388話 突撃してみた。
風呂から上がると、着替える。白い大理石をふんだんに使った着替え部屋だ。
作戦は、杳として決まっていない。
「飯、食ってこうぜ」
「良いのかよ」
「美味いし。お返しに、美容品でも送っときゃいいんじゃね」
美容品は、中々にお値段がするのだ。日本人の勧めで作られるようになったものの。
素材を取りに行くのが、命がけである。育毛剤に使われるワカメ成分は、海の魔物を倒さないといけなかったりするからで。生えている場所が問題だったり、魔物自体に生えていたりと難題だ。
髪の毛に、温風を送る術を使いつつ。
「安くねーし」
といいつつ、扉を開けて移動するエリアスを追いかけた。
通路には、召使いの姿がある。まだ同じくらいの年齢のような。
見覚えがあるような、ないような。
(どっかでみたなー、うーん)
とはいえ、銀髪は珍しくない。怖いメイドからして銀髪だ。セリアも銀髪だ。
鼠色と言ったら、怒るだろう。後を付いていくと、食事に乱入する格好になった。
挨拶もそこそこに座る。
アルストロメリアといえば、こんばんわ、くらいだ。
「おめーも、ちっとはなんか話せよ」
「いやなあ、任せるわ」
グスタフ。
ユークリウッドの父親であるという。が、似ていない。
アルストロメリアの見た感じだと、とても聖騎士には見えない人相をしている。
鼠色の服が、ぱんぱんで筋肉が凄い。子沢山なので、夫婦仲は良さそうである。
「あー、アルストロメリア君。よろしいかな」
「え、はい」
えひゅっという音が出た。隣では、女が吹き出している。凄く殴りたい。
「なんでも、ご実家は錬金術をよくされているとか」
よくご存知のようだ。
「錬金術といっても、しがないポーション売りですよ」
「いやいや。昨今では、美容にいい化粧品も扱っているそうじゃないかね。うちの家内には、必要ないけれど、あるとね。もっと、いいんじゃないかとね」
実際には、尻に敷かれているのかもしれない。にこにこと微笑む細君は、目を細めている。
(あんたんとこの息子さんに、ギルドが傾きかねないんですけど! どうしてくれようか、おい)
告げ口をしたところで、下がるのは周囲の評価だ。1人のモグリを見逃せば、ほぐれた尻のように決壊しかねない。
「ええと、最近だと、えーまー、クエン酸入りの果汁入り果汁酒とかおすすめですけど。アルコール度数も押さえてあって、晩酌にもってこいですよ」
「ほお」
「よければ、持ってこさせますけど」
現物が無いのが、ネックだった。収納鞄には、なんでも入っているわけではないので。
「お前なあ、セールスすんなら持っておかねーと駄目だろ」
「馬鹿野郎、おめえんとこみてーにほいほい作れるかっつーの。独占しやがって、あ、すぐもってくると思うんで。えへへ」
会話の間もグスタフは、ぐいぐい飲んでいる。酔っ払わないのだろうか。
「ふむ。ところで、だが、うちのユークリウッドとはどういう関係なのかな」
どう答えたところだろうか。ルナは、シャルロッテと食べさせ合いっこをしている。
「ええと、将来を誓いあった……」
ばぶう。そんな音が、一斉に聞こえてきた。正面に座っていたルナからも、液体が飛んでくる。
隣の女が、口元を拭いつつ肩に手をかけて。
「はっ、あー、嘘ですから。な?」
有無を言わさぬ目である。これが、本気と書いて真剣という目か。半眼になったまま、指が肩に食いこんで痛い。
「仲ではないですけれど。仲良くしてもらってます」
「だろお」
ぎりぎりと、骨が砕けそうだ。ユークリウッドの妹の目が怖い。見れば、まんまるになっている。
「そうか。冗談、かね。ユークリウッドもいい年なのでね。そろそろ、許嫁を決めてもいいとはおもうのだけれど。流石に、王子とは身分が違い過ぎるというか。ああ、今部屋にアル王子の姉君まで来られていてねえ。その話を避けるのに、苦慮しているのだよ。勝手に決めては、ユークリウッドも臍を曲げるだろうし。私としては、好きにしてもらえるといいのだけれど。その王子が……姉君まで困ったものだ。ユークリウッドにその気がないのではね。逆を言えば、あの子がその気になってくれれば問題ないのだけれど」
この国には、性転換の禁術まである。男が女になっても問題ない、とはいうがそれも生殖能力はなかったような? 絶対に反対である。
「わかりました。俺も思うとこあるんで、任せてください」
「は? ちょっと待て、おい」
食事もそこそこに掻き込む。味は、美味しいとしかいいようのない肉団子であった。
ソースが旨味になって、舌に入ってくるのだ。見た目は、肉肉しい感じの一品。
立ち上がって、席を外す。
「ちょっと待てって。今行ったら、フィナルもいるぞ」
びびってやがる。漏らそうが、何しようが当って砕けろだ。
後手に回っているので、とにかく突進するしかない。
「だから、なんだってんだよ。そこに獲物がいるなら、いかねーと駄目だろう」
何故、今までユークリウッドの部屋に行かなかったのか。
部屋の前まできて、回れ右をしたくなった。
何か、嫌な感じだ。
「どうしたよ。さっきまでの威勢はよ?」
はよ、ではない。通路は、大人が4人くらいならんでも余裕な位に広い。赤い絨毯は、内靴が沈み込む。
「はっ、なめんなよ」
ドアのノブを掴んで、中へと入る。濃密な魔力にくらっときた。
支えられなければ、そのまま倒れていたに違いない。
腹に手を回されて、床を舐めるのだけは逃れた。
「あら、貴方たち」
「アルストロメリアにエリアスじゃありませんの」
立ち上がると、もう、不思議な世界があった。空を飛ぶ金色の魚。金色の羊を追いかけている羊人。
正面は、窓で外が見えている。右に壁。壁には、何かが映っている。
「マリアベール殿下。ご機嫌麗しゅう、こら」
慌てて、膝をつく。
「いいのよ。ここでは」
「おらおらおらおらおらあ~~」
アルーシュの声がする。マリアベールの横には、エッフェンバッハ公爵家の跡取りであるソルの姿。
優男だ。
暗紅色のソファーに座って、手を振っている。人の数が多すぎではないだろうか。
「はっ、雑魚が」
「うー、ううううう」
闘気を全開にしているのは、獣人軍団のボスであるセリアだろう。銀髪が、逆立っている。
画面には、なんだか見覚えがある。山田が大好きな格闘するゲームという奴だ。
しかし、
「ユークリウッドのやつ、画面の中にいる?」
壁面の板に映し出されているのは、紛れもないユークリウッドの姿だ。少々、角ばっているような。
「おーっほっほっほ。お馬鹿さん。あれは、ポリゴンというものらしいですわ」
「は?」
聞き覚えがある。だが、エリアスはもろに引っかかっているようだ。これだから、ゲームに興味のない女というのはチョロく騙される。
「説明してあげますわ」
フィナルは、いつもの白いフード姿ではなくて学校で着る制服をきていた。
学校帰りに、寄ったという事であろうか。未来の女教皇が、このような場所にいるのは違和感しかない。
尼は、念仏でも唱えていればいいものを。
画面を見れば、色んな方法でセリアと思しき戦士が殺されていた。酷いとしかいいようがない。
ラウンドが開始されて、1秒、0,1秒か。画面がカラフルになるのである。
「姉上、おかしい。これはおかしい」
「ふははは。奴が、手加減しなければ、常に。こう、なるのだよ。見ろ、この圧倒的な戦力の差を!」
「コマンドとか、そういう問題ではなくてですね。こっちは、ガードしているのですが!」
そうだ。おかしい。もしや、ガード不可とか。遊ぶために、実は特訓していたりする。
大抵のものに、対応可能だ。
「一発当たれば、即死だからな」
「卑怯じゃないですか」
確かに、卑怯だ。一体、どのような調整をしているのか。ただのクソゲーだ。
「ふん。こいつは、冒険者ギルドからステやらなんやらをぱくって作った奴だからな。ちなみに、私のは入っていないがな、わっはっはっは」
なんという傍若無人ぶり。普通の国なら、味方の武将が全て離反してしまいそうである。
「おかしいです。土槍とか、食らっても私は死にませんよ。避けれます」
「ふ、こいつは、確実に当てられる。特に、お前に対しては相克アビが発動するからだ。といっても、わからないだろうから解説してやっても良いが」
「ゲームですもん。避けます」
堂々巡りだ。セリアは、決して負けを認めようとしない。かなりの頑固者である。
そして、アルが3人いる。シグルスが隣に立っているのとフィナルが隣にいるのでわかるといえばわかるが。獣人の集団は、それぞれセリアの後ろに陣取っているし。グループが、発生しているではないか。
アルストロメリアは? エリアスというとフィナルの横である。
アルーシュの配下なので、その後ろに座った。
「ところで、野郎は?」
白い猫を撫でている犬だか狼だかの獣人に話しかける。
「ユークリウッド様なら、お休みしていますよ」
「なーる。いつもこんな感じなん?」
「いえ、私も初めてここに入りました」
白い尻尾をふりふりと動かしている。大人しそうだが、耳の形からすると狼っぽい。
似た子が居て、判別が難しかった。
ゲームばかりやっていて、なんなのだろうか。
(ユークリウッドの野郎が、引きこもってちゃ意味がなくね? 俺が来てもその他大勢のような。…ひょっとして、これ全部がハーレム、なわけないか)
いくらなんでも多すぎである。マリアベールは違うとしても、男の姿が1人しかいない。
白い液体のような物を進められて、口に含むと絶品であった。
シロップというものとはまた違う。新雪の雪解けを舌に施すような。
「なにこれ。めっちゃうま」
「オデットさんの新作らしいですよ」
「ほーん。あいつ、多才なんだな」
山田の入れ知恵かもしれないが。それを作って見せるというのは、一種の芸だ。
「アルストロメリアさんもユークリウッドくん狙いなのかしら」
一瞬、時が止まった気がした。マリアベールは、爆弾を投下してくる。
「いえいえ、俺は、遊びに来ただけで」
「本当に~」
おちゃめな人だが、鋭い。というより、マリアベール以外の女は全員がユークリウッド狙いではないか。 とっくに脱落している感の奴もいるであろうが。
「ところで、なんでユークリウッドの奴は出てきてないんですか」
「はは。また、突っ込みがきついね。彼は、いつも出てこないらしいよ。あまりに、人が多いといえばその通りだからね」
広い部屋であるが、獣人たちだけでもけたたましい。窓の付いている上部を見れば、エアコンと呼ばれる代物が付いていた。換気は、それでしているのだろう。獣人の匂いがしないのだ。
「んじゃ、俺が呼んできますよ」
「え? きみ」
遊びにきているのに、主が出てこないとは何事か。呼び起こすために、仕切りに近づくと。
「ユークリウッド、あーそーぼー」
返事がない。扉を叩く。
「お、おい。まじかよ」
返事がない。扉を叩く。
「うるせええええ」
手が出てきたと思ったら、掴まれた。
「人が寝てんのに、何」
「遊ぼうぜ」
「遊ぼうぜー、じゃねえ」
腕にしがみつくと。大人しく、外へと出てきた。けっこう、ちょろい。




