420話 全然
ユークリウッドが出ていった後。翼を生やした女が2人石壁の入り口から入ってきた。
同時に黄色いアヒルは、姿を変化させる。全裸の幼女が出現した。
「え!?」
アルストロメリアは、素っ頓狂な声を出した。
「え? じゃないのだ。無礼なのだ」
白い翼を背中に生やす女たちから殺気が沸き立つ。見下す視線がエリアスには、気になった。
「打首にしますか」
間抜けな声を出しただけである。打首は、やりすぎで本気ではないだろう。
冷静に処刑を提案するシグルスに、アルストロメリアは、驚いたまま固まっている。
代わりに返事するしかない。
「ちょ、ちょっとまってくださいよ。こいつ、不慣れな奴なんで」
「煩いのだ。せっかく、ひとが気持ちよく寝かかっていたのに・・・殺すしかないのだ」
ひぃっ。短い悲鳴が出る。
飛び上がるアルストロメリア。助けをエリアスに求めようと、口をぱくぱくと動かす。
だが、声が出てこない。服を着せるシグルスに、アルルは袖を通しながら続ける。
「それで、良いのだ?」
「よ、良くないですって。申し訳ございません」
謝るのは、エリアスだった。
うーん、と考えるアルルにシグルスが耳打ちをする。蒼い目は、赤い幕に向かっていた。
平な胸を反らすと、
「まあ、良いのだ。さっさとユークリウッドを追いかけるのだ」
「は、はい」
椅子から立ち上がると、慌てて隣のアルストロメリアの腕を掴む。エリアスは、呆けている幼女を強引に立たせると入り口の幕から出る。文官、武官が段差に座って会議をしていた。隅っこを抜けるように歩いていると、追いかけてきたシグルスが、
「お待ちなさい」
手には、肌色の袋があった。ずっしりとした重みだ。白銀の篭手の重量ではない。
「これは?」
「褒美です。アルル様は、大変なお喜びようでした。よくやりましたね」
何の事かわからないエリアスは、きょとんとなる。
「俺、別に何かしたわけじゃないんですけど」
「いえ。十分な働きです。アルル様は、この城を安定稼働に乗せるまで離れることができませんから」
にっこりと笑みを浮かべる怜悧な女にどきっとなった。シグルスは、かっこいい。
何をしても様になる。ウンコもしそうにない年上の女性だ。エリアスでさえ、心臓が高鳴る。
「あいつが、ここに来るようにしむければ良いんですかね」
「いえ。それには及びませんよ」
すると、下を向いていたアルストロメリアが、
「さ、先程は、失礼いたしました」
「気にしないことです。あれは、本気ではありません。拗ねているだけです。困った方ですね」
アルルは、本気ではなかったようだ。本気なら、シグルスの盾がアルストロメリアの小さな頭を粉砕しているだろう。隣では、議題で紛糾しているのか声が大きい。
「よかった。でも、なんでアルル様もアルーシュ様もユークリウッドを厚遇するんですか?」
知らないのか。アルストロメリアは、素朴な疑問を投げかけた。
「彼女には、説明していないのですか」
「はあ。説明するまでもないっていうか。わかると思うんですが、餓鬼なんでしょうね」
エリアスだって、わかっていなかったがもっとわからないのは嫁にしようと言うのだ。
あべこべである。ユークリウッドは、男だ。
(女装させんのは・・・難易度高すぎだろ。あいつの親父、ゴリラみてーじゃん)
まあ、ミッドガルド人は、総じて男ならゴリラのようなものである。
日本人のようなちんちくりんとは違う。エルフやコビット、ドワーフなどとも違ってでかい。
「アルストロメリア」
「はい」
神妙な顔だ。アルストロメリアの方は、引きつっている。何処が、というと全体が。
「ヘルトムーアの北部が手薄です。至急、城塞を攻略なさい」
顔面が、青くなった。倒れそうになったので支えてやる。
「マジですか?」
「できますか。できませんか」
アルストロメリアは、眼球をせわしなく動かして答えられない。
「出来ないっすよ。そんなん無理です」
「では、配下の騎士でできそうな者は?」
いるわけがない。できる人間だって限られるだろう。例えば、セリア。例えば、ユークリウッド。
2人なら可能だろう。
首を横に振った。
「いません」
「わかりましたか?」
こくこくと頷く幼女は、顔面を赤くしてぷるぷると震えていた。恥ずかしいのだろう。
エリアスも、やらかした経験がある。同じ気持ちを抱いたに違いない。
「無理難題は、今に始まった事ではありません。王都の周りの魔物を一掃しろとか。結界石を増やせとか。結界器を増築しろだとか。食料の増産を1ヶ月で目処つけろとか。ありえない事を色々と。段々、可愛そうになってくる話ですね」
やれって言ったって、無理である。
黙ったアルストロメリアに、手を振って去っていく。
「おい」
やおら、顔を見つめてくる。哀れな女であった。
「なんだよ」
「なんで、説明してくんねーんだよ」
「だって、教えてくれって言われてねーもん」
アルストロメリアに恥をかかせようと思っていたわけではない。エリアスだって、やることが多くて忙しいから時間もないのだ。そもそも、一緒に行動するようになったのも最近の話。それまでは、フィナルの転移門が必要だったから寄生していた。
となると、エリアスがアルストロメリアを教える番なのだろう。
(だいたい。なんだよ。今頃過ぎんだろ。知ってて、くっついてるんじゃねーのかよ)
個人で開ける者は、限られているのが転移門だ。都市間だけを魔道具の力で移動させていたのも、かつての話である。
「お、おまえ。さっさと、追いかけよーぜ」
「うっせーな。わかってんだよ。それより、おめー。漏らしてんだろ」
また、顔を真っ赤にさせて殴りかかってくるので出発が遅れそうである。
◆
ユウタは、ロシナを待たずに転移門で移動した。
出た先は、路地裏である。木箱が置かれている。両側にある家の壁は、石を組み上げて作られていた。
通りには、人が歩いている。
(さて、調査しないと)
ずっと、迷宮やら戦場やらに出ずっぱりでほったらかしにした期間がそれなりにある。
資料だったり、報告書だけではわからないものだ。
実際の物価だったり、町の内情だったり。
通りを伺うに、人で通るのも難しいくらいだった。溢れんばかりに歩いていて、混雑している。
おかしなくらいに人が歩いていて、背丈で辺りが見えなくなるのではないか。
少し考えると、【壁歩き】と【隠形】を使う。
道が通れないのなら、屋根を歩けばいいのだ。
そして、屋根まで歩いて上がると。
(このまま移動するのは、無理・・・っぽいような)
屋根から屋根へと飛び移っていくと、どうなるのか。屋根を踏み抜く恐れがある。
シャルロッテンブルクの町は、屋根がレンガっぽい何かだったり石だったりとまちまちだ。
ともすれば、【飛行】の方がいいのかもしれない。
インベントリから丸太を取り出すと、それに乗ってみる。移動は、できる。
丸太が丸見えかもしれないと、ちょっと様子を伺う。が、空を見上げる人間はいない。
気がついていないかもしれないが、移動は早く済ませたい。
向かうのは、北だ。何故かと言うと北門は、貧民が集まりやすい。
北半球に位置するのだろうから、北側というのはじめじめしている。
辺りを見ながら移動していくと、予想外にまともであった。
人が多いだけか。人だらけで、ごった返していると言うべきなのか。
王都も主要な道路は、人で埋め尽くされるものの。
上から見ていると、北門も人が多い気がする。その外へと移動するに、真下に出来上がった天幕を見て突っ伏した。
(うー、まいった)
バラックというか。白い布で作られたと見られる寝床がいくつもあって、魔物からの防御など無いに等しい。畑にさしかかるまで、天幕が周囲にある。全てを救うとか、夢を見ていたのだろう。誰も救う事ができないのが、現実で何かをやった気になっていたに違いない。
地面に降りると、壁の隅っこに空き缶を置いて座っている子供たちの姿があった。
ユウタは、全身の力が抜けて地面に倒れた。
(いったい、俺は何をやってきたんだ。何かをやれた気になっていただけだ。まだ、全然だったんだ・・・)
頭が真っ白になって、歩きだすと。
「父ちゃんは、どうしたんだ」
声がする。男が立っていて、地面でよだれを垂らす幼女が座り込んでいる。
年齢も行っている男は、帽子を被ってズボンを履いていた。農作業をしているのか。
太い腕だ。
「とうちゃ、帰ってこないだ」
「そうか」
「とうちゃ、何処行ったかしらねだか」
ずびっと鼻汁をすする。嫌な予感しかしない。
「いや。おめえ、飯、食ってっか?」
「食ってね」
「そうか。どうしたもんか。このままだと、おめー飢えて死ぬぞ」
目が離せない。脳が熱を帯びてくる。ありふれた話なのか。見過ごす? ありえない話だ。
「3日食ってね」
「うむ。俺も、どうかしてやりてーが・・・困ったな」
重い足を動かす。ユークリウッドの記憶にある妹の姿と重なるではないか。
他の子供たちもまとめて面倒をみる必要がある。だが、誰かが料理をしなければならない。
そして、世話をする必要がある。
「もし」
【隠形】を解きながら、話かける。
「ん? なんだ、あんたは・・・見たところ良いとこの坊っちゃんのようだが、何か用か」
「その子のお父さんは・・・」
背を向けていた男が振り向けば、日に焼けた顔に濃いあごひげをしていた。
「ああ。帰ってくるわけがねえ。もう、あの世だろうさ」
「可能性は、ないんですか」
「ねえな。リザードマンの縄張りに入っちまったのか、わかんねーが飯も無しに3日帰らねーんならお陀仏だろ。死体だって、どうなっているんだか。あー。ここで、奴隷を漁ろうってんなら止めときな。とっ捕まったら、貴族だろうが縛り首だぜ。そもそも、アルブレスト家の奴隷になりてーっつうのが一番人気なんだからよ。さ、何もねーんならけえったけえった」
何もしないわけにはいかない。丸太を細かく切る。手刀で、切れるようになってしまったのは修練の賜物かスキルのおかげか。突然の奇行に、目を丸くしている男を他所にインベントリから鍋を取り出して乗せる。水を魔術で出すと、
(麦粥でいいだろうか)
パンの方が良いのかも知れないが、設備がない。丸太で作った薪に火を付ける。
「お前さん。魔術師なのか? とんでもねえな」
「かき混ぜるの手伝ってもらえますか」
「良いぜ。丸太でかき混ぜろって言われても無理だがな」
杓子になるように削っていく。壁の隅っことはいえ、テントに火が付かないようにしなければならないだろう。
「塩が欲しいところだな。水が出せるんなら、塩も作れるんじゃないか」
塩の入った瓶を取り出して、切った丸太の上に乗せる。
「ユウタって言います。貴方の名前は?」
「ユウタね。俺か? 俺は、ザック。この子は、レナだ。待っとけ、お椀は・・・まじかよ」
丸太は、万能だ。お椀だって、指でつくれる。力があれば、なんでもできる。気合だ。
レナに手渡すと、木椀を落としてしまった。手が、震えている。
「お湯でも飲んどくか。腹が膨れるからな」
骨と皮ではないが、レナは細い。髪は、ぼさぼさを通り越している。蝿が飛び交っていた。
「で、良いのか?」
「良いですよ」
言うまでもない事だった。それこそが、望みなのだから。何故、こうなっているのか考えなければならない。緩みきった顔に、鼻水をすするレナを見て汁がたれそうだ。




