392話 骸骨の最後
肉を倒したものの。脇腹を突く幼女が、空を指差す。
「ところで、骸骨が立ち上がってんぞ」
座ったままだった骸骨の巨像。天をつくかのような威容だ。アルストロメリアの乗る黒いゴーレムとどちらが強そうかと言われれば、
「けつっ。主さま、こちらに」
淡い光が立ち上っている。周りには、石がおかれていて曇天へ光が登っていた。
トゥルエノには、慌てた様子もない。が、
「やべえ、あいつ。やる気だぞ」
倍は、あるのではないか。立ち上がった骸骨とゴーレムは、奇しくも同色で見づらい。
が、構えた鎌を投げつけながら飛び蹴りだ。
ゴーレムの先制に、鎌をまともにくらった。
「あれ。ひょっとして、野郎が勝っちまうとか…つまんねえよ」
面白いとか面白くないで判断するのは、困った性分だ。魔物を倒してくれるなら、なんだっていいのである。むしろ、浮いた時間を有効に使えるではないか。骸骨と人形の戦いは、早くも終いになりそうな様相であった。
骸骨が振るう手を受け流しながら、鎌を手にして引っ張っている。
当然ながら、骸骨は引き抜かれると真っ二つだ。重力をかけるようにして引っ張るや、反動をつけて顔面へと飛び上がる。
「うおっ」
地面が浮き上がった。衝撃だろうか。
何かを顔面でしているようだ。見えないが、地面に倒れたのは骸骨の方である。
ゴーレムの手からは、煙が上がっていた。
鎌を振り上げると、農作業でもするかのように振り下ろす。その度に、光の柱が立つのだ。
眩しい。
「拍子抜けもいいとこだぜ。にしても、アルストロメリアの野郎。どんだけ金、注ぎ込んだんだよ。あの光って、あれだろ。聖属性っつーか、光の属性だろ。神殿にどんだけ寄付すりゃ寄越すのか知れねえけど、あ?」
あ? 人の顔をまじまじと見てくる。顔に何かついているのだろうか。
「もしかして、あいつに属性石を作ってくれとか頼まれなかったか?」
頼まれたような気もするが、内職が多すぎて何をしているのかわからなくなってくる。
学校の宿題だとかそっちのけであった。夏休みの宿題も当然のように、やっていないので点数は赤点ではないのか。もう心配してもしょうがないのだが・・・。
「うーん。そういうのは、当たり前すぎてちょっと把握できないかな。配達の量が多すぎるんだよね」
「じゃあ、あの野郎。ちょろまかしてんじゃ」
そういう事はしないような気がする。が、買収してそうでもある。何しろ、金というのは人を狂わせるものだ。領地の財務担当は、定期監査が入るし人も入れ替えを行っている。監査の為の検査だとか意味がわからない事態にはなってほしくないものだ。
ちなみに、罰金で済むとかいう生ぬるい事はない。
「いかがしましょうか」
「とりあえず、様子を見よう」
インベントリから、4脚の椅子を取り出す。
「どうぞ」
「腹減ったー」
肉は、無理だ。白いコップを2つ。珈琲粉を入れて、お湯を注ぐ。
「なんでも入っているのですね」
「んー。良い匂いだぜ。景色がちょっとあれだけどな」
周囲には、魔物の気配がない。ただ、邪悪な霊でも漂っていそうな雰囲気である。
一際振動が強くなって、浮いた。硝子が降り落ちるかのように、黒い破片が宙に消えていく。
領域が閉じたようである。丸い盆を取り出して、串に刺した団子を置いた。
「おっ、団子じゃん。いただきます」
両手を合わせて食べるトゥルエノと一気に頬張るエリアス。片方は、当然のように手を出してきた。
男女平等なら、偶には食い物を提供してほしいものだ。
常に、ユウタの奢りである。
「終わったっぽいし、どーする? 骸骨の見聞にでもいく?」
行ってもすることがないのではないか。通り道なのか、先に進む兵隊たちの姿が見えてきた。
閉じた領域からは、北側に山が見える。
「戻ろう」
財宝を探して、家屋を漁る気にはなれない。椅子を回収して、両手を合わせると。
転移門を開いた。
向かったのは、ラトスクの事務所だ。
セリアが戦争にかまけるせいで、やらなければいけないことが回ってくる。
「いらっしゃいませ~、おっへっへえああああ」
紐のような布を身体に巻いた少女が走ってくる。丸く赤い板を振りかぶった。
「失礼」
背の高い少女が前に出ると、腹に一撃。倒れる少女は、紅い髪が印象的だ。
股間からは、液体が床に地図を描いている。
(なんだったんだ。この子は)
厨房から、桃色の髪を結い上げた女が出て来る。こちらも水着だ。
どうして水着なのか理解できないでいると。
「ん、ふっふっふ。よく来たな。歓迎するぞ」
胸を押し付けるではないか。逃げようにも、それ以上の速度で追い詰められた。
「と、まあ。冗談は置いといて。座れよ」
あっさりと引き下がった。何か魂胆があるのだろうか。双つの丘は、そびえ立つ巌の如し。
柔らかさは、なまこのようでもある。股間は、すっかり元気だ。
むしろ、痛すぎるほどだった。厨房に入るエリストールと入れ替わりに、ロメルが寄ってくる。
「ようこそおいでくださいました。ユークリウッドさま。至急、お耳に入れたい事がございまして」
白いシャツにネクタイという出で立ちだ。シャツは、どこで手に入れたのか。
そして、なんであろう。セリアが金を使い込み過ぎて、国庫が空になる以外では衝撃を受けたりしないつもりだ。そこまで考え無しだとは思わないが。
「うん」
頷くと、ロメルは手を膝に乗せた。真剣な面持ちだ。
「ご領地には、顔を出しておられますでしょうか」
「うん」
出さないはずがない。しかし、顔を覚えていない人ばかりのような。むしろ、ラトスクの方が手を加えた感がある。ユークリウッドは、完璧を求める性質があった。ユウタはどうか。かなり、いい加減で大雑把だ。
「ご領地の西では、小領主たちが小競り合いをしているというのは?」
「知らない」
隣の領主がちょっかいをかけてきた。というのだろうか。それとも、いちゃもんをつけているのか。
小競り合いというのは、何なのであろう。ぼんやりとしかわからない。
世の中知らない事だらけである。
事務所の中は、待っている獣人で賑わっているようだ。
「小競り合いというのが、これまた話に聞くに堪えない内容でして」
「うん。どういう?」
なぜだか、手の平から汗が出ているではないか。
「飯くおーぜー」
エリアスをちらと見て向き直る。
「端的に要約していいますと、片方の領主側が人を攫ったり、村を襲ったりしているようです」
ちょっと疲れていたのか。耳に通りぬけた。
「村を襲うって、まさか」
「信じられない事ですが、そのまさかのようで」
「裏は? 確実なの?」
信じられない。だが、
「人を複数雇って調査しましたところ、間違いないと。攫った女は、奴隷に売り払っているようです。村を焼き討ちして…」
片方の側、というのは一体、何者なのだろう。騎士とは思えないのだが。
やっている事は、山賊か何かだ。
騎士道だとか後付の物語だとしても、語るに落ちる所業だ。
「では、襲われている方は何をしているの」
「警備を増やしたり、しているようです。が、如何せん襲ってくる側の兵が優秀なようでして」
錬金術師ギルドか魔術師ギルドに。
「警備用のゴーレムと対潜入者用のセンサーねえ。毎度ありぃ。手伝おうか? ほら、そんなに怒るなって」
怒りたいから怒っているのである。怒るなと言われても、叫んで走り出さないだけマシだと思って欲しい。
「それで、たしか。今日、決闘が行われるかと」
決闘。決闘と聞いて、頭に血が登ってきた。決闘とは、早まった手だ。
この世に、悪が栄えた例はないと。己が指し示さねばならない。
左に座るエリアスが、
「まーどっちに味方すんのかわかってるけど、この手のは難しーかんなあ。よーく考えて、手を貸した方が良いんじゃねえの」
「例えば、このベルグリッツ家というのがちょっかいをかけている側ですが。土着の豪族として、歴史は浅くフィナル様のモルドレッセ家を寄り親として仕える男爵家です」
「もう片方は、宰相んとこにべったりなマリンドル子爵家な。何かと、経済的にベルグリッツに嫌がらせをしてるっていうぜ。フィナルんとこからの出す食料やらなんやらが通る道にいるからなあ」
マリンドル家に手を貸すかそれともベルグリッツ家に手を貸すか。
はたまた、何もしないで見ているか。色々あるが、もう決まっている。
「すでに、ユークリウッド様のお気持ちは決まっている様子。なれば、ベルグリッツ家の家門は猪模様に槍。マリンドル家は、兜に双剣。どちらにお味方するにしてもご注意を」
水晶玉を取り出して、覗き込む。場所は、探すまでもなく感知できた。
本当に戦いが始まっている。平原に、2対のゴーレムが斬り合いを演じていた。
転移門を開く。
最後尾だ。兵隊らしい男が振り向いて、槍を向けてくる。
「お前ら、何者だ。子供が来るところではないぞ」
エリアスが肘を突いてきた。黒く四角い物体を取り出すと、
「むー、レンダルク家。義によって参戦するぜ。俺は、エリアス・レンダルク。こっちはユークリウッドとトゥルエノと痴女、じゃなくてエリストール」
エリストールまで付いてきた。が、寒いのか身体を震わせている。
「ひぃぐぅ。こ、ここ寒いじゃないか。帰る。早く帰らせて」
後でだ。無視すると、隊列を横にして前へと進んでいく。
戦闘を仕事にしているようではない人間が多い気がする。
村から、兵隊として担ぎ出されたのか。マリンドル家の兵は、槍が主体のようだ。
対するに、ベルグリッツ家の兵ときたら顔が違う。ぎらぎらとした野卑な目をしていた。
精悍とも言えるが。
「どうすんだよ」
「ゴーレム同士がやり終わったら始まるのかな」
「違うね。負けた側は、逃げるしかないよ。ゴーレムと戦える奴なんて、なーいねえから。普通。掃討戦の様相だぜ」
ゴーレムを倒せる人間がいないのだろうか。
ゴーレムは、2色。青と茶で。優劣どちらとも言えない戦いで、様子を見ているようだ。
「さっさとケリをつけたほうが良いんじゃないの」
「だから、ゴーレムに乗っている領主も慎重なんだって。やられたら、兵隊もまるっとやられるからよ」
飛来する物体がある。矢か。掴むと、反対に投げ返してやる。
何人かを貫いたようだ。
スキルも乗せていないが、威力は十分にあったようである。
「相手は、やる気のようです。ごめん!」
弓を構えて、矢筒から放つ。手が残像を作っている。トゥルエノに負けじと、エリストールも矢を放っているのだが。
「あのさ、これだけで戦いが終わっちまうんじゃね。相手の防御スキルを貫通してくって」
盾役は、前に出たところでハリネズミにされている。回復が追いついていないのか、それとも矢が突き立つのが早いのか。出番が無さそうだ。盾を張って、切れたら盾スキルを発動という。無限に嵌まるパターンではないか。
状況が崩れようとしている。茶色のゴーレムが、剣を投げつけてくるではないか。
巨大な剣だ。とても普通では、止められないだろう。
轟音がして、ぴたりと手の間で受ける。
飛び上がって、投げ返してやると。避けた先で、青いゴーレムが持つ槍に貫かれた。
「びっくりさせんなよ。死んだかと思ったぜ」
「大丈夫だって」
「お前が死んだら、俺まで殺されるっての。一蓮托生なんだから、ちょっとちびっちまったぞ、おい」
落下していく先に、人の姿はない。
「さてと、外道どもは皆殺しだ。1人として、逃がすなよ」
「えっ、ちょっと待てよ。そりゃ作戦であってさ」
「関係ないね。畜生働きの類は、根切りと昔から相場が決まっているんだよ」
歩き出すに、エリアスが隣で袖を引く。敵の前衛が、意外にも硬い。トゥルエノとエリストールのいる場所以外は、押されているようだ。つまり、全体的には押されているのではないだろうか。味方のゴーレムといえば、疲れてしまったのか。動かない。
「だーもう、いいけど。復興が大変だぜ、こりゃあ」
勝つとは限らないのに、心配性であった。
「あ、あー我こそは、エリアス・レンダルク。こら、人の話を、こらー。お前ら、降伏しろーーー!」
大声を上げるが、敵の兵は聞いてもいない。前に出た幼女へ槍が飛来する。
「だめだこりゃ~。やっちゃっていいぜ」
元よりそのつもりであった。




