396話 赤いの
眼前には、下賤なる者が控えている。
(このような者たちに頼らねばならぬとは)
ヘルトムーア王国が建国する以前より王に仕えていたという。匂いが酷い。
言ってみれば、王が召し抱えている暗殺部隊。噂通りなら、使える。
だが、
「殿下、この者たちの噂は?」
無論、知っている。残虐非道な殺し方が問題となって、永くお払い箱になっていたという。
何より、人の頭蓋骨を持っているような気狂いだ。器のつもりか。道具をいれているようだが、生理的に合わない。
「知っている」
「では、何故です」
「我らの力が足りぬからだ。そして、ここで手こずっていては王都を奪還もままならん。わかっていようが」
副官以下は、沈黙した。ヘルトムーアの王都は、敵に奪われたままだった。
居座っている相手は、影の使い手。数を物ともせず、毒も物量も意味をなさない。
たった、1人。しかも、子供。10にも満たない子供にいいようにやられているのが、ヘルトムーア軍の現実だった。
(さっさと魔導兵器でも打ち込むべきなのだ。さすれば、いくらなんでも生きてはいまい)
ただ、神族の末裔とも言われる獣人だけに簡単ではいかないだろう。
策を練る必要があった。彼女には、その動きが速すぎて避けられるのではと危惧されていた。
「して、我らにご用命とは」
「毒の使い手よ。王国の裏に潜む守護者よ。今こそその力で敵を殲滅すべし。ついては、手練を敵軍に送り込み将を弑すべし。如何にせん」
周りにいる兵とて、行方も見守っている。悪辣なるおとぎ話が聞こえてくるからだ。
生贄。人体実験。死人。毒。どれもこれも禁忌にあたる。皮剥など日常であるらしい。
アサシンを用いるのには、兵に抵抗があった。だが、もうそんなことも言っていられない事態だ。
頼らねば、年内にもヘルトムーアは内部から瓦解する。敵の調略が、どこまで進んでいるかもわからないのだ。とりあえず、手口、手際を見て判断するしかない。
「約定にしたがいましょうぞ。されど、報酬は」
「わかっている。成功した暁には、支払いをしようぞ」
姿を消した。反吐が出そうになった。気の強い妹の顔が浮かぶ。彼女ならば許すまいとおもった。
すぐにも、実行に移るだろう。
狂喜乱舞といったところか。彼らにしてみれば、人の目などどうでも良い事なのかもしれない。
「殿下」
「わかっている。伝令を。私もタイミングを合わせてでる」
敵は、殲滅だ。
敵を叩け、領土を取り戻せと言うが・・・
(そもそもが、侵略戦争。なんだよな~)
騎士として仕えておいて、文句の1つも言いたくなる。食料生産が軌道に乗っているとは言い難い状況で、隣国との戦争に乗り出す。良いはずがないのだ。戦争だけに人を殺し、建造物を破壊する。相手にふっかけられたとはいえ、敵を知らずに攻め込んでいるような気がしていた。
「あ、あのう」
哀れな声を出しているのは、男だ。
「散れ」
移動した先の味方からは、早速の洗礼を受けてやる気は地面の下に行っている。
いい年をしたおっさんが、子供を相手に啖呵をきるものだからトゥルエノが殴りつけて一騒動だ。
トゥルエノが冷たい視線と声を放つと、1人残して蜘蛛の子を散らすようにして人が去っていった。
(うーん。これは、やりにくくなったな)
さっさと指揮官にでも会うべきだったのかも知れないが、隊は夕餉の支度をしていた。
夜の前に、飯にしようというのだろう。
前進するまでもなく、味方は休憩するようである。
(帰っちまおうかなあ。敵の姿は、無いみたいだし)
アルカディアでの戦争は、時間も場所も選ばずに行われていた。
ヘルトムーアとの戦争もそれに近いのかも知れない。
見れば、味方は鍋を取り出して早くも薪に火をつけている。
「…面倒くさいって顔してる」
「そうなのですか。私にはわかりませんが」
顔で内心を読むのは止めて欲しい。人の心を読むような的確さなのだ。
夕焼けが赤い。
影が接近してきた。黒い池のようだ。魔物なのだろう。見ていると、止まって黒い水面が上下に動く。
他の人間と言うと気がついた風もない。
「見ていてよろしいのですか」
スライムなのか何なのか気になる。鑑定している間も有りそうだが。
吸血鬼なんて表示が出て来る。魔物だし、鑑定を使ってもいいだろうという判断だ。
名前らしからぬものが、ある。魔族なのだろうか。
名前を捨てたという、名前なのか名称なのかわからない。
「人間。貴様を、たお」
ばらばらになって、黒い水溜りは燃え滓になった。やったのは、ティアンナだろう。
風と雷で、消滅してしまったようだ。反応は、ない。
「…話にならない」
「もう少し話をしても良かったんじゃないかなあ」
「…ユウタは甘くなっている。手加減をしては駄目」
厳しいようだが、吸血鬼相手に会話をするのは無謀だろうか。攻撃を貰えば、同類になってしまわないかという彼女の心配もわかる。吸血鬼は、霧になったりするという。実際に見ているのは、人型をとって仲間を増やすタイプだ。
地面には、黒い染みもなく緑色をした背の低い草が生えている。5cmほどの飛蝗を見つけて心臓が高なった。
「そうなんだけどね」
「…今日は、ここで寝る?」
「まさか。敵兵を探してみようと思う」
座っていた椅子から腰を上げると、椅子をインベントリへとしまう。貴重な黒塗りの椅子だ。
叫び声が上がる。真ん中の方からだ。怒声が聞こえているから、何かが起きたのだろう。
先程の吸血鬼が舞い戻ってきたとしても不思議ではない。
(どうするべきかな)
野次馬根性を出して、見に行くべきか。すると、争って反対側へと走っていく男たち。
逃げているのか。
誰も彼もが必死の形相だ。飯の支度どころでは無いらしい。
見ると、毒々しい色のついた風が向かってくるではないか。
「毒が風に?」
「どうしますか」
「…風で飛ばす。それから」
中心部に向かって、風が押し戻されていく。ティアンナの術なのだろう。
倒れている人間に、【キュア】を施していく。
「…助ける?」
頷いた。倒れていた兵がゆっくりと起き上がりながら歩きだした。とどまっては死ぬだけだ。
中心部へと向かって歩けば、黒い布を被った敵と思しき人型を見つける。
放出されているのは、毒で風に乗せて送っているのだろう。
矢が飛んでいって、相手に突き立つ。避けられなかったようだ。周りが見えていないのかもしれない。
「…毒は、止まらない」
炎を手に、投げつける。距離にして届くかどうかわからない間合いだが、当たるやいなや燃え上がった。
「近くには、隊の指揮官がいるのかな」
一際、豪華な天幕である。何が豪華かといえば、白い布地に金の金具。天蓋の上には、丸いどんぐりのような物体が付いている。無駄に金をかけていて、如何にもそこが指揮官の居場所だと教えているようなものだった。アルカディアの貴族は、わかりやすい。
貴族の指揮官だったのだろう。観察している合間に、奇怪な手が伸びてくる。
白い条線が伸びて掻き消えた。手は、なんであったのだろう。伸ばしていた先を追うと、これまた人らしき黒い布の燃え滓が残っていた。電撃の影響か。ユウタのではないが、受ければ死んでしまう威力があるようだ。
「敵は、アサシンを送ってきたようですね」
なるほど。高技能のアサシンとは、万軍に匹敵する能力があるようだ。アルカディアの貴族であった人は生きているのだろうか。天幕へと戻れば、毒は感じない。ティアンナの風で、散らされたか。痛みは、無いので中の様子を伺う。
中は、机の上に倒れ伏す人間で溢れていた。【キュア】をかけてみるが、効果がでない。
既に死んでしまっているようだ。そして、叫び声が聞こえてくる。
敵か。天幕の外では、松明を持った人だか馬だかの姿が見えた。
「味方は、逃げていますね」
仕方がないだろう。風に毒を紛れ込ませるなんて、想像できる人間は少ない。
冒険者であっても植物が持つ毒に引っかかってやられるくらいだ。
無色で見えないのが、普通。ユウタが気がついたのも偶々である。
「…味方が居ないのなら焼けばいい」
簡単に言うが、天幕が燃え上がって寝ているかもしれない味方ごとになる。
毒から立ち直った人間は、まだ逃げ切れいていないのだ。
食い止めるか。それとも、敵兵を倒すのに専念するか。思案のしどころだった。
迷っている間にも先頭と見られる兵が駆け寄ってくる。弓から矢を放ってくる。
淡い赤色を帯びた矢だ。魔力が込められているのだろう。
「ふう。じゃあ、ティアンナは回復につとめてトゥルエノはその援護をお願い」
頷くと、矢を握る。矢は軌道を変えなかった。熱い魔力を感じる。
敵は、真っ直ぐにユウタへと向かってくるではないか。
【隠れる】に【隠密】【忍び足】を連続で使いながら、敵の側へと近づいていく。
相手は、数えるのも億劫なくらいにいた。天幕に火をつけながら、出てくる人間を斬っている。
手から白い光が伸びた。電撃だ。最速で出せる攻撃で、もっとも使い勝手がいい。
敵兵が倒れていく。耐えられる人間は、いないようだ。
「なんだと!」
と言っている間に、電撃は命中するのだ。弓に矢をつがえている暇もないという。
戦いは、一方的なものになった。先頭を潰しながら、天幕の間を歩いていく。
相手が気がついていないようで、なんとも味気ない。
(こりゃ、消化試合かな)
一方的な展開というのは、つまらない。しかして、窮地に追い込まれるのも間抜けだ。
良い立ち位置にいるのだから、敵の数を減らすのに専念するべきだろう。
相手が全周に渡って展開してようものなら、油断できない。
倒れる兵といえば、気絶しているのか死んでいるのかわからないのだし。
死んだふりをしているのかもしれないのだ。
進んでいくにつれて、薄い場所から攻撃してみたりと。
(先手をとって、夜襲? をかけてきたのは上手かったけど。決め手が毒手ではねえ)
奇怪な腕も毒の手に思えてきた。心臓をえぐり出す系のものかもしれない。
倒した兵の数は、一々数えていないが100を上回りそうだ。もっとかもしれない。
周りを見ても、倒れているか。動いているか。それだけで、味方なのか敵なのかわからなくなりつつある。何しろ、見た目が敵の方が良いというそれだけで狙いをつけているのだ。
「何処だ。姿を現せ!」
「隊長、彼処です。あの辺りに」
見つかったのかもしれない。魔術が武器が形状も様々に飛来する。地面へと突き刺さるわけだ。
遅すぎて意味がない。レベルに開きがあるせいかもしれない。敵の攻撃がゆっくりになるし。
目が悪くならないように、毎日8の字を描くようにして目を鍛えている。
夕闇が迫りつつあった。そこに、赤い光が差す。
地平線の向こう、天幕から陽が消えつつあるのだ。太陽がまたでてきたというのか。
空を見上げれば、鳥のような赤い物体が見える。
小さな点だったそれが近づいてきた。近寄ってくる兵に雷を浴びせれば、動かなくなる。
天幕が障害物になっている時は、曲線を描くように放つ。
イメージで自在に操れるようになって一人前だ。
そうして倒していると、敵兵が逃げ出した。「隊長が!?」 と言っていたので、指揮している兵だったのやもしれない。
赤い塊が、接近してくる。味方ではないようだ。鑑定するに、ヘルトムーアとしか出てこなかった。距離が有りすぎるせいだろうか。
撃ち落とすなら、いい距離である。火線なら確実に仕留められる。しかし、赤いのが気になる。
属性なんてものがある世界だ。現実とは違うとはいえ、物理法則は似通っている。
創られた世界なのか知れないが、赤いときたら熱のイメージを持っていた。
(アイスランスかねえ)
敵を追いかけながら、昏倒させていくという作業に入っていた。敵の方が多いのだが、逃げている。
敵を発見できるスキルを持つであろう斥候職は、いるだろうに。
曖昧な場所しかわからないのは、移動しているせいなのか。
それともレベルに差があるからか。検証してもいいだろう。
ちなみに、ミッドガルドでは使うスキルのレベルが重要になってくる。
1回では発見できなくとも、数を重ねれば見つけられるのだ。
(こっちを相手が見えてないのなら、隠れっぱなしで攻撃できそうなタイミングを探すんだけど)
敵が向かってくるのならいい。だが、味方を追われては面倒だ。
容赦のない攻撃を見舞う。赤い光が、相手の部隊へと伸びていった。
流石に、結界があったようだ。相殺されたかのように赤い光と青い光がぶつかりあう。
同じ場所にいれば、攻撃をもらいかねない。移動した直後に、赤い塊が翼を広げて距離を狭めてくる。
鳥の足がある。鳥としか見えないのだが、身体から火が出ているようだ。
吹き出るそれを推進力にしているのか。翼を上下にしているものの、足の先からまるでバーナーのようにして熱が出ているように思えた。
(地面の近くまで降りてくれば、アイス系の何かで串刺しだけど。降りてくるかな?)
どちらでもいい。なんなら飛んでいって殴るというのでもいいだろう。ただ、近寄るのは危険だ。
遠距離から攻撃できるなら、そちらの方がいいに決まっている。
相手は、ユウタを見失っているようであった。
「居るのは、わかっている。出てこい」
出ていくわけがないのだ。赤い鳥にのっている兵がいた。声は、女のようだ。全身を真紅の鎧で覆っている。手には、槍。見つけられないのか。探しているようにして、兜を動かしている。




