411話 馬のあ
円周を描く床の真ん中で、エリアスの頬を引っ張った。
「いてて、痛いですよー」
「お前、なんなの。なんで、見てたんだ? 見てねーで、なんとかするのが仕事だろーが」
親にもされた事ないのに、という顔だ。ぶん殴りたいのを堪えていいた。
「だから、報告に来たんじゃないですかー」
「んなの見とるわ。ボケッ。そうじゃない。あの馬なんぞとくっついているのを黙って見てるんじゃねーってことだ。こっちは忙しいんだよ。奴は、やべえ。こうなれば、行くしかねえけど下手すると芝居がばれるぞ。あの野郎~~~わかってんのか」
ユークリウッドが、今まさにケンタウロス族に囲まれている。絶対絶命という風。
雌の人馬がユークリウッドを小突いていた。ただし、2本足である。
アドルにクリスというと、我関せずといった体。庇い立てするならば、折檻だろう。
「あのですね。アルーシュ様もなんですが、やり方を間違えてるような気がするんですよね」
「は? 何が? どう間違ってんだ?」
力が緩んだ。首が締まっていたようだ。
「えっ、ええっと、弁当を作って持ってくとか。良いって聞きましたよ」
本気で言っているのか。女の顔を覗き込む。汗が、大量に吹き出していた。
「誰が、作るんだ。持ってくるのは、奴だ。作るのも奴だ。どうして、俺様が持っていかねばならん。巫山戯るな」
「ユークリウッドが作る弁当」
フィナルが、横で倒れた。鼻血で、顔面が赤い噴水になっている。相も変わらず、変態だ。
全く、餌ではあるが油断ならない。
「無理ですかねえ」
「プライドの問題だ。奴が、持ってくる。これは、決定事項だ。その為に、貴様をやっているのだからな。使えないとなれば、シルバーナも追加でやってもいいがあれはまたなんというか悪化しそうなのが」
関係が、進展していないような気がする。間違いない。ひょっとすると、エリアスよりも下に位置しているような気がしてきた。
あっ、という声が出た。アルルだ。空中に映し出された映像に、まさかのアルルである。
「ちょっと待て、ふ、ふぐうおおおお」
「先、越されて? でも、これって俺のせいじゃ」
「おおおおおおお」
「そんなぐるぐる回らなくても」
誰のせいか。アルトリウスのせいだ。さっさと介入しておけばよかったのだ。覗き見しているのが、ばれるとかどうでもいいと実行に移すべきだった。ケンタウロスの王は、話の分かる男のようである。さしもの暴れ馬とて、正論には手も足もでないでいたから救いの主に映ったであろう。
「様子を見ていたら、後手に回ってしまったぞ」
「流石、シグルス様。決断が早いですね」
「お前が、言うな~~~」
ぐりぐりしてやると、手足をばたつかせる。そろそろ、頭を砕いてぶちまけてもいいのではないだろうか。蛮族の反抗は、引きも切らない。殺すと面倒だから、温和な手段で説得というのは時間がかかるのだ。殺せば、簡単なのだろうが。
人質がいる。焦る必要はないと思っているのだ。敵も味方も犠牲を出しすぎた。
故に、復興する時間がいる。適当なところで止めると。
「気になってる事があるんすけど」
「なんだ」
アルルが、馬の呪いを解く。二本足の人に尻尾が生えた男が出てきた。馬面が、人の顔だ。
「なんで、奴なんですか? いくらでも男ならいるじゃねーですか」
わからないのか。それもそうだろう。アルーシュも説明していないに違いない。
「よく考えろ。奴だけは替えが効かんのだ。それに奴が、敵になって襲いかかってきたらどうする。しかも、オマケでもろもろが寝返りそうなやばい奴だと考えれば手を打っておくのは当然だろ。ゲームのキャラじゃあるまいし、忠誠心なんてわかんねーんだよ。縛る鎖は、多ければ多いほどいい。当然だが、おめーらは鎖で便器ってのはわかってんだろうな。役目を果たせ。替わりを探すのも大変なんだぞ。たくよー」
そして、わかっていない顔だ。フィナルというと、寝たままだった。
「それ、アイテムか装飾品のような」
「そうだな。正直、俺もよくわかってない。どうすればいいのか」
「似たようなもんなんすね」
「押し倒すくらいしてこいと言っている。見ているからな」
何もしていないのを棚に上げて、実験だ。
「無理っしょ」
「無理でもなんでもやるんだよぉおお」
エリアスの頬を両側に引っ張ってやる。ほごお、と言いながら涙を浮かべていた。
◆
馬には、がっかりだった。元の姿というが、やけ酒を煽っている。
復讐するのも、できない状態だ。周りを全員殺すという事もできないようである。
元の姿は、四足でもなんでもなくて長い毛をケツに生やしたというなんちゃって馬。
「ぷぃ~~~」
酒が進む。復讐の相手というと、ケンタウロス族の王子であったから驚きだ。
しかし、それも政略結婚だった。
馬ことゴンザレスの家族は、いい暮らしをしている。
「ふぃ~~。ありがとうございました」
丸い台の上で、酒と肉を食らいつつゴンザレスは頭を下げた。
「もう、平気なの」
「ええ。まあ。その、嵌めたのが親父ってのが」
ぼこぼこにしたのは、ゴンザレスの親父である。そして、隣に座る女。何故か、いる。
殴りかかってくるのだ。隙あらば。背丈は、さして変わらない。ひょっとして、ユウタは暴力女ほいほいなのだろうか。そう思わずには、いられない。セリアのことを言っているのではないが。
「気が変わったのは、仕方がない事です。死んだ事になっていたなんてね」
「ああ。でも、ひでえじゃねえか。皆して、これじゃ何の為に、俺は」
ここは、励ますべきだろう。
「世の中には、沢山の女性が居ますよ。きっと、見つかると思います」
「ぐだぐだと、女々しい男だ。決闘で、負けたではないか」
「ですよね。負けましたわ。確かに、あの人は強え。おれじゃ勝てねえっすわ」
女は、王子の妹だという。尻尾は、金の毛並みでふりふりと揺れている。気になって仕方がない。
狐と違うのは、剛毛っぽいところだろうか。その対面で、狼さんが足をテーブルに乗せている。
靴を履いたままだ。おかげで、足を押さえていないといけない。
「どうしても欲しければ、殺して奪い取れ。それができないなら、丸まって尻尾を振っていろ」
「兄様を殺すというの? 死にたがりの馬鹿なの?」
真正面から、やりあいそうだ。セリアの足がテーブルを力強く押すも、粉砕は阻止せねばならない。
周りは、ケンタウロス族でいっぱいなのだ。並の獣人たちではない。
「えへへ。止めよ…」
セリアは、立ち上がって指で手招きする。女も長い髪を短く止めると、ついていった。
派手な音が響いてくる。次いで、振動だ。地面が波打つようにして、跳ね上がった。
「どう、なってんだよ。あの子ぉお」
「殺して奪い取ります?」
「負けたんで、ね。それに、彼女も幸せそうだったしね。は~~~。愛ってなんなんでしょうねえ」
跳ね上がる椅子に、周りの客たちは床で丸まっている。天変地異の様相を醸し出していた。
「女なんてのは…」
穴だ。愛など、信じるから心をかき乱されるのだ。故に、女に愛を求める意味などない。
彼女たちが求めているのは、見てくれと権力、或いは金なのだから信じるに及ばない。
「価値ですからね。ほら、求めよ。さらば、与えられん、です」
「はーーー。そんなんで、大丈夫なのかよ」
顔は、いいのだ。ゴンザレスは、涼しげな整った顔をしている。馬だった頃からは、想像もできない。
ただ、王子の容姿が圧倒的であったからたまらない。せめて、ずっと一緒にいたのならどうにかなったのだろう。王の病を治すために、ヒュドラの肝を求めて旅でた挙句に呪いを受けたとか。
「愛など、妄想でしかない。でしょ? 愛が存在するというのなら、それはただの思いこみですし。人の気持ちなんてころころ変わるものじゃないですか。存在しないものを。愛を求めるから、思い悩み苦しむ。ほら、愛など抱かないほうが気持ちは穏やかに生きていけると思いませんか」
「けどよ」
「であるなら、次に行きましょう。彼女との関係が終わっても、終わらないかもしれなくてもゴンザレスさんは幸せにならないと」
ゴンザレスは、突っ伏した。轟音と、屋根が吹き飛んでいくのは同時だった。
「なあ」
顔を上げると、破片が飛んできてゴンザレスは鼻息を飛ばす。ふわっと浮いた木片が慣性を失って地面に落ちた。
「なんです?」
「羽の生えた王子さまとか来たよな」
「来ましたね。なんなんでしょうね」
不意打ちで、皆殺しにするチャンスであったのにアルルが現れた。おかげで、過剰防衛はできなかった。
「なんなんって、ミッドガルドの王子さまだよな。あの子とどういう関係なの。つか、姫さんとバトってる子とか何? 意味がわかんなくて混乱してきたっつーか。説明してくり」
なんといったモノか。ただの狼です、と言うべきか。事ある毎に、首を突っ込んでくる。
思えば、ヘルトムーアで包囲線を敷いているのではなかったのか。首都でえげつない行為をしているような話を耳にしている。
手には、茶色の塊。なんであろう。ハッピーバレンタイン。今日から、とか。
塊である。
「上司です」
ドーン、と壁をぶち抜いた人が転がってくる。テーブルが弾けて飛び、椅子と人が更に跳ね飛ばされた。酒場が、もう出鱈目な惨状だ。転がってきたのは、女の子である。よっ、と立ち上がり血まみれのまま穴に飛び込んでいく。
「王族が、傷を負うって信じられねえ。不死なんだぜ? 王子との戦いだって、見てたよな」
「ええ」
だが、それほどに脅威を感じなかった。強いとは、思う。標準をセリアにするからだろうか。
それだと、全部が弱めになってしまうのでアキラレベルにするべきなのだろう。
アキラよりは、ずっと強い。ゴンザレスは、まだまだ磨きどころがある。
「あの子は、妹みたいだったんだ。でも、何時からだろうな。とても、とても愛おしいって。畜生、まだ諦められねえ。どうしたら、いい」
「簡単です。全てを置き去りにするくらいに、自分を高めていけばいい。そうすれば誰もかれもが無視できなくなるでしょう。憎しみで、心が一杯になっている内は立ち上がれないでしょうけど」
男が選ぶのではない。結局、女が選ぶのだ。また、壁を突き破って女の子が飛び込んできた。
今度は、反対側まで突き破っていく。
「まあ、そうなのかねえ」
「さ、どうぞ」
一時は、酒でごまかすしかないだろう。壁が崩れていく。
(女など、穴ぼこでしかない。どうして、思い悩むのか。全くもって、理解に苦しむな。突っ込んで出すだけだ。求めれど、求めず。そう思うべきなのだ)




