402話 メラノの後
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学校は、地獄だった。
であれば逃げ出すしかない。「食事でもどうだ」と言われても断った。
王子との食事を断るとは、言語道断なのかもしれない。
(いや、どう見ても何かを企んでる顔だった。あれは、やばい)
考えてみても、理由はわかりかねるが代わりにシャルロッテンブルクに同道だ。
「何を考えている」
「ええ」
目の前には、兵隊が隊列を作っていた。つまり言うと、閲兵式だ。
ようやく領地の兵隊が揃ったという。
数にして、五千。城の中には収まりきらなかったので、広場に集合したのだが中々に壮観だ。
アルーシュは、椅子に腰掛けている。
「どうも、領主だと言っても信じられてないようでして」
「誰が、何を信じていないのだ。お前の顔が知られてないのなら、お前の責任ではないのか。私が、証明でもすればよいのか? しょうがないやつだな」
人前で、演説などできるはずがない。戦争が好きか? 戦争が好きだ! などと言えるはずもないのだ。
何故って、戦争は悲惨だ。生存の為に、なんだってやる。
勝つためなら手段を選ばないのだ。
整然と並んでいる兵士は、男ばかりである。
すっと、インベントリからカップを取り出す。注ぐのは、紅茶だ。
「ふん」
次いで、皿の上へ茶色の生地に焦げ茶色の種子を乗せる。目の前に置かれた皿を凝視している。
ぐいっと脇を押された。反対側では、くれくれと手で合図するオデットたちの姿がある。
同じようにして皿を出した。ついてくるのは勝手だが、数が多いではないか。
「お前、これで、うーむ」
白い生地に苺を乗せた皿を用意する。終いには、大皿に大きな円筒形のものを出した。
集ってくる女の子というと、正面の兵隊など気にして居ない様子だ。
「まあ、良かろう。兵数は、少ないようだが働きに期待しよう」
アルーシュは、ちょこんと置かれた石へ向かって歩きだす。
本来ならば、それなりの台座くらい用意すべきなのだが石くらいしかなかった。
段々と置かれた石を登っていく。
「あれ、アル様が喋るのでありますか」
「うん、僕が言っても説得力が無い気がしてね」
「ふーん。でも、自分の兵なのにやらないのでありますか?」
「やるよ。全然しないとは言っていないよ」
顔に生地の欠片をつけた女の子は、赤いマントを翻した幼女を見ている。
「諸君らは」
拡声用の四角い箱を握った。音が、耳にくる。金属をこすったような音だ。
「諸君らには、期待している。君たちが向かう先は、栄光と栄誉が待っている。そうだ。戦争だ。そこではなんでもあり、命のやり取りが待っているだろう。ひょっとしなくとも、簡単に死ぬことだろう。敵も必死だ。槍で刺し、剣で斬りつけ、炎が舞い、氷の柱が空を飛び交う。魔力、気力は十分か? 今回の任務は敵地制圧であるからして、敵も反撃してくるだろう。兵数は五千で大丈夫か? 敵が倍だったらどうする? 飛行船で向かうとしても、数は? 食料だって積んで行かねばならない。と、まあ心配事は全て領主であるユークリウッドにお任せだ」
視線を送ってくる。お辞儀をするしかない。
「戦場に行くのが嫌だという者は、去ってもらって構わん。足手纏いのいる方が、厄介なのでな」
そこで、空中に飛ぶ物体が現れた。何処から。建物からだ。向かっているところを、【穴】が捉えた。
空間魔術でなら、別の場所につながる穴だって安々と作れる。ただ、手元で方陣が浮かんでしまうのが悪目立ちするのだが。しょうがない。
また、アルーシュが目を剥いてくる。警備は、どうなっているという視線だ。
シャルロッテンブルクには、警備兵はいても忠誠を誓った近衛兵のような兵がいない。
群衆に紛れ込んでいると判別が、困難だ。
「とまあ、諸君らの領主は魔術に精通して経済にも明るい。死亡した後の蘇生についても神殿にて、行われる。決して無理をしないように。危ないと思えば退却だ。腰抜けと思われないようにさじ加減が難しいところではあるのだがな。以上を以って、挨拶とする」
お世辞のように拍手が鳴っていた。帰ってくるやいなや、
「お前、私を出汁に使っているんじゃあないだろうな? お?」
手を震わせて、涙目で言うのだ。やばい。
股間が、痛む。何故、そうなるのか。さっぱり理解できないが、鎧の前掛けを押し上げそうだ。
「滅相もない。捉えて事なきを得たじゃありませんか」
「むー。いくらなんでも近づかれ過ぎだ。相手が、必殺の術を持っていたら危なかったぞ。それで、こいつらは何処へ向かうのだ」
浮き板に座らせると、光る門を通り抜ける。
出てきた先は、石畳。
ネロの領地となっているはずのメラノだ。
ただ、人の姿はない。
「ふーむ。迷宮に向かうのではなくて、戦場に向かうでもないとは私はちょっとしたら帰るぞ。夜にまたくる」
骸骨はなくなっているが、人がいなくては町としてはお終いではないか。
人外魔境と化していた町の復興には、時間がかかりそうである。
「ネロは、今どうしているんですか」
「うむ。私の代わりに、いや、ハゲジジイの後釜として教育されているところだな。こんなところで別の野郎にやるのは勿体無い器量だろ。私が上手く使ってやるつもりだとも。その上で、資金の調達やら人の移住など面倒をみてやろうというのだ。WINーWINだろう?」
どう見ても、ネロを使って楽がしたいだけに見える。誰もいなくなった土地の霊脈を感じない。
ひょっとして、死んだ土地になっているのではないだろうか。
骸骨は、土地を破壊していったのか。とんでもない真似だった。
「大丈夫なのかな」
「何が大丈夫か? だと? 奴は、ああ見えてロゥマの後継者とも言われている家柄の出だ。教育は、十分。不足しているのは、情報だ。こればかりは、過去と今では差があるからな」
アルーシュは、デザートに出された青い氷菓子をつついている。通りを骸骨が居たと思われる方へ歩いていく。やっと、人だ。しかし、警備の兵か。険しい表情の男だ。
おかしな物でも見る目だ。
「ここ、どうするんだよ。土地の価値は零だろ」
きょろきょろと空を見て地面を見る幼女は、懐から取り出した箱を弄る。
「まあ、そういう事だ。ここに奴を置いても、宝の持ち腐れというもの。他の貴族たちから、面倒な便器扱いを受ける前に保護していると言ってもいい。もっと、私にお前は感謝すべきだぞ。ええ?」
何故? と思ったが言い分が見当たらない。どうして感謝するべきなのか。
確かに、野郎の仲間はこれ以上欲しくないが。
「はあ」
「これだ。気のないフリして、手遅れになったら全部破壊しそうだものな。お前という奴は、自分では賢いつもりでいるのだろう。けれどもだ」
何が言いたいのか。頭が悪いのは、百も承知である。
電気は、得意だ。しかし、電気を使えるようにしている国は、多い。
異世界人がやってきて改革をしている為だ。
板の上で、オデットとルーシアが座って扇いでいる。いざという時の盾なのか。
「なんとなく想像できることは、手を打っておいた方がいいのではないか。後で、尻を拭く身にもなってほしいものだな」
何の尻だろうか。
「困ったらだんまりになるのも、時と場合によるというのに。しょうがないやつだな。お前らもそう思うだろう? 絶対、こいつロゥマの貴族を皆殺しにしたりするよな」
「で、ありますねえ。間違いないであります。議場、血のバレンタイン! 透けて見えますぜ旦那ぁ」
「どうかなあ。その人だけ暗殺していきそう」
「そうなのかな」
「そうなるわ。お前、そうなった時に責任とれんの? ネロと結婚とか皆が許さねえからな。その気は、無いなんて言うなよ。困ったら、連絡、相談、報告。はい、もう一回言う」
復唱した。謎だ。ネロに恋愛感情など持っていない。幼女であるからして、早すぎる。
ロシナは、11歳か。結婚しているが、早すぎる。
しかも、子供が生まれているとか。贈り物を送ったが、怖くて家へちょっと寄ったくらいだ。
年上の女将軍と上手くやれているのだろうか。
「魔物は、居ないようですね」
「うむ。だが、居たら脅威を感じる敵であろうな。浄化によって、魔物も霊もいない。城も、崩れたままか」
巨大な骨は残っていなかった。かつては、壮大であっただろう城は崩れ落ちて瓦礫はそのままだ。
町を取り囲む石壁もまた波打って壊れていた。
白い壁は、灰色だかなんだかわからない斑模様になっている。
人は、警備兵だけか。冒険者の姿もない。
「ここの復興は、難しいぜ。あの骸骨にやられてた結界器は壊れちまってるし、代わりのもんを用意するにゃあねえ。金がいるしな。あのお嬢ちゃんの城か? 宝物庫は、俺らがいただいちまったし」
金金金。常に、金だ。
確かに金は、いる。どこもかしこも金で。金が、解決する事の方が多いのではないか。
「そう思うなら、返してやっていいんじゃねえの。お前んとこの手下が活躍したのは、知ってるけどよう。あんまだろ」
「はあ? 命がけの仕事だったつーの。んで、ポーションの専売やめろとかいってくるし。踏んだり蹴ったりは、こっちの方だぜ。倒産したらしたで、責任とってくれんならいーけどよ。そうじゃねーだろ。従業員にゃ給料をたっぷり払う義務があんだよ。寝言、言うんじゃねー」
「んだと」
「んだよ。文句あんのかよ。いいよなーお前はさー。レベル上がってるもんな。俺なんかまだ転職すら済んでねえ。上級職にだって行ってねえ。どうすんだよ。俺から錬金術師ギルド取ったら、金はねえ、人もねえ、才能もねえ。ねえねえ尽くしになんだけど。おかしいだろ。俺ばっかり割り食ってんの。なあ、責任とってくれんだろうな? ユークリウッドよぉ」
何処かのチンピラ目線で、おらついている。白目で、話しかけてくるのだ。
顔を掴んで、くすぐってやると鼻水を垂らしながら倒れた。
「中々、エグいことをするな。笑いながら、気絶しているぞ」
アルーシュは、唾を飲み込む。
「でも、メリアちゃんの言うことわかるなあ」
「そうであります」
ふむ、と頷いた。目の隅ですれ違った兵が、筒を構えている。
敵か。敵意を感じなかったが、敵だったのだ。
暗殺者か。前後に囲まれているが、必殺の陣形には程遠い。
眼帯をした幼女と黒髪の幼女が、ナイフとフォークを交差させた。投げた先で、男が倒れる。
2人ずつだ。他には、居なかったのだろうか。
「こいつら、アルストロメリアの兵じゃ、ない、のか」
「いやー。こいつ、笑うわー。気絶しておいてよかったんじゃねえの」
「ほんとであります。ユーウの事を嗤ってる場合じゃないでありますよ」
鉄砲は、脅威だがアルーシュに効いただろうか。接近戦でも、アルーシュに勝てるのはセリアくらいだ。
しかもセリアに勝ち越す。殴り合いでは分がないようだが、スキルを使うとただのワンコにされてしまう。卑怯極まりないスキルを持っている。
稽古であっても戦いたくない相手だ。ユウタは、ユーウと違う。違うと思っている。
(女の子の顔面を容赦なく殴るとか…無理じゃね?)
兵隊をまとめて魔術で焼き殺していて、なんであるが…
女は、軍隊にほぼいない。冒険者ではいるようだが、引退する。
「ユーウも、アルちゃんの身になって考えてあげないと。駄目だよ。安売りは駄目だって言ってたのに、矛盾していると思う」
言い返せない。確かに、安売りは駄目なのだ。
「そうであります。ポーションを製造している人の給料が下がるであります」
「ふむ。日本人ならいざしらず、まさか愚かな真似はするまいな?」
野良のポーション売りを認めるのと繋がっていない気もするのだが、劣勢だ。
「あーわかってねえ振りして逃げようなんて甘えかんな」
魔物が出てきてくれればいいのに、出てこない。逃げ回る魔王は、発見出来ないでいた。
捕まえて、オラァしたい。
「安く売れば、給料も安くせざる得ん。ポーションは、なくなれば冒険者の活動は停滞する。するとどうだ。治安を維持するために冒険者ではなくて、騎士を出さざるえなくなる。となると、軍事力が低下する。すると、隣国に負けかねない。猿でもわかる道理だな」
石畳が割れて真下から押し上げられる。板は、割れなかったようだ。
アイスを使えば、氷漬けの柱が出来上がった。板は、ゆっくり降りてくる。
足元も盛り上がって凍っている。地面に隠れていたような残り物だろう。
桃色をした気色の悪い物体だ。
「むー。経験値は、入ったようだが微妙すぎる。次いくぞ、次」
空の彼方から雲のような物が伸びてくるのが見えた。
魔物の気配を探れればいいのだが、気配察知にかからなかった。
謎だ。相手が、死んだふりを使っていたのかもしれない。
次も行きたそうだ。




