413話 援軍+ポテト
夏は、暑い風が南から吹きつけ冬が近づくにつれて北から乾いた冷たい風がやってくる。
ヘルトムーア王国は、高地にあり大陸でも西端に位置する。
国力は、多数の小国を圧倒してアスラエル王国に比肩しており盟主として君臨していた。
「食べ物がない。食べ物が…」
そんな強国に、援軍としてやってきたアスラエル軍の部隊を悩ませたのが食料不足である。
北から魚人の襲撃を退けながらの強行であったから、食料は飛空船で運べる量しかないのだ。
行く先々で援助を求められて、困ったのは指揮官であった。
「将軍。これでは、戦うどころではありませんよ」
刈り上げた金髪の男は、なめした皮の鎧を身にまとい腰には長い剣を吊り下げている。
急造の天幕には、兵士たちが囲んでおり警備の物々しさを物語っていた。
外套は、いるものの。冷たい風は、まだアスラエルより優しい。
「わかっておる。だが、この有様。王都を奪還するどころではないのではないか」
前線は、未だ拮抗しているという情報であったが王都が陥落。
その後も、各地での反乱。反乱というよりは、拠点にしている村同様に従属を断っているのではないか。
それが見立てだった。
「3000程度の兵に、空中船団が5。これでは、笑われてしまいそうですが…杞憂でしたね。それは、ともかくとして」
北側からは、山が連なっていて王都への道が限られている。はずだった。
その山々のいたる所で、亀裂というか渓谷ができている。
村に住んでいる人間というと、病人だったり動けない物ばかりだ。
「あれが、敵の手で作られたとしたら到底戦うべきではないぞ」
「勇猛果敢でなる将軍の言葉とは、とても思えません」
男は、騎士の中でも手練に入る。名は、ウェイビー。新進気鋭の青年だ。
騎馬は、鷲だったか。アスラエル王国では、ヘルトムーアほどに機械化が進んでいない。
スキルの恩恵を受ける羽幅10mにも達する鷲は、決して戦闘ヘリコプターにも負けていなかった。
だが、若い。経験がなく地獄の如き戦場を駆け回ったこともないのだと推察できる。敵が、個体で知恵が回らないものと思っているのだ。そんな敵は、早々に駆逐される。残っているのは、何か。狡猾で、気に敏。そして、打撃力も上回る。でなかれば、ヘルトムーアが負けるはずもない。
陣地作成は、急務である。
「まずは、砦の構築だ。周囲に斥候を出しつつ、拠点を確保する。その上で」
「進軍ですか」
次は、調査かつ最小戦力を育成する。
「違うな。暗殺部隊を作る。それには、勇者が必要だ」
勇者は、ジョブを持つ者が少ない。とはいえ、万も軍人がいれば10や20は集まる。
勇者とは、勇敢なる者が得やすい。一定の定説である。
女神から授けられるというのは、ついぞ聞かない。
「やはり、魔王なんですかね。その敵というのは」
敵は、1人もしくは少数の少女らしいと聞いていた。
「わからん。だが、獣人なのだろう? 狼系であればフェンリル種、牛系であればミノタウロス種どちらも相手にしたくない」
前者であるとも後者であるとも知れない。そのセリアという少女は、フェンリルなのだろう。
1人とも限らないので頭が痛い。超遠距離からの砲撃など一通り試したのだろうか。
攻撃方法がいくらでもあるだろうに、ヤラレ放題だというのが解せなかった。
ミサイルと呼ばれる長距離射程を持つ武器が存在するからだ。有翼人から供給を受けるとはいえ。
「やだやだ言っても、敵はやってきますよ。将軍、なんとか勝つ方法を考えた方が建設的でしょうに」
「無論だ。だが、敵が少数で移動も自由自在となるとな」
方法が、限られてくる。敵の勢力圏といっても、すぐに来られるはずがないというのは楽観的というものだ。エンシェントゴーレムの配備だってしているが、さりとて勝てる保証がない。沈む心配のないようにして出る船とは訳が違った。
どうすれば、勝てるのかわからないのでいる。これが、ただの国であれば懐柔するなり仲違いをさせるなりと方法があるのだろう。何分、情報が少ない。
「工作員が必要になります」
「ああ」
立ち上がると、外は晴天だ。次いで、爆発音がする。うなじの悪寒で横っ飛びに斜めへ飛ぶ。音が後か先か。辛うじて、爆風が襲ってくる。敵か。黒い槍が足元から生えてくるのを、躱し払い除けながら男は、移動していく。攻撃だ。行き着く暇もない。
10か。20か。槍を避けていくと、矢だ。前から黒い矢が飛んでくる。篭手で払いながら、剣の上に立つ。1本だけではない。雨あられと連なるそれを鈍色の篭手で捌き受け流しながら、周りを観察するに敗北を感じた。
(やられた! なんということだ…)
剣から降りつつ、走り出す。エンシェントゴーレムへ乗り込めば、幾ばくかの延命が可能だろうと。
起き上がる白い機体の姿へ、金色の彗星がぶつかる。倒れたのは、白い機体で夕闇に煙を上げた。
黒い剣だ。
(暗黒剣か? それとも隕石落としか!)
隕石には、見えなかった。
即座にスキルを使う。手のひらから気に満ちた光が、受け止めた。足元から伸びてくる槍状のものは光が溶かしてくれる。剣は、足を狙い受け移動を阻害しようとする。方向を買えられながらも、爆発する音と耳障りな音をさせていた。
剣を振るって襲いかかってくるのは、少女だ。10かそこらに見える。背丈は、ない。子供の細腕だというのに、押し負けていた。剣は、そのままに圧力を伝えてきて後ずさる。
「我が名は、ロズウェル・ビー。さぞ、名のある戦士とお見受けする」
「くっ、くくく。セリアだ。勇者だな、貴様」
勇者と言われて、鼓動が高なった。何故、わかる。見れば、わかるか。納得に、腹へ力を込める。
「如何にも。いざ、イヤー!!!」
逃げられない。ならば、前に。光剣は、今も昔も敵を両断してきた。
光を伸ばし、剣を振るう。必殺の威力がある。
既に、味方は全滅したか。セリアと名乗る女は、黒い剣で受けてくる。
普通ならば、すり抜けて両断するのに。吸い込んでいるかのようだ。
(間合いを離されれば負けないが、負ける。いや、狩られる!)
接近するしかない。もとより、接近戦こそが戦士としてのロズウェルの得意領域だ。
二刀を作り、合わせて裂帛の気合を込める。1、2、受けられる。
余裕か。笑みを浮かべていた。
「イヤー!」
「ふっ」
「ぐぁ」
3発目の突きを躱された。残像だった。目を疑ったが、更に力を込めた足が動かない。
地面が迫ってきている。両腕が、妙な方向へと向いていた。折れたのだ。
痛みを覚える間もない。
「殺すのは、簡単だが…珍しく根性の入った奴だ。槍で死なないとはな。矢も捌いてみせた。合格ではある。だが、さてどうしようか。わくわくしてきたな」
顔だけを向ければ、金色の瞳が愉悦に満ちて口が三日月を作っている。
美しい少女だ。将来は、きっと美人になるだろう。銀色の尻尾が地面を打った。
獣人だ。頭には、耳が生えている。目を瞑った。
「殺せ」
「くくく。残念だが、楽に死ねると思うな勇者よ。貴様には、存分に働いてもらわねばならない。舌を噛んだり、毒を飲んでも構わないが無駄なことだ」
不可思議だ。舌を噛むと、血潮が喉を埋め尽くす。
「将軍!」
ウェイビーの声だ。だが、逃げろという声がでてこない。
◆
食堂を出ると、弟が近づいてきた。金の前髪を上げた細面をした子である。
白い壁に室内灯の光で、うつむきがちだ。
「兄上、剣の稽古をつけて欲しいのです」
「稽古ね。いいよ」
本当は、めんどくさい。ただし、弟も何やら考えているようなのでユウタとしては見てやらないでもなかった。最近は、めっきり戦う事のない剣を使っての稽古。できるだろうか? と考えたのもつかの間。
玄関の扉を開けて、素振りをしているアレスの姿があった。前髪をおろせば、2人して違いがわからないと思う。目つきと髪型で、違いを出そうとしているような気がした。
「何する?」
「打ち込んで、受けの練習などいかがでしょう」
素振りでいいような気がする。怪我をしてもクラウザーたちは、術が使えるとは聞いていない。
すっかり暮れた夜に、外灯が姿を照らしている。視界の隅っこで蠢いているのは、小さな蜥蜴だ。
団子になっている。
「せいっ」
クラウザーが、振り降ろす木剣を掴むと奪い取る。弟は、ぽかんと見ている。
スキルを使った訳ではない。だが、安々と奪われすぎではないか。
弟の剣力を不安に思った。
「兄上、剣を受ける稽古のはずです。奪うのは、反則ですよ!」
「戦いって、そんな単純なものじゃないよ。クラウザーには、早いのかな」
「わかりました。ですが、剣を取るのは」
反則。戦いなんて、その場でなんだってやるものだ。歩いていくと、頭を手で叩いた。
「はい、死んだよ」
「ずるい。叩かれたら死んだって、そんな訳ない」
「じゃあ、僕の手が斧だったら? クラウザーの頭は、ぱっくり割れてたよ。そうでなくても」
インベントリから、短い丸太を取り出す。切り株でもいいだろう。地面に置くと、指を添えた。
短く手を動かす。そして、左右を持つと。
「え? え?」
「こうなってもおかしくないんだよ。クラウザーは、想像力がないよ。考えられなくても、見たものは信じられるよね。武器を持ってなくたって、手足は武器になるんだってこと。鍛えれば、石だって割れるし」
戦車の砲弾だって弾ける。ユウタの持つ常識では、ありえないのだが。ミッドガルドでは、空だって人間は飛べる。死体だって、何事もなかったかのように動き出す。何が正しくて何が正しく無いのかすら曖昧模糊。
「う、うう」
心の琴線に触れてしまったのか。泣かすつもりはなかったのだ。木剣を放り出すと、よしよししようとしたのだが振り払われそうになった。ユークリウッドの弟は、どうにも真面目であるらしい。悔しいのかも知れないし、内心なんてわかりようがない。
逃げの1手で、去ろう。
「ユークリウッド兄さん。ごめんなさい。クラウザー兄さんには、僕がついてます」
汗を額に浮かべたアレスが、クラウザーの側に立つ。泣く子と子供には、勝てないというのを思い出した。ユウタも一緒になって泣くべきなのだろうか。グスタフが見れば、ユウタが弟を虐めている様に見えるだろうし。弁明まで考えたものの、扉を開けて階段を登る。
ユウタの部屋まで近づくと、けたたましい声が扉から漏れてきた。
部屋の扉を開ける。
「遅かったな。邪魔しているぞ」
「ここ、僕の部屋なのですが」
「お前の部屋だが、私の部屋でもある。なあ」
なあ、と同意を求めたのはショートの幼女2人だ。対面には、ちらちらと視線を投げてくるロン毛2人。 台を囲むようにしてカードを置いている。皿の上には、黄色い棒が乗っていて一目でポテトだと想像できた。隣にならぶ小皿には、白い粒が乗っていて、眼帯をした幼女がそれを時折ふりかけている。
腹は、一杯になったはずなのに小腹が空くのはデブの修正かもしれない。
大盛りポテトと黒い炭酸入りの液体。デブ御用達の品だ。
「お前も、混ざるか?」
「いえ」
といいながら、湯気の上がるポテトが気になった。ポテトは、大好物なのだ。
隣に移動して、貪りたい。だが、何か釣られた気がしている。
空いていないはずの腹が、珍妙な音を立てた。
「腹が空いているのではないか?」
「いえ」
黄色いひよこを抱えると撫で回す。目が周りそうだ。腹を撫でながら、ベッドへと座る。
壁にかけられたテレビもどきに、燃え上がる船と倒れるロボット風の機体が見えた。
黄色い狐の腹を撫で回して気を沈める。ひよこは、動かなくなっていた。寝てしまったのか。
でっぷりとしたひよこにひよこが集っている様は、微笑ましい。
金魚が、皿を背に泳いでくると。敗北した。




