400話 望み
全ての人間を救う、という問いに
「皆、殺してしまえばいいのです」
金の鱗を全身に生やした女は、答えた。1人も生きていない。
「霊体を回収して、一箇所に閉じ込めます」
白い羽毛に包まれた黒い角の女は、答えた。地獄だ。
「生きたまま石に変えましょう。一箇所に集めれば、リソースが空きます」
とんがり石を生やす女は、答えた。何処かで聞いた話だ。
「家畜にしてしまえばいい。考えさせるから苦悩がある」
銀色に輝く毛並みの女は、答えた。人を救うどころか家畜ときた。
「そのまま、繭の中で夢を見させます」
葉っぱを髪の先に生やす女は、答えた。何処かで聞いた話だ。
「水にしてしまえばいいのです」
身体が金色の液体に変状する女は、答えた。人ではない。
「草にしましょう。生命の循環です」
金の羽毛を刈られる女は、答えた。仕返しか。
「人は、邪悪なれば救いようもない」
金の毛並みに九つの尻尾を生やす女は、答えた。諦めていた。
「不死を与えましょう。人の命を無限にして」
黒い翼の生えた女は、犬歯をむき出しにする。生ける屍にする気だ。
「時を止めましょう。永遠の時を」
耳の長い女は、答えた。
どれもこれも救いがない。
最後に、
「良い事をしたら褒めてやればいいのだ。自由のままでよいのだ」
白い翼を数多にした女は、答えた。最初の亀裂、最初からの亀裂だった。
◆
茶色の扉がある。
廊下には、付いてきた女が2人。
「おい、なんで入んねーんだよ」
「一緒に学校に行こうって、言うだけじゃねえか」
びびってんのか、とは言われない。だが、びびっている。びびる必要など何処にもないはず。
だが、足が全く動かなくなってしまった。
扉から、人が出てこないのかと見ているのだが。
中の気配が探れないでいた。気も魔力もまるで感じ取れないのだ。
「しょうがねえなあ」
有るき出そうとしたアルストロメリアの額をびしっと弾く。
「ごぉううううぉうううう」
地面に倒れ込んでごろごろと転げ回る。どれほど痛いのかわからないが、あまりの転げぶりに回復の術を飛ばす。
「おま、どんだけ力、入れすぎじゃね。大丈夫かよ」
「あ、あふうう、ふう、ふう。あ、頭が割れるかと思ったぜ」
半眼になったエリアスは、アルストロメリアの背をさすっている。
耳は、全神経を扉の方へと向けていた。
「もし」
足音もなく、背後から声がした。振り返らなくとも、声でわかる。メイド姿の女であろう。
すっと、頭を向けると見下ろしてくる女がいた。名前は、桜火。
ただのメイドでない事は、承知している。
「ご機嫌よう桜火さま」
「どうかなさいましたか」
「おっ、良いところに来たじゃん。ユークリウッドの野郎、居るかい」
じくっと疼いた。何が疼いたかというと、エリアスの顔面を掴んで壁に叩きつけたいという気持ちだ。
大いなる甘美な手応えを得るだろう。ただ、一瞬の快楽で全てを失うわけにはいかない。
加えて、エリアスは一応、友達である。
桜火は視線を動かすと、
「ご主人様は、学校に行っておられるようですよ」
笑みを浮かべた。背筋に訳もなく悪寒が走る。何故か。
「ぷっ、何の冗談だよそれ。あの野郎、ヘルトムーアを攻撃しろっての、もう忘れたのかよ」
エリアスは、ユークリウッドの焚付役を仰せつかっているようだ。穴に火がつくのかそれとも棒が突っ込まれるのかしれないが、ちょっとだけ可哀想な気がしてくる。
エリアスに対するアルーシュの当たり方が、時と共に過激になっているようで。
「学校へ行きましょう」
「誰もいないなら、中に入ってみねえ?」
「パンツを盗み出そうってんならやらねーぞ」
「ちょっと、お待ちなさい」
頭が、真っ赤な火鉢になったかのようだ。なんと羨ましい。いや、口に出しては言えない。
「なんだよ。パンツなら、もうねーぞ。取り上げられちまった」
「おめーまさか、欲しいとか言うんじゃねーだろうな。待て待て、わかった。この話は無し。無しにしようぜ」
なぜ、無しだというのだ。
「誰に取り上げられたのですか」
「いや、ちょっと桜火さん、止めて、くるじい」
手を握られた。自然に、エリアスの襟を掴んで締め上げていた。よだれを垂らす様は、みっともない。
「そこまでにしておきましょう。私も室内の清掃がありますので」
会釈をして、止めるまもないという。
中を覗きたかったのだが、さっと入って扉は閉まってしまった。
居ない間にアルストロメリアとエリアスは入ったのだろうか。
忍びスキルは持っていなかったはず。おかしい。どうやって、入ったというのだろう。
「話がそれてしまいましたが、行く道で聞かせてもらいましょうか」
「良いけど、こいつの場合は金だぞ」
「ちげえ、研究だっつーの。おかしいだろ。あの魔力、霊力も使えて正負自在ってありえねえ。つか、あれが神だって言うんならそうなのかねえって信じざるえねえレベルだぜ。なんで、誰も研究しようとしないのかってまあアル様が禁じてるんだよな。でも、研究したくなるんだよ。お前らみたいな魔力霊力持ちにゃわからんだろーけど」
わかるわけがない。そもそも、フィナルにしても霊力が高いとは思っていない。
普通かそれ以下だった。だが、修行でどこまでも伸びて行くかというと疑問符がつく。
|現<うつつ>に、フィナル以上の蘇生術者はいない。代理を出しても、干からびて死にかけてという。
追いかけるべく光の門と呼称する術を使う。
一応、家から出てすぐに眩しい壁のような何かが出現した。
「ちょっと待て、着替えていかないのかよ」
「換装すりゃいいだろ。そんくらい、あー、まだだっけ、おめえレベルが低いくせにやたら強気だからなー」
「うっせえー。ずりーだろ、ずっと黙ってやがっていつか見てろ」
いつかは、いつかで仕方なく門の外に待機している馬車へと向かう。
1人の御者が寄ってくる。そのまま滑るようにして、膝をつき頭を垂れた。
「ひ、姫様。どのようなご用向きでしょう」
「馬車を使いたいのです。よろしいですか」
「ははーー」
逃げるようにして、1人の男が離れていく。頭を垂れていた男というと、動きがぎこちない。
妹の使っている馬車の御者だったかもしれない。
「おいおい。なんか、めっちゃびびってねえ?」
「いや、びびるだろ。いきなり天下の女教皇様が現れたんだぜ。そりゃもう、ちびるわ」
人が集まってくると動けない。なので、普段はぞろぞろと護衛をつけることもない。
聖堂騎士は、腕が立つとはいってもセリアに比べれば蚊蜻蛉のようなものだ。
中には、良い動きをするものも居るが。
「置いてくなよ」
中に入って、学生服に着替えようというのだろう。素知らぬ顔で、立ち去るのも一興。
だが、エリアスに厳しい口を叩かれる事になる。一刻も早く教室へと向かわねばならない。
鏡を出すべきか迷った。また取り巻きの兵がうろついても目障りで。
「なあ、パンツはどうするよ」
「なんの話ですの。パンツは何処へ行ったのですか」
「いやー、アルーシュさまがなー」
そんな話は聞いていない。
「わー悪かったって、そんな三途の川を渡るような顔すんな。鼻と唇から血が出てんぞ」
ポケットから布を取り出すと、さっとひと拭き。三途の川は、見たことがあるものの亡者のような顔をしたというのか。手鏡を鞄から取り出す。いつもの顔だ。フィナルは、赤くなった顔を見つけた。いつも赤いわけではない。
エリアスの方が整っている。顔は。やはり、顔なのだろうか。若干の垂れ目で、気が弱そうだ。
「おまたせ。しょうがねーじゃん。アルさま相手じゃよー分がねーよ」
歩きだす。門には、兵が控えていて周囲には歩哨が3人一組で闊歩している。
戦場に出ていない兵は、基本的に警察までやっていた。テロを警戒しているのであろう。
それでも、会釈だけで入れる。
「顔が売れてるってのはいいのかねえ」
「良し悪しでしょう」
顔が売れていると、良い事も悪い事もある。
「おめーくらい売れると、あれだろ。貢物とか持ってくる奴とかいるんじゃねーの」
別段、必要なものはない。いや、あるにはある。だが……いったい誰が用意できるというのだ。
ソレ以外に欲しいものなどないので、基本的に神殿が持っていく。女神教の教会は、清貧を謳っていないので結婚もすれば引退だ。祈りを捧げる像は、小さな物が神殿に転がっている事がある。それを拾って使うのが常だ。
本来の神官たちでは、小さな結界しか作れない。
ユークリウッドの作り出した結界がなければ耕作地を維持できない。だが、誰もユークリウッドが作って維持しているなど知らない。アルたちが維持している事になっている。結界があるおかげで、魔物が出ない。出ないから、食料が作れる。
(必ず手に入れる…)
王家に忠誠を誓い、貢物を持って或いは兵となって戦う理由だ。
アルたちは、当然だと思っている。ユークリウッドが、自分のものだと。
(欲しいものがありますか? ですって?)
引き裂き、ぶちまけたい。そんな衝動に襲われるのは一度や二度ではなかった。
(決して、手に入らない。手に入れられないもの…)
容易ではないから、なお一層の事。欲しい。是非もなく欲しい。
(アルル様は、どうにかなるとしても。あと2人)
力では、駄目なのだ。力ずくでは、勝てない相手だ。何しろ、神族だ。
持っている神力というのは、人のそれと全くの別次元にある。
「おーい」
「なんですか」
頬を突っついていた。
「気がついたのかよ。だんまりこきやがって、もうついたぞ」
最近は、デブとも言われなくなった。言えば、処女膜貫通してえぐりだすくらいの反撃をするが。
見ても、下駄箱が何処だかわからないでいる。
「おめーのは、あったここだ。だいぶ来てねえとか?」
「そんな事はありません」
「あー、先導する奴がいるんだっけな」
常に、メイドが張り付いていたりするので光の門か泉を使うのは気楽でいい。
「なあなあ。ユークリウッドの奴にさ、ポーションの販売を認めろって言われてんだけどさ。ちっと厳しいんだよね」
「いきなり、なんですの」
実のところ、ポーションは神殿もいかほどにか絡んでいるので難しい問題だった。
余人なら。
「いや、だって今しかなくねーかなって」
教室へと歩こうとしているというのに、人が多い。しかし、割れた。左右に別れてできた床を歩く。
ユークリウッドの教室は一番遠い位置にある。
「何処へ行くんだよ」
特別な計らいによって、何故だか一番上のクラスに在籍している。だが、どうでもいいのではないか。
「何処へ行こうとも自由でしょう」
「あー、なるほどな。でも、いいのかよ。ルールだろ」
「うーん。でもおかしいって思う奴らが出てくるんじゃ」
「それの何が問題ですの」
先へと進むに、違和感を感じた。何の違和感だか知れないが。真っ赤な絨毯だ。真ん中に。
金がないのであろう。金金と、アルストロメリアといえば金欠だ。
事情は、わかるが兵器に金を注ぎ込んでいるのも知っている。
馬鹿みたいに巨大なゴーレム製造についての書簡を思い出す。なるほど、竜や巨人、魔族といった天敵とも言える強敵をどうにかしようとしているのだろう。わからなくもないが、そもそも勝ちうるのか。
「ポーションの販売については、新薬の開発に投資をいたしましょう。それで、如何ですか」
「さすが、わかるねえ。なんつーか、ギブアンドテイクつーの野郎にも教えてやってくれよ」
しかし、ギブアンドテイクは成り立たないのであった。当然の見返りをユークリウッドが請求したらどうなるのか。結界については、知識として知っていても深くは知らないのであろう。
エリアスは、こっそりと反対側から手を合わせてきている。
ユークリウッドに呟くと火山が噴火しそうだ。セーラだかセリスだかという新しい女がからんでいるらしい。可哀想な話であるから、最早ユークリウッドは聞く耳を持つまい。
「よろしくってよ」
苦言など、するわけがないのであった。
「あ、はっはっは。メリア、おめー、やめとけって。あいつの事を知りすぎるとな」
首のしたで手を横へと移動させた。
「死ぬってか。上等じゃねーか。知らねえより、知って死にたくねえ」
「どっちだよ。もう」
教室を発見した。一番奥に位置していて、入り口には人でびっしりという状態だ。
何が起きたのか。入り口にいる人間は大人から学生までとばらばらである。
真紅の終端には、机があって目当ての男が団扇をひらひらと動かしていた。
「扇子をぶっ壊すなよ」
手から音がしたと思ったら、手の中で塵芥ができていた。
「ふん。何かきたぞ。マッサージも頼む」
「姉上、私がやりましょう」
「お、お前はいいんだが。あ、いた、痛いって。こら、強すぎる。ぐああああ」
いい気味であるが、何故いるのか。王子は、玉座にいればいいものを。
「お前ら、立ってないで入りたければ入っていいぞ」
「ええっと、元のクラスのやつらってどうするんですか」
「ふっ、隣に移動だ」
無理やり権力を使ったのであろう。無駄な権力の行使である。権威などと日頃馬鹿にしているエリアスは目の玉を丸くしていた。
「そんな、無茶苦茶な」
今に始まった事ではないが、滅多に出てこない王子が学校で暴れまわるというのはどうなのだろう。
先手を取られたが、ここからだ。
必ず勝つ。
「お前さ。思うんだけど」
ユークリウッドの席がど真ん中へと移動させられる。何故? と言う顔をしている。
抱きつきたいが、裏拳をもらって転がされるだろう。
「にこにこ顔なのに鼻血って、どうなの」
余計なお世話である。




