377話 段取りしてが魔物除け
人は、平等ではない。では、どうしたら平等になるのか。
なりっこないので、下からでも這い上がれるシステムを作るのが望ましい。
もっとも、貴族はそれを嫌うし枠というか。領地もほぼ隙間なんてない。
日本では、ピンはねが横行していた。ならば、ギルドでもそれが起きていないとは考え辛い。
(その点で、冒険者ってのは1発逆転のシステムではあるよなあ。凄い博打だけど。底辺からでも成り上がれるっていうね。日本じゃ、無理だもんな。どんなに頑張ってもさあ。一流のスポーツ選手になる、とか無理でしょ)
下から吸い取るシステムは、許せない。絶対にだ。
ユウタも苦渋を舐めたが、下に舐めさせようとは思わない。
(大人になるとわかっちまうけど、手遅れなんよね。マジで。せめて、ピンハネ業を潰すくらいしかねえ)
自由という名前の横暴を規制していたのに、それを取っ払ってしまった。
所謂、規制緩和である。労働者を苦しめる方へと傾いていき、どんどん人口を減らしていく。
(ま、それでも2100年で5000万とかになってもポーランドより多いし。そんくらいでもいいのかもねえ。色々と、サービスは続かんだろうけど)
逆転するには、どうするか。戦争に参加するか。
領主になろうとしても、魔物が跋扈している土地をどうにかするくらいだ。
朝日が差してきてたのか。目が開く。
疲れたので寝てしまった。ベッドの上にいる。手のひらに毛玉の感触とひよこの感触があり、目を空けた先には、金色の毛。目に刺さって痛い。起き上がろうとすれば、何かが乗っている。
見ると、金色の風船が乗っていた。身を捩って、起き上がる。
それは、ボールのようだ。目は、黒。金魚である。不思議な事に、空中へ浮かび上がると。
泳ぐようにして、移動するではないか。
(なんだそりゃ)
部屋が、水で埋まっているわけではない。空気がある。鼻から、息をしているのであった。
金色の魚は、どうみても小さな鰭を動かして机の方向へ向かっている。
やがて、水の入った丸い鉢に入った。見ていると、視線があう。
(そっか、金魚って空中を飛ぶんだ)
「んなわけ有るかい」と、1人で突っ込みを入れた。口に出すと、極めて異常な現象だ。
魔術で空を飛んでいるのだろう。そう思えば、なんてことはない。
だが、魔術が発動する時の発光は? なかった。
普通に、さも当然のように部屋の大気を泳いでいた。であるなら、金魚は空を飛べるのだろう。
そこで、深く考えるのを停止する。
竜がひよこの格好をしているのだ。己もロボットになったり、竜になったりする。
セリアと稽古をつける時などは、大気圏を突破しているのだから可笑しさなど今更だ。
握っていた毛玉とひよこを放す。潰れたように平べったくなっているのは、謎である。
ベッドから離れて、黒いローブを羽織ると。
(さてと、最初にどこへ向かおうかな)
アルストロメリアの家へ押しかけるか。それとも、再度錬金術師ギルドへと向かってみるべきか。
セリアを召喚すると、「おまえ、生意気だ」などと言って破壊し始めるので使えない。
一体、彼女をそうさせているのは何なのか。
なんとなくわかるものの・・・・・・。
机の上に置いてある書類をインベントリへ納めると、テレビがある方向を見る。
ソファーの上で金毛の羊が寝ていた。まさに、動物園になりつつある。
部屋の扉を開けると、黒い鎧に身を包んだザビーネと鈍色の鎧に身を包んだネロの姿があった。
「おはようございます」
2人は、同時に声を出す。アルーシュから言われて手伝う、という事のようだ。
「おはようございます。どうしたのですか」
「同行いたしますので、本日よりご指導をお願いいたします」
面倒な事である。が、ハイデルベルクにいる拓也と連携を取らせて改善活動をしてもらわねばならない。 ザビーネは、帰るのではなかったのだろうか。
「いいのですが、食堂へ移動しましょう」
「鍛錬は」
「実戦の中で」
ザビーネは、身長があってユウタよりも高い。ネロの方もユウタよりも高い。
同じように歩くと、チビになった気分だ。
「今日は、どちらに向かうのですか」
2階の階段に差し掛かる。窓を通してルドラが芝生の上で寝っ転がっているのが見えた。
気の向くままに、居候しているようだ。
「ハイデルベルクですね。彼処で、ちょっとやらないといけないことがあるんですよね」
ハイデルベルクを調べないといけない。戦争で戦うのは簡単だが、食料は勝手に増えていかないのである。迷宮で作っていると、価格を破壊するなど難癖を付けられかねなかった。そもそも、そうした力は隠しておかないと皆して働かなくなるのではないだろうか。
「左様ですか。メラノへは?」
「午後にでも、向かうとしましょう。ただ、正直に言いまして正攻法では厳しいですね」
ゲームではないのだから、死んだらそれまでである。己が死んだ時、蘇生魔術で生き返る事ができるとは思っていない。頭が吹き飛んでしまえば、普通は終わりだ。フィナルは、その限りではないようだけれども。彼女は、何者なのだろう。
1階の廊下を歩き、メイドとすれ違う。食堂の手前にある部屋に入れば、桜火が待っていた。
「マスター、本日は何にされますか」
「カツカレーで」
隣にネロが座る。対面に、ザビーネだ。ユウタは、眠い。だが、2人はすっかり目が覚めているようだ。
魔灯の光を浴びて鈍色に輝くフォークとスプーンが置いてあり、待っていたようであった。
「私も」
「はい、只今お持ちいたしますね」
米にカレーのルー。匂いだけで、腹が鳴りそうになる。カツのころもを口で味わうに、絶品だった。
程よい肉の硬さで、豚カツなのか牛カツなのか気になる。
ルーは、焦げ茶色をしていて辛目。口の中が、熱くなって目が覚める思いだ。
「何時、食べても美味しい」
「流石、オーカさんのカレーです」
「食べたら、眠たくなるんだよね」
「寝てもいいのです。マスター」
眠いのは、事実だった。マリスの家から、配管を伸ばしていくに浄水敷設をつくらないといけない。
うんこを川に垂れ流す下水道であってはいけないのだ。
江戸時代には、上水道が整備されていたというのにハイデルベルクにはない。
井戸が主流である。貴族街にあるかどうかを調べないといけないだろう。
「飯が、食べられれば人は生きてける。まず、そこからなんだけど」
「穴を掘るのですか。魔道具をお借りしては?」
エリアスから度々に渡って、ユンボもどきを購入していた。
ハイデルベルクでも、それらを使って建設業を立ち上げさせるべきなのだろう。
土方というのは、やはり国の根幹だ。賃金も値切ればいいというものではない。
「そうですね。連絡を入れるとしましょう」
本当は、面倒で顔を合わせたら殴りそうなので嫌になっているのだが。
やらないと、己1人が苦労する。カレーは、あっという間に口の中へ入って胃に向かった。
流れる川のように。
『もしもし』
『お? 珍しいじゃねーか、おい』
『ハイデルベルクにユンボタイプの魔道具を持ってきて』
『そいつは、俺の管轄じゃなくてアルストロメリアなんだけど』
女は、すぐ人に投げる。言い訳は、いいのだ。ただ、さっさと持ってこいと言っている。
『急ぐから。5台ばかりよろしく。場所は、マリスの家の、あー。門辺りがいいかな』
『ちょっと、待て、人の話を聞けって。俺は、用事があるんだけど』
そうは、いかない。1人で、逃げようなどと。いつも、人を経験値収集アイテム扱いにしてきて。
通らない話だ。許されない。頭が、すぐかっかする。
いつも、アルーシュはこのような気分だったのだろうか。
桜火が、皿を下げていく。白い布で、口を拭うと立ち上がった。
転移門で、ハイデルベルクへ移動する。
『聞いてんの?』
『聞いているけど、却下。なんの用? こっちの方が急ぐようなら、こっちを優先してほしんだけど。僕が手堀りして時間がかかりそうになるよ』
『おーう、くっそ。ちと、飯を食ってからだぜ』
正確な時間は、出てこなかった。マリスの家が見える。トゥルエノを置いてきぼりにしてしまったが、彼女はどうしているであろう。
人の通りは、少ない。まだ日がオレンジ色だ。7時を回ったところであろうか。
「どうかしましたか」
念話をしていると、ネロが顔を向ける。どこへ行ったらいいのかわからないといった感じだ。
「正面の扉をノックしてください」
道路は、狭くて掘り返した跡がはっきりとわかるくらいのこっていた。そして、途中までで終わっている。つまり、簡単には進まなかったという事だ。
ネロがノックしてその隣にザビーネが立つ。やがて、覗き窓が開いてから木製の扉が開くと。
「おはようございます」
トゥルエノだ。やや濃い紫色の髪をしている。マリスやサーラと並べば、姉妹にも見えなくない。
身長は、成長期なのか倍はあるかと思う。
「あら、貴方は」
「お入りください」
すっと、招き入れられた。朝ごはんの支度をしていたようだ。中では、暖炉に薪が焚べられている。
温かい。外はというと、一面が白い。夜半の内に雪が降ったようだ。
窓は、木の蓋のようなものであったから暗いまま。
せめて煉瓦を使って窓を取り付けるべきだ。
「あ、おはようございます」
「はじめまして」
ベッドがある方向を見ると、石床に立つネロ、ザビーネと寝起きしたマリス、サーラが対面している。
何の為に、ハイデルベルクを助けるのか、と問われれば。
やはり、困っている人が居るからだ。飢えに苦しんでいるのは、通りを歩けばわかる。
(つっても、家に訪れるのは拙いかなあ。毎日、来て様子をみたいけど)
拠点にするなら、ハイデルベルクの冒険者ギルドの方がいい。
拓也を中心にして国を作り変えていくのが、望ましいのだ。
蝋燭の火が室内の灯りだ。魔灯を取り付けるべきだろう。
金がかかるけれど。そこで、川の側にある浄水施設を思い出した。
「あそこから水を取っているんだっけ」
「あそことは?」
トゥルエノが反応する。見ただろうか。
「ここの近くに川が流れていますよね」
「ビスワ川です」
聞きなれない名前だが。
マリスが、名前を教えてくれた。しかし、位置的にはもっと東にあるのではないだろうか。
いくらなんでも、ミッドガルド寄りである。
まんま、ポーランドに当てはまらないようだ。
「そこと、下水道を繋ぐ? ということですね」
「上水道は、ないのかな。ないと、整備しないといけないんだけど」
「水の術が使える人が、働いてるよ」
それでは、駄目なのだ。魔術に頼っていては進歩がない。
「農道の整備と上水道、それに、下水道か」
1日でどうにかできる問題ではないが、下水道の方はつなげられるだろう。
職人が必要だ。四角い形の町なので、西に行って南へと向かって伸ばしていく必要がある。
「魔術でお作りになりますか」
「そうだねえ。上下水道が、川側にある施設とつながっているのならいいんだけど」
可能性は、低い。水を得る為の施設で、そもそも城から水が流れているのが堀止まりなのだ。
続きを話そうとした時、扉が開かれる。
「うっしゃ、おらー。持ってきてやったぞ、おらー」
鼻息も荒く、部屋の中へと入ってきたのは黒い三角帽子を被った幼女であった。
何故だか顔面に汗を浮かべている。肩を上下させて、さも疲れたよう。
口は、半開きで舌を出している。両腕がだらりと下がっていた。
「じゃあ、行こうか」
「え? ちょっと、ちょっと待てよ。俺、疲れてるんだぜ?」
待たないのである。午前中の間に、最低限の田畑を開墾する予定だ。
しゃがもうとするエリアスをひっぱり上げると、肩に担ぐ。中身がすかすかのように軽い。
「おいいい。人の話をっ」
「聞かない」
手足を動かすので、尻に触れたら大人しくなった。猛獣は、尻が弱点のようだ。
追いかけてくるザビーネを伴って、移動した。




