391話 メラノ、先に進む
人形は、インベントリにしまって置くことにした。
「その人形」
と、エリアスが口を開いて言葉が止まる。魂が限界を迎えていたようだった。
無理やりにでも蘇生をかければ、蘇ったかもしれない。しかし、魂が壊れたら? どうなるのか。
想像でしかないが、輪廻転生の輪から外れる予感がする。
「出よう」
かつては、礼拝堂であっただろうそこには人の姿もない。住人がいないのだ。
アルストロメリアの部下と思しき人間が、幼女の姿を見て頭を下げてくる。
通りは、青い空が広がっていた。先に進むにつれて、瘴気が濃さを増している。
振動がしていた。アルストロメリアのゴーレムが動いているのだろう。
「先に進むか?」
「そうしよう」
肉と皮の魔物は、いないようである。退治されたのだろう。恐ろしい顔をしていたが、冒険者にしてみれば慣れたものか。目が、窪んで瘴気が淀んでいるような魔物だった。気配はしない。前方に、小型のゴーレムの姿が見える。
手には、盾と銃剣だ。これならば、楽に倒せるだろう。
「アルストロメリアも、けっこー力を入れてやがる。この分だと、俺らが向かう前に倒しちまってるかもなあ」
「どうだろうね。そうだと手間が省けて良いんだけれどね」
町の出口には、小型のゴーレムが立っておりエリアスを見れば随伴の歩兵も挨拶をする。
外へもスルーパスで出られた。
「ゴーレムは、うちとの共同開発なんだぜ。お前も、何台か回してやろうか?」
金がどんどん出ていっている。そんな余裕はないのだ。
「どっちかっていうと、飛行船の方が欲しいね」
「いくら出せる?」
「値段表でも作って見せてよ。今から言い値では、買えない」
ミッドガルドでは、徐々に飛空船が増えている。日本人だったので空を飛ぶ船なんて信じられないものの。どういう原理なのか、魔術で飛んでいるのだろうけれど。未だに、空を飛ぶというのに慣れない。開発している会社というのが、まず魔術師ギルドと錬金術師ギルドが相乗りしているもので。
ぼったくられるのでは? と、心配にもなるのだ。
「わーった。現物見てから決めろ。あと、性能も気になるだろうしな。あいつのあれで、1000億ゴルって話だ。むかーしに買って、未だに返済してる骨董品だかんなー。よく動いているって、思うぜ」
「ゴーレムに、それだけ出すならポーションを安くしても良さそうだけれど」
てっきり、アルストロメリアのゴーレムは一から全てを作り出したのかと思っていたのに。
とんだ期待外れである。
「漢方なら、少々心得があります。そういったものがご入用ですか」
「漢方、ぜひ欲しいね」
北欧のような地帯に、素材があるのかわからないけれど。黒っぽい丸薬には、大変お世話になった。
道は、広くて石畳が真っ直ぐに伸びている。
左を見れば、未開のジャングルが広がっている。おかしな状態だ。
北に向かって居て、西を見れば海が見えてもおかしくない。右手からは、黒っぽいゴーレムが鎌を手に進んでくる。目標である骸骨は、まだ動こうともしていない。距離から察するに、50m以上の巨体に見える。
先に進んでいると。
「あいつ。やる気かよ」
歩幅でゴーレムに負けている。走っていけば、追い越すこともできるだろうが。
その際には、エリアスとトゥルエノを置いて行かねばならない。
「いかがされますか? わたくしと主さまならば追いつけるかと」
「いや、ゆっくりいこう」
「そうだぜ。あいつ、まあ、やる気見せようってことだからさ」
いつも、ウンコをしてばかりの幼女では無いところを見せたいのかもしれない。
「俺は、箒で追いかけられるしな。ぶっちゃけいうと、あいつが一番遅えからな」
アルストロメリアは、箒に乗るのが得意ではないようだった。しかして、ゴーレムは勢いよく進んでいくとぶつかったように弾かれる。結界だろう。
「あ、力づくで破壊する気か。急ごうぜ。野郎、ユーウが来てるんで力技に訴える気だぞ」
三角帽子の魔女っ子は鼻息も荒く、白い手袋で覆った手を突き上げた。
ゴーレムは、両手を見えない壁につける。手からは、黒っぽい靄が溢れ出す。
走って、寄るしかない。間近までくれば、小型のゴーレムと術者が結界から瘴気を吸い出している。
負の性質を持つのが、瘴気だ。それを浄化するのが、人の術者であった。
(この瘴気ってのは、一体、どこから出来てくるんだよ)
図書館、ギルドの本、魔術師ギルド。色々と本を読んでみたものの、書いてある事が違い過ぎた。
首都の図書館は、概念じみた事しかいっていなかった。曰く、瘴気とは悪しきもの。
触れてはならないと。
「おい。一気に、来るぞ」
手を結界につけて、【浄化】のスキルを使用する。成功すると、パーティーメンバーにも経験値が入ってくるようだ。連射していると、エリアスの目から光が漏れる。レベルアップしたという事だろう。ステータスカードを取り出して、確認している。なんと、呑気な。
「うっほ。やったやった。魔女王とかに進もっと」
魔女王って、何なのか。特殊なクラスに思える。プライバシーの問題があると言って、パーティーメンバーに鑑定をかけることが禁止されているのだ。アルたち以下エリアスとか。フィナルとか。ステータスカードから出てくるアイコンを連打している方が楽かもしれない。
キューブとか一々出して、スキルを使っていられないという。突き出てきた黒い鋭利な突起。
槍か。骨か。
「あぶねえ!」
敵襲なのだろう。下がって、待っていれば出てきた瞬間に魔術とスキルが身体を覆い尽くして燃え滓になった。数の暴力だ。
逆に入ろうとして、同じようにならないのは入り口が決まっていないからなのだろう。入り口が狭ければ微弱な負の魔力を集めきれずに、結界を維持できないと。
「魔物も数に任せてくるとかないのかな」
「だいたい、お前だとぼー、ばりばり、どーん、じゃん」
「そうなんだけど」
無数の魔物よりも、強力な1匹の方が厄介だった。魔王だとか。魔王だとか。
逃げ回る魔王だとか、本当に信じられない。
「浄化だけで、敵が死ぬってどうなの」
「そんだけ、魔力があるってことでいいじゃん。死ぬことねえのに、皿の上に命を乗せるのわー馬鹿の極みだぜ。・・・俺を突っ込ませたら死ぬから。セリアじゃないからな」
わかっている。
エリアスは後衛型。その通りなので、しょうがない。覚悟を決めて、【浄化】を連打する。骸骨が動くのが先か。それとも、魔力が尽きて動けなくなるのが先か。
「主さま。お茶をお持ちしました」
見れば、お盆に白い茶碗が乗せられていた。湯気が見えないのは、気温が温かいからだろう。
メラノとミッドガルド、ハイデルベルクでは気候が違った。9月なのに、メラノは寒くない。
ハイデルベルクでは防寒着だって、夜には必要になったりする。濃い緑色の茶葉。
味は、濃かった。懐かしい。家では、葡萄酒が振る舞われるものの、お茶からは遠ざかっていた。
風呂だって、大衆浴場は見かけない。メラノは、イタリアの付け根に当たるはず。
きっと、温泉だってあるだろう。
「美味しいねえ」
エリアスも飲んでいる。3人で飲んでいると、
「テメエラ、きりきり働かんかい。ボケェ!」
なんて、罵声が振ってくる。生理でも来ているのだろうか。彼女の切れどころがわからない。
「まったく。これだから、嫉妬に狂う女はみっともねえ」
「ふふ。そのようですねえ」
嫉妬しているのか。アルストロメリアは、鎌で壁を殴り始めた。まるで、ツルハシを握った鉱夫だ。
音は、していない。が、いたたまれない気分になった。それというと、まるでアルストロメリアがユウタを好きだというような気がしたからだ。例えそうであっても、真実の愛だとかそういうモノを探す童貞には効かない。
恋など、錯覚に過ぎないのだ。
(これで、終わりにしてやるか。臨兵闘者灰燼烈在全、破ッ)
手からは、光が伸びていく。太い光の束だ。真っ直ぐに結界の中に伸びていく
「おい?」
2つに裂けた。硝子が降り注ぐようにして、光が舞って落ちてくる。出てきたのは、肉塊だ。
巨大な桃色をした肉に目と口がびっしりとついている。魔物か。魔物なのだろう。
待ち構えていたようである。紫色の髪をした少女の刀から、眩い伸びていく。
雷撃だ。
「しゃ、止めだぜ。バーニングボムいっけえぇ!」
箒に跨って、飛び上がる幼女が魔方陣を空中に描くとそれは赤い玉となって肉塊に襲いかかった。
アルストロメリアの方を見れば、肉塊を鎌で解体しているところだ。
肉塊は、でかい。巨体の骸骨が見えなくなるほどだ。
「トゥルエノ、エリアスに飛びついて」
果たして、箒に手をつけるも勢い任せでふらついていた。
燃えているものの、地面からは肉が伸びてくる。
(恋なんてなあ。顔面が良い奴だけに許された代物なんだよ! それがわかるまでに魔法使いになっちまうんだ! 大魔法使いだってあっという間だぜ。そのうちに捻くれて賢者よ。愛を金に変えた糞どもめ、全て死に絶えろ、炎に沈め! 業火滅却)
木の葉を手に口から気を込めて吹けば、あり得ない火が吹き出る。目の前が真っ白になるほどだ。
正面には、肉。焼き尽くすとばかりに、息を吐く。腹の内に溜め込んだ憎悪は、尽きる事がない。
キモ豚の悲しみなど、誰が察しようか。
(知らねば、こうも苦しまないで済んだ。知らねば、信じていられたのに。愛を)
アルストロメリアが見ているのは、金だ。或いは、ユウタの性能か。
どちらにしても、侘しいではないか。恋とは、断じてそのようなものではない。
魔法使いに成るものとは、哀れで愚かなもの。だが、きっと恋と愛を信じているのだろう。
適当なところで切り上げれば、後には黒焦げになった塊が見える。酷い匂いだ。
「こらー。火遁、使うんなら一声かけろっつーの。蒸し焼きになったら、蘇れねえだろうが」
「まあ、迎えに行ってもいいよ。魂が壊れてなきゃ大丈夫」
「そういう問題じゃねえから。おら、ライコも言えよ。たまには、この馬鹿に文句の1つもあるだろ」
すると、にっこりとした笑みを浮かべて口を動かす。
「主様、見事な火遁でした。先を急がれますか?」
「おいこら、涼しげな顔をしてんじゃねーぞ」
にしても、匂いが酷い。焼肉は、当分の期間、食べれそうにもない。肉はなんだったのか。
1つ、閃いたが考えるのを止める。
視線をアルストロメリアのゴーレムへ向けると。
「おりゃあ、この、雑魚が、邪魔すんじゃねええ」
鎌で、肉だったものを縦に割ったりして遊んでいた。




