げつけるのでもなければ、淡々と告げる。
「いいよ。さ、どうぞ」
向き直ると、腹に拳をめり込ませた。崩れ落ちる。
「お、おい。決闘って、なあ。ひでえ、戦いになってねえ」
茶色の髪の毛を掴むと、顔には涙を浮かべていた。
「け、決、け、うゔー」
しゃがんで、
「うーん。そんなんで、戦いを挑もうなんて1000年早くない? ちょっと強いゴブリンにだって負けそうじゃん。大丈夫? レベル低すぎない? 装備なんて、剣無し、鎧もただの鉄製でしょ。魔術もかかってなさそうだし、やる気あったの? なかったでしょ。勝つ気でこないと駄目だよ。なんちゃって、騎士志望とかギャグだよ。わかる? わからないかなー。ともかく、今日から特訓ね。僕を倒せるくらいになるまで、しごくから。え、眠い? 痛い? 駄目駄目。女だからだとか、セリアに言ったら顔がなくなるまで殴られるよ。男女平等をよく知っているからね。さあ立って」
「鬼かよ」
エリアスの声は、憐れみを帯びている。鬼か。鬼ではない。優しいつもりだ。シルバーナには、覚悟もなく気合もなくただ感情だけしかなかった。作戦くらいあってほしい。狼とひよこの興味は、鍋から竹の筒に移っている。それを前にして動かない。そして、ユウタの鍋に並ぶ人間はいなかった。
ただ、ザックとかいう男の方は順序よくさばけていて腹が立ってきた。
「卑怯な、糞」
「誰が、卑怯だって? 誰が」
腹を押さえて立とうとしている。足は、生まれたての子鹿のごとく頼りない。
震える足は、前に進もうともしていなかった。剣を握るどころか、動くことすらままならないようだ。
しばらく待っていても、回復しないのか。回復の術をかける様子はなかった。
「えっと、決闘なんだよな?」
「決闘だよ。でも、日時を決めてやるとかまどろっこしいでしょ。面倒だし。だいたい、シルバーナにかけられる物がないじゃん」
「処女」
「釣り合わないね」
かけられても困る。
「処女をかけるっておま、それ、すごい、覚悟だと思うんだけどなー」
「いらないからねえ。意味がないものだよ」
すると、エリアスは胡散臭いものを見る目をする。
「なあ、こいつ、どう思うよ」
「どうって、マジ顔だし。本気でいらないって顔してるぜ。こいつは、ホモか。ホモだな」
「ホモじゃないです」
ホモホモ言っている間に、人が更に増えてきた。
「ザーーーック。てめえ、こんなところで、何をやってやがる? 誰の許可を得て、飯を売ってやがるよ」
列ではなくて、横合いからの妨害だ。シルバーナの腹へ拳をめり込ませる。
腰を上げた格好で、地面に顔を叩きつける寸前で身体を止めて寝かせる。
「ぶ、ああ。あんたか」
「あんたか? おい、俺の耳には、あんたか?と聞こえたんだが? てめえ、いつから俺の名前を忘れやがったよ」
男だ。厳しい身体を惜しげもなく晒しているのが、隣にいる。小柄な方が親分なのか。
ユウタが用意した台を蹴り上げる。鍋が宙に浮いて、中身が地面にぶちまけられた。
また別の男が、レナに近づいていく。
「デニス様だ。北門を仕切ってんだよ。ここいらあ、俺に逆らおうって馬鹿はいねえ。お? ヒックスいねえ。野郎、借金残したままくたばりやがったのか?」
手下か。男の澱んだ瞳がじっと見据えて、手を伸ばす。そうは、させじと間合いを詰めて掴む。
「なんだぁ? てめえ」
腕を握れば、風船のように潰れて爆ぜた。中身の赤い色が、地面にぶちまけられる。
腕を押さえてのたうち回る男の眉間を指で弾いた。
「舐めた真似してくれるじゃねえか。野郎ども、餓鬼だと思わずに畳んじまえや」
ザックに向けて、斧を構えた手下が詰め寄る。鈍い。
(この世に、正義がないのなら・・・)
振りかぶった男の動きは、手に取るようにわかる。デニスと名乗った男の平な鼻と禿げ上がった頭を見ながら、左の足で腹を蹴り上げまた反対の足を返す。懐から取り出そうとした玉が潰れて、手もまた指から曲がった。
(俺の正義を敷くまでだ)
後ろから飛び出そうとしていた手下は、後ずさっている。親分がやられたことで、腰が引けているのかもしれない。そんな彼らを灰色の狼女が背後から鷲掴みにして、あくびを上げた。
(俺が、信じる正義を!)
「こいつらは、何者ですか」
「ああ。兵隊とつるんでいる悪党だ。衛兵がきたら、厄介なことになる。お前さんは、逃げた方がいい」
腹の底から、叫んで走り出しそうだった。戦争をしている場合ではない。
なんということであろう。
悪党に仲間がいる。見過ごせるはずがない。
「なあ。迷宮にいくんじゃねーの」
「それどころじゃなくなったよ。これは、ね」
そうだ。膿は、出しきらないといけない。残った手下たちは、セリアに土下座をしている。
土下座をされては、即、処刑といかない。困った。




