359話 面倒みる(ローズ・ポローネ、メイヤ・パスカル
帰りてえ。本当に。日本? 違う。マールのところに。
西から吹いてくる風で、鼻水も凍りつきそうだ。
灰色の雲が、浮いている。
「戦場に出てもらうことになりました」
この時も、突然だった。戦場に行けと、雇い主が言う。
コーボルトとの戦いでも、スキルが乱れ飛ぶ嵐の中で何ができたというのだ。
戦場の現実を知ったアキラは、ユークリウッドに新兵として扱って欲しかった。
眼下に広がるのは、平野。だだっ広い平原に畑と川が見える。
(さみい、さんむ、んだこれ…ここ、どこよ)
どこだかわからない城。町。いつもそうだ。
鼻が痛いくらい寒い。連れてこられたのは、何故?
出世はしたいが・・・。だからといって、戦場に出たいとは思わなくなっているのだ。
それを知ってかしらずか。
「ここで、何をするのでしょう」
耳と首に茶色い防寒着を纏うレウスは、わかっていないらしい。
いや、説明もしていないからわからなくて当然か。
城壁の上で、兵士に混じって待機している。
隣には、アレインとセイラムの姿。いつから、子守になったのか。
「説明があるさ。静かにな」
兵士たちは、いづれ劣らぬ精悍な面構えをしていた。
歳も重ねているだろう。アキラが最年少のようだ。兵士としては。
嘲りの声が聞こえてきても、すぐに止む。
それほど、「ユークリウッドのお声掛かり」というのはでかいらしい。
「準備は、いいか? 今から、貴様たちには威力偵察をしてもらう。帰投は、そのまま飛行船7番艦ユーゲントへ。敵を発見次第、攻撃、或いは捕獲。情報を持ち帰るも良し。全員、騎乗!」
隊長と思われる人間の声に従って、鳥馬に乗る。
レウスも連れていかねばなるまい。
後ろにマールを乗せたかったが、連れてきていないので仕方がなかった。
(レウス。大丈夫なのか? 本当に。いや、大将に相談もしないで、ってあいつがやらせてんだから)
アレインは、セイラムを乗せている。チィチが去り、ネリエルも去った。
他にぴぃぴぃ言っている奴隷を連れてくる? というのも有りといえば有りだったのだろう。
飛び立つ兵隊に、遅れじと高度を上げていく。
「おい。絶対に、放すなよ。固定は、しっかりしているよな?」
「はいっ」
大丈夫か? 落ちたら、本当にこまる。確認は、したものの固定していると離脱がしづらい。
浮遊スキルを持っていないのなら、関係のない話だが…
「お前たち、円陣を崩すな。本当に、アルブレスト卿の…。ついてきたまえ」
女の先輩か。女性でも、騎士として働いているのかもしれない。
髪が、兜から出ている。
味方の集団は、100か。200か。それ程に多い。
真ん中が空洞で、ドーナツのような形で飛んでいる。円錐型の陣形を取る、というのではないようだ。
「馬の経験は、どれくらいですか」
「ええと…」
どう、答えればいいだろうか。上手く答えが出てこない。女性の声を出す騎士は、
「乗ってから、間もない新兵に見えます。正直に答えていただければ、有り難い」
半年? いや、ここ1ヵ月かもしれない。コーボルトとの戦争だって、実際にあったのは3日かそこらに思える。そこから先が、ちょっと長かったような。
沢山の事が、沢山有りすぎて訳がわからなくなっている。
マールと出会ったのが、半年前? で、いつの間にやら黒狼族の仲間入りしていたり。
ウォルフガルドから、出張で色々なところへ出入りしたり。
余りにも、濃密な時間を過ごしている。
「ひと、月です」
「なるほど。でしたら、振り落とされないよう気をつけて」
雁行陣でもあり、丸く縦に円を描いている。何故だろう。密集隊形は、取らないのか。
そして、威力偵察と言っていた。戦うのだろうか。遠距離武器は、弓くらいしか持っていない。
面当てが、恐ろしく冷たい。風で、凍えそうだ。
「申し遅れましたが、私は赤騎士団第2空中騎兵隊所属ローズ・ポローネと申します。この度は、貴君の教導を承りました。どうぞ、よろしくお願いしますね」
大きくてはっきりとした声が、耳に馴染む。名乗らないといけないだろう。
「こちらこそ。自分、イトウ・アキラ。アキラでいいです」
イトウって、名字を名乗らないので忘れてしまいそうだ。
「アキラは、その、アルブレスト卿とは親しいのか?」
ローズは、騎士団の女性らしく男っぽい言葉だ。
親しいというより、手下だ。右に行けと言われれば右に行くし、白を黒という人間ではないが言う事に従わないといけない。禿げに戻るのは、それ以上に耐えられそうになかった。
現状、ふっさふっさで満足している。
想像して欲しい。若いのに、禿げてしまったら。どんな目で、周囲から見られるのか。
「それ程、でもないです。良くしてもらってますが」
ずいっと、ローズの乗る飛ぶ鳥が寄ってくる。どういうつもりだ。
「君は、知っているんだね? 是非、聞かせてほしい。いや、サインを貰ってきてくれないか」
「はあ」
サインなんてもらって、どうするのだろう。
なんだか知らないが、非常に情熱? があるようだ。周囲から、なんとなしに視線を感じる。
なんか、やばそうな女性だ。
「是非だ。絶対だよ? ああ、一度でいいから握手がしたい。今度、誘ってくれないかな」
「こらっ。もう、目を放してたらこれだよ」
反対側に、これまた女性の騎士が並ぶ。アレインは、後ろか。
「メイヤ、やだな。私は、ただ…」
メイヤという名前らしい。小動物のイメージだが、中身は猛獣というパターンだろうか。
短い髪が、兜から出ている。紫にも青にも見えた。
「はいはい。まだ、目的地までもついて居ないんだけど。油断しすぎないでよ。私は、メイヤ・パスカル」
「とにかくだね。彼は、どうも状況を把握しているとは思えないのでかんたんに説明をしてやろうかと」
それは、願ったりである。この任務。簡単なのか難しいのかすらわからないのであるからして。
「お願いします」
メイヤと呼ばれた騎士は、ややもすれば小柄だ。戦闘ができるのだろうかというくらい。
「ん、まあ。簡単に言うと南側のルートを抑えに行っている部隊の目となる事だ。簡単ではないけれどね。敵との接触もあるだろう。敵の、君は戦闘機を見たことはあるかい?」
戦闘機。ゼロ戦、或いはF16だろうか。トムキャットも思い浮かぶ。
オスプレイが話題に登るけれど、プロペラ機なのかなんなのか。
見た事が有るという言うべきだろうか。
「多分、あります」
「異世界で、かな。ともかく、それらを知るのなら話は早い。敵の攻撃は、来たと思ったら食らっている事が多いからね。まず、防壁スキルは張れるのだろう? これは、敵と接触しても一方的に相手を破壊できる良いスキルだ。磨いておいて損はないよ。注意すべきは、騎兵が出て来る時。逃げる事だよ」
そうなのだろうか。逃げる? それは、失点になってしまうのでは。
「はい」
「ふーん。子供、でもないわけだ。ぼんぼんだと、ここで反発するもんだけど」
観察されるのはわかる。どこへ行ってもそうだ。それって、差別や偏見ではないだろうかと思うのであるが。
「合格?」
「未熟って、わけでもなさそうだね。戦場の経験は、有りそうだ」
目を瞑れば、すぐに思い出される。
地獄だった。矢は、ひっきりなしに振ってきて防壁がなかったら死んでいただろう。盾も非常に重要なスキルだ。
そう考えると、近接職は恵まれているのではないだろうか。
「何も、逃げるのは怯懦じゃないからね。はっきり言えるよ。最初で、逃げられるかどうかが生き残れるかどうかを分けるって。で、だ。向かっているのは、ウィンチェスター。下方面軍は、ぐるっと海岸沿いから進んでブリストルを押さえるのが、当面の戦略目標になるから」
ああ。なるほど。南、海岸線を押さえて行く訳か。ローズの赤い髪が、兜から漏れて光にあたると淡い輝きを帯びたような気がした。
「まあ、こうやってのんびりしていられるのも実のところ先行してる友軍あっての事だけれどね」
「じゃあ、ミッドガルドの勢力圏ってことですか」
「そうなるね。敵が奇襲をかけてこれないように、定期的な警戒という訳。で、そのまま船に乗るんだよ」
西へ向かっているはず。だが、グリニッジ天文台だかなんだかを越えたらどうなるのであろうか。
西なのか東になるのかわからない。
GPSがいる。どこにいるのかわかる便利な機械だ。
西には、巨大な壁が浮いている。それが、近づいてくるではないか。
「あれ、なんなんですか」
「君は、有翼人の浮遊島を見るのは初めてなのかな? ああ、わかった。敵ではないけれど、味方でもない。彼らを刺激しないようにな」
「わかりました」
どうにも、落ち着かない。なんだか値踏みされているようだ。
眼下に、海が見えてくる。海岸線に近い場所を飛んでいく。船の姿は、ないようだ。
海で、漁をしないのだろうか。
「ま、戦闘はないと思うけど。ゴブリンの巣を見つけたら、全員降下があるかもしれないね」
こちらは、そんな準備ができていない。レウスは、心もとないし。
前方を進む鳥馬が、高度を下げていく。
「ちょうど、連絡が着た。下方の森を掃討するってさ」
念話なのだろうか。PTに組み込まれていないせいで、アキラに聞こえなかった。
もくもくと、心配の雲が立ち上ってくる。
レウスに空中戦の経験が、あるのかどうか。まだ子供だ。アキラの半分くらいしか生きていない。
降下していく味方の空中騎兵たちを見送る。
「あの、戦闘に参加されないんですか?」
「うーん」
状況が、状況だ。いきなり、矢で射たれるかもしれない。不用意に降下するべきではないだろう。
手柄は、欲しい。だが、それでレウスが死んだりしたら責任なんて取れない。
はっきりいって、自分1人でも危ういというのに。
「アレイン。待機な」
「はい」
少年は、眠そうな目で頷く。
味方は、半分が降りて半分は待機しているようだ。
派手な爆発。煙が上がり、土砂が舞う。森に火が見える。森の木には、葉っぱが落ちて枯葉が下に積もっているのか。
勢いよく燃え上がり、それを消すようにして派手な水がないはずの場所から奔流となって流れ出した。
(なんつーでたらめな術だよ)
ユークリウッドの術くらいだ。前振りもなく、魔力の高まりも感じずにいきなり発動するのは。
味方を巻き込んでいるのではないだろうかと。
やがて、もどってくる騎兵たち。ローズとメイヤの姿もある。どうやら、生きていたようだ。
(いっしょに突入すべきだったのかね。でも、レウスがやられたら大変だしなぁ。文句いわれても我慢するしかないな)
大抵の場合、煽られる。だが、アキラは我慢できると思っている。
禿げだ、なんだと煽られて弄られてきたからだ。
ふーっと、息を吐き出すと。
「イトウ。君は、見学かい?」
「ちょっと、事情がありまして」
さっそく煽られる。だが、激憤してもしょうがないのだ。怒るだけ禿げが進行する。
「いいさ。私たちも何かしたわけではなかったからね。なんなんだろう。降りていったら、爆発するのと稲妻と衝撃派が走って地上に降りるどころじゃなかったからさ。…まーのんびりやろうか」
「アキラくんって、手柄には興味がないタイプだったりする?」
メイヤが尋ねるのも、
「いえ、そうではないんですが、その。ユークリウッド卿の…」
わかってくれるだろうか。いや、秘密にしてあることだ。わからなくても仕方がない。
だが、察してほしいものである。
「そこの、かわいいけどね」
「ぼうや、何歳かなー。名前、教えて?」
「僕は、レウスといいます。イトウさんといっしょに仕事を覚えるようにって言われています。よろしくお願いします」
自己紹介だ。乙、と言ってやりたいところであるが茶化す訳にもいかない。
というのは、監視されていないとも限らないのである。
思えば、先ほどのゴブリンが繁殖していたらしい森が爆発したのも。
(十字に森が割れてやがる。なんかのスキルかよ)
剣技十字剣。あるいは、魔術十字割り。いろいろあるが、森一つを破壊してしまうとは。
(ひょっとして…あの兄貴、過保護なんじゃ)
ユークリウッドは、どこにも見えない。だが、変装していたり遠見のスキルや魔術で見ている可能性がある。これは、確信に近い。
脇が、じわっとしたというのもある。
(うーん。あいつがねえ。そんな風には見えないけど、人は見かけによらねえってか?)
ここで笑ってはいけない。エリアスが、よくやられている事を思い出すと。
「いやー。こいつ、まだ経験が浅い従者ですので。無理をさせられないのです。ご勘弁を」
「ふーん。てっきり、激発して喧嘩を売ってくると思ったんだけど…意外と紳士?」
いやさ、彼女たちの周りには屈強なる騎士たちが控えているではないか。
距離を保っているが、それと気がつかないはずもない。
「日本人って、煽ったらすぐ勝負をするんじゃなかったのか。拍子抜けしちゃうねえ」
それは、ない。
「日本人って、虐殺とか復讐が大好きでしょ? 小説を読んで知ってるもんねー」
いや、それ妄想小説を読んでそうだと思われるのはいかがなものか。
(この…じゃがいも女どもがっ)
悪態をつこうとしたが、悪口が思い浮かばない。また、ゴブリンか何かか。
「降下する?」
「いいや。止めときます」
「んじゃ、降下する振りで森の上で待機するように」
頷いて、移動する。空気は、皮膚に当たって霜でも作っているようだ。
「レウス、だいじょうぶか? どこか具合が悪いところはないだろうな」
「平気です。それよりも、ゴブリンを退治しなくてもいいんですか」
いや、それには及ばない。地上で戦うのと、空中で戦うのとでは勝手が違う。
ましてや、経験が浅いレウスを乗せていては戦いに遅れを取るやもしれないのだ。
そういう事を理解してくれると、アキラとして助かるのだが。
「こういう集団戦闘は、初めてだろ? ましてや、慣れない土地と空中戦闘がある、かもしれないんだ。もう、雰囲気を感じて撤退したいんだぜ」
「それは、そのとおりです」
アレインだって、セイラムといちゃついて様子もなく。固まっているし。
彼は、彼で哀れなピエロだ。どう頑張っても、ユークリウッドに勝てる見込みがない。
かつては、北海の強国とも言われていたスレイン公国だが。
いまや、ミッドガルドの属国である。
「と、なんだ?」
低空飛行で、見ていると。味方の騎兵が寄ってくる。
と、衝撃派だ。地面を走って、空中までくるではないか。
近づいてこようとした騎兵は、鳥馬から落ちそうになっている。
でっぷりとした身体が、重たそうだ。そのまま、泡食ってはなれていく。
(何がしたかったんだ、あいつは)
まるで、接近を阻止するかのように突風となってデブを襲っている。
お供に支えられて、なんとか脱出したようだ。
「やることねーけど、このままでいいんかねぇ」
「でしたら、おりましょうよ」
「いや、それはねーって言ってるだろ」
無駄にやる気があり過ぎである。レウスは、
(可愛い。はっきりいって、ホモじゃねえけど…)
「アキラさん、変態ですね」
アレインが寄ってきて、そんな酷い事を言うのだ。寒気が止まらない。




