365話 聖暦1109、9 昼
北国ハイデルベルクでの宴を切り上げて向かったのは、ミッドガルドから遥か南にあるメラノだ。
とはいえ、転移門を使っての移動なので一瞬のこと。
そこには、村ができていた。
(うーん。なんだこれ)
小屋が並び、田畑が見える。ただの街道だったのに。
木製の建物には、兵が屯していた。
「来やがった。遅くね?」
女の声。日は、すっかり上がってしまっている。声の主は、焚き火に当っていた。
寒空の下、焚き火を囲むように座る兵士たちもくつろいでいるようだ。
「そりゃねえ。今日は、アル様の結婚式がハイデルベルクであったからね」
「あれな。途中で、切り上げたろ。見てたからな」
見てたのか。
アルストロメリアは、肩に乗せた丸っこい鳥に餌をやっている。蛇は、しまっているのだろうか。
変異した迷宮の入り口を見れば、槍で串刺しになった何かがある。
原型を留めていないくらいに刺さったままだ。人か、魔物か。
「気になるかよ。あー、そいつは槍の、汚染者ってとこだな。魔物に魂を取られちまった哀れな騎士ってとこだ。もう死んでるし、動かないぜ」
茨のようなものを飛ばしていた敵のようだ。槍の騎士は、死んでいた。
「どうやって倒したの」
「ふふん。良くぞ聞いてくれた。そいつを待ってたんだぜ。まったくよう、錬金術師は戦闘に向かねえっての。罠よ、罠。連中の支配する領域を狭めつつ、出てきたところを滅多刺しってとこだな。ユーウが中で暴れてくれたおかげってのもあるけどな。中でスキルが使えねえなら、外で待っときゃいい。いくらでも援軍は呼べるわけだしよう」
くるくると、棒を回して落ち葉の中に突っ込む。銀色のもので包んだ代物を摘み出す。
「こいつでも食ってきなあ。美味しいぜ」
焼き芋か。中身を開けてみると、ほかほかした黄金色が出てきた。更に、白いものが振りかけられる。
腹が、食欲を訴えていた。食いたい、と。
「いただきます」
皮ごといただく。土がついていなければ問題にしないのだった。食うものに困る時代なのだ。
「美味い」
「だろ。つーか、宴でなんで食ってこねえの」
面倒だからだ。なんだか食う気になれなかったというのもある。
「あのさ」
「うん? どうしたよ」
「アル様、どういうつもり何だと思う?」
相談に乗ってくれるだろうか。
女同士で結婚して、子供が作れるとは思えない。それとも、アーサー王を見習ってフタナリに挑戦するのだろうか。モードレッドを作るつもりで。
「知らんがな。愛の秘薬とか言ったって、感じやすくするだけだからな。毛生え薬は、実効性があるよ。単純な話だろうなあ。アル様の立場を考えればよー、ハイデルベルクを押さえるには、どうすんべ。で、大義名分を得るにゃあ、結婚って手っ取り早くね? って話。事は、明快じゃんか。ま、俺様くらいになるとそっから先も見えるけど。木の方、複雑なのを強引に解決するの好きだからな。頭良さそうなのに、残念だろ」
次期王様の嫁ともなれば、ハイデルベルクにとっても益がある。
(いろいろ、考えがあるんだろうなあ。殴って終わりなら簡単なんだけど)
味方の国なので、戦争するわけにもいかないのだろう。となると、婚姻で関係を結ぶというのは有益だ。
(しっかし、なんでまた今なんだろうか。問題は、色々あるのに)
1つ。財政が、悪化している。
最も、世界が終わるような事件もなく。敵も出てこない。
(かつての領土を取り戻そうってのかねえ)
アーサー王は、イングランドとフランクを合わせたような領土を持っていたようである。
もう、とっくに超えているのだが。
(1000年前の領土は、全世界っぽいけど、そこまでやるの? めんどくせー)
2つ。領土を拡大しすぎている。金と食料が追いつかない。
ユウタが戦争したくないといっても、聞く耳を保たないのだ。帝国の東は、日本海らしき場所まで大陸が繋がっている。
「ハイデルベルクの次は」
「ハイランドか帝国かねえ。敷かれてるミッドガルド包囲網も、完全じゃねえからな。ここのお偉いさんと話をつけておけば、楽になるだろうさ。南は、アカイア連合軍とも戦わねえといけねえ。連中が、トロイでどんぱちやっている間にアテネを落としちまえば勝ちだし。心配してもしょうがねえって。流れってのはあるからよ」
イタ公と揶揄されるもローマである。弱いとは思えない。
時代の流れは、たしかにあるのだろう。王が右に行くといえば、国は右に行く世界だ。
ともすれば、王でなければ戦いを止められない。
「あと、だな。別にお前が、あの迷宮にもぐんなくても十分に弱ってるからな。外から削ってって、頃合い見計らって討伐隊を送り込む予定だぜ。問題ねえ」
攻略するのに、己でなくともいいと言われると切なくなった。
(帰って、ゲームでもやるか? でもそれだと、前世とかわんねーんだよなあ)
腕を回す。若干、肩が凝っているようだ。荷物の積み下ろしも、重労働だった。
インベントリから、三脚でお湯を沸かす道具を取り出す。乗せるのは、水を入れたヤカン。
落ち葉と薪で温める。
「Bランクじゃきついから、Aランクを招集したいとこなんだけどな。金がかかんだよな」
でた。また、無心だ。アルストロメリアは、錬金術で儲けているのではないのか。
「また、どれくらいかかるの」
「ざっと、50億ゴルな」
ざっと、50。しかし、それだけ探索者招集に金をかけるなら失敗は許されない。
稟議書にでもしてもらって、領収書ももらわないと。ついでに、セリアにも出してもらわないといけない。エリアスもだ。
男たちも、にこにこしている。
「内訳出してもらわないと」
「そうだな。1人1億ゴル計算で」
「ちょっと待って、それ、どうやって回収するの」
メラノにそんな価値があるとは思えない。
芋は、美味しい。金がかかるのなら、ユウタ自身で攻略した方がいいような気がする。
金は、沸いてこないのだ。
「冒険者ギルドから、物買ってんだ。そっちで回収すりゃいいだろ」
メラノの冒険者ギルドは、あるのか知れない。ネロを呼ぶ必要があるだろう。
周辺の確認をしたのだろうか。
「どこで? 近くに町があるの?」
「いや、ねーよ。かなり、寂れてんのな。ロゥマ共和国も戦争が長引いているらしい。南のカルタゴさんエジプトとどんぱちやってるみたいでよー」
メラノの周辺を探索するべきだろう。
「じゃあ、近くの村まではどれくらい」
「ポルツァーノまで20キロくらいかね。馬でもねーとここまではこねーっていうか。壁を築いて、魔物の侵入を防ごうとしてやがった。魔物が、地上にごろごろいやがる。とてもじゃねーけど、ここでのんびりやってられねえんだけどなー。命令だもんな。仕方ねーよ」
アルストロメリアも命令を受けているらしい。ユウタのものは、多すぎて訳がわからなくなりそうだ。
「立ってねーで、ここ座れよ」
滑らかな切断面をした切り株もどきを手で引っ張る。結構な重量のはずだが、スキルか魔道具の力を使っていそうだ。
「今の状況を説明してやるとだな。南にゃあロゥマの都市があるみて~だけど、こいつら魔物で疲弊しているみたいだな。北のここが原因なのと、魔王がちょろついているらしい。おかげで、いくつかの都市が魔物の軍団に占拠されちまってて戦争どころじゃねーっていうのな。そんでも、北西部には兵を出してたり戦船を出すくらいの余力はあるっぽい。ベネチアとミラノがやられたらどうなるかわからんけど」
はて。海には魔物がいるのでは。
「ミッドガルドにとって脅威ではない? それと海に船を浮かべられるの?」
「1つ目は、イエスだな。何もしなくても疲弊してたっつー。2つ目は、ポセイドンの支配下にあるからよ。ジブラルタルの壁がある限り、そうそう船が沈むってこともねーっていうか」
船に穴を開ける魔物がいないという事か。どういう理屈か知れないが、神様が支配しているようだ。
「生贄やったり、人柱やったりしてるみてーだな。魔王がやるとしたら、どこだろうねえ」
どこかわからないようである。己も、どこに出てくるなんてわからない。
「ま、こんなところだ。今から入るんなら、こいつらも連れってってくれよ」
男ばっかりだ。髭を生やしたのからもやしまで。
「ええと」
「中の状況を調べる必要があるからよう。人手は、必要だろ」
別に必要ないのである。アルストロメリアが立ち上がると、
「おっしゃ、行くぜ」
すたすたと歩いていく。追いかけるようにして進むと。後をついてくるではないか。
幼女の肩に乗せている梟は、幼女の頭くらい大きさがありそうだ。
黒いローブは、流行っているののか。アルストロメリアも黒いローブだ。
背中に金色の紋章が描かれているのが特徴的だ。
「彼らは、なんなの」
「奴隷だな。ま、給料貰うタイプの? 選ばれた戦士って奴だ。普通の奴隷とは、訳がちがう」
騎士と大してかわらない装備だ。金を随分とかけているように見えた。
「随分と、好待遇だね」
「そうでもしなきゃ、反乱も起きるだろ。あいつらちゃんとやってるかねえ」
勤務時間で、飯が近いのだろう。正面で、魔力を使った攻撃をしているようだ。
鈍色の缶を温めていたり、パンを齧っていたりと好き勝手にしていた。
いいのか。
「正面じゃないの」
通りすぎて、横へと逸れていく。どこへ行こうというのだろう。
「正面は、あいつらで間に合ってるからよう。こっちだって」
500mほど歩いただろうか。ご丁寧に、木で監視所が作られてある。
「これが、5キロくれー続いてある。おめーには、穴を拡大してもらいてえ」
見ると、手が入るかはいらないかという穴から黒い粒子が漏れているという。
相当、時間がかかりそうだ。
「お、お嬢。どうしたんですか」
「ドボン軍曹、経過を報告せよ」
「は、今もって減容作業は進んでおりません。1月でどれほど進むか、で変わってまいります。1日で約3mほど萎んでおりますので、凡そ城まで到達するのに7000日かかるかと」
見下ろす兵士からくるっと向き直ると。
「てな、具合よ。20年くれーかかっちまうわけだ。これじゃあ、破産するわな。よろしく頼む」
頼むと言われても、困る。中に何かあるようなので攻略をしてくれ、という事ではなかったか。
「生きている人間、いるかもしんないんだけど」
「わーってるよ。でもな、人の命には変えられねえだろ。部下が死ぬかもしれねえような場所に、こいつらだって送り込めねえよ」
迷宮だって同じことである。命が大事なら潜ったりしないだろうに。
水晶玉で見えるところであれば、転移していった方がはやかったりする。
「だよね」
「ってわけでお願い♡」
笑顔を作ってぶりっ子だ。何がお願いなのかしらないが、崩壊させたらどうなるのだろう。
穴の空いている箇所で踏ん張っている術師と入れ替わり。手に魔力を込めて、穴を引っ張る。
シーツが破けるようにして、黒い粒子が外へと溢れ出ていく。
「白魔術士は、神聖浄化。黒は、バックアップだ。急げよ」
どこまで広げればいいのだろう。ともすれば、黒い天幕を広げているかのように中から上へと縦の筋ができて怪しげな縦の穴になっている。
「どこまで開ける?」
「もういい。もうやばいだろ。そこらのが、魔物化しちまうわ」
小屋の近くに動く死体だの屍鬼だのがうろついていたりする。退治していなかったのか。
それに紛れて突進してくる魔物がいる。
「キメラだ。やばい」
珍しい。白い毛並みをした獅子の頭。背中に山羊頭が、2つくっついている。だというのに、顔は人間、尻尾は蛇。
木の枝を拾って投げつける。命中した。頭が破裂して、ゆっくりと横に倒れていく。
「お、おー。白キメラ一撃ね。やるねえ」
物を投げるのは、最強である。と、英雄王も言っている。
動かなくなった合成獣。危険な魔物とか言われている。魔術士の禁術ではなかったか。普通、見かけない魔物だ。
魔術士が廃棄した研究所で出てくるとか出てこないとか。
不意に悪寒を感じて、離れる。
人並の幅を持った剣が通過していく。出てきたのは、なんであろう。鎧だ。
「おっとー。こいつは、やばいな。全員、包囲陣を敷け」
動く鎧に、黒い粒子を放っている頭の部分。頭を構成する兜が無い。鑑定するに【首なし騎士】なんてでてくる。鎧は、黒。盾と剣といった出で立ちだ。間合いを狭めて、返す剣で斬ろうというのか。
肘がめり込む。鋼鉄の鎧が、粘土のようだ。めり込んだところで、腕を押さえる。軽く引くと、肘からとれた。盾で殴りつけるように右回し攻撃。躱しながら、足を蹴る。中身はないようだ。
取れた足からは、やはり瘴気と思しき魔が流れ出す。
立っていられなかったのか。姿勢を崩すので、真っ直ぐに蹴りを放つ。ごろごろと転がって、包囲陣の真ん中へと移動した。手応えは、あったものの死んでいるのかわからない。魔力で動いていると、そのまま再生したりする死者の類だ。
「動くか?」
「動かないなら、結構。お嬢、どうしますか」
アルストロメリアに髭のおっさんが問いかける。
「売りもんにはなんねーな。解体して、浄化するしかねえ。この調子で、行ってみようぜ」
しかし、いいのだろうか。魔物を倒す。これはいいことだ。気にかかっているのは、中で出会った骨だとか何だとかである。骨だけに、蘇生するなどできないのだが。
(まあ、敵の罠に乗っかるってのもないよなあ。負けて死んだり、罠で死んだら無様だし)
あえて乗る、というのは慢心だろう。慢心して、負けるのは真っ平であった。
(んー、アキラを連れてきてこっちで修行させるかなー)
死んでいられないのだ。アキラもレウスも育てないといけない。土から人形を作ると。
次に出てきた鎧が、鉄くずへと変貌した。泥人形、神の兵器を思い出す。
人形使いを持っていた男は、ジョブの使い方を間違えていた。
(やばすぎんだろこれ。誰も勝てねえよ)
今なら、勝てるかもしれないが。地面に足を付けている間は、無限に再生しそうだ。
「ところでさ」
「なんだよ。金ならないぜ」
そんな事ではない。わかっていないようだ。
「アキラって、どう思う」
「あー。あれね。日本人は、いりゃあ便利だろうよ。でもなー。日本人を騎士にするなんて、おめーくらいのもんだよ。他の奴がやろうとしたら、首が飛んでるぜ。はっきりいって、アル様はおめーに甘いよ。クレイジーサイコパスなジャップを重要な地位に付ける? ばーぁかじゃねえの。てな、思うね。だって、あれだろ。女神様の祝福を奪ったり、女神様の像を破壊したりするじゃん。テンノウ、ショウグンに外人がなれるって思っている奴らじゃんか。マジ、頭が狂ってるって」
酷い言われようだ。前例があるのだろう。長い歴史があるという事はそういう事件も記録に残っているのだろうし。なかったことには、できない。
(まー、そうなのか…どうしようもないか)
確かに、日本人は異世界にくると理性を無くし獣になってしまう。それが、もう伝説やら文書やらに残っていれば皆して反応は同じ。
「昔なー。ミッドガルドに来た日本人の学者がいてよ。領主が、減る人口をどうしたら良い? と聞いたところさあ」
嫌な予感がする。
「その学者。なんと移民を人口の半分まで優遇して受け入れればいいといいました。当然、そいつは絞首刑になったそうだけど。奴隷を休ませて、変わりに貴族を働かせれば労働人口も解決だとか。そんくれーおかしいんだぜ。そもそもだ。人口の半分も他国民が入ってきたら、それもう違う国だろーが。頭、さいっこうにイカレてるね。おめーんとこで、代官にするのは勝手だよ。でもな、それで認められたわけじゃあねーってことだ。責任は、全部てめーにある。忘れんなよ」
心が萎えるのを感じる。
(ダメだこりゃあ。ひょっとして、優遇しようってのは俺だけか)
火を吹く勢いで、取り付く島もない。下手すると、アキラが暗殺されそうだ。
(どーしようか。味方、誰もいなさそうだな)
諦めるには、まだ早いと思っても。味方ができないのではどうにもならない。
人形を操るユウタは、顔に出さないように心の中で頭を抱えて考える。




