370話 ポーション売り2 (マリス、サーラ
野太い足だ。
幼女を蹴ろうというのか。
錬金術師とは思えない筋肉質。肉の鎧を纏った足を受け止めた。
「何っ」
そんなにも、意外だったのか。子供の腕で受け止められたのが。
「餓鬼ぃ…邪魔をすれば痛い目を見るぞ」
黒い革靴をこれみよがしに見せる。見下ろす顔には、侮りの笑みが果たしてあった。
「いくらなんでも、子供ですよ?」
「だから、どうしたというのだ。おい、逃がすなよ」
男には、仲間がいる。横に1人、そして後ろに1人。
「おい」
アルストロメリアの声だ。虎視眈々と、隙を伺っている男たちを前に振り返る余裕はない。
外套の下に鍛え上げた肉体を持っているようだ。
「しっかりしろ。やばい、こいつ、怪我してんじゃん」
「ああ」
怪我? 振り返ろうにも、間合いを狭める男たち。彼らは、正統な職務についているのだろう。
だが、それでも。
「我々は、錬金術師ギルドの者だ。違法な販売をする者を見過ごすわけにはいかん。例え、それが幼子であろうともだ!」
彼らは、彼らの正義がある。だが、己の感情はどうだ。涙が溢れて止まらないではないか。
「やばい。ちょっと、こりゃあ。ユーウ、そいつらは後回しだ。手当しねえと」
正義の味方なんて、できやしないのだ。彼らにも正義があり。
それでいて、助けたい。振り返れば、アルストロメリアが幼女を抱え起こしていた。
白い痩せた腹が見えている。
攻撃してくる気配はない。駆け寄ると、幼女の顔は土気色だった。
散乱したポーション瓶の欠片をトゥルエノが拾っている。
「これは・・・」
ヒールをかけるが、良くなる気配がない。おかしい。
「どういう事だ?」
アルストロメリアは、視線を向けてくると。
「多分、腹のものが無いんだと思う、痛えって」
対面する女の子は、顔をしかめる。思わず雪が降りかかる肩を掴んでいた。
哀しい話は御免だ。そんなものは、いらない。
「我々がやったのではないからな」
野太い男の声だ。辛うじて良心は、有るようだ。違法販売は、認められないというのはわかる。
彼らにも家族がいて、ポーションの販売が生命線なのだ。
しかし、一体、どうして。
「では、誰が」
「怒るなよ。マジで、怖いから」
怒るに決っている。ユーウなら、手足をもいでから話をするところだ。
「怒るだろ。普通」
「泣きながら、怒るっておかしいだろ。多分、だけど。金にしちまったんだなって思う」
女の子が、片目を開けると。
「うっ」
短い叫びを上げて走り出す。生きているのが、不思議な体でどうしようというのだろう。
片目しか開かなかったような。両目を開けないのは謎だ。
慌てて追いかける。
「おい、お前。こいつらは?」
「どうでもいい」
追いかけてくるアルストロメリアとトゥルエノ。錬金術師ギルドの男たちは、追ってこないようだ。
人の少ない道に、点々と血が落ちている。
非常に良くない。人は少ないのだが、曲がりくねり通りにくい道を進んでいるようである。
まこうというのだろうが、そうはいかない。やがて、みすぼらしい苔の生えた1軒の家へたどり着いた。
血は、そこで止まっている。中には、2人。気配を感じる。
「どうするんだよ」
「どうするもこうするも、押し入る」
アルストロメリアは、腕を組んで動かない。
道すがら、点々と血が流れていたのだ。ひょっとすると、腹の傷が開いたのかもしれなかった。
扉を開けようと押してみるものの、鍵がかかっていた。
「声をかけねえのか? つか、あの子は知り合いなのかよ」
「いや、全然」
「だったら、なんで助けるんだ。赤の他人だろ」
「だから?」
「だからって、知らねえ人間を助けてたらきりがねえだろ」
だから、助けないのか。売り物を盗んだわけではない。
実際に、見てみれば。
(小さな女の子が、困っている。俺は、助けたい)
男なら、頑張れというかもしれない。
困っている人がいれば、助けるものだ。それを利用しようとするなら、粉砕し。打ち砕くが。
「まあ、いいけどよお」
鍵穴は、どうやってあけるのかわからない。
盗賊系のスキルを持ち合わせていないものの。
同じ型を持つ斥候系に、それが含まれていたような。
(解錠のスキル・・・効くかな)
スキルを発動させて、扉を押すと。物体が落ちる音がして、薄暗い中が見える。
正面にテーブルがあり、窓は開いていないようだ。
外と同じくらいに寒い。
姿を探すに、ベッドの脇で姿を発見した。中には、立っている人の姿がなく倒れている。
駆け寄ると。
「どなたですか」
「お? お前は、この子の妹かなにか?」
アルストロメリアは、物怖じすることなく尋ねる。
「そうですけど」
倒れた女の子を抱え起こし。布をめくり上げると、肋の浮いた腹を見る。
そう。傷から、血がでていた。
縫合された傷跡に麻痺をかけて、それから鑑定をして状態を確認。切開して、内部を見れば、桃色の器官が見える。医者でないので、どれがどれだかわからないが。縫合していると、回復をかけても戻らない。再生をかければ、もりもりと色々生えてきた。
胃を無理やり切ったのか。胃の形なんて見ていられないが、小さな雑嚢のような形をとる。
戦場では、大体が原型を留めていないので何度見ても慣れない。
「お前といると、常識がぶっ飛んでくんだよな。なんなのそれ」
「普通だよ」
「お前が普通だったら、治癒術士のやつら皆して廃業だろ」
気合が足りないのだ。もしくは、スキルレベルが。傷の跡が残ってしまうのが玉に瑕だ。
心臓マッサージの要領で、胸を押して気を通して全身へ経絡を回す。
おまけにモンク系の活力でを施して完了。
だが、幼女は目を覚ます気配がない。
疲れているのだろう。
「あの、知らない人。おねえちゃんは大丈夫でしょうか。帰ってきて、倒れてしまったみたいなんです」
ベッドに寝たまま起き上がろうともしない。顔を見れば、骨だ。骨に皮がくっついているようである。
感じる気配から、死にかけというべきか。
「ヒールだ。はやく」
「いや、点滴をしてくれ」
呪いだ。何か霊でもとりついているように思える。骨に近い手を握る。
途端に、暗闇が覆ってきた。アルストロメリアの姿はない。
幼女の姿もない。それどころか家の中でもない。
闇の中に、2人。
「主さま。これは」
トゥルエノが、刀を抜いていた。雷電が走り、まとわりつく闇とぶつかってしわがれ声の悲鳴がする。
「何者だ」
あいにくと、死霊だか悪霊だかに名乗る名前はない。
「滅っ」
トゥルエノの袴から白刀が白い束を伸ばす。
「ゴアアアアア、ギィーーーーー」
どこまでも伸びていく雷。容赦なく己にも当っているので、死んでおかしくないのだが。
表面が、しびれるくらいだ。
やおら、黒い顔ができあがり足のように伸びる。胴体を形作るのも、人の顔のよう。
蜘蛛のように足が作られる。
「きてはっ」
足に触れ、殴りつける。その部分から下が光の粒子に変わって空中に溶けていく。
「めぎょ」
顔が、悲鳴を上げる。
「主さまっ」
雷光が、眩き奔流となって蜘蛛と己に降りかかる。上からは、足のような物体が振り下ろされ。
横からは、3つ丸い穴のあいた白い人面が食らいついてくる。それを殴って飛ばしていくと。
やがて、胴体に辿りついた。飛び散る顔の中から、赤黒い細い管のようなものが伸びてきて捕まえては引きちぎっていく。
(子供?)
何もかもがなくなって、靄になった跡。座り込む人のようなものがいた。
髪の毛はなく、目がある部分は黒い。肌は白くて、ぬるりとしていた。
手を伸ばすと、恐る恐るといった調子で触れる。
目と目が合うにつけ、どこまでも広がっていた黒い霧のようなものがなくなり真っ白な光が広がっていく。
(光に溶けたのかね。見えねし、感じないな)
何もない。寄ってくるトゥルエノは、そのまま間近で見下ろすと。
「流石でございます。まじないに、死霊でしたね。戻りましょう」
戻る? しかし、戻り方などしならない。瞬きをする間に、光が薄らいでベッドが見えてきた。
「まじむかつく。お前ら、ぼけっとしてんなよな」
細い腕が、顔に当って押しのけるようにしていた。反対の手はトゥルエノのお腹を押している。
ベッドの脇に、袋を吊り下げ管の下がった棒が置いてある。
真鍮か鉄か。ぴかぴかの棒に、溶剤パックがぶら下がっていた。
「俺が、これ持ってなかったらどうする気だったんだよ」
「もってなかったら、出すよ」
「薬、飲ませといたからよ」
ヒールを打つと死んでしまう時に、必要な錬金術で作られる道具だ。
裏を返すと、錬金術師なら持っていて当然の回復アイテムとも言える。
胃が無いとか。想像もできない生活だ。
骨からの生還は、叶っただろうか。予断を許さないだろう。
「ポーション瓶は、ここにおいておくがいいか」
3人の男が入ってきて、灯りをつけたり暖炉に薪を焚べている。
錬金術師ギルドの男たちだ。どういう心胸の変化であろう。
「お前ら、錬金術師ギルドのもんだったな。ちょっとギルドマスターを呼んできやがれ」
「はあ?」
3人は、動かない。
アルストロメリアが食ってかかる。男たちは、仕事を全うしているのだ。それをどうこう言っても、しょうがないではないか。
いつの間にやら。ベッドで仰向けになっていた女の子は、寝息を立てている。
アルストロメリアの薬が効いたようだ。ベッドの横に、白い四角型をした箱。
その上に、白い石で作られた湯呑みが置いてあった。
部屋を見るに、ポーションを製造できるような器具はどこにもない。古びた本棚と机はあるものの。
一家が暮らしていただろうに、狭い家だ。そして、両親はどこにいるのか。
「お主。お主は何故泣いている」
入り口脇に立つ槍を手にした背の高い男だ。細身に革鎧といった出で立ち。錬金術師の雇われに見える。
黒い髪を背に束ねた痩せぎすの戦士か。
「さて、なんででしょう」
「錬金術師ギルドに逆らうのは得策といえぬ。考えなおした方がよいのではないか」
「・・・でしょうね」(外道な錬金術師ギルドなど、粉微塵にぶっこわしてやるわ)
一撃だ。跡形もなくしてやる。
なんて、言葉にはできない考えが浮かんでくる。本来、ギルドとは助け合うための組み合い。
野良だからと迫害していいはずがない。そういうのも、飲み込むのだ。
そうでなければ、滅んでどうぞ、である。
「もうやめろ、やめてくれ。お前ら、ギルドに行くぞ」
「話は、終わっておらぬのだがな」
「いいから、やめろって。ギルドを潰したいのかよ」
突如、肩にいた梟が巨大化して男たちを掴んで運ぶ。外へ連れていかれるのを尻目に、女の子が目を覚ました。槍を持つ男は、自主的に出ていく。
扉が閉じられると。片目だけをぱちぱちとさせて、
「誰?」
当然だ。不審者が家に入り込んでいるようなものだ。
「通りすがりの者ですが、やっぱりお邪魔ですよね」
幼女は、お腹を捲し上げると。
「あれ、痛くない」
「それ、どうしたのですか」
指差したところには、くっきりと痕が残っている。
「お薬が買えなくて、売っちゃった」
(おお・・・)
手で覆う。目が開けてられなくなった。信じられない話だが、自分で売ったのだという。
そんな馬鹿なと思いながら、鼻水が出てしまいそうになる。
トゥルエノが、手ぬぐいを渡してくれて。それがまた冷たい。
「お薬は、どなたに」
「妹が、あっ、あれ、これ、なに」
棒を掴んでいた。
目を見開くと、汁が出てしまう。紫色の髪をした幼女は点滴を知らないのだろうか。
不思議そうに見ている。
「触ったら、管が抜けてしまうから。栄養を妹さんに与えるための食べ物だよ」
「なんで、こんな事をしてくれるの?」
そこで、幼女の口に前歯が無いのに気がついた。脳天から、稲妻を受けたような衝撃。
(こ、こいつは、やべえ。やべえよ)
なんだか想像できてしまう。爺の記憶からすると、大概はとある理由からだ。
脳を痺れさせる憤怒と悲しみが混ぜこせになってきた。
「あ、ああ。助けたいから。僕の名前は、ユークリウッド。君の名前は?」
「マリスだよ。妹は、サーラ」
「そう。君のご両親は、どこにいるの」
両親がいる気配がしない。それどころか、食べ物はどこにあるのだろうという。
テーブルの上には、空の皿が乗っていた。誰もかれもに見放されて、寂しく死んでいったとしたら。
どんなにか哀しい人生か。
「いないよ。死んじゃった」
「・・・ごめんなさい」
「よく聞かれるよ。でも、ポーション売れないと困ったなあ」
ポーションなどどうにでもなる。それよりもだ。
歯は、どうしたのだろう。目眩がしてきた。
「ポーションは、どこで作っていたのかな。売れるようにするから、教えて欲しい」
不思議そうな顔をして、片目を大きくして笑みを浮かべる。
「こうするんだよ」
空ポーション瓶を握って、光が生まれる。光った後には、赤い液体が入っていた。
(やべええって。これ、魔力だけで作れたっけ)
手と手をあわせたら、ポーションができる?
いや、できやしない。吃驚仰天する能力。
「ちょっと待って。それは、もうやらないって約束して」
「でも、妹の薬が買えなくなるもの」
弱々しい魔力しか感じないのだ。だとすると、使用しているのは命にしか思えない。
寿命と引き換えにして、ポーションの製造をしているのだろう。
すると、言うなれば鶴の羽を使って機織りしているようなものである。
「妹さんの薬は、なんとかしようと思う。だから、やめよう」
助けたい。こんなにも、己は助けたがっている。思えば、日本は豊かな国だ。
生まれ変わるのなら、童貞で死んでもまた日本がいい。
「うーん、でもご飯も食べないといけないし」
「わかった。今から作るから」
アルストロメリアが居なくなったので、トゥルエノに材料を渡す。
暖炉に薪を追加して、石の壁に触れると冷たい。これでは、風邪を引いてしまうだろうに。
「あれ、サーラ、良くなってるのかな」
良くなっていなかったら、とんだ失態だ。それより、気になっているのは前歯と目だ。
どうして、片目と前歯がないのか。頭の髪の毛もなんだかおかしい。
ぎぃっと鈍い鈍痛の如き音がして、
「なんだ、いるじゃねえか。邪魔するぜ」
男の声がする。




