393話 悩んで、飛んで
前線は、停滞していた。
ユークリウッドが連れてきた弓兵の活躍によって、左翼は押している。
しかし、中央は押し込まれているようだ。マリンドル家の兵が吹っ飛んでいた。
狂戦士系がいるのか。
「さっさと片付けちまおうぜ」
「……」
返事はない。迷いだしたのだ。味方している方が劣勢なのに、もたもたと。
鼻息も荒かったのに、味方だからか。迷っているとしか思えなかった。
エリアスたちがいるのは、左翼の端っこ。その先端から矢が、次々と放たれている。
味方にも弓兵は、居るだろう。だが、そんな味方とは一線を画す腕前だ。
「聞いてんの?」
「聞いているよ」
さっさと焼き払ってしまえばいいのに、何をもたもたしているのか。
敵に【反射】スキルを持った兵がいるとしても押し込んでしまえるだけの力がある。
横顔を見ていると、脛でも蹴りたくなった。
ぽつぽつと飛来する矢を水粘性の召喚獣で防いでいるものの。
(こいつ、いつからこんなに日和っちまったんだっけ)
思い出すユークリウッドといえば、殺戮人形もかくやという感じでアルカディアでは活躍したものだ。
セリアと並べて城塞に突っ込ませれば、一時の間に降伏の旗が上がるという。
1人で潜入工作、破壊活動は右に出る者がいなかった。
改めて、ユークリウッドの顔を観察する。
汗が浮かんでいた。これは、緊張しているからだろう。
(顔は、まあ、いいせんいってんだろーけど)
昔は、格好良かった。今も、まあ。格好いいと言えるだろう。
だが、フィナルほどに入れ込んではいない。ちょっとした病気みたいなものにかかっていたのだ。
両親は、絶対に別れるなと言う。
過去、現在を見てもユークリウッドの能力はずば抜けている。
(うー、でも、フィナルの野郎、マジっぽいしなあ)
パン屋の次女は、上手くやったものだろう。
レベルは、上げまくって次期青騎士団の有望株と手を取り合っている。
エリアスにしてみれば、己はその程度だと思うのだ。ちょっと血迷ったりしたのを棚に上げて、記憶は封印したい。
(天才って言われてもなあ。困るんだよ)
常に、首席。常に、一番を求められる家だ。だけれど、当の本人にしてみれば鉛の重石でしかない。
とはいえ、今はレベルのおかげで優位に立っている。
魔術師ギルドというのも、魔物が住んでいる場所だけに浮かれてもいられなかった。
(最高の数値を出さなきゃいけねえ。ユークリウッドの野郎、学校はさぼってるもんな。大丈夫なのか?)
大丈夫でないに決まっている。学校に顔を出さないものだから、ユークリウッドは不良扱いだ。
すっかり、居ない人間として定着している。
ユークリウッドの顔を見れば、まだやる気でないのか。
魔力の高まりを感じない。
「前に進みますか?」
「うーん。そうだね。そうしようか」
敵兵が前に出てくる度に、矢が殺到して動かなくなる。左翼の敵兵は、腰が引けていた。
前に出るのは、エリアスを入れて4人だ。
その後ろに、農民兵と思しき男たちが付いてくる。
(こいつら…)
金玉が、付いてるのか。子供に先陣を切らせているのに、おどおどとした雰囲気が伝わってくる。
「なーなー。ウォーターボールでもぶっぱなしてくれりゃあ、あとは俺のスライムでなんとかするけど?」
「うーん。それ、皆殺しにしちゃうよね」
「味方の被害を最小限にするべきじゃね? 攻撃あるのみだろ」
また、何か気になっている事があるのだろうか。
敵は、皆殺しにされてもおかしくない集団だ。騎士道のきの字すらない。
トゥルエノとエリストールの矢で、進むところ死体が転がっている。
出過ぎれば的になるのだが、的は強固な防御をしていた。
「相手は、なんでこう奴隷に売り払ったんだろうね」
愚にもつかない事を考えていたようだ。訳がわからない。熱くなったと思えば、冷静でもある。
「知るかよ。金になるからだろ。それが正しいって思ってんだ。そいつは、許せる事なのか?」
「彼らが正しいかどうか。彼らが決める事、だよね」
「正しいか正しくないかなんて、そいつだけのもんだ。やつらにとっちゃ、金が欲しい。そいつだけが、正義なのさ。ほれ、迷っている間にやべえんじゃねえの」
中央への圧力が更に増している。左は、潰走して中央を攻撃しているものの。
味方のゴーレムといえば、いまだに動かない。
気絶しているのかもしれなかった。ゴーレムの助力が頼めないとなれば、敵も引かないだろう。
(敵のけつにばーびーしちまえよ。それで、連中は逃げ出すだろ)
得意の薙ぎ払い系をブッパしないとはどういう了見なのだろう。どちらに付くか決めたはず。
味方が押されているのに、本気を出さないとはどういうことか。
(まー、いつものあれかよ)
きっと、恐れられる事から逃げているのだ。
最近のユークリウッドは、恐怖される事を恐れている。そうに違いない。
(いつから、こうなった? わかんねーけど、おかしいぜ。野郎、金玉をどっかにやっちまったんじゃ)
ユークリウッドが、凶悪な魔術を使うと小便を漏らしまくりである。
だが、その1つ1つが己のものとなるのだ。使えないが、使いこなして見せる。
差し当たり、使えない事が判明しているのは【火砲】のあだ名で呼ばれる魔術だ。
取得しても、威力が全然でない。どういう事か。
電圧ならぬ魔圧が足りない。それだけと言われて、愕然とした。わかっていた。
出力が足りないのは、わかっていた。理屈を聞いても頭に引っかかりもしなかったのだ。
V=IRの法則が、魔術にも適応される。
(古くて、新しいねえ)
P=Iの二乗でRとかって、「なにそれだ」いや、容量だとかなんとか言われても困った。
魔力槽を大きくする。
ソレ以外にも術者として、やりようがあると。
大婆から教えられて、「おやおや、もう知ったのかい」なんて言われてびっくりした記憶がある。
大婆は、何歳なのか不明。皺皺の婆だ。祖母のそのまた祖母のなんて言われている。
そのくらい彼女は、長く生きているらしい。たまに、皺がなくなっていたりする。
非常に長命で、下手すれば若返るのではないかと思っていくらいだ。
(そういや、あのババア。水晶玉からユークリウッドの姿を見て、涙を流してたっけ。何なんだろうなー)
聞こうにも、聞けない雰囲気だったのでだんまりした。
ユークリウッドの家で採れた茸を持っていくと大喜びする。
奇妙な婆であった。気になるなら、会いに来れば良いものを。
(勝て、しかして争うな、か。無理じゃね)
そもそも、勝つとはどういうことか。考えても、勝てそうもない。
どうやって勝つのかもわからない。意味もわからない。
前にいるトゥルエノを見れば、ばっすばす矢を射ている。エリストールも同様で、ユークリウッドの姿がない。
あれ? と思った。
「消えた?」
探して、目に入ってきたのは草を狩るようにして倒れた敵の兵だ。集団が、地面に伏している。
馬も何もかもずれたようにして、中央から右翼、更には後方までも。
武器を下ろして、逃げ回る敵の姿とまだやる気の大将だけが見える。
「なんで、急にやる気になったんだよ」
矢をつがえる手を止めた少女は、立ち上がった。胸が、2つの丘を作っている。
「恐らく、マリンドル家の大将として立っている方を見られたからでは?」
「どういう事よ」
「子供だろう」
桃色髪をした痴女は、やれやれといった調子で矢を止めている。
敵の大将と見られる男は、肩当てに毛皮の外套をしていた。戦う気のようだ。
ユークリウッドへと馬を走らせる。
レベルは、鑑定する間もない。槍の穂先が、ユークリウッドの身体を貫く。
「え?」
次の瞬間、男の身体が宙に舞って地面へと落ちていた。
貫いたかに見えたのだが、幻術の類か。槍は、ばらばらになっていたし男は縛り上げられるところだ。
動こうとしたのだろう。顔面へ拳が振るわれる。
そうすると、逃げ惑う敵兵。追いかけるのは、マリンドル家の兵。
(なんつーか。最初から、そうしときゃいいのに)
完全に無駄な被害ではないか。恐れられるという結果は、大して変わりようがない。
セリアと違うとすれば、まだ戦いようがあるのではないかと勘違いされる事で。
圧倒的な力の差を見せつけてこそ、戦いは起こらなくなるというのが持論だ。
「帰ろうか」
戻ってきたユークリウッドは、恩賞も貰わずに帰ろうという。
それでは何のために出張ってきたのかわからない。
(まあ、帰るか)
でしゃばっていっても、宰相派と王子派と王派に分かれている争いに巻き込まれるだけだ。
転移門で向かったのは、ラトスクであった。ちゃっちゃと片付けたのであるが。
いい加減に戦争に参加しないとアルル王子にしばき倒されないか心配である。
「お前もさあ、金にもなんねえ事によくもまあ首を突っ込むよな」
「好きでやっているからね」
「わりぃとは言わねーけど。恩くらい売ってきた方が良かったんじゃねーの」
味方をしておいて、逃げるように帰ってくるとは。実にユークリウッドらしい。
(まー、そうでなかったら、アルーシュかなんかと一緒になってえらいことになりそうだけど)
王になって、ふんぞり返っている姿がどうしても想像できなかった。
ユークリウッドは、カウンター席に座って休憩をしている。
ちびちびとミルクを飲んでいるようだ。
「どうしたんだよ」
元気がなさそうだ。
「……」
ちらりとエリアスの方を見て、後ろから忍び寄ってきた女の水着を剥ぎ取る。
そして、容赦なく投げ捨てた。鬼畜だ。手をかけた瞬間しか見えなかったが、剥ぎ取ったのは間違いない。恐ろしく手がはやかった。
「どうしたん」
「ああ」
なんだか、やさぐれているようだ。隣にいたトゥルエノは、紅い髪の女を押さえているし。
エリストールといえば、昼間から酒をやっているようだ。
「なんかあったのかよ。俺に話してみ」
「はあ」
「はあ、じゃわかんねーぞ」
「はー、さっきの敵将がねえ。どう見ても、転生者っぽかったからね。はあ」
ため息ばかりである。何が、これほどユークリウッドから活力を奪っているのか。
合点もいった。
だが、
「転生者って、日本からの? 別に珍しくなくねえ?」
「それだよ。なんで、異世界に来た途端に好き放題やりだすんだろう。僕にはよくわからないんだよ」
「そんなもんだろ」
「そんなもんなの?」
人間というのは、生まれた場所、環境で左右されるものだ。いい環境なら、良いように。
悪けりゃ、悪いなりに。当人次第である。
ま、エリアスにとってはどうでもいい話。さっさと金儲けに行きたい。
アルストロメリアではないが、功績が欲しい。名誉が欲しい。もっと、金が欲しい。
実際には、先の試験で家が傾きそうなので。
土下座しないといけないかもしれない。
試験では、多数のけが人が出てしまった。その治療代だけでも、苦しい。
死体なんぞだそうもんなら、ギルドが復讐の的にされかねないからだ。
「気にすんなって。日本人ってのは、転生すんのが好きなんだろ」
「まあ、そうなんだけどね」
ベルグリッツ家を叩いた事で、フィナルと関係が微妙になれば…
(そんなこたー、ねえかー)
むしろ、フィナルの方が潰して後釜に直臣でも据えそうだ。
「むしろさあ」
「ん?」
「さっきの女に襲いかかるのかと思ったぜ」
じとーっと、目が、顔が接近してきた。これは、チャンスである。
わざとを装い、
「あがあああああああああ」
エリアスは、飛び上がった。尻に何かが刺さったのだ。よくわからないが、真っ暗になった。
「油断も好きもないってこのことだよね!」
脳髄に声が響く。失敗だ。
「エリアス、ええええ?」
浮遊感がした。




