398話 戦士
戦士だ。
戦士がいる。
勇猛果敢な。
「隊長。敵は、どんな奴なんですか? 噂じゃあ、身の丈5尺だとか」
あながち嘘ではない。敵は、
「そうだ。巨人族に匹敵する腕力と猿よりもなお素早い速力を持ち、我らの軍団を壊滅においやる悪魔のような敵だ」
「へっ、で、その獣人てのは、彼処ですかい」
簡素な赤と黒の装束を纏った男は、遠くを見る。そこには、朝日が差す王都があった。
いや、今では王が捕らわれているという都か。
崩れ落ちた城の壁で、廃都というべきだろう。
今や、そこに居るのは囚われの王と王族。そして、
「入った者で、五体満足に出られた者はいない。ことごとくが、屍になり、ゾンビとして処理されているようだ」
進むにしろ、退くにしろ後がない。
戦士は、もはや500程しか集まらなかった。精鋭で言うなら、10もいない。
名だたる英雄、英傑は何処に? わかっている。死体となって、平原をうろついていただろう。
だろうというのは、全て敵の経験値にされてしまったようで。
「死体すらないってのはねえ。で、どうすんですかい。ここに集まった連中、餓鬼も餓鬼。一矢報いようって、集まったにしちゃあ」
「わかっている」
夜の帳は、敵に味方をする。昔ながらに、剣を片手に盾を構えて肉薄するしか脳がないとは。
王国の飛行船は、すでに空を飛んでいない。何処にもない。それこそ、工場の中にすらないのだ。
材料も燃やされて、関わっていた工員ときたら念入りに肉にされていた。
蘇生しようにも、原型すら止めていないのだ。そして、蘇生する神官も1人だけしかいないとか。
まったく絶望的だった。いや、絶望しかない敵だ。脳がある敵というのは、戦えるのか?
無理だ。全くもって無理だ。
「王都は、一望して平野にありますからな。えぐれた崖と城壁のお陰で、忍び込むのも難儀。敵には、城壁を超えればわかるようですしなあ」
「城壁とも限らんのだろうよ。飛行船を礫で落とすような奴だ。つまり、我々がのこのこと歩いていけば的になる」
ともあれ、歩くしかない。待っていたところで、王は取り戻せない。
冬の寒さが来る前に、体制を整えなければヘルトムーア王国は終わる。
文字通り、空中分解するところだ。いや、しかかっていると行っていいだろう。
「敵さんは、どうやって王都まで戻ったんですかねえ。掻き消えたとか言われても」
護衛の兵は、悉く事切れていた。王がいない。王の座があっただけだとか。
想像の埒外ではないか。冷や飯食いだった町の兵士だったから残っていただけのような男には、聞いてもそんなものかと思うだけで。ピンとこない。
魔術でも使ったか。そんなところであるが、御伽噺のような気がしてくる。
「そういう相手なんだろうさ。俺らが全滅して、王を取り返せなくても上の連中は別の手を考えればいい。くらいにしか考えてやしない」
「じゃあ、なんで来たんですか」
そうだ。なんで、来た。なんてことはない。金がないからだ。租税は、ますます厳しさを増すし。
金を払うだけの余裕が、なかったからだ。絞りとるかのように、貴族たちは税をあげている。
兵士の遺族に払う金がない、と言われれば納得するか。いや、しないなんていえないではないか。
「そりゃあ、義務だろ。兵隊の」
「そんで500。せめて、1万でしょうよ」
後ろには、50人といるかいないかだ。逃げたのと、兵を分散させているのとで少ない。
逃げたって、誰も文句を言う人間はいないだろう。ただ、逃げてどうするのか。
山賊か? 敵が見逃してくれるならそれも有りだろうが。
「土竜になったって、敵は見逃さないそうだ。もっとも、あの崖を下まで降りていかないといけないらしいがな」
何もないが、朝日が差してきて影ができる。西から歩いてきて、東から太陽だ。
赤い太陽が眩しい。近寄ってどうする。敵は、戦車からの砲撃すら生身で真似てみせるのだ。
骨が散乱している。大小の穴は、耕作不能な傷になってみえた。
「つか。あれは」
進むにつれて、わかってきた事がある。事実と伝聞は、違うという事だ。
かつて、肥沃な大地が広がっていただろう平原。無惨な姿になっていた。
「なんだ、あれは」
崖が、大河のように平原にできていた。出現したというべきか。遠くからでは小さく見えたものが、巨大だという。
「帰りますか」
「同意したいところだが、な」
後ろの兵は、40人を切っているように見えた。遷都先の海辺の町を出た時は、500名いたはず。
いまや、分散させただけでない兵がいなくなっていた。
それは、そうだろう。レベルは持つ兵であっても、不可能なものを見たら。逃げたくもなるというものだ。
魔物には、出くわさなかった。もしも、魔物に出くわしていたらただでは済まなかっただろう。
「結果、これだけの情報ではな」
「だって、吊橋が見えますよね」
「ああ」
一箇所だけ、崖に木製の橋ができていた。なんという悪魔の罠。まるで、渡れといわんばかりだ。
よく見れば、風でゆれている。揺れているだけでも、恐ろしい。風も吹いている。
際を歩いて、落ちようものなら助からないと確信できるほど深い。
朝日が差しているのに、底が見えないのだ。そして、端も見えない。山をえぐっているようにして南北へと広がっていた。飛行船が、再び建造できるようになるまで軍としての攻略は不可能に思える。そうして、隣にいる男へと顔を向けた。細い目だ。開いているのか、わかりゃしない。
反対側の男は、疲れきった目をしていた。帰ろう、帰ろうと訴えているようだ。
今にも泣き出しそうですらある。だいたい、そんな感じの兵ばかりで杖をついたり銃を支えにしたりであった。
「よし、俺がわたろう。3人、頼む」
「なんで、3人なんですか」
「1人目がやられたら、進む奴と戻る奴だ。だから3人だな。飛行の術が使えるような奴は?」
誰も手をあげなかった。渡るのも、無理に思える。城壁から、見ているような気がするのだ。
壁から、見えない位置ではない。戦車だって、崖まで持ってくれば主砲が届く位置である。
何時の間に、崖が出来たのか知らないが、橋が1つ。
(通ってこいと言わんばかりだ。だが、渡らずに向こうにはいけない。つまり、死にに来いと言っているのか)
考えるに、橋は荒縄で出来ているようだ。手にちくちくと刺さる。レベルがあっても刺さるということは、十分な強度があるように思えた。
罠だ。見れば、左右の男たちも、背後の男たちも際から橋から離れている。
「渡れば、死。渡らなくとも、死か」
「どう見たって、落とされるんでしょうよ」
背後から、敵が襲ってこないとも限らない。今、この瞬間にも。武器といえば、手にした槍と盾。
味方の数は、40を切った。レベルを持っている者は? 数えるほどか。武器は、魔言、聖呪を刻まれている弾丸さえあればよかった。そういう戦争、そういう戦いになっていたのだ。
だが、違った。違う事を思い出させられたのだ。一騎当千の戦士には、何人といえど太刀打ちできないと。ゆえに、ヘルトムーア王国は滅びる。勇者だなんだとおだてられたものの、生きて帰れなければなんだというのだ。
握る槍は、朝日で輝きを放っている。魔物を倒したのは、出立した前後だけだ。近づくにつれて会わなくなった。勘が鈍っている? いや、自棄になっているのだ。
「行くぞ!」
「隊長、本気かよ」
盾を背負い、槍をくくりつけた。むしろ、落ちて死ぬ確率が高い気がしてくる。
木は、腐っていないようだった。真新しいような。
「隊長、慎重にいかねえと」
「わかっている。崖下に落ちて死ぬ気はないからな」
空を飛べる魔獣は、過去のものになっていたから軍用の数も少なかった。
冒険者から提供を求めても、愛騎をむざむざと死に差し出すものはいない。
仮に、当事者だったとしても差し出さないだろう。
耳を撃つような風の音がして、気が気でない。
(これで、敵が来たら一貫の終わりだ)
綱を斬られるだけで、部隊は全滅である。
しかし、敵の姿はない。後ろを見れば、5人ほどわたっている。
(馬鹿な)
敵は、いないのか。体力を一気に持っていかれた気がしてくる。足が震えていた。
飯を食べたいところだが、敵が何時やってくるともしれないのだ。
銅鑼を鳴らしたような音と地面から風が吹き付けてきたのは、同時だった。
壁を見ようとしたところで、岩がちょうどあったのだ。ふっとばされなかっただけ、良しか。
【粉砕】
(なに!?)
敵かと思っていたのが、幸いだった。やはり、というべきか。巨大な刃を受け流す。
長柄の武器だ。間合いが、遠い。篭手に当って、吹っ飛んでいかなかったのは運だろう。
運。見つからなかったのも運?
槍を取ろうとしていると、追撃はこない。味方はというと、動かないでいた。
「敵だぞ!」
「敵?」
そこには、赤黒い色をした牛がいた。牛というには語弊がある。手がある。
茶色をした髪の毛が残っているから、獣人なのだろうが。
筋肉で、首が埋まっている。筋骨隆々といった風情だ。斧が小さくみえた。
動かないでいる。何故、止まっているのか。致命的な隙だというのに。
息を吐き出す。槍を手に持つ。槍よりもハルバードの方が長そうに思えた。
武器で負けている。
「シィ」
先手必勝。幸先に、【貫通】を乗せて放つ。高名な武器でもなんでもないのが、悲しい。
敵は、普通ではない。どこから飛んできたのかという感じだ。
飛んできた。どこから? 城壁からだろう。上を影が通過した。
槍は、火花を散らして流される。流れるように、動きを加速させて放つ。
敵に攻撃されれば、一刀にて切り伏せられる気がしていた。
受けさせれば、いける。刺さったところで、致命傷を与えられないかもしれない。
「隊長!」
わかっている。肉の鎧に生半可な攻撃は、効きそうもないと。
相手は、受けずに槍を3合目で破壊しにかかった。掴まれるなど、誰が予想しただろう。
放したものの、返すようにして殴られると意識が飛びそうになった。
「隊長ぉーーー!」
叫びながら近寄ってくるのか。流れる時が止まったかのようだ。
牛は、見下ろしながら蹴りを放ってきた。肋が折れたようだ。腹には、槍が刺さった。
なんて、隙のない追撃だ。
ミノタウロスとは訳が違う。容赦も隙もなかった。獣人が、これほどの戦闘力を持っているのなら攻め込むべきではなかったのだ。しかも、本命の狼型とは会えずじまい。
殺されるのか。殺されるのだろう。
2人、3人とかかっていくものの。もう、紙でも切るようにして鎧を着た兵が倒されていく。
引き起こされた。誰に? 味方の男だ。左右にいたのは、何処だ。
死体だ。地面に横たわって、首が恨めしげに空を向いていた。
「まだだ」
「帰りましょう」
「逃げろ。この傷だ。助からんよ」
若い男だ。橋をわたってこれだのは、20か。向こう岸をみれば、白い翼の生えた何かが兵に近づいている。上空を飛び回る獣人なのだろう。鳥か。そのような獣人がいると聞いた事がある。
姿は見えなかったのに。2人しかいない。
負ける。40対2で負ける。悔しいと思ったが、瞼が重たい。
腹から、槍を引き抜く。熱さが集まってきた。せめて、一槍。
【投槍】【投槍】【投槍】
繰り返す。
死んだ人間の武器を拾いながら、槍を当てるのだ。刺さるだろうか。刺さりそうもない。
いったい、どうしてこのような生物がいるのか。
後ろに目があるかのようにして、避け弾き投げ返してきた。
ぶっと口から声がする。強い。強い敵だった。見るに、立っているのは男だけだった。
ぶぶぶ、っという音が、口からした。牛は、見る間に萎んでいく。どういう事か。
やがて、幼子になった。
(なんて詐欺だ。最後が、子供相手だと・・・しかも40人いたんだぞ)
銃だって、使っていたはずだ。もう一度、立とうとしたが足が動かない。
口からは、ぶぶぶぶぶ、という音しかしないので、目を閉じる事にした。
(こうなるのも、当然だ。武器に頼ろうとするからだ。転生者などというものに、惑わされたのだ)
文明は進歩した。だが。やはり、レベルだ、と。
都合よく、回復する薬もなかった。気合だけでも駄目。根性だけでも駄目。
皆、特攻隊であるからして……
近寄ってくる気配に動かそうとした腕は、痙攣しただけだった。




