394話 尻に穴が開いたあと
「嗚呼嗚呼嗚呼あ、もう」
尻に穴の空いた幼女は、死ななかったが気絶したままだ。
四角く赤い布で覆われた椅子に寝そべっている。
犯人は、角の生えた黄色いひよこになって幼女の腹でじっと動かない。
羽を動かすと。
「もう、殺すしかないかなあ」
これは、よろしくない言動だ。
何処からともなく黒い角を生やした白い毛玉が幼女の腹に乗る。毛玉は、喋らない。
「なんで、殺さないといけないの」
「むかつくからに決まってるじゃん」
むかついた。むかついたから。
そんなんで殺されたら、世の中は殺人犯だらけだ。DDの機嫌を取らないと本当に、エリアスが死体になりかねない。危険なので、隔離したいところである。ただ、DDは神出鬼没で何処にでもいけるようなので隔離しても意味が無さそうだ。どうすれば、機嫌が直るのか。
ひよこと毛玉を捕まえると、撫でてみる。効果があるのかどうか。
いつもは、しないのだが。しばらく撫でてみる。
「むっ。こんな事をされても、ちっとも嬉しくないんだからね!」
といいながら、ひっくり返って足を動かしている。2本の足は、鳥のように細くて忙しく動いていた。
撫で回していると、背後の扉が開く音がする。
歩いてきた足音の主は、どっかと椅子に座って睨めつけてきた。青い目には、殺意が孕んでいる。
殺されそうだ。
「話は、聞かせてもらったぞ。とんでもない事をしてくれたな? これは、もう許されんわ」
声が、上ずっている。垂れ下がった金の前髪を右手で掻き上げると、目を細めて口の端を釣り上げた。
城でもなんでもない小屋のような場所に、押しかけてくるとは。よく見れば、歯がかちかちと当っていた。
何が原因で怒っているのかよくわからない。
わからないが、謝っておけばいいのだろうか。エリアスは、目覚めないし。
「何が許されないんでしょうか」
「む、むぐぐ、この野郎すっとぼけやがった。尻に穴をもう一つくらい増やしてやらんといかんな」
アルーシュの機嫌を取るには、どうしたらいいのであろう。わからないが、困った事態だ。
何とかして、窮地を脱出しなければ。だが、どうやったら事態が好転するのか。
美味しいお菓子で、どうにかなるのか。目を瞑った。
「もう穴は、1つ出来てましたよ。それ以上やったら、死ぬじゃないですか」
尻に、角がぶっ刺さったのだ。その衝撃は計り知れない。
「むー」
腕組みした幼女は、上を見上げて下へと顔を向けた。
アルーシュは、ちょいちょいと指で手招きする。何であろうか。テーブルの前で固まると。
「お前なあ。耳を貸せと言っているのだが」
顔が赤い。何であろう。耳を向けると、アルーシュの手が伸びてきた。手を掴むと。
滑って、台の上に寝転ぶ体勢になる。幼女は、仰向けになったまま固まった。
「お、おう?」
「きゃ、なんですの。いかがわしい」
後ろから声がする。振り返れば、白いフードを後ろに捲くって歩いてくる幼女がいた。
ただし、口から火が出ている。炎を吐いているようだ。これが、気炎というやつなのだろうかと思った。
「あの」
「アル様! いやらしい事はしないって、約束しましたわよね」
「ええ? 私が、されているような気がするのだが」
言われてみれば、まな板に乗せた金ピカの鮃のような。いやらしいと言われても、滑って乗っかっているだけである。お医者さんごっこでもしようというのか。ああ、全くの妄想だ。そんなことをした日には、磔にされかねない。
手を放すと、ずりずりと後ろに下がって木のテーブルから降りる。幼女は、椅子に座ってふんぞり反った。
「私は、悪くない!」
「でも、まるで…」
「まるで?」
「え、ええと。おほほ、わたくしの勘違いでしたわ。よろしくってよ」
何がよろしいのだろう。幸いにして、事務所の入り口からは見えない。
勝手に勘違いしている集団だった。室内には、女性事務員の他にアキラの女房やロメルといった獣人たちの姿がある。受付にも人がいるものの、何時の間にやら間には仕切りが出来て見えない工夫がされていた。更に言えば、声も聞こえないようにされているのかも知れない。
別のテーブルでは、昼間だというのに酒を煽っているのか。匂いが漂ってくる。
「うーん。まあ、いきなりエリアスを殺すっていうのは勘弁してあげて欲しいな」
「ふん。まあ……良いだろう。しかし、エリアスと2人きりになるのは許さん。今後は、アルストロメリアかシルバーナの奴と一緒に行動するように。というか、アルストロメリアを置いてきぼりにするのはどうかと思うぞ。奴には、転移門を開けないからな」
そうなのか。そうなのだろう。アルストロメリアの魔力は、大した事がない。であれば、エンシェントゴーレムをどうやって動かしていたのか気になるところであった。
「ユークリウッド様は、何処か用事があるのではなくて?」
見れば、フィナルが隣に座って手をテーブルに乗せていた。
そういえば、フィナルの家に与するというベルグリッツ家を叩いている。
報告するべきであろうか。
「ベル…」
「ふん。ベルグリッツ家であろう。彼奴らは、やりすぎたな。おい。追い込みは、かけているのか」
人の話を遮って、喋りだす。悪癖だ。
「勿論ですわ。聖堂騎士によって、制裁が加えられる事でしょう。ユークリウッド様は、なんの心配もございませんでしてよ」
別に心配など、と思いかけて心配していたのだった。なにせ、フィナルと敵対するとなれば女神教徒と争うことになってしまう。破門とかいうことにでもなると、弾圧とかいう憂き目に。
ならないかと。
(良いのかねえ)
仮にも、フィナルの家を頼る貴族だかなんだかではなかっただろうか。
「それより、用事はございませんの?」
とっととどっかに行け、と言っているような。そんな気がしてくる。
「セリアの様子を見に行くくらいかな。後は、ちょっと戦争に参加してくるくらいで」
「そうですの。でしたら、善は急げではないでしょうか」
どうやら、どうしてもエリアスから引き剥がして何かをしようという目論見があるようだ。
手の中で遊んでいたひよこと毛玉をテーブルの上に置くと、
「酷い事にならないよね」
「えっと、それは…」
白い毛玉がぴょんぴょんと跳ねる。頷いているようだ。ヨシヨシするように撫でると、平たくなってしまった。
「ああっ、ずるい」
ひよこが、羽ばたくが取り合わない。毛玉がスライムかなにかのようになっている。
立ち上がると、痴女の代わりにティアンナとトゥルエノがついてきた。何処に行くのか決めていいないのだが。ティアンナも気がつくといる。ひょっとして、時間を操作されているのではないかと勘繰ってしまう。
「何処へいこうかなあ」
「…どこでも」
どこでもが一番困る。戦争ついでに、セリアの様子を見に行くくらいだろう。
そうしたら、夜になっているに違いない。
転移門を開きながら、覚えの有る場所へと移動する。
壁に囲まれた町だ。名前は、キュルクだったか。旧アルカディアとヘルトムーア王国の間にある最前線でもある。
「戦争に行くのですか」
「うーん。上司の命令だしね。逆らえないよ」
「……前線、行く?」
「町の中でも様子を見ようか」
急いで、参戦したところで何が変わるというのだろう。通りを歩く人たちの中には、無精髭を生やし男やら鍋を兜代わりにしている男たちが見受けられる。ミッドガルド本国と違って、傭兵の活用もしているという事なのだろう。
キュルクの城を見る。吸血鬼は、未だにいるのだろうか。成り済ますという手は、非常に厄介だし敵に寝返っているというのも脅威だ。通りを歩いて居る内に、前方で人の輪が出来ているのを発見した。
何であろうか。見えないが、怒声が聞こえる。そして、乾いた音がした。
人の足元をすり抜けていくと、
「今日という日にゃあ、許されねえ。やっちまってくだせえ」
「鞭で悔い改めるというのでは、生ぬるいか」
男が2、3、4人と。兵士に見える。それに、物売りの商人。そんな構成だ。
倒れている子供が、見えた。少年と少女だ。歳は、ユウタより上であろう。
正確には、わからないが。
「ふむ。腕を切り落とす。子供といえど、回数が多すぎる」
誰も子供を庇う人間がいない。一際大きな体格をした男は、手に持った鞭を腰の鞄にしまう。
盗みは、罪だ。しかし、魔術で直す金はきっと少年に無いだろう。でなければ、盗みなどしまい。
物を盗めば、盗まれた側が困る。
(だからって、腕を切り落とすのは)
やり過ぎではないだろうか。確かに、アルカディアの法、キュルクの律令があるのかもしれない。
今にも振り下ろされようとしている。その剣を、掴みに走った。
寸前で、掴まえたが。
「貴様、何者だ」
「僕は、ユ……」
「誰かと聞かれれば、期せずして答えよう。我名は、アル。ミッドガルドの王子にして、圧制者である。お前ら、何をやっているのだ」
声がした方を見れば、柱の上だ。外灯が付いている、その上で腕組みをした幼女がパンツ丸出しで赤いマントをはためかせていた。パンツには、パンダのプリントがしてあった。そのままくるくると飛び降りてくるのだが、地面に頭から突っ込んだ。
みんな、固まった。
「な」
ぼこっと音がする勢いで頭が抜かれて、立ち上がると。
「私は、言ったのだ。前線、やばいから加勢しろと。なんで、こんなところで油を売っているのだ。町を見ている場合じゃないのだ。さっさと、雑魚どもをぶちのめしてこいなのだあああああ」
全身、全霊を込めたような叫びである。最近になって、久方聞いていなかった声が新鮮だ。
「あ」
「あ、じゃない。黙れなのだ。そいつらが盗みをしないで済むように取り計らうのが、役人の仕事なのだ。それができないなら、もーキュルク領は召し上げる。城主に言っておけなのだ。で、ユークリウッドは前線にいくのだ。アルカディア兵が弱すぎて、押し戻せないのだ。一進一退で、アンダイエ取り戻せてないのだ」
なんという事であろう。さっと取り戻したのではないのだろうか。
「セリアは?」
「王都から動かないのだ。よろしく頼むのだ」
やおら人の輪が割れて、新たな兵士が乱入してきた。見知った顔がある。黒い髪に白い鎧の少女。
「ユークリウッド様。お急ぎを」
眼光鋭利に、シグルスは剣の鍔を鳴らす。
町を見て回って観光しようと思ったら、そうもいかないらしい。




