379話 ハイデルベルク地下1-2F アンデッドルート
先頭を進むセリアは、止まらない。
多少の怪我は、再生スキルでどうにかしてしまえるからだ。
そして、獣人は回復能力が高い。普通の人間では、回復の術が必要になる怪我でも短時間で治ってしまう。だからか……。
(えぐい殺し方をすんのかね)
獣人対獣人の戦争では、一箇所に集めて砲弾をくらわせるなんて処刑が行われていた。
目下、ゴキブリの魔物を相手にしているが叩き潰すというやり方で目も当てられない。
こげ茶色をしていて、二足歩行をしているゴキブリだ。
巨大化して、まんま立っているという。細い手に、くの字になった足。
頭からは、触覚が生えていて昆虫であることを示していた。
「なーなー。暇! まじで」
わかる。だが、言ってしまうのは躊躇われるような事を平然と言ってしまうのはどうだろう。
幼女は、暑くなればスカートも平然と上げる感性の持ち主だ。しょうがない。
「そう言わないでよ」
ゴキブリにも、棍棒を持っているものと地中に潜んでいるものと小型のものがいるようだ。
全部、セリアたちが叩き潰して白乳色の汁が飛び出している。
匂いがしないからいいようなものの。
「スライムで、掃除したら?」
「断る。なんで、俺が迷宮の掃除なんてしなきゃなんねーんだ。ぐろいけど、放置だろ」
魔女っ子は、腕を組んで横に座っている。膝を横にしているので、風でも送ったらパンツが見えそうだ。 なんでか、泣かせたくなるのであった。
(これが・・・いじめっ子の気持ちか!)
よくわからないが、子供の体に精神が引っ張られるという事例かもしれない。
前進するセリア、チィチ、ザビーネ、モニカは連携しているのかしていないのか。
撃ち漏らしは、ないようだ。なので、後ろにミミーとミーシャが座っている。
地面は、汁と死体の皮で靴が汚れるのだ。浮いている板は、形状も自由に変えられる。
「お前ら、さー。いつも、セリアってこんな感じかよ」
「え、ええと。そうです」
「あいつって、回復は牛のモニカ頼み?」
「はい」
奇怪な声が、前から聞こえてくる。ゴキブリも声を出すので、悪寒が絶えない。
なんというべきだろうか。戸惑いと、怒りのような。
ゴキブリたちにも感情があるのかもしれなかった。
モニカは、鈍色のメイスと盾を持って後ろから援護をしている。小型のゴキブリを潰しているようだ。
「狩りしてんのもいいけどさ。ウォルフガルドの立て直しをした方がいいんじゃねえかな。俺もあんまし行ってねえけど、ほとんどネリエルだか山田に任せっきりってのもどうなんよって思うぜ」
確かに。と、ユウタも思うところではある。部下に任せるにも、程があるのではないか。
「うーん。まあ、適材適所というところかもしれないけどね。山田さんに、戦闘して魔物を狩ったり人殺しができるとは思えないし」
「山田って、戦争とかでないんか。駄目じゃねえの?」
「いや、駄目じゃないよ。向き不向きってあるし」
「ふーん。いいけど、お、終わりか」
見れば、ボス部屋の入り口か。四角い扉が、両手開きで引かれている。
山田に、冒険は無理な気がする。いや、そもそも日本人に戦争が可能だろうか。
人を殺すのだ。いきなりしろと言われても、難しいと思われた。
「雑魚ばかりだ。中のも、大して強くはないだろう。先へ進むぞ」
「了解しました」「だよね」「わかりました」
と、返事がなされて進んでいく。ゴキブリの魔物は、決して弱くはないのだが。
オークよりは、上の素早さ。筋力でもゴブリンを上回り、飛行も可能。
だが、今一の能力かもしれない。
中に入ると、既に戦闘が開始されていた。
敵は、一際大きなゴキブリで倒れるところだ。天井に穴がぽっかりと開いている。
上から落ちて登場したようであった。
「なんもしてねーぞ」
「そういうもんじゃないの」
悲しくもあるが、何もしないでいいのならしないで助かる。部屋の端にある穴が黒い霧で覆われていた。
ゴキブリの頭が出てもがいている。そこに、石だろう。礫が飛んで頭部が弾けた。
前衛陣が、ボスゴキブリに集って破壊している。背中から、甲羅のような皮、羽、内部へと。
「もう、死んでんだろ」
すっと、脇を通って扉に触れると。果たして、扉は奥へと開かれた。
開始して、何秒間持ったであろう。
「ふっ、他愛もない。全然、食い足りないな」
経験値としての意味だろう。ボスゴキブリの部屋から宝箱が、出ててくる気配はなかった。
しばらく待つ間にも、雑魚ゴキブリが部屋の隅っこで名状し難いものになっていく。
「1階から宝箱が出て来るのですか?」
「でてくる。だが、こいつがいると出てこない確率が高まるな」
じっと見つめられると、居心地が悪くなった。要するに、宝の入った四角い箱がでてこないのは安全なレベル帯に来ているせいだ。と、思っている。
「次に参りましょう」
ザビーネが、緑色の髪を揺らし腰の鞘に剣を納めつつ歩いてくる。
「次は?」
チィチが尋ねて、扉の前へ移動してくる。扉の向こうは、下へと向かう階段になっていた。
「ふん。交代だ。ミミーとミーシャでやれるか? エリアスも援護を頼む」
「お、出番ね。いいね。出番ないとつまんねーよな」
分かるが、それならば板をインベントリにしまって己も戦うべきである。
交代制なら。
「ふっ。お前は、操作していろ」
後ろに座って、寝そべる。無防備もいいところだ。そのまま、寝てしまう事もあるので死なないのか心配だ。ステータスにレベルがある世界だが、レベル差があってもダメージは通る。
「師匠、セリアさん寝てしまいましたよ」
「まあ、よくあるよ」
「よくあるんですか? 信じられません」
寝るなら、家に移動して寝ればいいのにとは思う。だが、経験値も欲しいという。
つまり、我儘だ。
進むスピードは、ゆっくりになる。
地下2Fは溜まり場があった。パーティーが屯していて、休憩を取っているようだ。
男が圧倒的に多くて、女の姿は見えない。
ミッドガルドでは、見るのだが……。
「普通のコースにしよ」
「はい」「うーい」
エリアスは、透明な水で出来ているスライムと思しきものを使役していた。
それで、真ん中を突き進む。奇異の眼差しが向けられてくるものの、声をかけてくる風ではない。
女だらけのパーティーだが、警戒心の方が勝っているのだろう。
セリアは、四角い箱の中に入っている。隣には、チィチが座りその後ろにザビーネとモニカ。
男は、ユウタだけだ。
「地下2階なのかな」
「そうです。ユーウ様は、戦争に行かれないのですか」
チィチが尋ねてくる。溜まり場を通り過ぎて、真ん中の道だ。
「戦争ね。あんまりしたくないかな」
「戦功を立てようという気には、なれないと」
「そうじゃないんだけどね。うーん」
戦場に行くと、大量虐殺にしかなっていない。戦いになっていない戦いというのは、なんなのだろう。
そもそも、戦争の意義も薄いような。王様が攻めるぞ、と言えば戦場に行くのが騎士ではあるが。
ユウタだけが、乗り気ではなくて。他の連中というと、アドルにしてもロシナにしても騎士団に加入して戦争に参加している。
「戦争は、ねえ」
草を刈り取るような戦いばかりだ。オークやらゴブリンと鎬を削っていたのは、何処へ行ってしまったのか。あまりに力を付けすぎて、一方的な戦いになっている。迷宮では、強力な魔術が使えないので地味に殴り合いになるものの。
「迷宮の方が良いと」
ゴキブリルートをやり過ごした地下2階。やりやすい魔物が出て来るルートを選ぶように進むと。
人型魔物のスケルトンが現れる。
剣と盾を持っていたが、あっさりスライムに取り付かれて剣と盾が吐き出された。
なんとなく、天敵っぽい。
「地下2階もランダムのようですね」
「というと、ころころ変わるのかな」
「そのようです。といいますか、冒険者ギルドから発行されている資料でも読む方がよろしいかと」
手渡されたのは、羊皮紙。書いてあるのは、各階の魔物であるが。
「これ、対策ができないタイプなんだね」
「地下1Fでは狩るべき魔物が、蛞蝓と書いてありました」
「なめくじ。誰でも倒せそうなサイズっぽいね」
魔物にしては、小さな奴だった。A4サイズの紙に乗る程度で、魔物というには脅威を感じない。
迷宮の掃除人も兼ねているようだ。そして、地面に転がっている糞を発見した。
スライムを使役している魔女っ子は、迷宮の掃除を嫌がる。
困ったものだ。
「何階まで行かれるおつもりでしょうか」
チィチは、獣人で獣人は陽が落ちると休むものだ。中には、陽が落ちようが落ちてまいが休む者もいる。後ろで、寝ている娘っ子がそうだ。
ブラック企業を経営しているつもりもないので時間が来れば引き上げる。
「んー。お腹が空いたら引き上げるけどね。何か、問題がある?」
「師匠、私はどこまで行っても大丈夫ですが!」
割ってくる。
ザビーネが大丈夫でも、皆がそうとは限らない。できる人もいれば、できない人もいるように。だ。
「特にありません」
「セリアは、時間を無視したりするでしょ。何時でもおやつが欲しければ、言ってよ」
飯炊き男になるつもりもないが、セリアに言う事を聞かせるには飯が一番である。
獣人というのは、何でも食えるのかもしれないが。ユウタは、駄目だった。
両足羊などを見たら、肉が食えなくなってしまう。
小豆で作った饅頭が、インベントリにあるのを思い出して吐き気を止めようとした。
地下2階で出くわしているのは、人間である。運が悪いのか。人が通った後をつけているかのような感じになった。男だらけの5人に、険しい視線を向けられるのも当然と言えよう。
もっとも、チィチに目が行くと撹拌されたかのように泳いだ。
何かあったようである。
「浅い階で生計を立てている方ですね」
「この階は、飛ばしていっても良さそうだねえ」
骨兵ばかりで、手応えがない。スライムの天敵というと、熱か火系の敵である。
地下7階あたりででてくるようだ。
何らかの手段で核を砕かれても、スライムは死亡する。熱で水分を奪う敵も苦手としている。
眩い灯りになっているのは、ミミーとミーシャが使う火遁系の術だろう。
エリアスが戻ってくると。
「スライムいんのに、火遁はねーだろ。おい、監督、なんとかしろよ」
監督ではない。
勢い良く喚き立てる。小さな事で、大きな惨事になるものの。スライムだからか。
「危ないのは確かだけど」
「だろ。わかってんなら、ちゃんと教育しとけよな。水蒸気爆発したら、俺が死ぬぞ」
おおん、ええんか? という態度である。
確かに拙い術だったのだから、
「敵は?」
「ゴーストタイプだったからだろうけどよー」
ゴースト、ウィスパー。色々いるが、水系では倒せそうもない敵である。
火か光を嫌う。なので、悪手ではなく。
いいじゃんと思うのだが収まらないらしい。
後ろの箱が、がたがたと動いて魔女っ子が尻を押さえて飛び跳ねる。
飛び跳ねたので、そのまま前に動いていた尻と激突した。
いい匂いがする。乳臭いが。
「おい、おいおいおいおい。なんか、尻に当たってんぞ」
当っているのは、当然だ。女の子が、ぶつかってきたら立つにきまっている。
寝ている時には、隠したりするが無意味で。傷だらけだが、機能しているようだ。
「……それよりさ。なんで、飛び跳ねたの」
ぶかぶかの黒いコートとスカートなのだが。
胸に尻が当って、危うくジョイントインになるところであった。
抱えて、立たせると。
「そいつの仕業だ!」
びしっと箱を指差す。箱から、一枚の紙が出てきた。
あられもない格好で、エリアスだった。ただし、胸がおかしな事になっている。
今のエリアスは、ぺったんこであるのだから。
「うぉおおお」
箒から、刀を抜いて飛びかかってきた。が、容赦なく腹に拳を入れて箱へ入れる。
(なんなんだ。こいつは、常識じゃ測れねえぞ)
箱は、動かない。禁断の術であるところの眠りをかけるか迷うところだ。
「あまりよろしくな絵ですね。男性が持つには、いかがなものかと」
「はあ」
だが、破り捨てられずにインベントリへ収納する。
「どういう経緯で、こんなのが出てきたのか聞いてからでも遅くないと思います」
「師匠、えっちなのはいけないと思います」
残念だが、破棄する事になった。




