378話 畑を作る
すっかり日が登っている。日本人だけが、過労死なんてするのだ。
人には、限界がある。
ユウタは、残業が100時間を越えても死ななかった社畜だった。
(労基法なんて、無意味な法律だよなあ。交通違反には、罰金払え払えすんのに。日本って、いいのか悪いのかわかんねえよ)
ハイデルベルクの農民には、根性が無さそうだ。竹槍で戦うという気概もないようで。
ハイデルベルクの首都の周囲に、農地が広がっていた。だというのに、作物などない。
農民の姿もなく、放棄された小屋ばかり。
ユウタが、石でできた器具で畝作りをやるのも、農民が耕作を放棄しているからで。
「おつかれー」
エリアスののんびりした声がすると、殺意も湧く。
(ぶっ殺すぞ、この女、呑気に見てるだけじゃねえか)
女は、面倒を嫌う生き物だ。かといって、持てる奴に心当たりは1人しかない。
如何に『怪力』のスキルがあろうとも上手く作るのは、困難だ。
何しろ器具というか道具の長さが1kmくらいある。
セリアを呼び寄せて手伝わせたのだが、
「さあ、稽古をやるぞ」
足を前に蹴り出してくる。避けたが、空圧で皮膚が引っ張られる感覚がする。
すぐ、これである。
ぱんぱんと、空圧で音がなり蹴りで土埃が巻き上がる。畝には影響がないようだ。
見える限りの土地を耕して、升目を作ったものの。糞寒い風が吹いてきて、背筋が震える。
銀髪の悪魔は、殺しまくってきたのか。油と血の匂いがしていた。
「待てよ。お前らだけで、経験値上げってずりーだろ。どっか連れてけよー」
まるで、ファミレスでゴチになりますという、そういう物言いだ。
見える限りに、畑が出来上がっているものの。維持管理する人間がいない。
訓練するにせよ、迷宮へ行くにせよ、農民が必要だ。
「んー。いいんだけど、農民は何処に行ったの。ここを耕していた人は何処居るの」
空になった掘っ立て小屋には、ゾンビとスケルトンしかいなかった。
生きていた人間は、皆無。文字通り荒廃極まるといった風景で。
「ふん、そんな事は知らん」
腕を組むセリアは、知らないようだ。手伝ってもらったが、残念な事に疲れた振りもしていない。
「壁の側で天幕を作ってたじゃんか。見たろ? あれが、農民の成れの果てってやつだぜ」
そんな馬鹿なと思ったが、ハイデルベルクの民は弱いようだ。
日本人なら、乞食などしない。ホームレスになっても物乞いはしないのである。
何故って、自尊心があるからだ。だから、缶々を集めていたら「頑張っているなあ」と思ったもの。
「ふっ、面倒だ。行くぞ」
「駄目だって、ここをどうにかするように言われているんだから」
「つまらん」
面白い、面白くないで生きている女だ。困った事に、これがウォルフガルドの王族である。
ただ、幼女なりに国民の事を考えているようで。
「ここで、食料を生産できるようにしないとねえ。ラトスクの分を削ったりしないといけないんだけど…わかってないよね。ほら、ごろんごろんしても駄目だから」
困ると、すーぐ、寝っ転がってごろごろするのだ。腹を見せたって、無駄である。
手から食料が出せる異能なんてないので、迷宮でゴーレムに作らせているものの。
無限に出るとは限らない。
長大な牛引き鍬もどきを動かそうとしているチィチたちの姿が目に映る。
「ハイデルベルク公を脅そうぜ!」
「また、そういう事を言う」
良い案ではある。殴らないとわからない阿呆も昨今の時分、増えていた。
「ふっ、良い案だ」
気狂いしかいない。どうして、こう暴力や恫喝でどうにかしようと思うのだろう。
幼女が、拙速にも影へと姿を消そうとする。のを逃さずに、頭を掴んで引っ張った。
伸びてきた手は、払って大外刈りの姿勢。
「お、が、ぐるじ」
首が締まって、膝を叩こうとする。叩かれたら、太腿が折れてしまう。
そのまま捻るように倒れ込む。両手を押さえて、首を締める格好。
足で、背中を攻撃しようとしている。今度は、首を足で挟みつつ手に取ると。
「なんつー、格好だよ。セリア、死ぬんじゃね」
「いや、死なないと思う」
「ふっ、参った」
ぐいっと動かせば、背骨からへし折れるだろう。それでなくとも、足で頭を締め上げれば頭が割れる。
力を緩めて、立ち上がった。
「時々、だがよー。セリアに手加減してねーよな。まじで」
「ふっふっふっ、手加減したら、殺す」
首をさすっている幼女は、睨んでくる。尻尾が、ぴんっと伸びて闘気が膨む。
「それって、どーなんだよ」
どうーって言われても、手加減したら大怪我している。既に大事なところは、ずたぼろであった。
どうして、こうなったのかわからないが・・・・・・。
「話、戻すけど。農民の差配すんのって、土地の支配者だろ。ここの大公になんとかさせるしかねーじゃんか。どんだけお前が、お膳立てしてもよう。無駄じゃね?」
「ふっ、一理ある」
どうにも、話はハイデルベルク大公が邪魔だという方向にしかならない。
戦争しているから税金が高いとかいう話ならわかる。
だが、普通に税金がどうとかいうのではなくて魔物が原因で荒廃しているというのは。
(なんなの? 俺が面倒を見なくちゃいけないの? ここの連中って、阿呆ばっかりなの?)
ついでに、困ったら異世界人であるところの日本人を召喚するというコンボまで決めるのだ。
首輪のない異世界人召喚は、危険な賭けでしかないのに。
どういう訳か召喚する。
「めー瞑って、考えても無駄だかんな。おめーの癖になってんぞ」
「だってさ。なんなの? 耕作しないでどうするの? みんなして餓死する気なの? 馬鹿なの」
目もつむりたくなる。
「雪が降るときゃあ、よ。迷宮から食料を手に入れるんだぜ。その為によう、大体、その上に都市が立つんだよな」
「そうだ。という訳で、ハイデルベルクの都市迷宮へ向かうぞ」
もはや、誰かに管理してもらう他なかった。種も撒いているものの、鴉に食われたり、雪で育たない可能性がある。それらをどうにかするゴーレムでも置いておきたいのだが、
「ちょっと待ってって」
「じゃあよー、あのセルフィスとかいうにいちゃんに任せようぜ」
「だな。こいつ、何時迄も時間を食う気だ」
2人は、超せっかちであった。
セルフィスに事を説明して向かったのは、城と広場からほど近い場所に有る迷宮の入り口だ。
快諾してくれたので、一息つくと。
チィチやザビーネにミーシャやミミーまで加わって、獣人の集団と化していた。
「何処にでも居そうなにーちゃんだよなあ」
「奴は、手配できるのか?」
セルフィスの優男ななりを思い出しているのであろう。
「できないと、困るんだけど。信じるしかないよ」
セルフィスが、ドスの仲間であった事は覚えているものの。今の立ち位置というのは、良くわからない。
ユンカース家というのもクアッド家門というのも・・・・・・。
広間は、物売り市と迷宮へ潜る仲間集めで賑わっているようだ。
城に攻め込もうとしていた盗賊の集団とやりあったのが懐かしい。
門は、火の手も上がっていないし。城には、白鳥が羽を開いたかのように尖塔が並んでいる。
「さ、中へ入ろうぜ。目指せ、最深部」
しかし、ボスがいたりするのでは時間もかかるだろう。いつものように、セリアがボス直しては経験も積めない。冒険者カードを作っていただろうか。インベントリからそれらしきものを引っ張り出すと。
相も変わらぬ顔。出鱈目なステータスがのっけられた板を取り出す。
迷宮への入り口では、それを衛士に見せるのである。果たして、中は食料を求めて潜ろうとする冒険者たちで一杯であった。買い取り用のカウンターは、行列を作っており入り口は混雑していた。
「あーもう、長いんだって、お?」
石畳には、色々な色が混ざって黒くなっている。それを拭く仕事をしている子供が、布切れでせっせと拭いていた。歳の頃は、ほとんど変わらないだろう。
ユウタたちを見た男が、不思議なものを見る目つきをした。
「どうする。並ぶのは面倒だ。倒すか」
「クエストを受けるわけじゃねーんだからよう。さっさと行こうぜ」
全員が、カードを持っているようだ。並ぶ必要もなかった。
「おい、ひっ……し、失礼しましたああっ」
視線を投げてきた男が土下座の格好だ。
「ふん、ユーウがいなければ皆殺しにしているところだ。下郎」
「おいおい、もうちょっと穏やかにいこーぜ」
土下座する男に、困惑している連れ。なだめるエリアスは、困った顔をしている。
「くだらん、下郎どもが思い上がるのは舐めているからだ。ぶちのめして、身の程をわからせるのに躊躇う必要などあるまい」
よく通るセリアの言葉に、回廊とも言える通路が静まる。まるで、惨劇の前触れのように。
「頭が高いと言っている!」
叫ぶように、雷鳴の如きつんざく声。
まさしく、狂狼だった。銀髪に覆われた頭部から伸びる耳をぴくぴくと動かしながら、突き進む。
入り口に立って検知するはずの衛士まで跪いて、出迎えた。
「お前、いつもこんなんしてんのかよ」
そこかしこから、スキルが飛んでくる感覚。恐らくは、『鑑定』だろう。
「たまにだ。一々、問答無用で皆殺しにしていてはユーウに怒られるからな」
セリアが、悪さをするような笑みを浮かべていた。
ユーウは、ケツバットをしていたが。今となっては、それも効果があったのか。
確実に言えることは、かつて奴隷になっていた少女の本性を見ているという事で。
(怖え。こっちも、あっちもセリアの事をわかっていなかったんだなあ)
かつても今も、訓練と称して殺されそうになったりしていたが。
根っからの怒Sという事なのだろう。
ユーウが、月に彼女を埋めたりしたからではないようだ。
「1階からだっけ」
「私は、最下層までいける」
「1階からにしようぜ」
最下層に行った事はないが、セリアは行っているようだ。後ろには、ザビーネたちが並んでいる。
「ふっ、仕方がないな」
「こんなんだぜ。だから、手下がよえーんだよ」
「ふん、お前の手下よりは強い。やってみるか?」
いきなり、迷宮へ潜る話がぶち壊しになりそうである。
どうして、こう、争いたがるのかわからない。
入り口の壁は、石で出来ており、中へ入れば転送陣の有る部屋に分かれている様子。
通路は、真っ直ぐに伸びていて左右に扉がある。
「いいぜ、あだっ」
「いつまでも遊んでないで、進もう」
エリアス頭を低くして、胴を抱えて進む。
石畳が続いて、先に人が居ないのを見ると。
「ここって、どういう作りなんだよ」
「ルートが分かれているが」
「わかったから、降ろせって」
前を進むセリアが、何かを取り出す。人の茶色の髪で覆われた頭で、出てきたのはモニカだった。
青い制服姿で、まだ何かを見るようにして周りを見ると。
「どーなってるんですかぁ」
間延びした声を出す。人差し指と指を合わせて、困ったような仕草。
「ちょうど、迷宮へ潜るところだ。お前の回復術が必要になる」
「いっつも突然ですよね。わたし、すっかり不良学生になっているんですけど」
抗議するも、セリアは取り合わず。
「運命は、いつも突然に、だ」
良い事を言っているようで、モニカの名誉だとか学生としての評価は地に落ちているに違いない。
所謂、ばっくれ学生として。
ミミーが、ぽんぽんと肩を叩く。中衛であるところの彼女は、火力役である。
「おそろいだよ」
「そうなの? でも、困るよう」
困るといっても、止まらないのがセリアであった。彼女は、ずんずんと進んで魔物を探しては。
「ふっ、死ねい」
出てきた50cmはあろうかという昆虫を篭手で覆われた拳で叩き潰す。
迷宮の掃除役であろうか。なんとなくゴキブリに似ている。
迷宮の中に発生している魔物は、食べれそうにない。
少なくとも、茶色の昆虫は無理だ。
「こいつを揚げて食うと滋養強壮にいいらしいぜ」
吐き気がする。
「こんなんで経験値が入るのかな。なんで、生息しているの」
「んなの知るかよ。魔素で迷宮核が生み出してるんじゃね。ちなみに、ここのは確か」
「破壊したが、復活するようだな」
「いやいや、壊しちゃだめだろ」
食料を命がけで得る場所になっているようだ。だが、ゴキブリは食えると思えない。
出て来るゴキブリは、剣で刺し貫かれたり燃やされたり叩き潰されたりと大変な目にあっている。
「うーん」
「人数が、多すぎて何もすることがねえんだけど」
獣人メンバーのほとんどが前衛で、固まっているのだ。
ザビーネは、剣士だし、チィチもしかり。ミーシャとミミーも中忍で、種族が最後に付いている。
ずんずん進んでいくセリアの後にザビーネ、チィチが続いてフォーメーションを作っているではないか。
「死体拾いになっちゃうねえ」
「お?」
ちょっと広い大部屋がある。迷路のように入り組んでいるが、セリアは下の階に行く事を選んでいるようだ。中には、魔物がいる。が、珍しい。
「ふん」
人型をとったゴキブリであった。2mくらいの体格で、棍棒を持っていたが殴られてはじけ飛んだ。
茶色い頭に、俊敏なようであるが。
部屋に、白乳色の体液が撒き散らされた。
「雑魚いな」
「セリアさん、お強いですね。これ、1階にでる魔物とは桁が違うような」
「雑魚は、雑魚だ。覚えておけ」
前衛が一撃で倒していくので仕事がない。人型ゴキブリも一撃だ。
「んん? 割りと美味い?」
「微妙です」
人型ゴキブリは、スピードもパワーもあるようだ。
「こいつらは、50層辺りにいるのだがな。当たりだろう」
「おめー危険なルートを選んでんな」
「当然だ」
風の術で、敵の位置が分かる。土の術でも同じようにわかる。セリアの場合は、耳と鼻のようであるが。
壁やら床に叩きつけられた人型ゴキブリは、回収する気になれない。
後ろからやってくるパーティーもいないようだ。
「解説してやろう。この迷宮は、ハイデルベルクの生命線でもある。冬の間は、ここで食料を採るのだ。ゴキブリは、外れだが経験値が美味い。上層では警備料と相まって、ソロのベテランには人気がある」
「へえ」
セリアは、良く知っているようだ。火線が使えないので、周囲を警戒するくらいである。
疲れてきたら、板の上に座って小さな馬車代わりで進む。
「罠は、破壊されているようだ」
「それって」
「ふん。先行者がいるな」
倒された魔物は、自動再生されるのだろう。ゲームのようにリポップ式かもしれない。
迷宮核は、冒険者の発する生気だったり魔力を餌にしている事が多いのだ。
これは、ダンジョンマスターの秘密でもある。
ハイデルベルクの迷宮は、ルートで出てくる魔物が違うようであった。
「急ぐぞ」
セリアが走り出す。追いかけるに、ぐねぐねとした通路から風がわずかに漏れてくる。
先には、扉があるようであった。激しい衝撃音。金属と金属を叩きつけたような大音量が通路の大気を震わせると。
「ふっ、入れ食いだ」
開いた扉に飛び込んだセリアが、人型ゴキブリに躍りかかっては殴っていく。
人型ゴキブリの反応は、悪くないのだが。奇怪な音とともに、壁に叩き付けられて。
5秒程で、全滅した。15体ほどの潰れた人型ゴキブリの染みがある。残骸は、回収する気になれない。
「あの、師匠。私達の出番が、ないんですけど!」
「僕に言わないで、セリアに言った方がいいけど。今回は、他のパーティーさんも居るし、ね。ほら」
人型ゴキブリに敗れたのか。片隅に生き残っていたのが、5人。女が1人に男4人。
倒れている冒険者は、運び屋と思しき人間が1人に4人。
死んでいるというか。徹底的に破壊されて、人の原型がない。
頭がないので、蘇生はできないだろう。
「大丈夫か」
「あ、ああ」
へなへなと座り込む。
「我々は、先へ進む」
「待ってくれ、名前だけでも聞かせてくれないか」
バンダナをした男は、弓を手にしている。人型のゴキブリには、効き目が薄そうな武器だ。
「セリアだ。ここには向いていなさそうだな」
180cmはある戦士系の男は、座り込んでいる。
ちらっと、セリアの方を見て金属の鎧で覆われた頭を上下させた。
「俺たちは……」
「いや、いい。聞けば、入り口まで連れていかないといけなくなるからな」
それくらいいいのではないだろうか。
「出口まで、戻れそうですか」
「いえ、それは」
世話になりたくないのだろう。全滅しかかったのだ。生きて戻りたいにきまっている。
「出口までなら、転移門を開けますが」
「ぜひ、お願いします。金は……」
金色の光を放つ門を出すと、男の1人が恐る恐る立ち上がって覗き込む。
「要りませんよ。出しますけど、確認して入ってくださいね」
セリアは、そっぽ向いて尻尾で地面を叩いている。余計な事をするという感じだ。
転移門に入っていく冒険者を見送ると。
「お前なー、金くらい要求しろよな」
「金ねえ。気落ちしているパーティーに要求は、できないよ」
「はあ、もうこいつは病気だぜ」
冒険者の死体は、そのままで。
前衛陣は、短時間の内に出てきた人型ゴキブリを潰している。
最弱と思われたミーシャですら、杖型の刀でバラバラにするくらいだ。
「ふっ。この迷宮の危険なところは、背伸びを誘ってくるところだ。もうちょっとイケる。ひょっとしたら、やれる。そんなところで、罠を仕掛けてくる。危険を犯せば、死が待っているというやつだ。奴らの事、責任を感じる必要はない。全部、自己責任だ」
「うーん」
とはいえ、ゴキブリは食えそうもなかった。揚げ物にしようにも、その見た目が障害になっている。




