403話 嘘か真か
「おい。さっさと行っていいのだぞ」
小さな王子さまは、ぶっきらぼうに言うが。
様子を伺うべきだろう。
周囲にいる人間ときたら、日本人風の学生ばかりだ。
ユウタは、アルーシュたちを連れて迷宮に来たはずだった。
入り口の扉を開けて、入ってみれば後ろの扉が消えて戻れなくなっていたという。
「めっちゃ、見られてんな」
幼女のふわふわな金髪が壁の灯りで反射する。黒い頭巾で顔を見せないようにうつむく。
壁は、灰色だった。やってきた迷宮は、ミッドガルドの地下迷宮。最深部に何かあるようだが、アルーシュは話そうとしない。エリアス曰く、「すげーお宝があるんだってよ」である。ぼんやりしている目的だ。
ドッペルゲンガーと呼ばれる己そっくりな魔物が出て来る。後は、ゾンビやスケルトン、不死系ばかり。
(入り口に、何か書いてあったな・・・。お前ら、荒らしか。ぶっ殺してやるとか? 紙に書いてあったけど)
入る場所を間違えたのか。そんなはずはない。記憶力は、いい。しかし、忘れるのも早い。
「行こうぜ」
アルストロメリアか。後ろから手で突かれた。
物珍しそうに視線を送ってくるが、アルーシュは好まない。
「殺せ」と命じられるかもしれないのに、ひそひそと声を出している。
遮るように人が移動しようとすれば、アルーシュは剣を抜こうとするではないか。
「君たち、どこから来たのかな。奥から突然でてきたように見えるけど」
日本語だ。
正面には石でこしらえた泉がある。飲水か。周りにテントが、ある。
男は、高校生なのだろうか。学生服の上に申し訳程度の肩当てをつけている。
転移門を開こうとしたのだが、何も起きなかった。
アルーシュが斬り殺しそうとするのを押さえつつ、
「こんにちは。日本人ですか」
「お? 日本語だ。君たちは、外人なのかな。どこから来たんだ?」
わからない。いつも通り、扉を開いて進んだのだが。スキルが使えないのだ。
遠巻きにして様子を伺っているのも、日本人なのだろう。
中国人には、見えない。なぜなら、こそこそとしているからだ。
「外、からと言って信じてもらえますか」
「外? 外があるのか。どういうところなんだ? ここは、何処だか知っているのかな。君たちは、出方を知っているのか。知っているなら教えて欲しい」
後ろにいるエリアスたちを見れば、どうにでもすればという雰囲気だ。
アルーシュは、エリアスから剥ぎ取ったのか。彼女の黒い頭巾を被っている。
転移門が出せないので、インベントリを開こうとしたが、出ない。
「私は、ユークリウッド。外の世界、というのならありますが。ここが何処か、という事はわかりかねます」
泉の縁側には腰掛けないようだ。木の桶が置かれている。飲水なのだろう。
掃除がされているようだ。下は、水が吸い込まれているのか。排水口が見える。
何処へ流れているのか。水は、流れる音がする。
「そうか。俺は、神宮寺星夜。女みたいな名前だが、女じゃあない。俺たちの話、聞いておくか? 来たばかりなのだろう」
椅子が、ない。アルーシュは、立たせていると癇癪を起こす。
スキルが使えない。なんてことは、あっただろうか。巨大骸骨の空間変異型迷宮に似ている。
ユウタは、椅子になった。「ふむ」といいながら、アルーシュが自然に座る。
「ちょっと待て、ちょっと待ってくださいよ。尻、尻の感触とか」
「鎧で、痛いが気分は悪くない」
男は、あっけに取られている。仰ぎ見ると、
「君、リーダーではないのか」
「こちらの方なんですけれど」
アルーシュは、頭を押さえてくる。
「面倒だ。お前がやれ」
にべもない。
「アルさまー。俺らもちょっと座りたいなー」
「…いいだろう。私は、寛大だ。座る場所があればの話だ」
座ろうとするが、オデットまで加わって魔術系の2人は追いやられた。
「ちょっと、待てよ。興味無さそうにしといてそれ?」
「早い者勝ちであります」
首に跨っている。頭が動かせなくなった。首の根本に前掛けが突き刺さって痛い。
「君ら、仲間、なのか。外の世界というのは、女の子だらけの世界とか?」
「違いますよ」
「斬新なものを見せてもらってるけれど、迷宮から出る方法を真剣に考えた方がいいと思うな」
その通りである。
「俺たちは…日本人だ。日本という国の人間だ。君らは?」
教えたものだろうか。アルーシュは、エリアスを小間使いにして水を飲んでいる。
「外の人間です。ミッドガルド王国という国があります」
「へえ。じゃあ、ここから出られれば、ミッドガルドに出るっていう事か。そういうことなのか」
段々、首が疲れてきた。疲れるにしても早すぎやしないだろうか。
ユークリウッドの身体は、鍛えているのでそうそう疲れないのに。
疲れを感じている。
夢かもしれない。と、思ったのだが痛みは本物のような。
「外の世界は、どんな世界なんだ? 中世とか? 魔物は、ここと同じくらい強いのかな。まあ、外に出るには魔物を倒さないと出られないみたいだ。君たちなら…いや、魔物を倒せる、とは思えないけど」
「というと、凄い魔物がいるんですか」
と、そこまで話をしていたら泉の周りで光がぼんやりと床から立ち上っていく。
「死に戻りか」
「死に戻り?」
「文字通りさ。魔物にやられたんだろう。ここじゃ、ゲームみたく死に戻りするんだよ。外じゃ、どうなんだ」
死に戻ることなんてない。死んだら、それまでだ。蘇生ができる術者がいれば、生き返れるが。
頭を割られたりすれば、記憶に障害がでる。脳が、やはり機能してこその魂なのだろう。
「死んだままですね」
「なるほど。と、まあ待ち構えている魔物ってのが凶悪なゴーレムなんだ。とてもじゃないが、クリアできないでいる」
鬼畜なダンジョンらしい。同じダンジョンを経営するものとしては、効率がいいとは思えないのである。
というのも、低レベルの冒険者を活動させていても上がるマナ(霊力、魔力)は少ない。
より、大きく成長させた方がダンジョンの収益になる。
「1Fから出られないタイプですかね」
「ああ。困った事に、レベルが上がった人間はパーティー毎に消えてしまう。残った人間は、出られないままだ」
行ったっきりの構成のようだ。となると、泉の周りに天幕を張っている人間たちは味噌っかすという事なのだろう。
「つまり、落ちこぼれは落ちこぼれたままになる?」
「そうだ。歳下みたいだけれど、良くわかっているな。ここに閉じ込められて3日目だが、かなりの人間が突破している。戦っていれば、いやでもわかる事だが【キューブ】を使ってステータスを上げる事ができるんだ。外の世界でも同じなのか」
ステータスは、あげられなかったような。そもそも、見えない。
「いえ」
「そうなのか? うーん。アナウンスは、1度きりってのもおかしいけど。君らが、イベント進行役とかいう設定だったりする可能性もありえる話だ。そろそろ、歩きながら話すか」
いい加減、頭が重さで疲れた。根性は、あるつもりだ。首には、鎧が突き刺さった感触しかない。
「別に良いが?」
幼女の意見を無視して立ち上がる。ずり落ちたアルーシュは、倒れ込みこそしなかったものの不満顔になった。セイヤを追いかけて歩きだす。神宮寺という名前なのに、セイントを思い浮かべるのは日本人としてのよすがだろうか。
「彼女と君らの関係は、どういうものなのか凄く気になるな」
「一応、上司です」
「一応ではない。主だ。もっと、敬意を込めて親愛の情をたっぷり乗せんか」
欠片も乗らない。蜂蜜でまぶした腐肉でもあるまいし、もちろん腹を痛めるのは勝手だ。
道には、人の居ない天幕もある。人数は、余裕で4,500人は入るのではないだろうか。
泉のある通路からT字路へでれば、屋台が並んでいる。屋台は、木の板で出来ているようだ。
中には、骸骨がいた。それに、猫がいる。
「猫は、日本語を喋るんだ。不思議だろ。骸骨は、NPCっぽい。ってわかるか?」
NPCね。わかるにきまっている。だが、知識は隠しておくべきだろうか。
後ろにつけている人間がぞろぞろといる。
「わかるけどよー。骸骨、自立型っぽい。どーよ」
「猫が操ってんなら、器用だぜ。にしちゃあ、大した魔力を感じねえけど」
「君らは、魔女とか」
声をかけられた子たちは、反応しない。
「魔女っこでしょう」
「は。できれば、フレンドになって欲しいけれどどうだろうか」
「?」
「断る。下僕は、間に合っているしな」
さらっと、とんでもない事を言いだした。
「うーん。これは、NPCではないなあ。君ら、亡霊とかではないようだし。イベントにしちゃ、受け答えが柔軟すぎる。失礼、後ろについてきている学校の人間も悪気があってつけているわけではなくてね。この出会い、このゲームっぽいなにかのイベントなのかと思っていたんだよ」
つまり、ひょっとしなくともゲームの駒扱いだったわけだ。
セイヤは、深々と頭を下げた。
「イベントねえ。てこたあ、あれかゲームのキャラ扱いかよ。こいつは」
「ふん。そんな程度だから、ここにいるのであろうよ。さもありなん、だ」
通路を左に曲がり、右手に大きな門が見える。迷宮の入り口なのだろうか。
入り口には、何組もの人間が屯していた。
「入れるのは、5人だ」
「は? 5人? てえ、と」
アルストロメリアが、指差しで数える。
「1人、余る、じゃねえか」
「よし、メリアは残しだな」
「じょ、冗談ですよね。俺、残されたって何もできないですやん」
錬金術師だけに、ゴーレムでも生成して戦う。のかと思いきや、ゴーレムをとっさに作ることのできないのが、アルストロメリアだった。涙目で、目線を送ってくる。
「待ち給え、そこで、キューブを使うといい」
「ふん。必要ない。であろう? 先に行っているぞ」
「え? ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
アルストロメリアは、アルーシュの赤い外套にしがみつく。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「置いてかれたら、死んじゃいますって。えへへ、なんでもしますから、お願いします」
「ほう。その言葉、偽りではないだろうな」
「あ、メリア、それ駄目な奴じゃねえか。引っかかるんじゃねえよ」
エリアスが、抑えにかかる。ルーシアが、アルストロメリアの細い身体を押しのけた。
「簡単だぞ。さ、ユークリウッドとセックスだ。路上セックスというのは、中々に趣きが、痛っ、わかった槍が刺さってるぞ」
オデットの太くて硬い槍がマントを貫いている。穴が空いていた。
「酷い虐めであります」
「治して突き入れようとするのやめろ」
5人とも扉の向こうへ行ってしまう。5人しか入れなかったのだろうか。
「こうなるとは…まあ、気を落とさないでくれ。仕様らしいからな」
1人で入っていくと、どうなるのであろう。
「君、まさか、1人で入ろうとか考えているんじゃないだろうね」
「はあ」
1人の方が気が楽だったりする。だから、結婚できなかったんだという幻聴が聞こえてきそうだ。
「君の、キューブはあるのかな」
キューブ。久しぶりに聞いた気がする。何せ、冒険者ギルドではステータスカードを発行しているから自然と出さなくなるのだ。実際には、操作するのが脳内になってくるので一々出さなく成るというか。
「あると、どうなるのでしょう」
「あるのか。なら、やはり、NPCではない。彼女たちを行かせても良かったのかい? 仲間なのだろう?」
いいも悪いも、6人で入れないのなら1人ユウタが抜けるしかないではないか。
なんとも、意地悪な迷宮だ。作った人間か何かをぶっ飛ばさないと気がすまなくなってくる。
「一向に構いませんよ」
むしろ、いると世話で胃に穴が空きそうだった。持論としては、女など戦いに不要である。
「興味深いけれど、とても彼女たちが突破できるとは思えない。ゴーレムに潰されて戻ってくることだろうな」
どれほどのゴーレムなのか。見てみたい。天井は、8mか。10mか。
迷宮にしては、天井の高さがある。
空気も淀んでいない。おかしい。空気の流れは、感じない。
空気の入れ替えをしていないのなら、酸欠で死ぬ。
しかし、3日いても平気なようだ。人も潮が引くように居なくなっていた。
「セイヤ、いつまでコモンの餓鬼んちょにかまってんだ。そろそろいくぞ」
目つきの悪い男が見下ろしてくる。痩せ型で、前のボタンを外した所謂不良ルックスな逆毛だ。
それを茶色く染めている。手には、斧槍を持っていた。腰には、剣。何かの皮で方と足を覆っている。
「そう言うな。人をコモンだとか言うのは、失礼だろ。謝れ」
コモン? 瞬間、殴り倒したい気持ちでいっぱいになった。
(誰が、コモンだ。誰が!)
糞が。嘯く男の金的は、蠱惑的に見えた。
「おお、わりいねえ。女に捨てられたんで可哀想ってか。かまってる暇ぁねえだろうがよ」
捨てられてなどいない。はずだ。
「コモンとは? なんの事でしょう」
魔術が使えたなら、焼き殺していることだろう。
煽ってくる男を放って、セイヤに話しかける。
「ヒロアキが、失礼した。申し訳ない」
質問に答えてくれない。待っていると、女の子が寄ってきて紙の束でもっとも薄い腹をどついた。
ヒロアキは、痛そうに腹を抑える。転移門は、まだ出せない。
ひょっとして、スキルを盗られたとかいう事なのだろうか。
「コモンか。君たちには、どのように見えているのだろうな。俺たちには、君たちの名前から黒塗りのステータスまで見えるようになっている。君のレアリティーは、Cという表示が頭の上に名前と一緒にあるんだ。C、つまりコモンという風にね」
なるほど。コモン。上がアンコモンか。
「SSRのお嬢ちゃんとフレンドになれなかったんだから、意味なくねえか。いつまでもくっちゃべってんなって、日がくれるぞ」
SSR。誰の事であろう。思考が、ぐるぐると渦になってきた。
「SSRって」
「ああ。あの魔術師の子たちだ。キューブを使ってフレンド登録できれば、彼女たちをアバターとして召喚できるんだよ。俺は、戦士系防御タイプだから僧侶系祈祷タイプがいいな。もっとも、魔術師だとしても回復と火力を両立しているのもいるかもしれない。そうなったら、魔術師一択だろう? そして、枠が決まっている。このゲームっぽい世界に来て最初のアナウンス? 神の声? そいつが、友を作れ! だ」
アナウンス? は切ってある。あまりにも、頭の中で響くのだ。
酷い話だ。ユウタに友達などいない。
だとすれば、攻略不能な迷宮ではないか。




