417話 操縦不能
弾け飛ぶ石。城門を破壊して、飛び込んできたのは青いロボットのようなフォルムをしていた。
門が、30mほどだとすれば15mか。空は、青い。それが、砂埃で消える。
「行きます!」
(え?)
敵だろうが、どのような能力を持っているのか知れない。
チィチが操縦しているようだ。手は、赤い金属で覆われていて色が変色している。
爪は、黄色を薄めたよう。一足で、間合いが縮まる。青いロボットは、盾を構えて身を隠す。
「なら!」
足で、押す。野太い足が、盾に触れるや渾身の力で押さんとした。
左右に避けるスペースは、ない。縦に長い楕円形をしている。淡い光を盾が放っているので、何らかの効果を持っていそうだ。
「失せろ!」
足で、盾に穴が空いた。反対の足で、引っかかった盾がさくっと剥がれた。
盾は、砂か何かか。向こう側に居たであろう青いロボットは間合いを離している。
片腕に剣。もう片方は、ない。
「この、力、この力があれば! わたしは、獣たちの王になれる! きぃえ、う、せろー!」
「チィチさん? 大丈夫なんですか?」
「どう見ても、大丈夫ではないでしょう。しかし、棒を握って離しませんね」
棒があるようだ。しかし、ユウタには中身がわからない。
(どんな風なの)
「えっと、なんかすごいです。ぴかぴか光ってます。足とかすっぽり入ってて、包まれてますよ」
(うーん)
引き剥がすと、3秒でやられそうだ。動けなくなった場合、ユウタもろとも彼女たちの命もないだろう。既に、戦場の只中にある。そして、ユウタは負けるのも死ぬのも嫌だった。幸せになりたい。だが、どうだろう。ユウタは、好むと好まざるとにかかわらず兵隊であった。
青いロボットを守ろうとするのは、槍を持つロボットだ。丸い盾に、槍を構えて左右に立っている。
壁の向こう、セリアが作り出した崖を越えた位置に3体のロボット。囮か?
「あああああ!」
(気合、入ってるなあ。逃げた方が良いような気も)
「突進してますよ。ユークリウッド様は、操れてないのでしょうか」
(そうだね。全然、動かないんだよね。人を入れてるからなのかなあ)
不思議だった。身体も、ロボット並の大きさに調節されている。アルストロメリアの持ってきたロボットと違って、鎧になるスキルは気になる点が多い。人が中に入って生きていられる点だとか。何故、巨大化するのか、とか。
槍が、牽制で前に突き出される。三叉と尖ったアイスピックのような槍の2本だ。
同時だったのを、爪で弾きながら手に取る。簡単に、ロボットは槍を身体にめりこませた。
相手の武器が、相手の身体にめり込むとか。後ろに下がっていた片腕のロボットは、動いている。
後退すると、礫が飛来した。弾だ。
「遅い? 砲撃なのに、遅く見えます。スキルなんでしょうか」
「死ね!」
「チィチさん、凶暴になってますけど」
(僕は、何もしてないよ)
ただ、ユウタの身体を操縦して貰っているだけだ。だが、思わぬ副作用というか。
「ユークリウッド様を操縦すると、本性が曝け出されるのでしょうか」
「どうも、そうみたいですね。お酒が人を変えるとかいうみたいな」
「それです」
酒か。ユウタは、酒で変わる事がない。だが、チィチは。
「ふん!」
槍を地面につきたてて、そのまま迫る。槍の半径が優っているというか。
地面を滑るようにして移動しようとしている相手をも易易と上回った。
真上から、肩に槍が刺さって飛んでくる鈍色の筒を弾けば爆ぜる。
(爆弾? にしては、威力がないような)
地面で、倒れた敵のロボットが風の影響であろう。身体を泳がせて、地面を樽のように転がっていく。
中にいた人は、無事では済まないような転がり方だった。ひょっとするとユウタが思っている以上に、爆弾らしき何かは威力があったのかもしれない。
わからないが。
「ダメージとか、ないんですか?」
(うーん。痛くは、なかったかな。相手は痛そうだけど。味方ごと、やるだなんて)
「いい。いいぞ。もっとだ。もっと、力を寄越せ。私が、ああああ! 人間どもめ、死ね!」
ユウタも人間なはずだ。悲しくなった。
お返しとばかりにチィチは、空中から槍をお返しに投げる。
槍は、弾丸をそらしながら銃を構えていた1体に当たる。
銃の砲身ごと貫いた。そして、しゃがんでいるロボットの黒い砲口から光が照射される。
腰だ。
「当たる、ものかよ」
光だ。危ないと思ったチィチの観察力は、動物並だった。当人は、ユウタからすると獅子族なので動物のようであるのだ。故に、勘は鋭い。照準を合わせる光に、身体がかすったかのような。そんな反射速度。
避けた。であったのに、空中だ。完璧ではなかった。
(逝ってエエエ。痛いって、おおおお)
ちょうど、大事なところか。股間が、痛い。いや、股間どころか腰が無いような。
それでいて、地面へと着地すれば足はある。股間を見たいのに、顔が向かない。ユウタには、敵の方向しか見えない。つまり、顔の向く方向はチィチに選択権があるのだ。
「やりやがったな。ぶっ殺す」
「なんか、遊んでますねぇ」
「他人事みたいに言いますけど、ユークリウッド様が受けた損傷、大事なところにありますよ」
(無くなっちゃったとか・・・大事なところ、ユークリウッドになってから使わないままだったな・・・とほほ。いや、なくなったのかわからないし!)
一大事だ。それこそ、鎧化を解いて元に戻らないと。
「え、えっと。元に戻っていますけど、ゴーレムに必要なものなんでしょうか」
「無駄に、立派だと思います」
(やめて! 俺のHPが無くなっちゃう!)
「なんで、無くなっちゃうんですか? ゴーレムですよね。え?」
「モニカさん。それ以上は」
気遣われた。そんなユウタを知ってか知らずか、チィチは敵ロボットへと接近する。足は、ある。
崖があったが、軽く飛び越えて鋭角な角度を取りながら。
1機といっていいのか。剣を持っていたロボットは、白い装甲で構えを取る。
既に、2体だ。光を放ったロボットは逃げている。残って食い止めようというのか。
後方の足元には、人馬があった。護衛か。軍勢にしても、地面を這う蟻か何かである。
見上げる彼らは、誰もかれもが後ろへ向かって走っていた。
「くっ、くふふ。さあ。捌きの時だ。この獅子王に歯向かう塵芥どもよ。思い、知れ!」
「ユークリウッド様ぁ、チィチさんって、こういう方でしたっけ? 知ってました?」
「モニカ殿、人には、隠している心があるのです。これは、事故だと思いましょう、わたしも意外でした」
まったくである。鎧に乗るという酒に酔ってしまっている彼女は、剣先を叩く。短くなっていく剣に、白い装甲板をしたロボットの腹へ拳がめり込む。人がいるのではないか。鳩尾は、やばい。とはいえ、周りは敵兵だらけだ。鎧であり移動体であるユウタが倒されたら、チィチたちは逃げる手段がない。
きっとアヘ顔ダブルピースは免れないだろう。
(敵さんからしたら、俺らって悪なんだろうな)
「強いものが、勝つ。何が悪い! ああ?」
短くなる剣を前に出しても、横に振ってもままならない。そして、白いトンガリ帽の頭をしたロボットは仰向けに倒れた。槍が、股間に突き刺さる。やり返したというところか。ユウタは、股間の痛みが引いていた。どうなっているのか見えないが。
「くく、あーっはっはっは。ふひひ、さあ。処刑の時間だなぁ!」
「ちょ、えええ? 待って、待ってくださいって」
「まったく、乗り込んで正解だったな。モニカ殿。敵は、戦意を喪失している。これ以上の攻撃は、無用だと思う。止めるとしよう」
「具体的には?」
モニカの問にグラシアは、
「こうだ! む?」
何かしたらしい。倒れたロボットから人が両手を上げて出てくる。赤毛の美男美女だった。
ヘルトムーアは、赤毛の男女ばかりだ。
「き、効きません? どうしましょう」
「邪魔を、するなぁ! どうしたライオンハート。止めだぞ! 何故、動かん。動け」
燃え上がっていた心も、すっかりしおしおだ。敵は、6。更に10万とも20万とも知れない大軍だったのにゴーレムがやられたくらいで戦意を喪失して逃げ出すとは。
(勝てなくても、援護射撃しにくるとかさあ。いろいろ、あるんじゃないの)
落とし穴を掘るのだっていい。だが、落とし穴をゾンビやら死霊のあふれる王都前荒野でできるかと言われれば無理だ。まず、気が付かれないで実行するという事がセリアを前にしてできるのか。彼女の鋭敏な感覚は山の裾ので起きるレイプ事件ですら捕える。
したがって、町の中でチンピラが因縁をつければすぐさまに向かって逆に因縁をつけるという恐ろしい事になっていた。セリアが呼び出さなくなったのは、何時からだろうか。騎士の仕事を奪うだとかそんな話になった頃か。
「ユークリウッド様。駄目です。この人、攻撃が通じないみたいな! そんな感じですよぅ」
「諦めるのは、まだ早い。今度は、くすぐってみたり、息を止めるという手もある」
なんだかユウタは、酷い絵面を黙想して座り込んだ敵を見つめる。戦いは、終わりだ。
逃げた敵ロボットに止めを刺すかと、チィチは考えているようだ。
気分の問題なのか。鎧化が解け始めている気がしていた。
(確か。とくほどけよ、怒りの化身、なんじ忘れがたきちかいを思い出せ、だったか)
「わあ、チィチさんの目が、すごいことなってます」
「目から光線を出すとは、ここで」
「へんな事をしちゃ駄目ですってば。それより、出ます。出ましょう。ほら、外が」
地面が近づいてくる。元の姿に戻るまで、意識があるのも珍しい。
倒れたロボットの横で、3人が待ち構えている。1人は、ぐったりとして狐娘に寄りかかっていた。
捕虜にできそうなのは、2人だ。ロボットを再起動させられなければいいのだが、
「撤退ですか?」
「4人では、どうしようもありません」
「2人、残っているみたいだし捕虜にしようかなって」
「チィチ殿を抱えていれば、2人です」
「とりあえず、話でもしてみようか」
何しろ、ヘルトムーア人とは暴力で話をしている。ロボットの身体は、ちょっとした家くらいの高さがあった。表面は、つるつるとしているのだ。転移門で、チィチを送り返して3人になった。白い金属を足場にして、2人の男女を伺う。
1人は、燃えるような赤毛を短くして寝かせた貴公子然とした男だ。もう1人は、短くうねった赤毛を肩まで伸ばした女である。両方ともに、身体にぴっちりとした足回りの服をしている。金の肩当ては、意味があるのだろうか。
「こんにちわ」
「貴公が、乗っていた兵か。捕らえにきたならば、相手になろう」
敵だった。どうしようもなく敵なのだ。殺し殺される相手なのだから、なるようにしかならない。
男は、20代のように見えた。殺すべきか殺さないでおくべきかといえば、殺すべき相手なのだろう。
話す必要は、ない。女の方は、泣きそうな顔だ。
2人の赤い髪をした少女が脳裏に浮かぶ。
「いやあ、どうしようか」
「捕らえにきたのでは?」
「気が変わりました」
雷光剣は、危ない。なので、熱を持ったままに伸びる岩石。赤熱剣を伸ばす。
見る間に、金属が綿飴のように溶けていく。心臓部を貫くと、
「え? 鹵獲で良かったのでは?」
「グラシアさん、どうやって持ち帰るんですか」
「そういう事です。それでは、失礼いたします」
「馬鹿な・・・まて、貴公らは!」
余裕などない。だが、いつも道理に殺しても良いものだろうか。ステータスカードに撮影機能を付けるべきだろう。相手は、ロボットを失えば立場も失うだろうし。古代の兵器がなければミッドガルドの兵で十分に制圧が可能だ。肉体的には、勝っているはず。
走って、間合いを離すと火の鳥が飛来する。
「怒ってるねー」
「ユークリウッド様も、えげつない事をなされる」
「え?」
「私もびっくりしました」
「エンシェントゴーレムを破壊なされるとは、想像もしておりませんでした」
戦闘中に、容赦なくチィチが破壊していたような。
「チィチさんも、してたよね」
「ええ。ですが、核を破壊されなければ修理が可能です。それを失った国は、国を失うと言われているのですよ」
「あ、あはは」
「ま、いつも道理なんですけどねー」
グラシアの細い喉から、大きな音がする。息を飲む音だった。
ユウタの心臓が高なってきた。一刻も速く黄色いもこもこを頭の後ろに敷いて寝ないといけない!
転移門を開いて、飛び込んだ。




