399話 牛さん
【変身】ではない。
肉の痙攣が終われば、元の姿だ。敵兵の頭を叩き割ると、任務完了である。
モニカの仕事は、王都に侵入しようとする雑魚を選別する事だった。
(つまんないな)
修行しているはずなのに、何時の間にか戦場に出てきていた。
男は、弱かった。見た限り、人間では中といったところだろう。
橋を真っ直ぐに渡ってきた決断は、潔さを感じさせた。
(銃とか使ってくるし、魔術は下手くそださいし)
モニカにとって敵は、強ければ強いほど良い。牛の国を取り戻すのだ。
その為の武者修行である。そも、アルカディア王国にあっては牛人の地位は奴隷並。
顔面には、貼り付けたくて笑顔を貼り付けている訳ではないのである。
(ああ。今日も、20。20くらいかな。それとも、もっとかな)
戦場が、これほどに経験値として美味しいとは気が付かなかった。
業が溜まるとも言うけれど、善行で相殺すればいい。
グァグァという音がした。
鳥の獣人で、オルガという雌である。飛行の速度たるや音の壁を突破するほどだ。
町を囲む壁を見れば、白髪の男がぶら下げられていた。
レベルがないのなら、白い壁に黒い点に見えるだろう。
(あんなの飾ったって、敵は英雄を送ってこないと思うけど)
各地の城に潜入しては、敵の貴族を文字通り叩き潰していた。
貴族には、必ず護衛がいて腕が立つ。という話だが、モニカはセリアほどに強い相手に出会った事がない。ユークリウッドと戦わせて欲しいのだが、セリアが許さないのだ。
(んんー。北と南から来るとか? これ、ゾンビになるまで時間がかかりそうだし)
地面へ白い鳥が降りてくる。といっても、足は長いし鳥のようであるとしか言いようがない。
背中に乗って移動することはできなかった。面積が狭いためだ。
足に掴まって、移動する事になる。飛空船が欲しい。
鳥の腹には、矢が刺さっていた。毒が塗られていないとも限らない。
「駄目だね。治療しないと」
顔だけが、元に戻って萎んでいく。鳥の顔色は、悪い。下利でも起こしたように腹を押さえていた。
【治癒】これで、大抵は治る。
「助かる」
「君が死んだら、僕が怒られるんだよ。困るよほんと」
「面目もない」
これで、実直なのだ。鳥の獣人というのは、実に珍しく貴重だ。何しろ、東の山かヘルトムーアの山くらいにしか居ないという。獣人を奴隷にして売り飛ばしているというのだから、手加減する理由がなかった。セリアは、人間の捕虜を滅多に取らない。基本的に武器を奪って、返すか殺すかの2択である。
オルガと歳の頃は、同じで身長は若干高い。治癒の術が効いたのか、すっと立ち上がった。
「帰還するか?」
「物足りないね。これじゃあ、戦ってくれるかわからないよ」
ぎりりと奥歯が軋んだ。
「そんなにも、戦いたいのか? 私にはわからない」
「戦いたいね。だって、戦車の火炎放射器にだって耐えられるようになったんだよ? やらない理由はどこにもないじゃん」
そうだ。戦いだ。強くなければ、何も守れない。金だって手に入らない。
「争いは、新たな争いを産むというが」
「ふふふ。それは、さ。完全に弱者の発想なんだよ。そう、殺しちゃえばいいんだよ。敵は、全て、ね」
視界を覆うような炎を放つ敵も、身体がバラバラになるような爆風も、今や克服した。
地面を踏んだだけで爆発して、足が吹っ飛ぶ事もなくなった。
レベルだ。レベルが絶対の指針になる。スキルだって、レベルと関係がある。
「人間は、凄まじい勢いで繁殖する。我々では勝てない」
「それは、君が鷲系だからでしょ。他だって、鍛えればどうにかなるって」
「そういうものか」
肩を掴まれて、飛び立つ。ふさふさとした毛が顔に当たった。
【変態】による能力の上昇は、著しい。あまり頻繁にしているものだから、一部が戻らなくなったりしている。背中の毛が濃くなったり、角がやけに伸びたりと。
「北から、50ほどだな」
渡る場所が無いとはいえ、魔術で渡れるようにすることは不可能ではない。
ミチミチと肉が盛り上がる。戦うにあたって、牛へと姿を変えるように言われているためだ。
上空を通過するに迎撃はない。
【強化】【豪打】【粉砕】両の手に持った鉄球が伸びる。落ちた先にいた人間を踏み潰す。
間髪入れずに振り回される鎖で、どれほど捕えるだろうか。
炎が飛来するも、熱を感じなかった。
「嗚呼嗚呼あっ」
悲鳴と怒号とで、綯い交ぜになる。鎖は特別な代物だ。容易には切れないだろう。
手応えから察するに、レベルは十分。2、3は当たりがいただろうか。
セリアが使う焼き尽くすような炎でもなく、全身が凍りつくような冷気もこない。
ぐいっと引けば、赤い雨が振ってきた。引っかかった相手の上半身が、まとめて飛んだ。
避けた人間は、と。零であった。怒りしか湧いてこない。
弱い敵では、強く成れないからだ。これでは、迷宮に入って深層へと向かった方が効率がいいのではないのか。
当たり外れはあるものの、本日は特段の外れだった。
(避けて、矢か槍か剣でも魔術でも放ってきてくれないと)
滾ってこない。敵が死んでいるのなら、追撃は無用だろう。死んだふりでも同じだ。
魔術を受けて死ぬかもしれないが。
上空から、オルガが降りてくる。また肩を掴まれた。
(今度は、0だった。どういう事なの)
いくらなんでも、舐められすぎではないか。もっと、敵の城へ潜入するべきかもしれない。
或いは、冒険者ギルドを襲ってみるとか。各町には、民間の冒険者が戦争に加わらずにのほほんとしているとか。ミッドガルドならば、出撃を要求されるだろうに。
グァグァと鷲頭の喉が音を出す。不愉快だった。
処理を終えて、戻ってみれば壁の爺が椅子にくくりつけられている。
噴水があっただろう町の広場。銅像は、砕かれたのか何もない。銅像は、巨大だっただろうに。
「休憩したい」
「ここが休憩なんだけど」
ごろごろと転がるのは、神殿の女の子だ。白いローブが穴だらけで、白よりも赤で染め上げられている。
気合入り過ぎだった。
「あの女の子は、毎日毎日なぜくる」
「戦いたいんじゃないかな」
よく続くものだと、感心している。獣人でもないのに、セリアと殴り合いをしてみせるのだ。
もっとも、一方的に殴られているので勝負になっていない。
拳士としての才能は、あまりないようである。努力が、明後日の方向へと向いているような気がしていた。
「フィナル、だっけ」
「そうだよ。いい加減、人の名前を覚えようよ」
オルガは、人の名前を覚えられない。まず、次の日には忘れているレベルであった。
鳥の獣人でも、くっそ弱かった上に頭が足りていない。
なんて、モニカと組んでいるかというとモニカが遅いせいだった。
「彼女は、なぜ戦う」
「さあ」
言ったところで、明日には忘れているだろう。
モニカが推察するに、何らかの理由があってユークリウッドと関係しているに違いない。
だが、セリアと格闘戦で勝つのは神に勝つ事に等しい所業だ。
1秒で沈む事はなくなっているが、ガードした腕が何処かへ消えてしまっている。
腹に穴が空いている事だって、珍しいことではない。
「普通、死んでいる」
「だよねー。普通じゃないからねえ」
腹が、1秒以内に元通りになる。驚異的な再生だ。モニカだって、腹に穴が開けば死ぬだろう。
出血で死ぬ様子がない。【増血】のスキルを使っているのか。不明だが、死なない。
どうして、死なないのか。謎である。
(うーん。やっぱ、これは、あれなのかな)
普通は、諦めている。モニカがセリアと引き合わせられてからずっと、敗北しているのだ。
いつ、諦めるのか。諦めるのを諦めているとも思えた。
「彼女は、人間だ。無理だと思わないのか」
「無理を通すのも、不可能を可能にするのも」
愛か。ぞわっとした。
愛などという不思議なものを教会の人間は説くが、まさにそうだとしか思えない。
執着は、愛憎がもたらすものだとか。
モニカは、読書を好む。武器を良くするには、先人の知恵というものは役に立つ。
それに当てはめれば、フィナルは人間の中にあっては可愛いらしいようだ。
つまるところ、別にユークリウッドに執着する必要は無さそうであった。
「のも?」
「なんだろうね。無理なものは無理なんだけどね」
やおら、崩れるようにして地面に真っ赤な腰巻きだけの女が倒れた。
2人の女の子が駆け寄る。友達のエリアスとアルストロメリアだ。
錬金術師と魔術師で、接近戦にはとてもではないが向いていない。
「人間は、わからないな」
「ほんとだね」
諦めの悪さとか。執着の強さというのは、異次元にある。
とてもではないが、セリアと戦って心が折れない自信がない。
戦いになってないのなら尚の事だ。
「おい、しっかりしろ」
「こいつは、やべーな。大丈夫なのかよ」
「まあ、毎日なんだけどな」
引きずられていく。
「ふっ。私は、暇ではない。いい加減にしろ」
「つっても、こいつに言ってくれよ。いくらなんでも朝から戦いっぱなしって、どうかしてるぜ」
セリアは、こめかみを押さえた。尻尾は、地面を叩いているが機嫌は悪く無さそうである。
白銀の鎧に身を包んで、武器は持っていない。
「ふっ、正直にいって耐えているだけだ。つまらん。時間だけが、過ぎてしまったぞ」
「たくよー。レベル上げてからのが良いつってんのに聞かねえし」
「なら、止めておけ。もっとも、1日戦わなければそれ以上に差が出来ていくがな」
「せめて、有効な対策をしてからだなあ」
それは、そうだった。セリアにまともに打撃を入れられなければ戦いにならない。
モニカやミミー、ミーシャなら当てられるが、弓を使われた時は手も足もでない。
一方的に弓で矢を射掛けられるのだ。
「モニカ、明日からお前が相手をしろ」
「やです」
「ふっ、命令だぞ」
「やなっものはやです」
「おのれ…オルガでは負けそうだな」
顎に手を添える。3人組は、光の中に消えていった。転移の術が使えるようだ。
格闘だけなら、フィナルにだって負けはしないだろう。
ただ、泥仕合になりそうである。互いに回復が使えるだけに。
「奪還しにくる連中の気配もない。さて、どうするか」
日が上がり始めている。学校の始業には間に合わないだろう。
「王は、放置しておくんですか?」
「いっこうに構わん。取り返されれば、それはそれで楽しめる」
セリアは、座った目の下で口の端を釣り上げた。また、餌が釣れると思っているらしい。
既に、各地のめぼしい城は襲撃をかけてレベルの高い人間は始末済みだ。
隠れている実力者がいるのなら、ぜひともに倒したい。
獣人のセリアに従う人間が少ないのは、実に好都合であった。降伏されるのが、困る状態なのだ。
一応、ミッドガルドの騎士であるから降伏されれば受け入れを打診しなくてはならないのだ。
「あの王の口は、塞がれているのはなぜ?」
鳥のもっともな疑問だ。セリアは、破壊しまくれるが救う事はしないしできない。
「しっ」
「ふむ。こいつには、教えていなかったか」
銀の髪の下で三角になる目は、瞳孔が縦に伸びた。見ただけで、恐怖する者もいる。
狂気を帯びていた。
どうして、こうなったのか。黒の森にて出会った頃は、そうでなかったはずだ。
ウォルフガルドが蹂躙されてから、人間を殺しまくるようになっている。
そんな気がしていた。
「殺したいからに決まっている。人間を殺せば、経験値が入ってくる。さらに、ゾンビにして殺せばまた経験値が入ってくる。ゾンビを始末する際に、業がマイナスからプラスに転じる。良い事ずくめだ。レベルは上がるし、スキルも磨かれる。闇に対する耐性も上がるので、影の術で気がおかしくなることも少なくなる。そうだ。戦争なのだ。遊びではない。悠長にくっちゃべっているのも、間を保つためだと知れ」
影の術は、永く使う者は少ない。影は闇の一部だからだ。獣王が、闇属性を得意というのも稀である。
「こいつらは、放置して」
「水とか食べ物は用意しとかないと駄目ですよ」
「む」
狼な女の子は、ゆらゆらと目を泳がせた。
「服だって、替えて上げないと」
四つん這いになって寝ていた白毛のミーシャを抱きかかえると、セリアは影の中に入っていく。
面倒だから、押し付ける気だ。額には、汗を浮かべていた。
「やるのか?」
「やらないと、人間は餓死しちゃうよ」
変わらないのは、極度の面倒くさがりという。部屋も散らかり放題である。




