421話 馬車で(人物紹介アルブレストきょうだい5人
ポーション。
冒険者にとって欠かす事のできない錬金術を使った薬品だ。
製造するには、瓶、薬草、付随するレシピと薬草をすりつぶす為の棒がいる。
(糞がっ、ロシナの野郎・・・談合だと? 価格を維持するにゃ必要なことなんだよ。馬鹿が)
少量の生産ならば、これでも良いだろう。だが、時代が変われば必要とされる量も変わる。
ましてや、ミッドガルドは戦時中。拡大される戦線に、兵隊たちはポーションの携帯は必須だ。
そんな中にあって、ポーションの値下げ、違法な販売など認められるだろうか。
(できっこねーんだよ。ぶち殺すぞ、野郎ーーー)
例外など、認められない。普通は、そうだ。例外の例外なんてどんどん増えていく羽目になるからだ。
歩きながら、隣の様子を伺うが、
「おめー、ちっとは気を使えよな」
むかっ腹が立ってしょうがなかった。
「は? なんでだよ」
意味がわからない。そして、ユークリウッドの後を追うかのようにしてシャルロッテンブルクに赴いている。人は、割れるようにして大通りの馬車へと乗り込む。先導するのは、執事だ。初老の男と厳つい男の2人。エリアスの家とアルストロメリアの家人である。
「お嬢さま」
「あー、北門だな。野郎、ポテトなんてつくって遊んでやがる」
意味がわからなかった。アルストロメリアの見たところ、戦闘力だけならばエンシェントゴーレムをも凌ぐ。特に、火の術は想像を絶する威力だ。あれを見て、戦いを挑もうという戦士はいるのかという。つまり、ポテトを作っているよりも戦場に出た方が稼げるはずなのだ。
なぜ、ポテト? そして、何故、居場所がすぐにわかるのか。
「なんで、わかる?」
「なんでも糞も、わかんだろ。そんくらい、術を磨いとけよ。使えね―なー」
深呼吸した。少し前のアルストロメリアなら、銃をぶっ放していたかもしれない。
「錬金術師と魔女を一緒にすんじゃねー」
「似たようなもんだろ。修行がたんねーんだよ。おめー、転移門が使えね―のはしょうがねえとしてもだ。遠見の玉、罠はずしの杖、箒、鞄、携帯して何時でもさっと行動できるようにしてねえよー。この先、足手まといって言われるぜ? 良いのかよ」
ぐうの音も出なかった。確かに、アルストロメリアはポーションを作るしか能がないし、切り札のエンシェントゴーレムは動かすのに金がかかる。使うと絶大な戦闘力なのだが、その分損壊した箇所は修理が必要だ。巨大な骸骨の検体やら魔物関連では、プラスになっているものの先行きは怪しい。
そもそも、なんで苦労しないといけないのか。かといって学校に行くのもだるい。
「わかってるよ。俺だって、何も考えてねーわけじゃねー。けど、それって魔女になるじゃねえか」
「だから、魔女も錬金術師も紙一重っつってんだろ。エッダの奴、見ね―な。何処いってんの」
エッダは、飛空船でブリタニアに向かったまま帰ってこない。何分、先読みできる彼女は重宝するのだが同僚であって配下ではない。
「多分、ブリタニアだな」
ユークリウッドの弟に気があるようだ。ブリタニアというより、弟を抑えるというのは意味がある。
「ブリタニアに何があんの。もう戦争も終わってんだろ。蛮族なんて、一捻りだったじゃん」
そんな訳は、ない。蛮族もあなどれない数だし、古代騎兵は足りていない。
(もっと有ったらな―。こいつらんとこのかっぱらうか? ユークリウッド何やってんだ)
水晶玉の中で、幼児が芋の皮を剥いている。ひたすら、芋を剥いている。
何が、ユークリウッドにそうさせるのか。
「あっこ、あれで終わりとは思えねえけどな。まだ、2,3ありそうだぜ。で、芋剥くのって、楽しいのか?」
「俺は、楽しくねえな。他の奴にやらせるぜ」
「だよなあ」
錬金術師だけに薬草は、潰しても芋の皮むきなどしないものだ。
芋なんて、アルストロメリアは剥かない。それよりも、緑だったり赤だったり、青だったりする薬草をすりつぶすのが日常である。勉学にあっても、書き取りをしているよりもお椀の中ですり潰しているくらいだ。そもそもがだるい。最近は、学校にもろくに行っていないが。
「この街、人が多すぎねえ? 魔族とかの出現しねーのかよ」
「知らねーよ。ただ、確かに、そうだなあ。人がいっぺえいるんなら、魔族だってやってきそうなもんだけど結界が強えわけじゃねえ。っていうか、結界、薄いな?」
結界は、人によって感じ方が違うという。魔眼を持っていれば、色が出るとか。
異能には、憧れるが幽霊を見たいとも思わない。もっとも、レベルを上げると勝手に見えるようになるらしくて考えたら胃がきゅっとなった。
「俺にわかるわけねーだろ」
「お前さー。そんなんじゃ迷宮に潜るなんて土台無理。フィナルのこと、けっこー馬鹿にしてっけど・・・あいつとやりあったら指1つで殺されると思うね」
「うっせーよ。あの豚おんな、何時の間に強くなったんだよ」
アルストロメリアでは、隣でじーっとユークリウッドの姿を観察している女にも勝てない。
同じように玉を覗いていると、芋の皮を剥いでいる男の隣にいる幼女が気になった。
半裸で、擦り切れた雑巾のようなものを身にまとっている。纏っているというかくっつけているというか。
「おめーが、ぼけっとしている間にだろ。つーか、また新しい女を作ってんのかよ。マジ、信じられねえ」
「はあ? 女って、餓鬼じゃん。俺らより、つか何でも女って意味わかんねえよ」
水晶玉から、顔を上げたエリアスは蒼い瞳を細めていた。
「行先で、女作っちゃ―放置すんだからよ。始末に負えねえよ。そのうち、野郎の家が愛人で埋まると見たね」
「何言ってんだ。ユークリウッドんちにいるのって、アルカディアの王族が2人、ハイデルベルの貴族が2人、いるくらいじゃん。そんで、全員アルーシュ様の嫁だろ? ユークリウッドがどうこうしたら寝取りっていうか間男じゃんか」
すると、人差し指を立てて左右に振る。
「そー見えんのか。おめーもわかんねえ野郎だぜ。アルーシュ様は、女好きみたいに思われてっけどアイテム集めをするみてーに人も集めるの好きだからな。コレクションみてえなもんだってばよ」
馬車は、一向に進まない。隣では、ごとごとと路面を走る黒い箱の姿があった。電車と言われるものである。電線から、電気を得て動くのだとか。人が飛び乗って、危険きわまりない。飛び乗ったらいけないという規則もあるはずである。
馬車は、進まない。
「コレクションねえ。人は、物じゃねーぞ」
「それさー。アルーシュ様の前で言えんの。アルトリウス様でもいいけど」
「無理」
殺されるかもしれない。2人は、迂闊な事を言ったらどんな折檻が待っているかも知れないのだ。
シルバーナは、どうなったのであろうか。ふと、気になった。
「あいつ、大丈夫かねえ」
「あいつって、どいつだよ」
「シルバーナ」
すると、エリアスは白いカップを手にして匂いを嗅ぐ。
「知らねえよ。けど、これシルバーナじゃね」
水晶玉の視点が、下を拡大して見せる。下、ユークリウッドが座っている黒い鎧。
見れば、頭が出ている。栗色の髪だ。短く刈ったショートに見覚えがある。
エリアスを見れば、水の玉を人形に変えて指で遊んでいた。
「ひでえ。転移門で直接移動出来ねえか? シルを馬にするなんて、俺がしようと思ってたのに!」
「さらっとえげつない本音を言ってるぞ。つーか、人混みん中じゃ無理だ。ユークリウッドみてーな変態ならまだしも、俺じゃ人を挽いちまう。んで、シルってなんだよ。おめーら仲良かったっけ」
同じ学年だから、たまに会話があったりする。ずいぶんと、ユークリウッドを恨んでいるようだが、椅子にされる日が来ようとは彼女の零落ぶりには見ていられない様だ。青騎士団の団長で、有力な貴族としても名高い家だったのに。
盗賊騎士だとか、運命とはわからないものである。
「普通だ」
「ふーん。しっかし、あーあのさー、ここって箒で飛ぶ方が速えんだけど禁止されてるんだっけ」
「はい。お嬢さま」
前から返事が帰ってきた。前後に、馬車が並んでいる。護衛の騎士たちが詰めているはずだ。
御者台から中に入ってこれる特注の使用である。重量軽減の術だとか疲労回復の術に長けた者が御者をやっているのだろう。大型の車輪をものともしない。
エリアスは腕を組むと。
「シルバーナの奴、ユークリウッドにめっちゃ借りがあるんだけどな。本人がわかってねえって、致命的だろ。それを放置してきたから、しょっぱい戦功なんて立てようって考えんだよなあ」
「借りがあんの?」
それは、知らない。というか、シルバーナとユークリウッドの縁だとか聞いた話だと糞野郎というので近づかないようにしていたのだ。だが、蓋を開けてみればどうやらシルバーナの方が恨み辛みで捻じ曲がっていそうだ。
再び水晶玉で、シルバーナの顔を見れば真っ赤にして口に詰め物をしていた。
「今だと、格安ポーション1千万本分くれーかな。ユークリウッドから直接渡されてるわけじゃねーからなー。あいつ、絶対に受け取らないだろーし。その金の一部で陣立てして、禄に戦功も立てれねーんなら怒るわ」
「ちょっと、待てよ」
聞き間違いでなければ、ポーション1千万本分。価格にすれば100億ゴルだろうか。
1本1000ゴルからの販売ですら、危うい。大体が、手作りだ。大量生産には、向かないのである。
セリスだかセーラだかの姉妹がやっていたような違法販売。これを認めていたら、錬金術師が組合を作っている意味がない。かつ、こぞって生活できなくなる。
(え、えーと1000万本? えーと、1万人が1000本飲んでくれねーと達成できねー額じゃん)
「要約すると、助けられてたのに気がついてないってことかよ」
「本当に気がついてないなら阿呆だろ。気がついていても、納得できるかっていったら別の話でさー。なんつーの、気持ちと理屈が折り合いつかねーっていうのなー。プライドたけーっつうか頑固っつうか。どーでもいいって思ってたけど、こいつはやべえな」
ユークリウッドはやばい。普通は、100億ゴルも他人に投資したりなどしないからだ。
100億ゴルを利益で取り返そうと思ったら、10%の利益だと1億本とかになってしまう。
利益を取るように値上げをすれば、売れなくなるし毎月冒険者でもなければポーションをのまなかったりする。
精力剤の方が売れたりするのだ。女神教の神殿は、避妊具を禁止している。
よって、避妊具を巡って殺し合いだって起きた。避妊を認める者は、異端派である。
やばいのは、わかる。だが、
「思ったんだけどよ」
「おう」
水の玉が人形になって空中を浮いている。新たな術か。
「なんで、じゃがいもを剥いてんだ? 金がもらえるのか?」
「貰えねえと思うぜ」
意味がないではないか。金を払わずに、食い物を得るなど許されない。
仮にそうした事をすれば、飯屋は商売上がったりである。
「じゃあ、なんでやってるんだ? 意味がわからない」
「お前って、そうか・・・。ま、そうだよなー。わかんねえよな」
アルストロメリアの実家は、西方にある猫の額ほどの山村を3つ預かっている。
税収など、ほぼ取れない。
貴重な薬草が取れるくらいだ。だからこそ、わからない。村を守る兵を養うのにもかつかつで。
「シルを椅子にしているのと関係があるのか」
「あるだろ。なきゃ、ちっと考えろよ。俺だって、考えてるんだぜ。常に、さ。次は、どうするどうするってさ。おめーも、教えて貰うのを待ってねえで手下を使って情報を集めねえと取り残されてのたうち回る羽目になるぜ」
情報なら集めているし、アルストロメリアは考えている。考えて、エリアスにくっついて行動している。でなければ、好きにしていることだろう。もっと、金が欲しい。もっと、権力がほしい。もっと、レベルが欲しい。であれば、レベルを上げやすい環境がいる。
そうしてこそ、取り戻せる。そう。もともとは、アルストロメリアの家も山村を治めていた訳ではないのだ。ミッドガルドにおいては、王こそが絶対の支配者。功がなければ、段々と領地を減らされていくのである。結界器の性能回復は、王の力と言ってもよく魔術師では命がけ。
そして、神官や僧侶たちが王から認められて巡業する。
「どうして、やってんだろうなあ」
「わかんねーよなー。あ、ユークリウッドに会ったら新しい女を掴まえたのかよと絶対に言うなよ。おめー、マジで言いそうだからよ。こういうの学校で習わねーからか? はー。もっと、早く引き合わせるべきだったわ。ちょっと前なら、あいつ顔面破壊パンチとかしただろうし。だんまりこかねかったからなー。今は、甘っちょれーけど」
「実際、新しい女じゃん。けど、抑えろってんなら、わかったよ」
言いたいように言って、何が悪いのか。
1時間後、アルストロメリアは尻の布を膨らませた。




