385話 上手くいかないので、話をするようです
錬金術師は、錬金をする研究者であって戦闘員ではないのに。
なんだか知れない大地は、灰色とも黒とも思える。
「ひぃ」
思わず悲鳴が口からでた。
槍に貫かれた死体。鳥が集っている。味方の兵が片付けているのだが、あまりの多さに進んでいないのだ。燃やすにしろ、油が必要であった。魔族によって、世界が侵食されたのだろう。
アルストロメリアは、魔界なんて行ったこともないけれど。
「びびってんじゃねえ」
ぶち殺すぞ、と脅されている。聖女の代わりにやってきたのは、王女様だ。
口が悪い女である。
「すいません」
「お前さあ。さっさと進めねえと、ほんとぼこるじゃすまねえから。大見栄きって、こんのザマ。どうすんだよ。1%も回復してねえじゃねえか。むしろ・・・悪化してんぞ。あいつが逃げ出したら、お前のせいだからな」
顔を寄せて、ガン見してくる。目が、笑ってないので本気だ。
アルストロメリアにしてみれば、言い過ぎであると思っている。
人の頭の中なんて変えようがないではないか。信条とか特に。
背けるように前を見ると。ぬるりとした灰色の人型だとかが、兵の手で打倒される。3mはあるものの、兵の操るゴーレムで一刀両断されて倒れた。
隣に並ぶ女の足が、がっと横脛に当って痛い。
「で、でもですね」
「でももかかしも、要らねえんだよ。私が欲しいのは、結果だ。結果。なに、ミリもすすんで無いって? お前、ギャグじゃ済まねえんだって。わかれよ」
それなら、もう少し女らしくしてはどうか。それを想像して、「無いな」と思った。
アルーシュを筆頭に、女らしくないのが彼女たちだ。
女なのに、チンポがついていそうな面々である。豪華な衣装も破り捨てそうな感じであるから。
「といっても、全然、女に興味が無さそうでして……」
「そうだな。私は悲しい。お前が、駄目なのか。エリアスも駄目なのか」
王女の反対側。つまり、アルストロメリアの右。エリアスのうつむいた顔に青あざがある。
回復の術を使って、まだ治りきらない暴力のようだ。
アルストロメリアは、二重の緊張で脇が湿るのを感じる。
「時間だけを浪費して、やることをやれないんであれば、だ。いっそ、エリアスの妹を使ってみるか」
アリエスだったか。おかっぱの少女である。見てくれでやるなら、とっくに懇ろになっているはずだ。
ティアンナだとかエリストールだとか、アルストロメリアの目から見てもおっぱいの大きな良い身体をしている。
男なら、チンポが勃って当然で。
(いくら、俺でもなんでやんね~のとか聞けねーよ)
少なくともロリコンではないようだが。9歳でやりだしたら、早熟にも程があるだろう。
という風に、アルーシュとユークリウッドを良い仲にする作戦は、暗礁に乗り上げていた。
腐ったような酸っぱいような。酷い匂いがして、風の術をエリアスが使う。
「え、えへへ。それは、勘弁してください」
「お前の意見は、聞いてないぞ。なんで、駄目なんだ。チンポをしごくくらい根性みせろよ」
もっと無理な事を言う。自分でしてみればいいのに。エリアスは、黙る。
「そんな痴女じゃあるまいし、出来ませんて。アルーシュ様がやればいいじゃないですか」
「無理だな」
無理な事を押し付けようというのだ。頭がおかしい。
「別に、ユークリウッドでなくても良くないですか。男ならいくらでもいるじゃないですか」
顔面に衝撃を受けて、浮かぶ感覚がした。と、同時か。
襟首が反対に引っ張られて、治癒のマナを感じる。
目は、見えない。
「死にたいのか?」
「チャレンジャーだな~。俺ですら聞けねー事を。大丈夫か。顔面、陥没してっけど」
死んではいないようだ。が、喋れない。鼻は、血が出ているのか。ぷぷっという音が聞こえる。
「舐めてるな、こいつ」
「死んじゃいますって。あと、ここ、一応魔物と戦ってる最中なんですけど」
「問題ない。死んだら蘇らせてやるよ。ちと、時間はかかるだろうがな」
死にたくない。どうして、殴られる羽目になっているのか。抱えられている。
「他の男か。……考えた事もないな。そういう奴は、全て木乃伊になったぞ。これからも、でてくる、出会う確率というのは無いんじゃないか。お前が、今すぐに探し出してこれるというのなら別だが」
性能か。魔力の量なのだろう。或いは、霊力、呪力といった類の。マイナスかプラスか。
また、魔力は無色であるほど使いやすい。色が出ていると、性質が備わるからだと言われている。
ユークリウッド程の魔力槽を持った人間というのは、今のところ出会っていない。
(他にって、いわれてもさあ。居なくね? マジで)
人間を止めている。もしくは人外の化生ならば。黒竜だとか。竜種だけに、底が知れない。
臓物が干からびた模様を描く地面を進んでいく。抵抗しようにも、手足が動かない。
「じゃ、じゃあですね。もちっと、優しくしねえと」
「私が、優しくない。そう言いたいのか、んーーーーーーーーーーん! 今度こそ、死ぬか」
「や、だって、何もしてないようにしか見えないんですよ」
このまま首をきゅっとされたら死ぬ。死は、生からの解放だという。とんでもない。
まだまだ、美味いものを食っていないのに。やられっぱなしなるものか。
「では、どうしろというのだ」
「パーティーに押しかけてってむりくり入っちゃうとか」
「今だってやっとるわ、ボケッ」
ぐっと手に力が入った。鯖折りのように畳まれそうだ。父親や母親だったらもっと良い案を出せるのかもしれないが、考えが浮かんでこない。己では、頭が良いと思っている。だが、研究ばかりで男をその気にさせるとか。色気? 真っ平らな胸で? 無理である。
エリアスからして平原なのだ。色気で攻めるといっても、ベッドにつれてきてパンツを脱ぐくらいと聞いている。これで、イチコロらしい。
(しかし、パンツを脱ぐのはなあ。いくらなんでもできんわなあ)
悪手にしか思えない。
小耳に入ってきたところによれば、腰を振って液体を出させるのが、目的であるとか。
それが、子作りになるという。
腰振ったら、液体が出る。謎だ。
「夜這いとかどうですかねぇ」
これしかない。子供に、子供が夜這い。できるのだろうか。
「人間の姿では、駄目だ」
「え? じゃ、もうやってるんですか」
ぺっと降ろされて、水色の流体がクッションになる。エリアスの召喚獣だろう。
足に力を入れて立ち上がった。
「変身を解けば追い出されるからな。手下が、束になってきては私でも抗えん」
「ふむふむ。じゃ、うーん」
凶暴な王女が抵抗できないとは。ユークリウッドの寝所は、どうなっているのか気になった。
ミッドガルドの王族というのは、即ち神族の係累であるから人とは一線を画した能力を持っているという。本気になれば、殺し合いになるから止めているのか。気になってくる。
力技で上手くいかないのなら、どうする。色仕掛けも駄目。エリアスの方を見るが、顔を背けた。
「お前も何か言えよな。俺だけが、詰問、受けてんだけど」
「いや、なー。俺だって、わかんねーしぃ」
疎い女だった。話にならない。男を籠絡する事が、これほど難しいとは。
聞いている話とは、全然違う。不意に、思い出した。
前方の兵たちは、出て来るのっぺり型を捕まえては倒す作業をしている。
「褒めるってのは、どうですか」
「お前、やってんのみたことがねえんだけど」
ぶわっと汗が出て来る。肩に腕が乗せられて、シモは決壊していた。
「え、えへ、えへへ」
「お前、やっても居ないことを私にやらせようっていうのか。まず、お前がやれ。私には無理だな」
ぐっと首が押さえつけられる。助けを求めるように、周りを見るが。素知らぬ振りをしていた。
「え、でも、俺の好感度が上がったら不味くないですか」
「む、うーむ」
裏返っていた白い目が、青い瞳を出現させる。怖すぎる。
すっと、腕が解かれて腕組みをした。匂いは、しないものの。
「例えば、食事に誘うとか」
「晩餐会か? 好かんな」
駄目だ。これは、駄目だ。
「例えば、買い物に誘うとか」
「お前が、買ってこい。というか、奴が持ってくるだろ」
天を見る。雲ひとつない。駄目な女だった。顔には、シミひとつなく苦労すらしていないのだろう。
白い手だ。褒める。褒められて気持ちが悪くなる人間が居るだろうか。いや、居ない。
「奴は、褒められるとやめろというしな」
「まじで?」
「マジだぜ。尻が痒くなってくるらしい」
考える。直接的に褒めるのは、駄目というのなら冒険者ギルド。ランクだとかが存在する。
ランクだ。
「思いついた事があるんですが」
「なんだ。どんな事でも言ってみろ。私も、思うところがないわけではないからな」
だんだん、元気がなくなってきた。真実、大変な事のようである。ぺたんと、転がっている丸太に座った。粉挽き小屋のような建物が見える。最前線のようだ。頭のないぬるりとした身体の魔物が、ゴーレムの大剣で切り裂かれた。5mクラスのゴーレムよりは小さい魔物だ。ひっきりなしに出てくる。
「ほら、ランクですよ」
「へ?」「ほう」
動物は、序列を付けたがる。祖先が、神の作った泥人形だとしても本能がある。
動物として、上か下か。ランク、序列とも言う物差しは、わかりやすくないだろうか。
「あいつのランクは、Aでしたっけ」
「秘密だけどな」
「公に出来ないんですか」
隠していては、いつまでたっても遊んでいる貴族の倅でしかない。知っている人は知っているでは、効果を発揮しないのではないか。
「奴の功績を公にすると、私が非常に困る」
「手柄ドロボーだぜ、あだっ」
色んな意味で、好かれる要素がなくないだろうか。これは、好かれる方がおかしい。
「理由、とか説明してんですか」
「してないな」
「しましょうよ」
「断る」
これでは、逃げ出す。色々、報酬を出しているらしいが。戦費をむしろ取り上げているとか聞く。
「お金、セリアに貸しているの知ってますかね」
「そうだな。私は、借りていないぞ」
「調べれば、わかりますけどね」
獣の唸り声が聞こえてくる。襲ってくる勇者は、いないようだ。揉み手をしながら、
「ユーウんちで毎日ゲームやってるらしいじゃないですか。俺もやりたいんですけど」
「駄目だ。駄目。これいじょう女が増えて堪るか。シャルロットのとこにいけ」
「へへ。良い事を思いついたんですよ」
「なんだと」
倒しても倒しても、結界の中から魔物が湧いてくる。飛び跳ねて、アルーシュの方へくる個体はいないようだ。いたとしても、スキルか魔術で倒される事だろう。敵の結界の中でなければ、敵ではない。
ゲーム。非常に興味深い。日本人たちの持つ携帯、スマートフォン。何とかして手に入れたかったのだが。売る人間は、居なかった。取り上げるにしても、正統な理由がなければ強盗だ。
勝手に人の物を取るのは、盗人である。スキルであれ、何であれ。
幾つかの携帯を没収したが、パスワードがかけられてあった。
ヒントは、日本人の文化だ。閃きとも言えないが。
「マッサージ店って知ってますかね」
日本にある売春宿、ミッドガルドの娼館とも違うものらしい。敵を知り、己を知らば百戦危うからずだ。
「なんだ、それは」
「つまり、疲れて帰ってきたユークリウッドの手足を揉んで上げましょうってことです。部屋に居れば、できるでしょう」
なんでやらないのか。不思議である。
「なんで、わた」
「やりましよう。どうせ、ゲームばっかりしてるんでしょ?」
「むう」
諸悪の根源は、面倒くさいにある。
ゲーム三昧。そんな事は、目に見えるようだ。飯もメイドに用意させて、寝っ転がっているに違いない。 どういう生活をしていれば、【火線】が打ち放題になるのか。非常に興味がある。
しかし、1人で行くのは心細い。竜を見て、うんこを漏らしたのは記憶に新しかった。
「じゃ、これが終わったら待機しておくか?」
「あと、バニースーツが必要だぜ」
「なんだそれは」
腰の道具入れから、黒い四角の箱を取り出す。
パスワードは、お話をして聞き出してある。
そして、登録をし直してあった。画像を呼び出して見せる。
「こんな格好で、いいのか?」
「多分、ですがね」
「まー、やるだけやってみようぜ」
魔女っ子の青あざは、なくなって元気が戻ってきたようだ。




