390話 メラノ、成仏
子供は、早く寝なさいと言われる。
実に正論だ。
このままアルストロメリアやアルーシュたちと一緒に狩りをしていると、ちびっこになってしまう。
(ユークリウッドの身体だから、短足になるとは限らないけどなあ)
アルストロメリアは、いくらでも狩りがしたいようである。
だが、眠い。
疲れていることもあって、さっさと帰ることにした。
部屋では、時間が経っているのにも関わらずゲームをやっている人間と動物で賑わっている。
ドアを開けると、ベッドへと倒れ込んだ。
魔力の使いすぎもあるのだが、金が無いのにも困っている。
ポーションを勝手に野良の錬金術師が売るのは、問題であった。
(でも、チート転生者じゃないかんじだったし。金に困っているなら、なんとかしてやるのが組合じゃないのかね)
女は、感情で生きる生き物だから子供といえども頑固になってしまうのかもしれない。
理性とか理屈とかをすっ飛ばすのだ。
腕に何かが当たる。
薄目を開くと、黒っぽい動物だ。光がなければ色が付かないのかも。
尻尾から察するに、狐だ。何故、尻尾が9本も生えているのか。
不思議である。まるで、咲きかけのアロエのように渦を巻いていた。
が、アロエとは比較にならない柔らかさ。
(これ、やべえなあ。癖になりそう。なんで、人には尻尾がないんだよ)
ひよこは、顔にくっついてきて息を止めようとするので要注意だ。
空いている手と胸に毛玉とひよこを動かして、目を瞑る。
目が開くと、毛が当って痛い。灰色の狼が両手を伸ばした格好で寝ている。
狐と並んでいた。身体を起こすと、ベッドから降りる。
首に凝りを感じた。動かしてはいないのだが、疲れているのかもしれない。
ローブに着替える。金がないので、金を作る方法を考えないといけない。
現状では、どんどん出費の方が増える一方だ。
昨夜の狩りで得られた素材で、凌げるだろうか。
(素材を売るっていってもなあ。商人が買って、それがどこに流れていくとか調べまでしないといけないとか)
常に気にしておかないといけない。強力な魔物であったり、武器であったりすれば尚更だ。
武力を背景に他国と戦争している真っ最中だし。
大陸全土を統一しようというのだ。
いくら金が有っても足りない。オデットとルーシアの家が商人で力を貸しているものの。
腐敗しないように気をつけなければならないのだ。
(談合は、駄目だって言われてたっけなあ)
しかし、どうだ。日本は、賃金の値崩れを起こしてデフレーションへ突入した。
工事価格の値下げは、社員の給料を押し下げる。それでいて、特権として守られる業界とに分かれて散々な結果であった。
ミッドガルドではどうだろう。談合は、やはりあって組合はある。
談合を破壊すれば、価格競争が生まれて良い方向へと向かうはずだと思われたのだが。
(なんでも自由は駄目だっていうか。やるなら、全部なんだよな)
ミッドガルドにおいて、貴族制度を崩そうというのは自らの足元を破壊するのと同義だ。
扉を開けると、蓑虫になったアルストロメリアの姿があった。寝てないのか。
「よ、よう」
「おはよう。何してんの」
「あー、ちょっと解いてくれよ」
紐で、ぐるぐる巻きだ。簡単には、取れない。アニメのように回してやると。
「ちょ、ま」
倒れそうになる。支えてやれば、もどすのでイベントリを開いた。
背中をさすってやる。大丈夫ではないようだ。ひょっとして、狩りから帰ってずっと蓑虫になっていたのか。恐ろしい所業だ。誰にやられたのか気になってくる。
「誰にやられたの」
水の入ったコップを用意して、差し出すと。アルストロメリアは、勢い良く煽る。
「ぷひぃ。あー、まー飯奢ってくれよ」
喉を膨らませて、もう一杯。朝飯まで食っていこうというのだ。
「いいけど」
というより、毎日のように朝食を食べているとか。部屋の入り口の扉を開けて、
「おはようございます」
頭を下げるメイド服の少女がいた。白いふりふりが、肩からぴんと伸びている。
「おはようございます」
「お食事の用意が出来ております。いかがされますか」
頷くと、廊下を歩きだす。気温は、寒くもなく暑くもない。むしろ、爽やかな風を感じる。
後ろでは、よろよろと進むアルストロメリアの気配。
ポーション販売では、割りを食わせたので素材で払い戻す。
(それでいいんだろうか。しかし、なんだって蓑虫になっていたんだろう)
部屋に勝手に入ろうとしたのかもしれない。誰がやったのかが、問題だ。
色々と、部屋には人も獣もいるので突き止めようとすればできるはず。
ぶうう、と屁のような形容し難い音がした。後ろからだ。
「聞こえたか?」
「凄い音だね」
どん、と背中を突かれる。恥ずかしかったのかもしれないが、ウンコを漏らす子だ。
今更である。
食堂には、父親と継母の姿があった。全員で食事を取るにしても人が少ない。
早かったのか。
「おはようございます」
「おはよう。今日は、アルストロメリア嬢と一緒か。たまにはルナ様やオルフィーナ様オヴェリア様とも話をしてはどうかな」
「はい」
食事では、グスタフがよく喋る。気を使っているのかもしれない。
兄弟は、朝食前に鍛錬をしているようだった。
「んでさあー。何処行く? 昨日のとこがいいなあ」
味をしめたらしいが、アルストロメリアだけでは死んでしまう。
「メラノ、どうなっているの」
玄関では、桜火が手に薄紫色をした包みを持って待っていた。
「ありがとう」
「マスター」
「?」
お辞儀をして顔を上げる少女の顔には、不思議な光があった。手を握ろうと伸ばしてくるので、握り返す。どうした事か。走馬灯が走った気がした。そんなはずは無いのに。光まで、見えてくる。足を蹴られて、我に帰った。
「ふふふ」
足を軽く上げながら、去っていくメイドの姿がある。
「お前。あの人に気があるのかよ」
「いや、僕は」
持てても、意味がない。ユークリウッドの姿でモテテも。それは、仮の姿であって真実は違うのだから。
転生者というのは、いうなれば着包みでいるようなものである。転生前の姿は? まるで気にならない小説が多かった。気にしないのか。それが、ここのところの悩みである。
(そりゃさあ。人が羨むような美形になってりゃ、女も簡単に落ちますわ。そうじゃないものを求める事が、間違いなんかなあ)
だから、奴隷を求めてしまう。しょうがないもの。男なんだから。子供は、男1人では作れない。
「僕は、なんだよ」
扉を開けると、三角帽子を手にした女の子が地面に倒れていた。残念なことにパンツは見えそうもない。
手を差し伸べる。
「いきなり開けんなよな。げっ、アルストロメリア、てめえ」
「ふっふっふ。これも策略だぜ」
「宙吊りにされて、今日は行動不能なはず…ユーウ。ヒールかけたら駄目だろ」
そう言うが、腕に跡が付いているまま外に出られたら、困る。
家の評判に関わるからだ。
「がっこは、いいのかよ」
「そりゃ、俺のセリフだぜ」
いがみ合う2人は、今にも殴り合いを始めそうだ。そこに、紫色をした髪の少女が接近してくる。
「何処へ行かれるのでしょう。私もご一緒させてください」
既に、3人。1人増えた。4人だ。
「メラノにしようかな。そろそろ、でかい骸骨を倒して終了にしたい」
「おーいいねいいね。そうしようぜ」
大丈夫なのだろうか。家の横に行くと、水色の髪の毛をした女が座禅を組んでいた。
転移門を開いて、移動する。
アルストロメリアの手下が勝手に村を作っているというのが、感想だった。
水晶玉で確認して跳ぶというのは、安全の為。距離を無視できる魔術というのは、誰でも覚えたいのではないだろうか。アルストロメリアに言わせると、本人の魔力量もあって難しいとか。
「ロゥマは何も言ってきてないの?」
「ああ。奴らにとっちゃあ、魔物に制圧されている地域の事なんざ冒険者にやらせればいい的な? だから、こっちは無法地帯よ。ロゥマの軍勢がこれねえ代わりに、こっちも送れねえ。だから、不干渉に持っていくみたいだけど、アルカディアの南側で海と繋がっちまったからな。この先は、わかんねえけどよ」
やはり、地中海なのだろうか。海には魔物がいるので、渡れる気がしない。得意の火線は、水蒸気爆発になるし。モーゼのように海を割る念動系の術を使うにしたっても、意味が薄い。術を維持したまま戦うのが、容量的に苦しいからだ。
道に沿って道具屋、武器屋、宿屋と形は整っている。が、冒険者の姿は少ないようだ。
「すぐに向かうか? 俺のゴーレム持って行きたいんだけど」
「いいけど」
アルストロメリアは、走っていく。それを見送りながら、歩く。
「待ってやらなくていいのかよ」
「うーん。踏み潰されそうだし。危ないんだけど」
さっさと行かないと。踏み潰して破壊する気なのではないだろうか。
槍に人骨が刺さっていたものは、除去されていた。
その先に建物がある。人が出入りしているのか。中には、複数の気配を感じた。
そして、地面が揺れる。後ろを見れば、巨大なロボットが歩きだしていた。
手には、鎌を持っている。青と白黒。かなり微妙な造形だ。空は、飛べないのか。
地面が、酷い事になるに違いない。間近で止まるも、砂埃が激しい。そして、陥没した足跡の始末は大変だろう。
「うし。行こうぜ」
拡声器が付いているようだ。或いは、魔道具でその効果を代用しているのかもしれないが。
先に歩いていくと、矢の転がっている罠が見えてくる。明らかにイタリアの地形とは違うような場所だ。
何しろ、渓谷があって川がある。町は橋を渡ったところだし。
西側を見れば、ジャングルのように森が広がっている。町まで敵の領域を削っているようだ。
「ここは。メラノの町、ですか」
トゥルエノは、来たことなかった。きょろきょろと視線を動かす。
石造りの地面は、黒っぽさが取れて普通に石色をしている。
「多分な。もうちょいででかい骸骨が見えるってんで、張り切ってんだろ」
「なるほどね」
橋は、魔術で作り直されたのか。土で幅広い。渡っていくと硬かった。
町は、人の姿がない。アルストロメリアの手下が、歩いているくらいだ。
完全武装で。
「ちょっと、教会にいくけど、いいかな」
ゴーレムは、川に降りていく。意外にも、壁にしがみつけるようだ。
「おう。なんか、あんの」
世話になった骸骨がいたのだ。生き残っているか怪しいけれど。近寄っていくに、警備の人間はいない。
扉を開けて、中を見る。人の姿はなかった。
棺桶もない。女の像が立っている。近くまで寄ってみると、白い霧が壁から染み出してきた。
人形が影から出てくる。
「お主、見事にやり遂げおったのう。ありがとう」
ネロと一緒に脱出したはずだ。戻ってきたのか。
「な、なんだあ」
トゥルエノが刀に手をかけていた。それを手で制止する。まだ残っていたようだ。
「ネロ様も、ここに来られた。後は、忌々しい魔族を討つだけよ。お主ならば、きっとやり遂げるじゃろう。儂も、もう死ねる。ネロ様の事、しかと頼んだぞ」
うなずかないと、成仏できないのだろう。NOの選択肢を選んでも絶対にYESを選ばされる時だ。
「まだ」
「ほっほ、ありがたいがの。儂は普通じゃ。皆は先に行ってしもうた。それで、もう、意識が遠のくばかりでのぉ。そろそろお暇じゃ。いざ、さらば」
頷くと、半透明な青白い顔をした爺。にかっと笑った気がした。それと共に、白いものが天井に登っていく。目玉の飛び出た茶色い人形は、倒れた。




