387話 ぼんやりしてても始まりすらしない
青い空が、果物色に染まっている。
赤と黄色が混ざって、美しい。
ユークリウッドには会わなかった。否、会えなかった。
「どうするよ」
「どうするっつったって、テメーが念話をしねえからだろ」
「は? それじゃ、おめえ。俺がストーカーみてえじゃねえか」
目を剥いて、血走らせている。かわいいと評判の女なのだが、これでは台無しだ。
「実際、しょっちゅう念話をしてんだろ。どこにいるかくらい気配を感じろよ。気配を」
「あほか。きめえ」
きめえ、と言うが。会えなかったのは、単純に念話をしなかったせいである。
何故だか、今日に限って念話をしないという。馬鹿なのではないかと、思うのだ。
「まいったな。魔力で探れねえの?」
「野郎は、マイナスになってる時があっから。できる時と出来ねえ時があるんだよ」
メラノに戻って、部下が魔物を倒している光景を眺めていた。
尻にしいた切り株は、ごわっとした感触がする。
「思うんだけどよ。俺の聞いた話じゃあ、ね~ちゃん曰く。男なんて、ほっといてもつきまとってくるって話らしんだけど」
「ん。確かに。でもま、あいつは、なんていうか。うーん。最初は、女も男も皆殺しっていう感じがしてたぜ」
「まじか」
とはいえ、アルストロメリアから見るユークリウッドというのは激甘だ。甘ちゃん過ぎて吐き気すらしそうである。特に、モグリの錬金術師に対する反応などは行き過ぎではないか。ポーションの単価というのは、そのまま従業員の給料なのだ。わかっているのか。わかっていない気がする。
巨大な頭をした魔物が、倒れている。今日一番の大物だ。無数の砲弾で穴だらけ。
かくも豊富な武器は、錬金術師ギルドと魔術師ギルドが手を組んだ産物。
隣に用意した機体は、出番なんてほとんどない。
「やっぱこう。なんなんだろうなー」
「おまえんとこは、なんて言われてんだよ。俺なんて、失敗したらちょん首だぞ。行先ねーんだけど」
「ふーん」
「ふーんて、他人事すぎんだろ」
他人事だ。エリアスの家は、よほど執心なのだろう。エリアスを絶縁するくらいだ。
魔術師ギルドでも、指折りの魔女であるところの婆ぁがいたはず。
表にはでてこないものの。
「あれこれ考えてても仕方がねえな。とにかく、側にくっつくしかねえ」
「ほーん。で、手とか考えてんのかよ」
考えられるはずがない。色気だとか。よくわからないのだ。
エリアスが、とっても似合う黒いスカートと白いシャツをしていて憎たらしいと感じた。
そのくらいだ。
「転移門を出してくれよ」
「何処に行くんだ」
「こうなったら、家で待ち構えておくしかねーって」
ステータスカードを見れば、錬金術師レベルが1上がった。それだけだ。
金色の門を抜けると、通りに面した壁とぶつかりそうになった。
「あっぶねー」
が、後ろからの圧迫。
「止まるんじゃねえ」
椅子を取り出して、拳闘士のように肩を落として項垂れる。疲れたのだろう。
空間転移は、大魔術の1つだ。子供の頃から使ってよい魔術とは思えない。
「およ。エリアスとアルストロメリアであります。今日も遊びに来たでありますか」
「おう。あいつ、帰ってんの?」
屋台という木で出来た台車で、客を相手にしている。黒い髪の毛をしているのが、オデット。
白く金縁をした鎧の上に白いエプロンをしている。青い目だったり、赤い目だったりと得体がしれない。
良い匂いだ。肉を焼いているようだ。腹が、鳴る。
「さっきであります。ついでに、これ、食べるでありますか」
3本の指。300ゴルか。安くはない。が、興味と食欲が優った。一口。二口。
隣の女も、うつむいたまま食っている。おごりになっているのか。銅色の貨幣を渡す。
黒く塗られた液体が、旨味を引き立てている。
最近、流行りのソースなのだろう。日本人の細やかさときたら、大したもの。
見習うべきだ。
「お前ら、いっつもここで店をやってんよな。大丈夫なのかよ」
コルト。成り上がりのコルトと言えば、商いをやっている人間で知らない者はいないほどだ。
通りは、帰り道を急ぐ人で止まる人間は少ないようである。
「ぬふふ。大丈夫であります」
「いや、警護する兵とかいそうになくねえのって話」
周りを見ても、どこぞに潜んでいるのか。わからない。通りが赤く染まっていく。
「襲う、という意味でありますか。それなら、大体、お話するでありますよ」
屋台の後ろには、無骨な槍が置いてあった。水色の刀身が、美しい。2つとないような。
ゲイボルグだろうか。かの槍は、赤く血のような持ち手をしているというが?
珍しい槍だ。
「変な野郎が、来なきゃ良いんだけどよ」
「変な野郎が来たら、シルバーナに連絡するであります。解決であります」
「なるほどな」
さっさとユークリウッドの家に入りたいのだが、そこを圧し殺してオデットと話をする。
観察するところ、オデットもユークリウッドに気があるようだ。
でなければ、子供である。遊びたいはず。まだ座っている女を放って、屋台の後始末を手伝う。
生ゴミを収納鞄に入れている。なんとも高いゴミ箱だ。
いくら稼いでいるのか気になったが、聞けない。立地は悪くないようであるが?
「むむ。ありがとうであります。うちに寄ってくでありますか」
「最近流行りのポーションでも紹介させてもらえっと助かるねえ」
エリアスの肩を担いで、歩き出す。歩きにくいにも程があるだろう。
さっさと家に入れないのには、エリアスの体調もあった。
「エリアス、へばってる?」
黒髪のおかっぱ幼女が、視線を向けてくると。
「いつもの事であります」
「糞が、ぶち殺すぞ」
エリアスは、キレッキレであった。そして、オデットたちは相手にしているようで完全に舐めている。
舐められているのは、エリアスの方で。要塞のような壁を横に歩いていく。
通り過ぎるユーウの家。中の門が新しくできていて、まるで城であった。
「なんつーか」
「物々しいでありますか?」
頷く。流石に、王族だとか貴族の娘がくるにしても、だ。
通りにいる人間は、全て調査されていると聞く。角を曲がって、ユークリウッドの家へと近づけば何人であろうともだ。成金コルトの家も改築が施されていた。
入り口が、違う。横から入るようになっていて、表はすっきりとした店構え。
路地にも、人が立っていた。
木戸を叩くと、
「あら、お嬢さま。お帰りですか。そちらは、お友達の」
「エリアスとアルストロメリアであります」
「まあ、まあ。ようこそ、おいでくださいました」
案内されて、通り抜けるとユークリウッドの家の横に出てくる訳だ。
当主のコルトには出会わなかった。が、男親は金髪だという。
肖像画がかけられていたので間違いない。少し、顎が角ばっていた。
「あらあら、ユーウちゃん以外のお友達なんて。お母さん、嬉しいわ」
などと言われるとは。オデットとルーシアは、選択的ぼっちなのだろうか。
学校でも、たしかに誰かといるところを見た事がない。
「先に行くであります。おもちゃにされるでありますよ」
追い払うようにして、先に進む。果たして、簡単に庭へと出た。
夕暮れ時も、影が差している。食事の匂いが漂ってきた。
芝生の上では、丸っこい動物が転がっている。なんで転がっているのかしれないが、当たったら大怪我をするだろう。
とりもなおさず、ぐったりとしているエリアスを背に乗せて歩く。
「あー気持ちわりい。風呂まで連れてってくれ」
「お前んちかい」
「あいつのものはー俺のもの。アル様もよく言ってんじゃん」
人のものは、人のものである。財産権のあり方について、アルとは話さなければならない。
芝生をローリングして遊んでいる竜が怖かった。ぶつかれば、アルストロメリアだけが骨折か何かになるからだ。
じわっと漏れている気がした。
「お前さあ。念話でユーウの奴と話をしろっての」
「なんで」
「迎えにこさせろよ。あぶねえだろ。まだ、猛犬のがましだわい」
猛犬も嫌である。わんわん吠えられたり、噛みつかれたりすれば、それもまた怪我であるから。
合間を縫うようにして進む。汗をかいたが、全部、ユークリウッドのせいだ。
家に入っているのは、無断もいいところであるが。
「いつも、どうやって入ってんの」
「ん、ああ。門で連絡したら、メイドがやってくるからな」
脱力感がする。エリアスが意外に重くて、手が痺れてきたのだ。
やはり、錬金術師には戦闘など無理な話なのだ。セリアなどと殺し合いをして、手に入れようなどと。
妄想もいいところ。腹違いの姉などをぶつけてみるのもいいだろう。
ちなみに、全員、そろって女であった。わりと誰が当主になるって、どうでもいいのだが。
「……いらっしゃいませ。エリアス様はお風呂にいたしますか」
銀髪の女が、こつ然と現れた。玄関の呼び鈴を鳴らす前に。
スカートを上げて見せる。優雅というしかない女だ。目を見たら、下が決壊した。
何故か。
「おう。あ、こいつ、また漏らしやがった」
言葉が出ない。目の前の女が、なんだか知れないのだ。平然と、エリアスは立っているが。
なんだかわからないだけに、やばいと感じている。
何故だ。
「それでは、お二人ともお風呂ですね。案内いたします」
扉は、何か呪力を感じる。廊下もだ。音1つ聞こえてこないのである。
今更気がつくとは。
風呂場は、木の籠が置いてあった。扉で一礼したメイドが去っていく。
「なんなんだ。あの人、人か?」
「うぶっ」
慌てて、幼女が中に入る。胃のものでも戻すようだ。服を脱ぐと、パンツはびちょびちょでつんとくるものまで出ていた。風呂に入る習慣も廃れた人間が多い。何しろ水が病気の元だと言う迷信が広まったりしたからだ。
錬金術師ギルドは、掃除をしっかりとしているので病原菌が繁殖していたりしない。
ユークリウッドとばったりあったりすれば、面白いのだが。
まったくそんな事はなくて。
「おえええぇ」
気分の悪くなったエリアスが、えづいているのをさすってやるのだった。
(やっぱ、ふんじぱってスケベ作戦しねえと無理じゃね?)
籠絡しようにも、全く進展がないのだから。既成事実を作るしかない。




