373話 釣り野伏
世界を変える発見とは、何であろう。
火を使うこと。磁石を使うこと。火薬を使うこと。電気を使うこと。
いずれも、人類を革新へと導いた。
ミッドガルドが存在する世界においては、エーテルの発見であった。
1つで、全てを変えることになる。
重力を無視することはおろか、無限に拡張する宇宙を、平行世界の観測を、魂の物質化を、事象可逆化を、死者蘇生を。
成し遂げたのだ。
その成果で、電気回路にも似た人体への魔を導く。
架空要素は、人間の回路に影響を及ぼし人間が魔力を使うことを許す。
神秘。
故にか。あらゆる空想が現実になり。余人は人が、魔術を使うことを覚えた悲劇だと言う。
◆
一刻も早く、敵勢力を排除するか殲滅しないといけない。
勝利条件は、前線で構築している敵戦力を倒すこと。
(頭が、いてえ)
2人の面倒をトゥルエノに任せて、遠見の術で確認してから転移門で家へと跳ぶ。
廊下には、人が居なかった。
扉を開けると、
(うぉ、誰だ)
全裸の女が立っていた。余りの衝撃に、回れ右をして外に出る。
一体、誰であったのか。白い髪に、黒い角が生えていた。
外に出てこられて叫ばれては、大変だ。
己の部屋であったかどうかを確認して、階段を降りる。
そのまま外へと出て、家の外観を見るものの。何の変哲もない我が家であった。
(とすると、あれは一体、誰だろうか)
見知らぬ女であった。フードを弄るものの、ひよこは居ないようだ。
何時の間にか姿を消している。毛玉もいないし、狐も居なかった。
目つきの悪い弟は、鈍色の鎧を着て立っていて。
「兄者?」
吃驚仰天するところだろう。心臓が、ばくばくいっている。
「まじか」
彼女は、何者なのだろうか。もう一度、扉を開ける勇気はなかった。
遠見の玉で、前線の様子を見るべく紙を開く。
ちょっと、横になってから行こうと思ったのがいけなかったのだろうか。
(あれ?)
キュルク城から先に進んでいない。兵は何処でサボっているのか。
軍の姿が見えない。
味方の兵は、何をしているのだろう。
アンダイエを取り戻すだとかベオビアに進撃するとかしていない。
(どーしようか)
占領するための兵士がいないのでは、元も子もない。
アルカディアから兵隊を輸送するか。それとも、シャルロッテンブルクから兵を派遣するか。
どっちかなのだが、
(勝手にしていいと書いてあったな)
面倒にならない方がいい。アルカディア兵が勲功を立てたら、その分だけ金が減る。
問題は、シャルロッテンブルクにいる兵が来るかどうかであった。
「どうなされましたか、学校に行きましょうよ」
生意気なことを言う。わかっているのだ。学校に行った方がいいということも。
「いや、その格好は」
律儀に待っていた弟であるクラウザーは、半眼になって見つめてくる。
鎧に身を包んで、何をしようというのだろうか。
「兄者が学校へ来ない間に、冒険者授業が進んでいます」
「なるほどね。魔物は、強いのかな」
「最初は、魔術士の操る骨兵で訓練のようです」
学校では、訓練が始まっているらしい。授業に出るのも、面倒だった。
「授業にでないで、よろしいのですか」
「あー、まあ、内申点とか悪そうだよね。でも、任務があるからさ」
クラウザーは、伺うような目つきをしている。鈍色の鎧が威圧的だ。
「されど、学校では兄者が登校拒否になったのかのような噂が流れております」
「そんな事、ないんだけどなあ」
「兄者は、いずれ家を背負っていかねばならぬ身。学業を疎かにしては、出世に響くやと心配しております」
「そっか。それは、ありがたいけど」
別に家を継ぐ必要もない気がしていた。世界を駆け巡る冒険の旅をしたい。
時間も押しているので。いつまでも、のんびりと会話をしている訳にもいかない。
転移門を開いて、
「心配しなくても大丈夫だって」
「はあ」
ため息をついて幸せが、逃げそうな顔をした弟をそのまま、移動する。
頼れるのは、自前のものだ。
アルブレスト領で、兵を出すとこにしたのだが。兵は、警備兵程度しかいなかった。
「わかりました。3000であれば、すぐにでも集まるでしょう」
「3000ね」
少ない。人口が、増えすぎて犯罪が発生するのだ。
その分、治安を維持する為の兵がいるようになった。
サムソンとバランは出払っていて、トーマスが仕切っている。
痩せている男は、黒のマントで身を包んでいた。
室内では、皮の靴を履いたままである。
「3000と言っても、選りすぐった戦闘職で固めて兵ですので」
「なるほど、じゃあ、敵の様子を伺いますか」
兵士が揃ったら、制圧してもらう。そういう感じの戦いになる。
キュルク城にいる兵と、別に攻撃部隊がいるのだが。
キュルクからベスビアに至る間には姿が見えない。
北にいくと、兵の姿が見える。森と森の間で、交戦しているようだ。
「面倒だなあ」
「は?」
聞き返してくるが、説明している時間が惜しい。
「ちょっと行ってきます」
光の門を作る。
交戦中とは、面倒な事だ。魔術で、薙ぎ払う事ができない。
軍が激突する場所から少し離れた位置にでたのだが。
真正面から、盾で構え槍を突き出しているではないか。
側面にも散開した兵がいるようである。
尚、悪い事に敵側の砦から騎馬隊が出て来るのだ。
(そうはいかない)
両の手を合わせた間に、赤い光が玉を作る。魔方陣が中空に浮かぶ。
砦へ向けて真っ直ぐに赤い線が伸びて、馬と人が空に飛び上がった。
放物線を描いて、木で作られた壁になっている物に叩きつけられる。
森が近い。迂回されれば、後背を突かれるだろうに。指揮官は、考えているのだろうか。
(もう1発)
再度の火線で、木製の砦が派手に燃え上がる。一体、何人が死んだだろう。
戦争をしている場合ではないのだ。
さっさと済ませて、ハイデルベルクに戻らねばならない。
「アルブレスト卿ですか?」
疑問形で尋ねてきた兵士は、まだ若いようだ。
「ええ。さっさと片付けます」
ちんたらと、槍で突き合いをしているのに付き合っていられない。
走り出すと、兵士はついてこれないようだ。
風を置いていくように身が軽い。
(密集隊形というのは、防壁を重ねているんだろうなあ)
魔砲が飛び交ったりする時代だ。密集陣形は、防御スキルであるところのファランクス持ちが多数いてこそ成り立つものの。
やはり、火力が上回れば崩壊する。
側面から、後方へ向けて撃ち続ければ虹色を放つ壁が割れた。
浮足立つオレンジ色の甲冑を着た兵たち。一部が、転進してくるではないか。
槍でも投げようという魂胆に見えた。
すぐに槍が放物線を描いてくるだろう。土塊で、人形を作ると。
(転身、土人形の術)
詠んで字の如く土で人形を作る術だ。忍者も、土遁を会得しているのなら作れる。
見事な立ち往生を見せてくれるだろう。念の入りようと言ったら血液までもが、赤い土になって出て来るぐらい。隠形と疾歩で移動する。
どんどん人形を増やしながら、火球を敵の退路へ向けて放ちつつ回り込む。
相手は、後ろが崩れて前も崩れて形を保てないようだ。
向かってくる兵もいて、統率が取れていない。かのように見えた。
(げえっ)
驚いたのは、潰走している敵を追う味方の側面に矢が飛んでいくからで。
森の中に潜んでいたようである。味方は、警戒していなかったのか。
いわゆる、その戦術をして釣り野伏というものでは。
(んな、馬鹿な)
本当に潰走しているように見えるのに、側面に敵が回り込んでくる。
味方が馬鹿なのか、それとも己も馬鹿なのか。
やられている方が、わからないくらい上手い伏兵で。
ともあれ、森からでてこようとしたところに壁が盛り上がる。
敵が進軍を阻まれている間に、体勢を立て直したいところだが理解しているだろうか。
正面で潰走している部隊は、上手いものだ。
まんまと騙されたが、側面を突くことを許さない。
3方からの攻撃が、肝であり動きを止めないように空から照射してやれば木が燃え上がる。
味方の兵が後退していく。
すると、敵兵が踵を返して迫ってくるではないか。
火線を見ていなかったのだろうかと思うのだが。白刃を抜いて、疾走している。
火線が当たらない。防壁と盾の両方が、守っているというのもあるが。
(まるで、先が見えているようだ、な)
そう何発もはずすと、可能性として考えられるのはそれだ。
敵もまた術を放ってきた。揺らぐ地面が、支配域を脅かす。
相手に当たらないのも不思議で、火線の術は光速だ。見切れるものではない。
ともすると、予知しているかのように避けている。
たった1人で、立ち向かってくるのだから大したものだ。
回りの人間は、全て黒焦げか四散しているというのに。
追いかけてくれば、その分だけ下がる。
相手が、間合いを詰めてくれば届きもしよう。
「貴様っ」
戦場で、話かけてくるなど狂気の沙汰だ。だが、真紅の鎧に身を包んだ敵から放たれたのは女の声。
振るう剣に、淡く赤い光が乗って魔力を帯びているのがわかる。
指を組み合わせると、
「どういう子供だっ」
話をする気など、ない。1人で追ってきて、回りの味方は引いているというのに戦おうという気概は買いたいところだが。居ないこともないのかもしれないが、剣はユウタを捉えているかのように斬撃が飛んでくる。
手で弾くのだが、痺れる。まるで、麻痺のスキルでも乗っているかのようだ。
(人形化か、それとも土槍の術だが)
どちらか、それとも鎧化するか。敵に接近を許さないようにして、後ろへと走っている内に味方の姿が近づいてくるではないか。
「戦えっ、逃げるなっ」
誘導されているとは、考えないのだろうか。猪突猛進とは、赤い鎧を着て顔も見えない女のことを言うのだろう。体格は、さして変わらないのに。声は、森中に響き渡るかと思われる音量だ。
(ふう、敵は自分のとこの味方を置き去りにして進んでいるようだし)
斬られるかもしれない。疲れている様子もなく、相手はぴたりと止まって上段の構え。
「ようやく観念したか、この臆病者めっ」
女でも、容赦しない。剣の腕は、未知数。だが、構っていても仕方がないのだ。
「その腕、貰ったぞ」
間合いを捉えた相手は、振り下ろす。
異常な相手だが、剣の振りに合わせて裏拳を放つ。
力ずくで軌道を反らせて、正拳が鎧の土手っ腹にめり込むと。
面当てに覆われた顔から、濁った汁が吹き出してきた。胃液か何かだろう。
(誰が、臆病者だ。誰が)
予知していても、当たったのは不思議だ。
逃げるのも戦術。戦うのも戦術があってこそだ。単身で、追ってきた勇気は蛮勇だろうに。
加えて、女と分かれば悲惨な目にも合うこと必定。とはいえ、捕獲せずに放置しておけば、味方の損害が増すばかりだろう。腕を縛り上げて、ラトスクの事務所へと放り込む。
(さてと、砦は破壊したし。敵勢力もほぼ片付いた。厄介な兵が減ったのなら、なんとかできるだろう)
ついでに、もう一つの部隊を燃やしておくことにした。




